19話 ヒロインの心の拠り所※ミア視点
「本当にミア嬢は仕事が早いな」
生徒会室で資料を確認していたカインからそう言われたミアは、微笑みながら頭を軽く横に振った。
「そんな。でも、ありがとうございます。前からやっていたことが、カイン殿下のお役に立って嬉しいです!」
前世は財閥系の社長令嬢として、あらゆることを叩きこまれてきた。
勉強にピアノをはじめ、未来の婚約者=次期社長を支えるための秘書の仕事まで幅広く経験を積んできている。
婚約者は祖父が決めると言っていて、まだ相手はいなかったが……きっと愛情は求められない相手だっただろう。血筋、学歴、親の職業など、高いハードルが設定されているのは知っていたが、自分の好みは聞かれたことがなかったからだ。
とにかく厳しい祖父や父のもとで資料の整理や、名簿をまとめることを前世で大量に経験していたミアにとって、生徒会での仕事はそれほど難しいものではなかった。
「公務と比べれば難しいものは多くはないが、やはり学園の運営には重要なものばかり。できるだけ、しっかりと取り組みたい。ミアが優先順位を判断して資料を整理してくれて助かるよ」
「いつでも頼ってくださいね」
もっと難しい問題もどんとこいと言いたげに、ミアは胸を叩いた。
すると、カインの顔は綻ぶ。
「あぁ、生徒会に入ってくれたのがミアで良かった」
「――っ、恐縮です。では私はお茶の用意をしに少し失礼します」
カインの眩い微笑みに舞い上がりそうになる気持ちを抑えながらミアは、生徒会メンバーにお茶を淹れるために隣の部屋に飛び込んだ。
今日はアルトが急用でカインの側を離れているため、ミアがお茶の係に名乗りを上げていたのだが。
(~~~~前世で頑張ってきて良かったわ。カイン様に褒められちゃった♡)
ミニキッチンの前で、ミアは感激で身を震わせた。
家族からはどんな分野でも常にトップでいることを求められ、周囲からできて当たり前と過度の期待を押し付けられ、褒め言葉には多くがお世辞と媚びが含まれていた前世。
頑張っても、どれだけ努力を重ねても、疲れた体に鞭打って成果を上げたとしても、報われたという達成感とは程遠い生活だった。
そんな生活の癒しだったのが、『奇跡のアクセサリーと救国の転入生』という乙女ゲームだった。
特にメインヒーローであるカインには、強く興味を引かれた。
王太子としての責務を課せられ、婚約者も政略的に決められて選択肢がないところが自分と重なったからだ。
しかしカインは重圧の中でも力強く立ち上がり、悪役令嬢という障害すらも乗り越えて、最終的には自ら選んだ愛する人との未来を手に入れる。努力が実るということを、体現していた。
親が定めたレールの上で、ロボットのように生きていこうと人生を諦めていた前世で、カインというキャラクターは憧れであり励みとなる存在になった。
疲れるたびに、スマホ越しのカインに癒される。それを繰り返しどんどん夢中になった彼女は、いつのまにかガチ恋勢となっていた。
だから珍しい病で急死してしまったものの、アク転の世界に転生できたと知ったとき、神様から幸せを手に入れるチャンスをもらえたと思って喜んだものだ。
『前世では、カイン様の存在に救われた。次は、私が悪役令嬢カトリーナからカイン様をお助けしますね』
そうして他の攻略者など目もくれず、カインルートへ突進したのだが……。
(まさか悪役令嬢カトリーナも転生者だったなんて。知ったときは世界が終わったと思ったけれど……中の人があんなに素敵なお姉様だったのは、幸運以外の言葉が見つからない♡)
アク転の世界に転生できたとき喜びで目を逸らしていたが、『失敗したら国が亡びる』というプレッシャーもどこかで感じていた。
自分が選択ミスをしたせいで、カインはもちろん大勢の人が犠牲になるかもしれないという恐怖は、ひとりで正面から受けられるほど軽くはない。
そんな中で惜しみない協力を宣言してくれた転生カトリーナは、ミアにとって女神の降臨のようだった。
だって前世での指導者たちは『そんなことも分からないのか。自分で考えろ』『失敗しただと? ひとりで反省するんだな』『勝手な行動をするな。お前は言われた通りにすればいい』とだけ言って、前世のミアが自分で考えて行動し、失敗すれば勝手な行動だと怒ってきた。
一方でカトリーナは悪かったところを的確に指摘し、次にどうすればいいか教えてくれる。そして成功すれば、思い切り褒めてくれる。
物語が完結した先に待つ、王太子の婚約者という立場は甘くはない。
向けられる妬みやっかみに耐性をつけ、むしろ利用して味方を増やすような行動を取れるようになる必要がある。
カトリーナが現在重ねている嫌がらせは、未来で上手く立ち回るための練習も兼ねていると教えられた。
『あなたは可愛いヒロインなのよ。自信を持ちなさい。一緒にカインルートを成功させるわよ』
自分のバッドエンドなど、なんのその。カトリーナは、ミアの夢のゴールまで力強く導いてくれようとしている。
誰かの背中をこれほど追いかけたいと思ったのは、前世から通しても初めてのこと。
令嬢として美しく高潔。自分にも厳しく、カインを凌ぐほどの努力家。お姉様と呼びたくなるほど、面倒見が良い。
それでいて、ときどき可愛い。
「はぁ♡ カティお姉様」
惚れない方がおかしい。異性としてはカインがもちろん一番好きだけれど、人類として……となるとカトリーナが一番だと言えた。
カトリーナと会うたびに、本来の自分を取り戻していくような感動がある。
忘れていた自然の笑みを思い出せたし、不安なとき素直に甘えることもできるなんて、前世から通してもどれくらいぶりだろうか。
起伏が無くなっていた感情が、どんどん豊かになっていく。
ミアの口からは、思わず甘いため息が漏れ出てしまった。
(――は! 家宝のアクセサリーを覚醒させるためには、真実の愛を育む必要があるのに、危うく新しい扉を開くところだったわ。国を滅亡させ、カティが望む断罪スチルも田舎でのスローライフの夢も壊すなんてこと駄目! カティが一緒に頑張ってくれているのに、裏切るようなことをするわけにはいかない!)
自分の夢を応援してもらっているのだから、ミアもカトリーナの夢を応援するべきだろう。
ミアは自身の両頬を軽く叩いて気を引き締め直すと、人数分の紅茶を持って生徒会室へと戻る。
生徒会は外部講師の選定と招待、課外授業の企画、学園祭といったイベントの運営、授業に使う教材の仕入れ、風紀の取り締まりなど多くの仕事を抱えている。
いずれ未来の国を支える幹部として、今から大きな裁量権を持つことになれる意味があった。
アク転の攻略ヒーローたちが全員そろって真面目に仕事をしている光景は、実に絵になる。
が、ミアは見惚れることなく、笑顔でひとりひとりにティーカップを配っていく。
「皆様、お疲れ様です。少し息抜きしてくださいね」
カイン以外のキャラクターは、未来で国王を支えることになる側近ばかり。
原作ゲームで詳細な描写はなかったけれど、カインの後ろに控えていたことから悪役令嬢の断罪でも力になってくれるはずだ。
カインを支えつつ、ちゃんと悪印象は持たれないように振舞うことも忘れない。
(カトリーナが、自分を土台にして踏み越えて行けと言ってくれているんだもの。私も頑張らないと……!)
これほど嬉しい期待のかけられ方をミアは知らない。
期待に応えたいと思ったことは過去に何度もあったが、相手が望む以上の結果を残したいとまで思えるのはカトリーナが相手だからこそ。
ミアは改めてカインとの恋の成就に気合を入れたのだった。