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22話 執事の献身は毒かもしれない


(油断していた。アルト様に全部見られていたなんて……! あの令嬢は手下で、勝手に動いてしまったと誤魔化す? いいえ無理ね。純粋なカイン殿下と違って、慎重派のアルト様はそれでは騙されてくれない。さて、どうしましょうかしら)



 嫌がらせイベント成功と思っていたが、アルトがカインに報告してしまったら状況が変わってしまう。

 ミアはおそらくカトリーナの思惑を察して、飲み物をかけた本当の犯人を告げようとはしないだろう。

 そこにアルトが真犯人が他にいると伝えてしまったら、今までミアが積み上げてきたカインの好感度が一気に崩れる可能性が高い。


 アルトにお願いして口止めを……とも思ったが彼はカインの従者。カトリーナの意向よりも、真実を知りたいカインの意思を優先するのは明らか。

 このあとアルトが報告し、かつミアが黙っていたとしてもシナリオに問題のないように振舞わなければならない。



(なら、こうしましょう)



 カトリーナは顔に笑みを作り、こてんと頭を傾けてみせた。



「だって、あのご令嬢がどうしてミア様に嫌がらせをしたかカイン殿下が知ってしまったら、ご令嬢の恋心まで知られてしまうではありませんか。それでもし、カイン殿下が興味を持つようなことがあったらどうするのです。現にあの方は、私以外に興味を持っているようですし? これ以上ライバルは増やしたくありませんの」

「……っ」

「ミア様もわたくしの意図を察して、カイン殿下に真犯人のことを明かさないでくれると嬉しいのだけれど」



 側室や愛妾が認められていないこの世界で、いくら婚約者が悪女だとしても、婚約破棄前に他の令嬢に興味を持っているということは不誠実なこと。

 カインがミアに興味を持っているのを知っているぞと匂わせれば、アルトがわずかに動揺を見せた。

 婚約破棄が確実なほどカトリーナが悪行を重ねていない今はまだ、カインの分が悪いと理解しているのだろう。



「それに私が犯人だと思ってくだされば、カイン殿下も改めてわたくしの思いの強さを知ってくれると思いませんか? そんなわたくしを蔑ろにしたらどうなるか、気付いてくれると思いませんか? 今一度カイン殿下に冷静に考えていただくために必要と判断しての行動でしてよ」



 ここまで言ってしまえば、カトリーナが真犯人ではないとカインが知っても、悪役令嬢の立場は揺るがないはずだ。

 加えてミアが真犯人を黙っていても、カトリーナの意思を尊重……もとい意思を反故にすることを恐れたとして最低限の好感度は死守できるだろう。



「ということで、アルト様にわたくしを止める資格はなくってよ」

「カトリーナ嬢……っ」

「だってあなたの主であるカイン殿下が、わたくし()()を見てくれないせいなんですもの」



 カインに執着する醜い悪女を演じ切るつもりが、最後だけ苦笑いが滲んでしまった。



(主であるカイン殿下の安寧を乱す恐ろしい考えを持った令嬢だとして、アルト様は今後あの優しい笑みをわたくしに見せてくれなくなるのでしょうね)



 改めて癒しの笑顔だと実感したばかりなのに、先程の時間が最後だと思うと切なくなってしまったカトリーナは無意識に軽く視線を落としてしまう。

 外回廊には、重々しい沈黙が流れた。



「カトリーナ嬢は、誰よりも素敵な令嬢です!」

「え!?」



 突然、アルトがカトリーナの手を握って声を上げた。

 先ほどの冷たい表情は消え、どこか悲痛な面持ちを浮かべて言葉を重ねる。



「僕は今まで出会った令嬢の中で、カトリーナ嬢ほど素晴らしい方に出会ったことがありません。勉強や振る舞いが一流なのはもちろん、驚くほどカイン殿下にかける情熱があり、こんな僕にまで優しくしてくれる寛容さも持っている令嬢は他にいません。それでいて、誰よりも美しいではありませんか!」

「ア、アルト様!?」

「学園でもカトリーナ嬢はあまりにも輝いているからすぐに見つけられますし、今夜だって多くの人が目を奪われていました。あれほど他の令息から羨望の眼差しを受けたのは、僕は初めてです。そんな僕も踊っている間はドキドキしてしまい、夢のような時間に感じていました。つまり、それだけカトリーナ嬢は魅力的な女性なんです。カイン殿下は色々と不運もあって誤解しているだけで、いつか伝わります。とにかくカトリーナ嬢は自信を持ってください!」



 ここまでアルトが一気に話すのは珍しい上に、まるで口説き文句のような言葉を並べてきたのは、カトリーナも完全に想定外。

 カトリーナに向けるアルトの眼差しは真剣そのもので、握っている手にも力が込められており、不覚にもドキドキしてしまった。

 ただ、それ以上にアルトの健気さが心を打つ。



(こんなに必死に励ましてくれるなんて……! 家族以外にこんなにも褒めてもらえるなんて久々だわ。悪女の道を進んでいるというのに、アルト様はまだわたくしを見限ることなく、カイン殿下の相手として相応しいと思ってくれている。ダンスのときといい、本当に優しい人……でも、アルト様の期待には応えられない)



 神スチルを拝むためという最大の目標があるのはもちろん、家族や友人のミアをはじめ、成長を見守ってきたカインとアルトの幸せも守りたい。

 そのためにも国の滅亡は回避しなければならず、ヒロインに奇跡のアクセサリーを覚醒させるため、悪役令嬢カトリーナは真実の愛の踏み台にならなければいけない。

 ごめんなさい。とわずかに胸の軋みを感じつつも、カトリーナは微笑んでみせる。



「もう少しカイン殿下を信じてみますわ」

「――はい。ありがとうございます」



 アルトは分かりやすく安堵の表情を浮かべると、握っていたカトリーナの手をそっと解放した。

 それからカトリーナは手に残るアルトの温もりに名残惜しさを感じつつ、「お兄様のところに戻りますわ」と告げて踵を返した。





 そしてどこかモヤモヤとした状態で、屋敷に帰ってきたのだが……。



「すんすん、アルト様と接触なさいましたか?」



 ネネが脱いだドレスを嗅ぎながら、カトリーナに問いかけてきた。



「接触って……アルト様とは一曲踊っただけよ」



 アルトは香りの強い香水は使っている様子はないし、紅茶の香りが優しく漂う程度。ダンス一曲くらいで香りが移るようには思えない。

 だがネネは、執念深くドレスの匂いを嗅ぎ続けている。



「最近は関わっていなさそうだったのに……ちっ」

「ネネはアルト様の何が気に入らないのよ」

「あの腹黒執……アルト様は、私から役目を奪う予感がひしひしとするのです。カイン殿下のもとに嫁いだあかつきには、私を排除して彼自らがお嬢様のお世話をするつもりでいると直感が告げています。すんすん。ほら、こんなにも、すんすん。お嬢様に執着の香りを纏わりつけて……! 貴族だろうが何だろうが、お嬢様の奴隷の座は奪わせません!」



 そう言ってネネは、上書きするように別の香水をドレスに吹き付けていく。

 どこか彼女はアルトに対してライバル視していると思ったら、謎の直感が働いていたらしい。



(アルト様が悪女のわたくしに執着するなんて、ありえないのにネネったら)



 このまま放っておいたら香水は勿体ないし、ドレスが臭くなりそうだ。



「ネネ、アルト様がわたくしのお世話をすることはないわよ。だってカイン殿下に婚約破棄してもらうつもりだから」

「婚約、破棄? 王太子ごときがお嬢様を捨てると!? もしやあのピンク頭」

「こら! 流れるようにナイフを出さないの! そもそも婚約破棄はわたくしが望んでいる夢を叶えるために必要な計画。協力者であるミアに危害を加えたら許さないわよ。もし計画の邪魔をしたらネネのこと捨てるから」

「私はお嬢様の忠実な奴隷です。絶対に邪魔しません」



 ネネは素早くナイフをスカートの中に戻し、ソファに座るカトリーナの前で正座した。

 もはやネネが主人を裏切り、カインサイドにつく可能性はゼロ。

 本編が始まって間もなく半年。そろそろ集大成の準備をするためにも、かねてより考えていた計画の一部を伝えるときがきたと判断する。




「忠実な奴隷なら、二重スパイくらいできるわよね? 実はそのうちカイン殿下が――」



 カトリーナがつま先でネネの顎をくいっとあげて計画を説明すれば、ネネはうっとりとした顔で「仰せの通りに」と従う意思を見せた。

 





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