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10話 婚約破棄はまだ早い

「ご家族がお嬢様に隠れて、カイン殿下とお嬢様の婚約を解消するために動き出そうとしております」

「なんですって?」



 ブティックから屋敷に帰宅し、部屋に戻ったカトリーナはネネからの報告に眉をひそめた。

 ネネはカトリーナの唯一の専属侍女だ。どんなミスをしてもクビにせず、大切にそばに置いている。


 それはネネがカトリーナの日々の我儘と暴力に耐え兼ね、主の悪行の証拠をカインに差し出す脇役だからだ。その出された証拠が、悪役令嬢の断罪の後押しとなるため、意外と重要なキャラ。

 つまり未来でスパイとなるネネは、密かに証拠や情報を集める能力が必要になってくる。


 だからライバル令嬢の弱みを探すよう命じ、相手にバレたら折檻すると脅しながら、何年も前から鍛えていたのだが……命じなくても重要な情報を拾ってくるとは、なかなかいい感じに育っているようだ。

 カトリーナは報告を続けるよう、ネネに顎で促した。



「お坊ちゃまが王城にて、カイン殿下がお嬢様を放置していると知ったようです。お嬢様が虐げられていると思われたようで、旦那様と奥様と相談の上、家族が動いてカイン殿下と婚約解消した方が、お嬢様の幸せに繋がると考えているご様子です」

「……私が平気そうにしているのに、虐げられていると?」

「親孝行に余念がないお嬢様は、家族を悲しませないよう無理をしていると……」

「そうくるなんて」



 家族からの愛され計画が、まさかの弊害になるとは想定外だ。

 しかも相手は娘愛を暴走させやすい父親、誰もを味方につける総愛されポジションの母親、そして行動力の塊であるシスコンの兄。

 実に強敵だ。

 つい昨日まで順調だと思っていたのに、早々に対策を練らないと本当に婚約解消になりかねない。



(ヒロインとカインの真実の愛は、カトリーナという悪役令嬢を踏み台にするからこそ達成される。神スチルが見られない上に、国が滅亡してしまったら断罪後のスローライフが満喫できないわ。NO婚約破棄!)



 カトリーナはデスクに向かうと先触れの手紙をしたためた。



「ネネ、お兄様たちに中身を見られないように届けなさい。返事をもらうまで帰って来ては駄目よ。返事もイエス以外は受け付けないし、遅くても許さないから」

「……もし、お望みどおりに動けなかったら今回はどのような罰を」



 ネネは子犬のように眼差しを揺らし、妖艶に微笑むカトリーナを見上げた。



「駄犬をしつけるために首輪をつけて散歩をするわ。お前を四つん這いさせて、私の犬だって体に教え込むの」

「…………ありかも」

「ん?」

「なんでもございません! お嬢様の期待を裏切らないよう、必ずやこのネネ。命令を遂行いたします」



 何やら不穏な言葉がネネの口から聞こえたような気がするが、犬扱いを受け入れるなんてあるはずがない。

 ないったら、ない。

 事実ネネはお仕置き回避のため、任務を成功させようとやる気を燃やしている。

 カトリーナは気に留めることなく、手紙を託したのだった。




 それから二日後。カトリーナはネネを連れて、とある屋敷を訪ねていた。

 社交界では影響力も少ない影の薄い家門という評価にもかかわらず、屋敷には歴史的な荘厳さがある。

 手前には華やかな庭園が、奥には温室がいくつもあった。植物研究が得意というのも納得の、緑があふれた敷地だ。



「アルト様、突然のお願いにもかかわらず、お休みの日にお時間作ってくださりありがとうございます」

「カトリーナ嬢のお願いですから。僕はいつでも歓迎しますよ。応接間にご案内いたしますね」



 先日手紙を送った相手――アルトは「歓迎」という言葉が本心というような、柔らかい笑みを浮かべてカトリーナを出迎えてくれた。

 アルトのしっかりとした休日は月に二回だけ。家族の計画を先回りしつつ、カインに知られることなくアルトに会うチャンスが今日しかなかったのだが、相手が訪問を快諾してくれて助かった。


 しかし時間を作ってくれただけでも有難いというのに、アルトの歓迎っぷりはカトリーナの予想を超えてきた。



「アルト様、これは?」



 カトリーナは応接間に用意されていた、おもてなしセットに軽く瞠目した。

 高級なティーカップに、様々な芸術的スイーツ。テーブルの上にはフラワーアレンジメントも飾られていて、華やかなテーブルができていた。

 王族カインとの茶会にも劣らない豪華な雰囲気。

 急な訪問を許してくれただけでなく、ここまで丁寧なおもてなしを受けるとはカトリーナでも予想していなかった。



「我がラティエ家にカトリーナ嬢がくるのは初めてですから、少々はしゃいでしまいました」

「――!」



 アルトが眉尻を下げて、照れたようにはにかんだ。



(いつも物腰柔らかで落ち着いているアルト様が、はしゃいだ……ですって!?)



 カトリーナはさらに目を見開いた。



「そんなに驚いて、意外でしたか? カトリーナ嬢は、数年後には僕の二人目のご主人様となる方。どんな理由であれ、屋敷に足を運んでくださったのが嬉しいのです。今からカトリーナ嬢にとっても、僕は必要不可欠な従者であるとアピールしたい気持ちも少々」



 カインの婚約者だからという理由で、カトリーナにも尽くそうとしているらしい。

 改めて、アルトの主への忠誠心の高さに感嘆する。



「アルト様のお気持ち、とても嬉しいわ。でもここまでアピールしなくても、アルト様は私にとって欠かせない人のひとりよ」

「カトリーナ嬢……! 僕を受け入れてくださるのですか?」



 感動したように目を細め、ほんのり頬を赤くさせたアルトが可愛い。

 癒し枠として、可能な限り眺めていたい。



「ふふ、初めからアルト様のことは気に入っていてよ。もし今から相談するお願いも聞いてくれたら、もっとその思いは強くなるわ」

「聞きましょう! どうぞ、お掛けになってください」



 促されるままカトリーナが着席すれば、アルトの手によってハーブティーが淹れられた。

 少し加えられた蜂蜜がハーブの苦みを丸くし、華やかな香りに集中することができる。どこで手に入れたか尋ねれば、温室で育ててあるハーブを自ら配合したもののようだ。


 この筆頭執事候補、有能すぎる。


 背後に控えるネネから何やら禍々しいオーラが漏れているのを感じるが、どうでも良くなるくらいにハーブティーが美味しい。

 美味しさで気分が解れたところで、カトリーナは本題を切り出した。



「私の家族が、カイン殿下との婚約を解消する気になっています。カイン殿下が茶会の途中で離席することが多いため、家族は私がカイン殿下に軽んじられていると判断したためです。正直、家族が本気を出したら私でもその動きは止められなくなります。このままでは、カイン殿下に一方的に責任が押し付けられ、経歴に傷がついてしまいますわ」

「――そんなっ!」

「私はカイン殿下との婚約を解消したくありません。カイン殿下に不名誉な傷もつけたくありませんわ」

「婚約解消だなんて……僕もカトリーナ嬢に尽くせなくなるなんて嫌です……っ」



 アルトは胸が引き裂かれそうな表情を浮かべ、苦しげに告げた。

 想像以上の懐かれ具合に驚いたが、彼も望んでいないのなら好都合。



「家族の婚約解消計画を阻止する作戦がありますの。アルト様の助力があると嬉しいのだけれど、協力してくださる?」

「喜んで!」

「本当に? その方法がカイン殿下には秘密で、彼を転がすような方法だとしても?」



 誘惑するような悪魔を意識するようにカトリーナが甘く微笑めば、アルトが軽く息を呑んだ。

 カインの性格や行動パターンを考えると、彼本人に婚約解消阻止の協力を求めるのは厳しい。


 なんせカインは表では品行方正な人望の高い王子であり、カトリーナは気に入らない相手を容赦なく貶める悪女というのが、社交界の共通認識になりつつある。

 カトリーナを放置したくなるのも仕方ない、と周囲が王子を擁護する確率が高い。

 それを理解しているカインは名誉に傷がついても十分に挽回できると、そのまま婚約解消の動きに便乗することも考えられる。



(ゲームが始まる学園編に入ったときのために、カイン殿下に有利になるよう動いているから当然なんだけれど……今じゃないのよね。さてアルト様はカイン殿下の気持ちを優先なさるのか、それとも名誉に傷ひとつもつけないよう守ろうとなさるのか)



 作戦はひとりでも実行可能ではあるが、アルトの協力の有無で勝率は大きく変わる。

 できれば懇願したいところだが、それは原作のカトリーナらしくない。強気な態度のままアルトを見つめた。



「アルト様が一番頼りになる人と思って訪問したのだけれど……」

「僕が、カトリーナ嬢の一番……?」

「でも私の見当違いだったかしら。まぁ、断っても良いのですよ? 私の一番を別な人に与えるだけで――」

「やります!」



 かかった。

 念を押すように「本当に?」と問いかければ、アルトは腹を括った面持ちを浮べてもう一度強く頷いた。



「ふふ、嬉しいわ」



 カトリーナは笑みを深めると、婚約解消を阻止するための作戦を伝えたのだった。


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― 新着の感想 ―
んーーー? これやっぱアルトルートか? 王子チョロいのは良くないが、かわいそうすぎんか?
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