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17話 嫌がらせも華麗が鉄則

 まだ空が白むような朝、カトリーナは目を覚ました。

 ベルを鳴らせば、侍女ネネが瞬時に現れる。



「今日もキレのあるドリルで、リボンはダイヤ付きのを」

「承知いたしました」



 悪役令嬢の華麗なるドリルの完成には時間がかかる。

 エレガントに見えるような巻数と、カーラーのサイズは研究済みで、夕方まで解けないような工程を踏まなければならない。

 その上、髪が傷まないよう注意も怠ってはならず、高い技術が必要とされている。帰宅後のアフターケアも必須だ。

 この完璧なドリルを作れるのは公爵家の中でもネネのみで、彼女がいなかったら理想の悪役令嬢の朝は始まらない。

 髪を巻いている間に濃いめの化粧を施せば、傾国の美女と自画自賛したくなるような姿が出来上がった。



「今日も完璧よ。ふふ、また腕を上げたわね」

「あぁ神よ、本日もカトリーナ様のご尊顔と御髪に触れられて幸せです。感謝いたします」



 カトリーナがドリルの出来を褒めれば、今日もネネは胸の前で手を組んで一筋の涙を流しながら神に祈り始める。

 相変わらず、侍女の様子がおかしい。

 もしかしたら裏切ってもらえる可能性が残っているのでは?と一縷の希望に縋り、一日使って汚れたハンカチをプレゼントとして押し付けたり、飲みかけの水を頭からかけたのに……なぜかどちらも喜ばれた。



(どう考えても虐めているのに……別の意味でネネが怖くなってきたわね。まぁ、私が酷い行いをしていても家族は止めようとしないことが確認できてるから、ミアへの嫌がらせも堂々とできるんだけれど)



 カトリーナが断罪されたあと、家族はちゃんと領地の田舎に匿ってくれるだろう。

 安心してイベントを進められるというものだ。

 彼女は上機嫌で家族全員と朝食をとり、王宮へ出仕する兄ウィリアムと同じ馬車に乗って、愛が重い見送りを受けながら先に学園前で降りた。



「さぁミア・ボーテン、今日も楽しみにしてなさい」



 カトリーナは自身の教室を素通りして、ミアが所属する教室へと入っていった。

 誰よりも早く登校しているため、教室には誰もおらず、校内にいる生徒も数人程度。


 実はここがポイントだ。


 犯人がカトリーナだと証言してもらうためには、目撃者が必要。しかし、大勢いても都合が悪い。

 ほんの数人、というところが大切であるため早朝の犯行が狙い目。

 直接ミア本人に教えてもらった机を確認し、カトリーナは茶色の絵の具を取り出した。

 指に特殊な絵の具をちょこんと乗せて、机の縁にスーッと塗る。


 これは序章だ。次はイスにも塗っていく。

 絵の具が塗ってあるとすぐには分からないよう薄く、かつ丁寧に広げていった。

 机に触れれば袖が汚れ、イスに座ればお尻が絵の具で染まる。改造していない正規の制服は真っ白なので、多少乾いていても付着した絵の具は目立つはずだ。



「ふふふ、嫌がらせも美しくなくては」

 絵の具を塗り終えたカトリーナは『完成』が楽しみで、うっとりと頬を染めた。



 しばらくして。



「きゃあ!」



 一限目が終わったとき、隣の教室から可愛らしい声の悲鳴が聞こえた。

 ミアの声に間違いない。



「ふふふ、うまくいったかしら?」



 速やかに席を立ったカトリーナは、次の授業場所に向かうふりをしてミアの教室の前を通る。

 チラッと横目で様子を確認すれば、口元を押さえ小さく震えるミアがいた。彼女は大きな瞳には涙をたっぷりと溜めていて、実に可哀想なヒロインを体現している。

 ミアの真っ白な制服に起きた悲劇に、周囲の生徒も心配そうに声をかけていた。



「悪くないわね」



 騒ぎを確認しに教室に駆けつけたカインを見届けたカトリーナは、口元に弧を描いてその場をあとにした。



***




「カトリーナ様の芸術性の高い嫌がらせ、さすがだったわ!」

「おーほほほほ、当たり前よ。わたくしは悪役令嬢なんですもの」



 学園が休みのある日。

 公爵家にやってきたミアは、カトリーナの部屋で先日のペンキ事件を絶賛した。

 家族と周囲には、ミアのことを孤児院からやってきた第二のネネ候補と説明している。ヒロイン講習を受けさせるために、ミアに変装させたうえで、密かにカトリーナが呼びつけたのだ。



「袖についた机の絵の具に気を取られていたら、椅子にも絵の具がついているなんて、完全に油断していたわ! 後ろの席の人に指摘されて見てみたら、お尻に大輪の薔薇が咲いていたんだもの。あまりの綺麗さに洗うの勿体なかったなぁ」

「でしょう? 絵の練習をしておいて良かったわ」



 真っ白な制服のキャンバスに、お尻に咲く大輪の薔薇。少し乾いたことで茶色の絵の具は赤みが増し、カトリーナの髪色に似た色合いとなっていた。

 犯人は自分だと主張しつつ、素晴らしい絵の出来栄えにカトリーナの顔は緩む。



「満足してもらえてよかったわ。でも、ちゃんと悲しんでいるように見せなきゃ駄目だからね。それでいて、カイン殿下の力を借りることには遠慮する。大丈夫でしょうね?」

「うん! カトリーナ様の芸術性に感動して顔がにやけていたんだけれど、カイン様は私が強がっているだけと思ってくれたようで、シナリオ通り新しい制服を生徒会で用意してくれたわ」

「……結果オーライね。でも、今後は気をつけるのよ?」

「分かりました!」



 確かに、涙目で恥ずかしそうにお尻を気にするミアは可愛かった。カトリーナでさえ、守ってあげたくなるような気持ちになった。

 正義感溢れるカインの心が動かないわけがない。

 カトリーナはいい仕事をしたと自負する。



「本当に、カトリーナ様と出会えて良かったです」



 ミアがカトリーナの両手を包み込んだ。



「私って演技が下手だから、嫌がらせを受けた時に涙を浮かべられるか心配だったの。でもカトリーナ様があまりにも素敵で、意外性のある嫌がらせをしてくれたおかげで、感動の涙が浮かんだんです。本当に協力してくれるのが嬉しくて泣いちゃいました」

「わたくしは、物語のハッピーエンドのために当然のことをしただけよ」

「そうかもしれないけれど、カトリーナ様に転生したのが優しいあなたで良かった。大好きな人に振り向いてもらえるチャンスをくれてありがとう!」



 眩しすぎるミアの笑顔に、カトリーナは目を細めた。

 ミアは純粋で、明るく素直で、カインに一途。最初は空回りしてイベントクラッシャーになりかけていたが、肩の力を抜けばカトリーナがシナリオ指導しなくても、カインを攻略できそうな魅力的な女の子だ。

 そう……ミアは本気でカインに恋をして、その思いを成就させようとしている。



「ねぇ、なんで本気になれるの? シナリオイベントを利用したことで好かれて嬉しいものなの?」



 言い終えて、ハッとしたように口に手を当てた。

 ただ、これはずっと胸に引っかかっていた違和感から出た質問だった。

 今カトリーナたちがやっていることは、アク転の物語をなぞっているに過ぎない。

 どんな行動を取ればヒーローに好かれ、嫌われるか。前世がなければ持っていない情報を、こそこそと使っている状態。



(裏ワザというか、なんだかズルをして相手の心を手に入れているみたいではなくって? 本気でカイン殿下を好いているミアにとって、虚構の愛情とならないか……いつか、ふと冷静になったミアが傷ついたりしないかしら?)



 カインの伴侶――王妃になれば、背負わなければいけない責任が多くなる。その重みが辛くなったとき愛が支えとなればいいが、その愛が虚構だと思ってしまったら重圧に潰されかねない。

 そう心配になったのだが、この質問は今まさにカイン攻略を頑張っているミアに対して、水を差すようなものだったかもしれない。



「ごめんなさい。気にしな――」

「私は嬉しいよ! 好いてもらえるのなら、イベントが理由で問題なし!」

「え?」



 カトリーナの心配をよそに、ミアはキラキラとした笑顔で即答した。


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