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21話 油断大敵


(まさかお兄様と三回も踊ることになるなんて!)



 一緒に踊る曲数が多いほど、そのペアの仲の良さがアピールできるとあって、シスコン兄が張り切ってしまった。

 ハイスペック令嬢だとしても、休憩もなしにハイヒールで五曲通して踊ったカトリーナの足はふらふら。ウィリアムのことは彼の婚約者である令嬢に押しつけて、壁際でドリンクを飲むことにした。

 ちなみに婚約者の令嬢は、ウィリアムから「カトリーナとは三曲だったから、君とは四曲踊りたいな」と聞かされて涙目になっていた。

 先日、彼女はウィリアムに愛されすぎて困っていると言っていたが……頑張れ!としか言えなかった。



「……綺麗ね」



 ホールでは若い男女が、ドレスの花を咲かせるようにくるくると回っている。

 カインは連続六曲目にもかかわらず、一切疲れを見せる様子もなく涼しげな顔で踊り続けていた。



(さすが人気ナンバーワンの攻略対象。他の令嬢が相手でも優雅に踊るわね。アルト様と踊ったことで見れなかったけれど、ミアとのダンスも素敵だったんだろうな……って、ミアはどこかしら? もう少ししたらミアのドレスにぶどうジュースをかけなきゃいけないのに)



 カトリーナはぶどうジュースが入ったグラスに、自身の渋面を映した。

 王道の嫌がらせイベント『ドレスにワイン』を未成年らしくぶどうジュースで実行するのだが、ホールを見渡してもミアの姿を見つけることができない。


 ヒヤッと嫌な予感がしたカトリーナはホールを出て、外回廊へと向かった。

 人通りがない中カツカツと早歩きで向かった先では茶髪の令嬢にミアが絡まれるという、原作にはないシナリオが発生していた。



(学園では見ない顔だから、学園の卒業生かしら。生徒会で真面目に働いているミアは学園の令嬢からは人気が高まってきているから、あの令嬢は自分より先にダンスに誘われたのが気に入らなかった人ね――って、そんな!)



 茶髪の令嬢が手にしているグラスはすでに空で、ミアにワインをかけ終わっていた。

 ミアの白いドレスは胸元が紫に染まり、下に向かって雫が流れていることから、ワインをかけられて数秒以内だと察せられる。



「何をしているのかしら?」

「カ、カトリーナ様!? こ、これは、その」



 目を吊り上げてふたりの間にカトリーナが割り込めば、茶髪の令嬢は目を丸くしながら小さく体を震わせて弁明の言葉を探す。



(わたくしに現場を見られて叱られると思っているのかしら? はっ、この程度で怯えるなんて片腹痛いわ。覚悟もなしにヒロインに嫌がらせなんて……悪役令嬢であるわたくしから役目を奪おうなんて許さないわよ)



 冷たい眼差しで睨みながらカトリーナは、自分が持っていたグラスを傾けてぶどうジュースを茶髪の令嬢のスカートにかけていった。



「ひっ!? わ、私のドレスが!」

「このピンク頭はわたくしの獲物なの。理由は分かるでしょう? 勝手に手を出すなんて馬鹿なことをしたわね」

「あっ……も、申しわけ、あり」



 茶髪の令嬢がガクガクと唇を震わせ謝罪の言葉を紡ごうとするが、カトリーナは許すことなく遮る。



「謝罪は不要よ。さっさと消えて。それとも消されたい?」

「――っ!」



 カトリーナの迫力に押された茶髪の令嬢は、顔を引きつらせてどこかへ向かって走っていった。

 外回廊にはカトリーナとミアだけが残される。



「……ご、ごめんなさい。私の不注意で……ごめんなさい」



 シナリオと違ったことが起きてしまったとミアも分かっているのか、彼女はシミが広がったドレスを見つめ立ち尽くしている。

 このままホールに戻ったところで、嫌がらせイベントの再現は不可能。

 原作から外れたらどうしようと恐れていたミアにとって、この失敗は取り返しのつかない大変なことだと思っているのだろう。緑の瞳に涙をたっぷりと浮かべて、カトリーナを見つめた。



(可哀想に。でも大丈夫よ。このわたくしがついているんだから)



 言葉に出すことなくカトリーナが口元に弧を描いたとき、待っていた人物が現れる。



「カトリーナ! ミア嬢に何をしている!」



 カインが物凄い剣幕で、カトリーナの前に立ちはだかった。

 カトリーナは優雅に微笑んで見せる。



「何、とは?」

「グラスに残っているものと、シミの色は同じ紫。ミア嬢のドレスに飲み物をかけておいて、とぼける気か?」

「……少々手が滑っただけで、何も悪いことはしておりませんわ。それよりカイン殿下はダンスの休憩ですか? それなら、わたくしともう一度ダンスを――っ!?」



 カトリーナがカインの腕に手を伸ばそうとしたが、躱されてしまう。



「私はミア嬢を別室に案内する」

「なんですって? わたくしを放っておくつもりですの?」

「故意ではなくても、自分のせいで相手のドレスを汚したのならフォローすべきでは? だが、カトリーナには任せられそうにない。この場は私が引き受けた。ミア嬢、カトリーナがすまない。行こう」



 カインはミアの手を取ると、カトリーナに一瞥することなく歩き出した。

 動揺したミアはカインとカトリーナの間で視線を彷徨わせるが、カインに手を引っ張られるままこの場を離れていった。

 下唇を噛み睨んでいたカトリーナは、主要キャラ二人の姿が見えなくなった瞬間に安堵のため息をつく。



(はぁぁぁぁあ、何とかなったぁ。念のためホールを出る前に闇落ちしそうな表情を浮かべて、カイン殿下の前をわざと通っておいて良かったわ。案の定、わたくしが何かしでかすと予想して、キリの良いタイミングでホールを抜け出してくれた上にいい感じに勘違いしてくれた……!)



 場所は原作と変わってしまったが、『悪役令嬢がヒロインのドレスを汚し、ヒーローが助け出す』という条件は達成できただろう。

 どうしても中の人が転生者なので、シナリオに誤差が出てしまうのは当然のこと。

 問題はそれをどう修正していくか。ミアより転生歴の長い先輩として、きちんと後輩のフォローができて良かったとカトリーナは温まる胸に手を当てた。

 そのとき。



「どうして、本当のことを言わないのですか?」

「――アルト、様?」



 どうしてここにいるのか。どこから見ていたのか。

 外回廊の柱の影から姿を現したアルトに、カトリーナは息を呑んだ。

 彼の顔にはいつもの柔らかな笑みはなく、感情のない人形のような表情を浮かべている。



「ミア嬢のドレスに飲み物をかけたのはラチア伯爵家の令嬢でした。あぁ、どうして知っているか? ずっとカトリーナ嬢を見守っていたため、ホールから出ていくときも付いてきていたのです」



 見守りと言っているが、カインに監視を命じられたと思われる。

 つまり、アルトは最初から見ていたらしい。



「もう一度聞きます。なぜカイン殿下に真実を証言せず、カトリーナ嬢が罪を被るようなことをしたのですか?」



 彼は長い脚で距離を詰め、真実を探ろうと闇色の瞳でカトリーナの金色の瞳を覗き込んだ。

 

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