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20話 悪役令嬢の座は譲らない


 今夜は貴族の令息令嬢が、社交界でひとり立ちをする夜会『白鳥の会』。

 年に二度行われる神殿主催の集いで、対象者は二十五歳未満の貴族に限られている。この夜会に参加すると夜会に両親の同伴が必要だった彼らも大人と認められ、今後はひとりで社交界に顔を出せるようになるのだ。


 今回は王太子のカインの初参加とあって、会場には多くの若者が集まっている。白鳥の会と呼ばれていることから、参加者は定められた白い礼服とドレスを身に纏って始まりのときを待っていた。



(ちゃんと来ているわね)



 控室のマジックミラーから会場を見渡していたカトリーナは、ミアの姿を見つけて密かに口元を緩ませる。

 すると迎えにきたカインが肘を出し、エスコートの姿勢をとった。



「カトリーナ、そろそろ時間だ」



 その表情はよく言えばクールであり、悪く言えばぶっきらぼう。仕方なくカトリーナのエスコートをしているのであって本当は不本意である、と顔に書かれていた。

 他の人からはバレないだろうが、何年も鑑賞しているカトリーナには筒抜けだ。



(以前よりは感情を隠すのが上手になったけれど、もう少し成長してほしいところね)



 そう思いながらカトリーナは、敢えて豊満な胸を押しつけるように腕を絡めた。



「カトリーナ、私が思うエスコートと違うのだが?」



 カインは眉間に深い溝を刻んで、ギロリと睨んだ。

 それに対して、カトリーナはうっとりと目を細めてみせる。



「だって、最近カイン殿下とのお時間が少なくて寂しかったんですもの。少しくらい良いではありませんか」

「立場を弁えてくれ。私たちは無様な姿で前に出ることはできないことを、忘れたわけではないだろう?」

「……仕方ありませんわね」



 カトリーナは渋々といった態度で、カインの腕にそっと手を添えるだけの姿勢へと正した。

 成長したカトリーナは、自分で言うのもなんだが、かなり美女である上に色気がある。学園でも、彼女が小さなため息を漏らしただけで見惚れる男子生徒は多いのだ。

 しかし、カインはドストレートな誘惑にすら一切なびかない。



(感情の隠し方はまだ未熟だけれど、ちゃんとヒロインに一途なところは最高よ)



 ハニートラップに引っ掛からない部分は、とても素晴らしい。

 カインの成長にほくほくしながら、カトリーナは会場入りをした。


 白鳥の会は、今回デビューする令息令嬢のダンスから始まる。

 ファーストダンスは婚約者がいれば、婚約者と。相手がいない場合は、会場にいる異性を事前に誘っておくのがマナーだ。

 もちろんカトリーナの相手はカイン。踊り慣れた相手なので、どの組よりも優雅なダンスを披露してみせた。



「私は他の令嬢と踊ってくる。カトリーナは、あとは好きにしていてくれ」



 白鳥の会において王太子であるカインは王家の務めとして、可能な限り他家の令嬢とも踊ることが求められている。

 彼はカトリーナとのダンスを終えると、彼女のもとから離れていった。

 そして多くの令嬢が期待を寄せる中、カインが最初に声をかけた相手はミアだった。


 今日のミアのドレスは上質なシルクで仕立てられたプリンセスラインのドレス。スカート部分には緻密な刺繍が施されており、シンプルながらも上品さがあった。

 普段は可愛いミアも、今日に限っては美しいという言葉が相応しい。



「ミア嬢、いつも生徒会ではありがとう。一曲、お願いできますか?」



 表情はクールなままだが、眼差しはカトリーナに向けられていたものより柔らかい。

 そっと恥じらうミアの手が重なったときには、もうカインの目にはヒロインしか映っていなかった。

 原作のシナリオ通りであることに加えて、三番目に大好きなスチルが目の前で現実となっている。



「――っ」



 カトリーナはわずかに目頭が熱くなるのを感じた。

 転生して九年。これまで小さなイベントを成功させてきたが、ようやくカインルートが順調だと目に見える形になって感慨深くなる。



「カトリーナ嬢、僕と踊っていただけませんか?」

「?」



 カトリーナは悪女としての名声が高まっている令嬢だ。

 ダンスを申し込んでくる猛者がいるとは思っていなかった彼女は驚きつつも振り返り、相手を知っていたずらな笑みを浮かべた。



「あら、アルト様。わたくしでいいんですの?」

「はい。ぜひ僕にカトリーナ嬢のお時間をいただければと」



 アルトは軽く腰を折りながら、恭しく手の平を向けた。

 今日のアルトは珍しく礼服姿だ。幼馴染のカトリーナでも彼の執事の制服と学園の制服姿ばかり見てきたので、少しばかり別人に見えてしまう。

 同世代の貴族の中でも、群を抜いて落ち着きがある彼は大人っぽい色気がほんのり漂っている。

 カトリーナは少しばかり心臓の鼓動が速まったのを感じつつ、アルトの手を取った。



「お受けいたしますわ」

「良かった。こちらの方へ」



 アルトに連れられ、カトリーナはホールの空いている場所へと連れられた。

 そうして腰に回された彼の手の大きさと、カトリーナが手を添えた彼の腕の逞しさに密かにドキリとしてしまう。

 しかもこうして踊っている間も、カトリーナの視界にカインとミアのふたりが入らないようアルトは、自分や他者で壁ができるようにリードしてくれていた。


 先ほどまで自分がカインとミアを熱い眼差しで見つめていたことが、心痛めているようにアルトの目には映ったらしい。

 誰からもダンスに誘われず、ふたりを眺めなければいけないという状況を心配して声をかけてくれたのだと今になって気付いた。



(わたくしのために……っ、どこまで優しい人なの?)



 あまりにもさりげない気遣いに、カトリーナの胸の奥が疼く。

 傲慢な悪役令嬢としての評判が広まっている今、表立ってカトリーナに心配を向ける人は基本的に家族だけ。

 心配する声をかけてくる相手の態度には媚びが含まれていて、何かしらの下心が見え隠れしてた。

 だからか、余計にアルトの押し付けない心配の仕方に感動してしまった。



「アルト様は本当に素敵に成長なさいましたね」

「カトリーナ嬢に子ども扱いされている状態ではまだまだですよ」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」 

「ふっ、良いんですよ。その方が、もっと立派になろうとやる気が燃えますから」



 そう言ってアルトが微笑みを浮かべれば、カトリーナの心臓の鼓動はますます速まる。



(きゃー! 私の癒し、推し、アイドル! アルト様やっぱり素敵。最近カイン殿下に避けられている分、アルト様とも会えていなかったせいもあって、マイナスイオンの効果がえぐいわ♡)



 ちょうど二曲目のダンスが終わったが、もう少し鑑賞したくなってしまう。

 しかし白鳥の会は令息令嬢のひとり立ちの夜会であると同時に、学園の生徒以外の人との新しい出会いを求める場でもある。いまだに婚約者のいないアルトにとっては貴重な機会。



「アルト様と踊れて良かったですわ。わたくしはお兄様とも踊る約束をしているので、ごきげんよう」



 邪魔するつもりのないカトリーナはアルトと体を離すと、笑顔で兄ウィリアムのもとへと向かったのだが……。


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