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3話 家族からの愛され計画


 無事にカインと婚約できた。

 悪役令嬢として、自分磨きも始めた。まだ縦ロールはゆるふわで、ドリル具合が足りないけれど、今後のネネの技術向上に期待している。



「次は家族からとびっきり愛されるわよ!」



 自室を出たカトリーナは、屋敷の奥を目指した。

 カトリーナは約十年後に断罪され、そのあとは領地での田舎暮らしを予定している。

 小さな屋敷に連れていけたのは侍女ひとりだけ。自由な外出は許されず、いわゆる軟禁生活。

 格下とはいえ貴族令嬢であるヒロインを虐め、学園内で必要以上に権力を振り回し、王太子カインから婚約破棄を言い渡されるほどの悪行を重ねるカトリーナ。

 王太子への不敬罪として投獄もされてもおかしくないのに、田舎送りで済んだのは家族からの愛のおかげだろう。


 父であるクレマ公爵は先日の通り、娘を溺愛している。

『カイン殿下のお嫁さんになりたいの♡』と可愛く頼めば、父としての葛藤は一瞬だけで、すぐに罠に嵌める協力をしてくれた。


 そして次期公爵であり、四つ上の兄であるウィリアムもなかなかのシスコンだと記憶している。

 彼にとって弟妹は念願の存在で、待ちに待って生まれたのが妹カトリーナだ。それはもう可愛がってもらっている。



(でもそれは、お父様とお兄様が愛してやまないお母様の存在が大きいから)



 カトリーナは目的の部屋に着くと、ノックをせずにそっと扉を開けた。

 そっと覗き込めば薔薇色の髪を持つ、絶世の美女がベッドの上にいた。いくつものクッションに支えられて起こしている身体はとても華奢で、窓から差し込む光にそのまま溶け込んでしまいそうなほど儚げな雰囲気を持っている。



「お母様、起きてる?」

「あらカトリーナ、来てくれたの? 嬉しいわ。こちらにいらっしゃい」



 そう言って綻ばせた母の顔は、心から娘を歓迎している至福の笑み。女神の化身と言ってもいいほどに、慈愛に溢れていた。

 クレマ公爵はそんな妻にデレデレで、ウィリアムは母の前では年相応に甘える姿を見せてしまうのだが、それも納得の神聖さだ。



(雰囲気はともかく、本当に私ってお母様に似ているのね)



 鏡で見た自分の姿とクレマ夫人の容姿を重ねながら、カトリーナはベッドに駆け寄った。



「お母様、具合はいかがですか?」

「今日は随分と良い方よ。庭園へ散歩に行きたいと、旦那様に相談したところなの」

「お父様は許してくれましたか?」

「それが温かくなる午後も調子が良ければ……って条件なの。過保護よね?」



 クレマ夫人は苦笑してみせるが、クレマ公爵の気持ちも理解できる。

 なんせクレマ夫人は、幼少期から体が弱い。

 長男ウィリアムの妊娠は奇跡のように順調だったが、その後はなかなか子宝に恵まれず。そうしてやっと宿したカトリーナの出産時には生命の危機に陥った。

 尊きクレマ夫人が命がけで生んだ、生き写しのような娘。

 そういう背景もあって、カトリーナはクレマ公爵家の宝のような存在として扱われている。



(ただでさえ体が弱いのに、私を生んでからはさらに弱って、基本的に部屋で療養しているのよね。夜会に何年も出れていない。調子のいいときは庭園で歩いているみたいだけれど、途中で目眩を起こすことも多いと聞いているわ。そう目眩……ねぇ)



 カトリーナはふと気になり、ベッドサイドに腰掛けた。



「少しだけお母様のことを診せてもらっても? 私からも大丈夫だって言ったら、お父様もすぐに散歩の許可を出してくれるかも」

「ふふ、お医者様になってくれるの? カトリーナ先生、お願いしますね」

「では、少しだけ失礼します」



 最初にクレマ夫人の手を取り、カトリーナは指先を観察した。触れた指先は冷たく、爪は薄くて縞模様が入っている。

 次にそっと母の目の下に指を添えて、瞼の裏の色を見れば白色が強い。



「月のもののとき、いつも以上に体調を崩されますか?」

「え……えぇ。立ち上がらなくても、身体を起こすだけでふらふらするわ」



 八歳のカトリーナが月ものを知っていることに驚きつつも、クレマ夫人は正直に答えてくれる。



「歩いたとき、眩暈以外に息切れは?」

「あるわ。すぐ息が上がっちゃうのよ」

「なるほど」



 カトリーナの前世は医者ではない。

 しかし素人判断であっても、クレマ夫人の症状は典型的な貧血を示している。

 公爵家お抱えの医者がヤブなわけがない。

 長年その症状が改善できていないということは、原作の設定では貧血に関する医学の知識に乏しいと考えられる。

 またカトリーナが断罪された時点で存命であったことから、現段階で命にかかわる病気が潜んでいる可能性は低い。



(さて、どうしようかしら……)



 このあとカトリーナは何年もかけてカインに嫌われる行動をし、どんどん立場を悪くしていく。

 それでも断罪された後も領地暮らしで済んだのは、カトリーナが家族から愛されていたから。

 でもそれはあくまで原作の設定上の話。設定に胡坐をかいて、いざ断罪されたときに家族からの好感度が低くて勘当されたら大変だ。



(原作に書いていないことだもの。メインストーリーにかかわっていなければ、少しは好きにしていいわよね?)



 カトリーナは「また顔を見に来ますね」とクレマ夫人に告げると、そのまま厨房に突撃した。



「料理長! これから私の指示通りの料理法でお母様の食事を作りなさい!」

「お嬢様!? しかし、奥様の献立は健康のために栄養バランスを考えておりまして――」

「うるさいわね。私の言うことが聞けないの? 料理長が私を蔑ろにするって、お父様に報告するわ。さぁ、そのあと料理長の運命はどうなるかしらね?」

「そ、それは……! 分かりました。お嬢様のお話を聞きます……っ」



 クレマ公爵が娘に甘いことをよく知る料理長にこの脅しは効果てきめんだった。

 実際に前世を思い出す前からカトリーナの我がままで、ネネの前に何人もの侍女が屋敷を追い出されている。しかも侍女の弁明がクレマ公爵に聞き入れられたことはない。


 その事実を利用しない手はなかった。

 理不尽な解雇には同情するが、転生カトリーナの関与するところではないので、心の中で再起を祈っておく。



(とりあえず、料理長の協力を得られて良かったわ。私自身でも作れるけれど、さすがに公爵令嬢が経験もなしに料理を作りはじめたらおかしいもの。では、早速――)



 カトリーナは厨房の食材と調理器具を確認するなり、料理長に注文をつけた。



「お茶を入れるときは鉄瓶! 炒め物には鉄のフライパン! 煮物は鉄の鍋! すべて鉄製の調理器具を使いなさい」



 フライパンをのぞき、多くの調理器具がステンレス製のものだった。

 さすが、乙女ゲームという自由なファンタジー世界。時代設定と文明にズレある。テフロン加工にまで手を伸ばしていないので、深いことはつっこまないでおこう。



(トイレが水洗なのはありがたいしね! 都合の良い矛盾は大歓迎よ)



 料理器具の指示が終われば、次は食材だ。



「ほうれん草、ひじき、レバー、魚、赤みのお肉、卵を積極的に使ったメインにして。パプリカ、ブロッコリー、キウイ、レモン、アセロラ、イチゴを良い感じにブレンドしたジュースの用意も忘れずに!」



 鉄分豊富な食材を積極的に摂取するのはもちろん、鉄分の吸収を助けるビタミンCも効率よく摂っていきたいところだ。

 ジュースと指定したのは、お茶をできるだけ飲まずに水分摂取するため。

 紅茶に含まれるタンニンは、鉄分の吸収を妨げると言われているので食事のときは避けたいという狙いもある。

 ジュースを飲むことで、普段食事のときに飲んでいる紅茶の量を自然と減らせるはず。

 あとは料理長が良い感じに調理してくれるだろう。普段の食事が絶品なので、味に関しては信用している。



「わ、分かりました。しかしお嬢様、どうして鉄製の調理器具を指定し、これらの食材をお選びに?」

「夢で出てきたのよ。それを食べたら、お母様が元気になる姿が。……悪い?」

「――お嬢様! 夢にまで奥様のことを……!」



 料理長は感極まったように涙を浮かべた。

 そしてカトリーナとのやり取りを見守っていた他の料理人他、使用人も感動している。

 屋敷内でのクレマ夫人の愛され力が凄まじい。

 カトリーナは感心しながら、「じゃあ、頼んだわよ」とだけ告げて厨房を去った。






 それから一か月。

 庭園では、クレマ公爵と楽しそうに散歩する母の姿があった。



(長年の貧血が、この短期間でここまで劇的に改善するなんて思わなかったわ。設定だから改善することなく、一生寝たきりのように過ごさなければいけない……なんてことじゃなくて良かった。元気になったお母様、本当に美しい)



 ベンチで両親の姿を眺めながら、カトリーナは顔を緩ませた。

 白より青に近かったクレマ夫人の顔色は随分と良くなった。まだまだ白いものの、今にも消えそうな危うい儚げさは薄れたように思う。


 それに歩ける時間が倍以上に伸びた。

 目眩を起こすことも少なくなり、起こしたとしてもふらつく程度で、以前のように倒れてしまうほどではない。

 過保護だったクレマ公爵も散歩を気軽に許すようになり、クレマ夫人も大好きな花を堪能できて嬉しそうだ。

 きっとこれから、もっと体調は良くなっていくだろう。



「カトリーナは、やっぱり天使だね。母上を元気にするきっかけをありがとう」

「お兄様ったらっ」



 ベンチの隣に座っていた兄ウィリアムが、カトリーナを抱えて彼の膝に乗せるなり、ぎゅっと抱き締めた。

 元アラサーとしてこの体勢は恥ずかしいが、ウィリアムの喜びと愛情表現を受け入れてこそ原作カトリーナである。



(私は子ども、私は子ども、私は子ども……)



 心の中で何度も唱え、羞恥心を押し殺し、カトリーナはウィリアムに身を委ねた。

 切り替えてしまえば、案外座り心地が良い。



(原作のためというのもあるけれど、たくさん愛してもらっているのだから、恩を返すのは当然。未来で迷惑をかける分、先に家族孝行しておかないと申し訳ないもの)



 わずかな罪悪感を感じつつ、順調な愛され計画のスタートを切れた満足感に浸る。

 カインと婚約し、家族との絆も強固にできた。

 ならば、次のステップへとどんどん進みたいところだ。



(カイン様にお会いしたいって手紙を書かなきゃ。さぁ、本格的に嫌われるわよ)



 兄の腕の中でカトリーナは、密かに気合を入れた。

 

 

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