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14話 ルート確定

 攻略者たち全員が手を差し出している中、ミアの視線はひとりに絞られていた。



「カ、カイン殿下!? 申し訳ございません! カイン殿下と知らず、このようなお手伝いをさせてしまって大変失礼いたしました!」



 ミアはカインから最初にプリントを受け取ると、他の攻略者にも深々と頭を下げながら残りも回収していく。



「いや、プリントくらい構わない。それより下校時間は過ぎているのに、どうしてここに?」

「私、ボーテン男爵家のミアと申します。留学先の学校の授業の都合で、皆さんから一週間遅れで入学することになりました。それで今日は制服や教科書を受け取りに来たんです」



 証明するようにミアが途中入学の証明書をカインに差し出した。

 カインは証明書に目を通すと、すぐに返す。



「転入生か。学園の入学前に、留学するなんて勉強熱心なんだな」

「恐縮です……!」

「引き留めて悪かった。帰って良いぞ」

「はい! 失礼しました!」



 ミアは勢いよく頭を一度下げてから、駆けるように校門へと向かっていった。

 そしてカインの視線は、ミアの背に真っすぐに向けられていた。

 攻略者たちの影から見守っていたカトリーナは、心の中でガッツポーズを決める。



(っしゃあぁぁぁああ! カインルート決定! 媚びの含まれない礼儀正しさと、初々しい態度に新鮮さを感じたのをきっかけにカイン殿下はミアに興味を持つんだけれど、完璧だったわ。オープニングスチル、生で見れちゃった♡ このまま断罪スチルも原作通りいらっしゃい!)




 運命はカトリーナに味方し、断罪される悪役令嬢はカトリーナに決まった。

 切望していたルートに入ったことに彼女は喜びを噛みしめながら、原作通りの台詞を口にする。



「カイン殿下、どうされました? あの小娘が気になりまして?」



 いつもと様子の違うカインの眼差しに気付いた原作カトリーナは、このときからミアを敵視するようになる。

 しっかり牽制するように、鋭い視線で彼を見上げた。



「……いや、別に。行こう」



 カインは瞳の温度をぐっと冷たいものに戻し、馬車停に向かって再び歩みを再開させた。

 カトリーナは誤魔化された振りをして、大人しく彼に追随する。



(えぇ、行きましょう。カインルートのハッピーエンドへ!)



 カインの背を見つめながら、カトリーナは黒い笑みを浮かべたのだった。



***



 ミアと遭遇してから一か月。最初の実力試験の結果が張り出された。

 なんとミアは、努力の塊のカインと天才肌カトリーナを差し置いて、原作通り首席を取っていた。

 首席を取った学生は、基本的に生徒会に入るのが伝統なのだが……。



「本当に、ミア様を生徒会に入れますの? 首席といっても、男爵家の令嬢でしてよ。先日も落ち着きがない姿を見ましたし、品位が足りないのでは?」



 カトリーナは生徒会室に突撃し、カインに問いかけた。

 生徒会は、基本的に一つ上の先輩たちによる指名制。カインが生徒会長に指名されていることから分かるように、基本的には成績優秀な高位貴族から選ばれる。


 しかし公爵令嬢であり、成績もよいカトリーナは指名されなかった。

 それは良くない噂が多すぎるからなのだが……とにかくカトリーナは、自分が入れなかった生徒会に入れるミアが気に入らないのだ。

 だから、ちゃんと転生カトリーナも原作に倣って抗議を入れておく。



「どうしても高位貴族でまとまってしまう生徒会が、健全に運営できるように先輩たちが考えた伝統だ。身分関係なく迎えることで、視野を広く持つことができるだろう。過去には平民の生徒も数多く生徒会に加入していたが、問題なかったという記録がある。今回だけ例外は認められない」



 カインは正論を告げると、すぐに手元の資料に視線を戻した。

 誰がどう見ても、冷めきった関係だ。

 サロンにいる生徒会メンバーは、息を殺して成り行きを見守ることしかできない。



「そういうことだ。作業に集中したいから、もう外してくれ」

「――っ、わたくしは注意しましたからね。苦労しても知りませんことよ。失礼しますわ」



 カトリーナはそれだけ言い残すと、不機嫌な態度を露わにして生徒会室をあとにした。



(わたくし今の演技、完璧だったのでは?)



 悪役令嬢としての振る舞いを日々研究し、台詞のイメトレをしてきた成果があったというものだ。

 誰もがミアに嫉妬し、カインの気を引こうとしているヒステリックな婚約者に見えたことだろう。

 でもまだ序の口。この程度で満足してはいけないと、カトリーナは気を引き締め直す。



「カトリーナ嬢」



 すると、サロンから少し離れたところで呼び止められた。

 振り向けば、アルトが駆け足でカトリーナを追ってきていた。

 忘れ物をするようなものは持ってきていないし、今度の夜会のドレスの色については、先日カインと手紙で打合せ済み。

 このタイミングでアルトが追ってきた理由が分からず、カトリーナは頭を傾けた。



「何かございましたか?」

「えっと、お送りさせてください」

「え?」



 すっと、アルトが手を差し出した。

 カトリーナは意図が汲めず、アルトを見つめ返す。

 王宮での茶会の席では、外聞を気にしてアルトがカトリーナの相手役をカインから引き継ぐこともあった。


 しかし、ここは生徒の単独行動が当たり前の学園。カトリーナがひとり廊下を歩こうが何も問題はないはずなのだが。



「まさか、カイン殿下が気遣ってくださったのかしら?」

「い、いえ……」



 アルトが気まずそうに視線を落とす。

 一方でカトリーナは心の中で「ですよね」と笑った。今更あの王子が、苦手とするカトリーナに優しくするはずはない。



「では、どうして?」

「僕からカトリーナ嬢を送りたいと殿下にお許し願ったのです」

「へ?」



 悪役令嬢らしからぬ、庶民的な声が出た。



「最近カトリーナ嬢とはお話できなかったので、どうお過ごしになっているか少しお聞きしたくて……ご迷惑でしたでしょうか?」



 アルトはバツが悪そうに苦笑した。

 確かにここ数か月は、入学準備で慌ただしくてカインとの定例茶会は休止中。

 生徒会のサロンに突撃しても、今日のようにすぐカインに追い出されるので、アルトときちんとした会話は久々だ。



(すっかり男性の手だわ)



 ふと、差し出されたアルトの手が気になった。想像していたよりも手は大きくなり、節が目立って少年から青年の手になりつつある。



「やはり殿下以外と歩くのは望まれませんよね? 勘違いが生まれても大変ですし――」



 カトリーナが思わず見つめていると、アルトは手のひらをぎゅっと握りこんだ。

 慌てて、彼の手を両手で包み込む。



「大丈夫ですわ! アルト様が殿下の代わりに、わたくしをお送りするのは周知されておりました。学園でも、きっとアルト様は殿下の命でなされていると皆さま思ってくださるわ」

「カトリーナ嬢」



 カイン王子ルートが決定した今、悪役令嬢カトリーナは徐々に孤立していかなければならないというのに、どうしてか断れなかった。



(あと何回、このように並ぶことができるのかしら)



 アルトからの誘いも、物語が進んだら減っていくだろう。

 このひとときが急に貴重に思えて、断るのが惜しくなってしまった。



「友人のエスコートを迷惑だなんて思うはずがないでしょう?」

「本当にお優しい方ですね。何故、カイン殿下はカトリーナ嬢と向き合おうとしないのか」



 ため息とともに零したアルトの疑問に、カトリーナは黙って微笑みだけを返す。

 そして、ゆっくりと手を離した。



「ここは学園。お手をお借りするような正式なエスコートは不要ですわ。ただ、馬車までご一緒してくださると嬉しいのだけれど」

「もちろんです。では、行きましょう」



 二人はゆったりとした歩調で歩き出した。

 以前と同じように、お茶の銘柄や流行りの菓子など、他愛もない話をしながら馬車停へと向かう。



「そういえば、アルト様はまだ婚約の予定はないんですの?」



 アルトは伯爵家の跡継ぎで、王太子カインの信頼もめでたい。各方面からアプローチがあってもおかしくないのに、噂すら聞いたことがなかった。



「やはり、僕の目の色が気になるんでしょう」

「こんなに落ち着きある雰囲気が出て、魅力を引き立たせている色ですのに!? 顔立ちだって良いではありませんか。まだ古臭い迷信に囚われて、アルト様の良さに気付かないなんて世の中どうなっているのかしらね」

「そんなふうに僕を褒めてくださるのはカトリーナ嬢だけですよ」



 そう言ったアルトの声は、わずかに寂しさが滲んでいるように聞こえた気がした。

 ふと気になってカトリーナは隣を見上げるが、相手はいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。



「アルト様は魅力ある男性だと、わたくしが保証いたしますわ。自信をお持ちになってくださいませ! もちろん待っているだけではいけませんわ。気になる方がいましたら、積極的に動くのですわよ。恋愛は弱肉強食。譲れない想いを抱いたら、引いてはなりませんわ」



 控えめなアルトは、ライバルに遠慮して身を引きかねない。強めに発破をかけておく。



「……つまり強引なくらいがいいと」

「嫌われない程度にですよ?」

「なるほど、覚えておきます」



 アルトの笑みには妙な含みがあった。

 もしかしたら気になる人を思い浮かべているのかもしれない。

 彼の恋が叶いますようにと、密かに願うカトリーナだった。


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