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11話 王子様ころころ

 次の定例茶会。

 約束の時間通りに応接間に着いたカインは、集まった面々に小さく息を呑んだ。


 いつも茶会はカトリーナとふたりだけというのに、今日はカインの両親である国王夫妻ならびにクレマ公爵夫妻まで待ち構えていたのだ。

 メインのテーブルとは別にセットされた席に、双方の両親は腰掛けている。


 国王夫妻は優雅にソファにくつろいでいるからまだいい。

 問題は、クレマ公爵家の人間だ。公爵が冷たい値踏みの視線を向けているだけでなく、慈愛の女神と称されているクレマ夫人まで疑心に満ちた眼差しでカインを見ている。


 よくよく見れば、部屋の角にウィリアムまで控えているではないか。こちらは今にも襲い掛かってきそうな猛犬の形相を浮かべていた。

 何も知らされていなかったカインは、ちらっとアルトに視線を投げかけるものの、感情の読めない微笑みを返されただけ。



「皆さんお揃いとは。カトリーナ、今日はどういった趣でみなを招待したのかな?」



 カインはすぐに見本のような微笑みを貼り付け、いつもの堂々たる態度で問いかけた。



(あら、思ったよりすぐに冷静になったわ。さすがカイン殿下。自分が何か試されていると気付いたようね。さぁ、今日はそのまま警戒しながら動いてくださいませ)



 カトリーナもまた微笑みを浮かべ、手でカインに着席を促しながら返す。



「保護者参観と思ってくださいませ。私の家族が普段の様子を見たいと言っていたので、それなら国王陛下と王妃殿下もご一緒に――と勝手ながら誘ったのです」

「なるほど。事前に言ってくれれば良かったのに」

「前の()()()()()()にお伝えしようとは思っていたのですが……ごめんなさいませ」

「――いや、謝るほどではない」



 カインが茶会でいつも早くに離席してしまうから言いそびれた、と暗に伝えれば彼の勢いがやや弱まった。相談漏れを責めることなく、あっさり許してくれる。

 カトリーナが帰るまできちんと付き合わないのは本来良くないことだと、ちゃんと罪悪感を抱いているらしい。

 苦手な悪女だから仕方ないと、この時点で開き直っていなくて良かった。



「ふふ、やっぱりカイン殿下はお優しいのね♡」

「……そんなことはない」



 罪悪感を追加で刺激していけば、会話の主導権はカトリーナが握ったも同然。

 彼女は話題を、最近勉強したものへと移していく。

 カインが得意な数学から始まり、カトリーナが質問を重ねて、彼の得意げな気分を上げていった。

 けれども次第に、カインの苦手な世界史へと移っていく。



「そう言えば、旧ラディーア王国は、攻め落とした隣国デルをどうして吸収することなく、属国に留めたのでしょうか?」

「旧ラディーア王国……?」

「デルには先住民族がいると聞きます。その部族をも支配下に置くには、すでに信頼関係を置いているデル王家の権威を残した方がいいと判断したものかと思えば、属国の統治は王家ではなく、ラディーア王国と内通していた伯爵家の人間でしたのよ!」

「そう、なのか」



 旧ラディーア王国は世界史に書かれている記述の中でも、マニアックな部分だ。

 相当興味を持って調べない限り、知ることのない地域の歴史。

 さすがのカインも守備範囲外のようで、顔に微笑みを貼り付けつつもカトリーナの話に困惑気味だ。

 一方で悪女の噂に頭を痛めていた国王夫妻はカトリーナの勤勉さに安堵の、クレマ家の三人は誇らしげな面持ちを浮かべる。



「伯爵家は元王女と婚姻を結ぶことで、支配をアピールして先住部族まで制御したかったと、私は予想を立てました」

「……なるほど」

「でも最終的には、伯爵家は元王女と結婚せず、旧ラディーア王国も命じなかったことで、先住民族の反乱でデル王国は滅びてしまったんですって! どうして合理的な方法を選ばなかったか不思議で不思議で。でもカイン殿下なら、歴史の裏事情まで網羅しているのでしょうね」

「――!?」



 突然の過大評価に、カインは緩やかな弧を描いていた口元をわずかにピクリと引き攣らせた。

 カトリーナの前では強がっているため忘れそうになるが、元来の彼は謙虚な性格。

 しかし数年かけて負けず嫌いを刺激され、強がってきたカインは、カトリーナの前では「私も分からない」と素直に言うことができなくなっていた。



(カトリーナ限定で、謙虚を忘れる刷り込み完璧♡ 本編が始まったら、ちゃんと対立できそうね)



 努力の実りにホクホクしつつ、カトリーナは間髪入れず追い打ちをかける。



「分からない自分が恥ずかしいですわ。カイン殿下に相応しくありたいと思っているのですが、なかなかうまくいきませんね。って、あら。もうこんな時間! カイン殿下はとてもお忙しく、今ごろならもうお開きの時間なのに」



 カトリーナが慌てたように言うと、応接間にピリッと緊張感が走った。

 お茶会が始まってまだ一時間も経っていない。婚約者同士で交流を深めるために両家が設定した席は、忙しくても時間を確保するのは当然のこと。最初は二時間ほどという約束だった。


 それが今やカインの都合で半分の時間で終わっている、さらに常習的になっているのは問題。

 保護者らの目には『身勝手な王子』と『放置されても怒らない健気な令嬢』のようにふたりは映っているだろう。

 国王は慎重に息子に問いかける。



「カイン、カトリーナ嬢の言っていることは真か? 本当にお前は途中で席を離れ、戻ってこないと?」

「……申し訳ありません」

「――っ、どうしてそんなことを」



 国王夫妻は顔色を悪くし、逆にクレマ公爵とウィリアムは顔を怒りで赤く染めて、理由を聞かせろと問い詰めるような視線を送った。

 クレマ夫人は愛娘が軽んじられていると知って、今にも泣きだしそうだ。

 針のむしろとなったカインは膝の上に作った拳に力を入れ、下唇を噛んだ。



(私の話にうんざりしていたから。茶会よりも勉強しているほうが有意義だから。それを私が責めることなく受け入れていたから甘えていた――なんて言えないわよね。可哀想なカイン殿下。大丈夫。誘導した私がちゃんと責任を取りましてよ)



 カトリーナがアルトに目配せをすれば、彼は一歩前に出てカインの耳元で囁く。



「正直に言ってはいかがでしょうか。カトリーナ嬢の尊敬と期待を裏切りたくなくて、席を離れていたと」



 その囁きは絶妙な声量で、保護者達の耳にも静かに届いた。



「ア、アルト……?」



 カインはアルトの意図を図りかね困惑する。

 けれどアルトはカインに応えることなく、カトリーナに視線を向ける。



「カイン殿下、僕はもう黙っていられません。実は殿下は、カトリーナ嬢の質問には全部答えられるよう忙しいふりをして中座し、調べ物をしているのです。本当はもっと僕がカトリーナ嬢を自然に引き留めることができれば良かったのですが、カトリーナ嬢が抱く疑問は高度なことばかり。殿下であっても調べるのに時間がかかってしまい……結局は戻るのが間に合わず僕だけが見送ることになっていたのです」

「まぁ! カイン殿下は私のために席を少し離れていただけなの!?」



 カインが何か言いたそうな顔をしているが、口を挟む機会は与えるつもりはない。

 カトリーナと目を合わせているアルトは、察したように言葉を続ける。



「そうなのです。でも殿下は尊敬してくれているカトリーナ嬢に、自分に分からないことがあるなんて知られ、失望されるのを心配しており秘密にしていたのです。王城の図書館の入館記録には、お茶の時間のすぐ後に殿下の記録が残っているかと。あとは殿下が熱心に本に嚙り付いている姿は、多くの文官が目撃しているでしょう。本当は、戻ってくるつもりだったのです」


「だからカイン殿下は席を離れる際、私が暇を持て余さないよう、毎回アルト様に私を任せたと念を押していたのですね! 細かい配慮にも気付かないなんで……約束の時間よりも先に帰っていたのは、カイン殿下ではなく私でしたのね。待ちきれないなんて、なんて恥ずかしいのかしら」


「信じてくださるのですね? カトリーナ嬢、ありがとうございます!」


「むしろ、感謝するのは私のほうでしてよ。勝手に先に帰っていた私を責めることなく、許してくださっていたなんて、カイン殿下の優しさに改めて感激しましたわ」



 カトリーナは自身の頬に両手を当てて、惚れ直したと言わんばかりに目を輝かせた。

 するとアルトと仕組んだ茶番劇は疑われることなく、カインに向けられた保護者達の厳しい視線は和らぐ。


 国王は「息子は格好つけと真面目さが空回っていたようだ」と肩の力を抜き、クレマ公爵とウィリアムも「カトリーナの前なら、男であれば格好つけたくなるのも仕方ないですからね」と納得する。


 王妃は「殿方の照れ隠しは不器用ですものね」とクスクスと笑い、クレマ夫人は「特にこの思春期の殿方はそうよね」と昔の夫を思い出して顔を綻ばす。


 カインが途中で茶会を離れたことは『カトリーナを軽んじていた』ことから『カトリーナへの激しい照れ隠し』という認識へと転じたのだった。



(執事が敬愛する主人の本心や秘密を無断で明かすなど、本来は許されない。だというのに、主に忠実な執事としての立場を確立しているアルト様が強引に明かしたとなれば、カイン殿下を不名誉から守るために罰を受ける覚悟で明かしている。と健気に映る……想像通り)



 カトリーナの口から語れば、「愛するカインを庇うために嘘をついている」と思われただろう。

 だから彼女はアルトに協力を求めたのだった。

 すべてが嘘ではなく、茶会のあと図書館で勉強していたという真実が混ざっているからこそ、簡単にみんなは信じてしまった。



「違います! 私が途中で図書館へ向かったのはカトリーナのためではなく、私自身のためで……」



 カインがそう訴えようとするが、もう何を言っても照れ隠しとしてしか受け取られない。それを察した彼は、早々に諦めて身を引くしかなかった。

 なにもかもカトリーナの思惑通りに進み、茶会は幕を閉じた。




 そしてその夜。密かに行われたクレマ家の家族会議で、婚約解消計画はなくなったと、カトリーナはネネからの報告を聞いたのだった。




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