疎開先での日々 ①
少しずつ魔力を込めながら、体重をかけて粘土を捏ねる。
手作りの作業小屋は、屋根だけは長さの揃った板を隙間なくきっちり並べて防水の魔法もかけてもらったから、いちおう雨はしのげるけど、壁替わりに板とか藁束を立て掛けただけだから、普通に風が吹き抜けるおんぼろ小屋。作業台と椅子替わりの丸太の他は本当になんもない。小屋と呼ぶのも憚られるレベルなんだ。
ほんと、師匠に貰った僕専用の工房が立派と懐かしくなるレベルだよ。
「ジャミル」
声をかけながらアシュレー殿下が覗きこんでくる。
小屋は狭くて入って来るのを躊躇しているのだろう。同い年のアシュレー殿下だが僕より頭ひとつ分背が高い。
「殿下……あ」
うっかり呼んでしまった。
「大丈夫だよ、誰もいないし。でも早く慣れてほしいな」
苦笑しながら僕を手招きする殿下は、手にした包みを掲げて、差し入れを貰ったから食べようよ、と誘いに来てくれたのだ。
「で……アシュレーが貰ったんでしょ、僕はいいよ」
「疎開組みんなに配ってくれたんだよ。ジャミルの分だってもちろんあったから」
俺は届けに来ただけなの、とアシュレー殿下は木屋の裏手の土手を下りてく。僕は粘土が乾燥しないように布と藁を被せて後を追う。
僕より頭ひとつ分背が高いアシュレー殿下は当然のように足も長くて歩幅が広い。僕と同い年だけどもう騎士団に所属していて、剣術や乗馬術を習っているんだって。そのせいか体幹がしっかりしていて急勾配でも足取りが安定している。きっと魔力も豊富なんだろうな、羨ましい。
アシュレー殿下は王族だしジョブはロードナイトってところだろうか。ゲームにアシュレーという名の王族はいなかった、と思う。でも上位職の中には王族専用ジョブがあったような……。ちなみに女王陛下のジョブは初期はクイーンで、シナリオによってはダーククイーンとかマジッククイーンとかに転職してく。最悪はリッチという死霊の女王だ。
「!!あ!!」
そんなことを考えながら歩いていた僕はといえば下草に隠れていた石に躓きバランスを崩してしまった。
下までほぼ五メートル。滑る、転倒する、と身構え(身を竦めたともいう)たのだが。
「大丈夫か」
先に下ってたはずのアシュレー殿下が僕の腕を掴んでいた。
「はっ、あっ、ありがと……ごじゃま」
噛んでしまった。恥ずかしーい。
心臓がばくばくする。のぼせたみたいに顔が熱い。
そこからはアシュレー殿下に肩を抱かれるように支えられゆっくり下りていった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕が王都を離れて三ヶ月。フレインが言った通り、僕は疎開することになった。アシュレー殿下も一緒だ。というか、アシュレー殿下を戦場に送りたくないから僕ら世代を疎開させようってことなんだけどね。
疎開先となった村がある王国西部は、なだらかな丘陵地帯のあちこちに森が点在している。もっと奥には高原、と呼ぶに相応しい地域もあって高原野菜の栽培に特化しているらしいんだけど今のところ僕には関係ないかな。高原野菜は美味しいよね。
一帯は果樹の栽培や酪農、牧畜と、それらを加工する産業が盛んなのだ。もちろんその産業の従事者達も例に漏れず、大半が戦場に送られているけれど。
まぁその失われた労働力の埋め合わせとして僕らが来たわけなんだけどね。
今回、村が受け入れたのは僕とアシュレー殿下の他四人。全員男子。九歳がひとり、十歳がひとり、十一歳がふたり。村からは働き盛りの男の人が二十人、戦場に駆り出されているから正直どっからどう見ても人数不足で力不足だ。
まともな働き手にならない子供を受け入れるのは村側の負担が大きい。だからひとつの村で四、五人ずつ受け入れることになったみたいだ。
僕とアシュレー殿下以外は王宮に勤める人の子供だった。それって貴族の坊っちゃん達ってこと?と震えたけど年長の子の片割れリオンくんが、みんな平民だよと教えてくれた。よかったぁ。
前世でも今世でも貴族の知り合いなんていないから、どう対応するのかわかんないもん。王都でたまに見かけた限りではあんまり近づきたくないよなあ、って印象だ。
平民だってので見下されたり、馬鹿にされるのも嫌だし。
家族と離れての田舎暮らし。皆で仲良くしたいじゃん。
僕たちの毎日は、慣れない仕事にてんてこ舞いだ。
アシュレー殿下は乗馬を習っている関係で馬の世話はし慣れている……かと思ったら、馬を洗ったり、ブラッシングしたりはするけれど、厩舎の敷き藁を交換したり馬糞を運び出したり蹄鉄を取り替えたり、といった仕事は厩舎職員の人達がやってくれるんだって。
戦場に行くときも馬丁という専門職を連れてくらしい。まぁ騎士って戦闘が主任務だものね。
それでもアシュレー殿下は牧場の住民達──牛に馬に豚に山羊、羊。鶏や鴨やエミュの扱いに長けている。
エミュというのは前世のダチョウによく似ている。二倍ぐらいデカいけどね。背格好も顔立ちも。
肉も卵もとても美味しいらしい。けど嘴と脚の蹴爪は鋭い。リザード類の分厚い鱗もやすやすと切り裂く。
爬虫類が大好物で、天敵でもある(卵や雛の時はね)。だからかエミュは爬虫類限定でとっても攻撃的。しかも強い。
強さは対爬虫類戦に限らないから牧場では動物達を守っているんだって。盗賊や、魔熊や魔猪なんかの魔獣だけでなく魔物に対してもとっても強いんだってさ。肉とか卵とか食べた人凄くない?どうやって手に入れたのか知りたいような、知りたくないような。
性格は個体差はあるけど全体的にぽやぽや。とっても忘れっぽい。いわゆる鳥頭ってヤツ。ホントにキレイに忘れる。あっち向いてこっちに向き直ったらあっちのことは忘れてる。瞬き三回でこっちのことも忘れてる感じ。
でも不思議と仲間──自分が守らなきゃ、と認識した相手のことはずっと忘れない。一度仲間認定してしまうと何年経っていてもピンチに陥った時には守ってくれるらしい。実例は山ほどあるんだとか。
僕としては某世界的RPGの黄色いヤツのように乗りこなしたいと秘かに野心を抱いているんだけど、無理っぽいなぁ。それとも仲間認定されたら乗っけてもらえるのかな?
動物達みんなアシュレー殿下に従順だ。そのぶん、僕ら他の五人に対してはシビア。
最年少のオルフェくんや僕なんかは最底辺の扱いだと思う。全然言うことを聞いてくれないし、何かってと集合して来ては押しくらまんじゅう状態と化して身動きが出来なくされてしまうのだ。
いや、動けない間は好きなだけモフらせてくれるからいいけど。
僕もオルフェくんも慣れないうちは泣きそうだった。
豚や羊や牛達に拘束?されている僕とオルフェくんを救い出しに来てくれるのはいつもアシュレー殿下だ。馬に乗って颯爽と現れて動物達を蹴散らせてくれるアシュレー殿下はまんま白馬の王子様だ。
動物達も慣れたもので、最近ではアシュレー殿下の姿が見えると拘束?を解きはじめる。完全に解放されるのはアシュレー殿下が手を伸ばせば届く位置に来るまで待たなきゃならないんだけど。
ね?ナメられてるでしょう?
牧場主のウリクさんは「いやいや。ふたり(オルフェくんと僕)はか弱いから皆で守らなきゃ、って囲いこまれているんだよ」なんて笑うけど、小さいオルフェくんは兎も角なんで僕まで?
そりゃ僕はリオンくんやレークくん(もうひとりの十一歳ね)より背は低いけど。
ライルくん(十歳)やオルフェくんよりは高いんだよ。二センチばかりね。
……誰、どんくさいからって言ったのは。
確かにね、村に到着した翌日、牧場デビューの時いきなり子やぎに膝カックンされて水入れに頭からダイブしたけれどね?
牧場で一番チビっこい子やぎだったらしいけど、頭がすこん!と具合良くぴったりと膝裏にハマッたんだよ。
あんなの不可抗力に決まってるでしょぉ。
慌てたウリクさんの奥さん(ミナラさん)とアシュレー殿下が助け出してくれたんだ。ずぶ濡れになったからすぐにアシュレー殿下とふたり、湯船に放り込まれたよ。
件の子やぎは母やぎ他にこってり叱られていたそうで、オルフェくんには大人のやぎと牧羊犬が、ライルくんにはもう一匹の牧羊犬がぴったり守護に張り付いて僕のような被害は被らなかったんだって。
解せぬ。
動物達がみんなアシュレー殿下に従順なのは、王族だからかな?
王族だから『カリスマ』スキルとかがあるのかもしれないなー。
ゲーム内では敵味方問わず王族キャラにはもれなく『カリスマ』というスキルがあった。同じユニット内とか一定距離内のユニットのキャラの攻撃力と攻撃回数が増えるんだ。
現実世界とゲーム世界とは違うから一概に言えないけれど、動物達はアシュレー殿下の『カリスマ』性とかを嗅ぎとっているのかもしれないな。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「南東部の戦線は膠着状態。内々に停戦の条件を擦り合わせている最中だって」
「殿下、それ僕が聞いたら不味いやつ……」
「問題ないよ、暗号化もされてないし。ただのお知らせ。それよりも」
また殿下って言ったよね、と殿下が恨めしげに僕を見る。
う~、ごめんなさい。
けど王族って知ってて名前呼び、しかも敬称ナシなんて僕にはハードル高すぎるよ。
そもそも隠して無いでしょー。隠す必要も無いでしょー。
村の人はみんな殿下って呼んでるし。リオンくん達も。
「俺はジャミルのこと、友達だと思ってる」
「と、ともだち……」
「ジャミルにとって俺は友達ではないの?」
友達なのに名前も呼んでもらえないのか、だなんて。
寂しそうに俯いてため息なんかつかれたら。
ごめん、て謝って、次からはちゃんと名前で呼ぶからって約束させられてしまった……。
はぁ。
ハードル高い。
俯いてもそもそと差し入れの挟みパンを頬張る。
僕らは土手を下りきった小川のほとりに並んで座っていた。
ここよりも少し標高の高い森に水源があるこの細く穏やかな流れの川は真冬でも凍らず、真夏でも枯れることはなく。
この村の生命線だ。
冬でも枯れない芝生のような短い草の上に座り込むと、アシュレー殿下の顔が近くなる。
立っている時は頭ひとつ分の差があったはずなのに、座ると目線の位置がほとんど変わらないとはこれいかに。
殿下いやアシュレー、足長いんだね。羨ましー。
いいさ、僕は十二歳。まだまだ伸びしろあるもん。
背だって──足だって伸びるからね。伸びるはずたよ。伸びるんだから。伸びる……よね?
村での食事は三食きちんと出されてる。仕事はどれも肉体労働だからね、食べないと身体が動かないのだ。
だけど、早朝から働いて一段落したら朝食、そのあともがっつり働いて昼過ぎに昼食、日暮れまで屋外で働いてその後食事や入浴の準備をして夕食、となるから午後はとってもお腹がすくのだ。僕ら育ち盛りだし?
村の人達はそれを理解してくれていて、食事の合間合間に差し入れといって食べ物を与えてくれるのだ。
ありがとー。休憩の後はしっかり働くからね。
でも開戦から半年も経たずに膠着状態になるとはなー。
オープニングムービーで行われた戦争だから楽勝なんだと思ってた。
ムービーから一年後の(ゲーム内)初戦でも、内政をしっかり整えておけば(難易度にもよるけれど)楽勝だったんだけどなぁ。
王都でもこの村に来てからでも、食糧とか生活物資の極端な不足は無かったから、現実でも内政は滞りなくいってるんだと思っていた、んだけど。
やはり現実の戦争はゲームのようにはいかないのか。
確かにゲームでは勝つか負けるかしかなかったけど。
「停戦かぁ……」
「停戦になれば王都に戻ることになるよね」
ぽつりと呟いた僕の言葉に、アシュレー殿下は覗きこむように顔を近づけた。
いや、近いな。近すぎない?
「戻りたい?」
「そりゃあ帰りたい」
でしょ?と視線だけ動かしてアシュレー殿下を見る。
あれ?
「戦争が終わったほうがいいとは思っているけど」
「王都に帰りたくないの?」
返事はない。
アシュレー殿下は騎士団に所属しているんだっけ。
育ててくれた村長さんは亡くなっているし、今はどこで誰と暮らしているんだろう?
騎士団の寮、とかかな?
「騎士団での勉強が大切なのは分かるし、俺に向いてるな、とは思っている」
「身体動かすの好きだもんね、あしゅレーは」
いかん、また殿下って呼びそうになったよ。
「王宮での勉強が始まると思う」
「あー、貴族学園だっけ?」
「入学準備の勉強が始まるんだ」
「準備で勉強?」
「貴族が集まる学校だからいろいろ……礼儀とか?入学前に覚えておかなきゃなんないことがヤマほどあってさ」
心底うんざりした表情でアシュレー殿下はため息をつく。
いろいろね。いろいろかぁ……。
確かに貴族同士だと階級が上とか下とか煩そうだね。
僕は前世でも貴族なんて縁が無いからあくまで愛読していた異世界系のライトノベルでの知識だけれど。
アシュレー殿下は出自が複雑だから、貴族側の対応も様々なんだろうな、と想像がつく。
取り入ろうと媚びを売ってくる一方で、出自自体を疑って距離を取ろうとする、だけでなく積極的に足を掬いに来る連中も多そうだ。
僕が力になれればいいんだけど、平民で転生チートも無い身では隣に立つこともできない。
確か貴族の子は十五歳の誕生日を迎える年に貴族学園への入学が義務付けられているんだっけ。
この世界、日本製のゲームだからか、学校関係は全て四月始まりの三月卒業となっている。
王族貴族は貴族学園。平民は前世での小学校みたいな初学校、中学校に当たる上学校、あとは軍人になるための幼年学校、仕官学校。国が選別した魔力の高い子供達が通う魔法学園。
貴族学園と魔法学園の入学は義務だけど、他は任意。
平民では僕みたいに初学校だけ通って、将来就く職業を選んで職人さんに弟子入りするってパターンが一番多い。大半は親の仕事を継ぐんだね。兄弟が多くて家業は長子が継いだ場合、下の子は家で修行するか同業他家で修行するかになるらしい。
「ジャミルは?上学校へは行かないのか?」
「行かない」
即答した僕の目をアシュレー殿下は不思議そうに覗き込む。
「どうして」
「僕は師匠みたいな人形使いになるの」
「師匠って……ジャミルのお父さんだよな。お父さんの跡を継ぐのか」
「ん」
「……お父さんを尊敬しているんだね」
羨ましい、と聞こえた気がした。
アシュレー殿下には僕が師匠の養子だとは伝えていない。
「尊敬してるっていうか……あ、もちろん尊敬してるけど、将来ずっと一緒に、協力し合って仕事をしていきたいっていうか」
「一緒に」
「そう。だってひとりじゃ出来ない事でもふたりで協力すれば可能になったりしないかな、って思うんだ。まぁ師匠に一人前って認めてもらうのが今一番の目標だけど」
今の僕は人形使い見習い。この見習いという不名誉な称号は一刻も早く取ってしまいたい。
見習いのままじゃ、今回みたいに師匠が留守の間工房を開けることも出来ないしさ。
僕だって他の職業に興味が無いわけじゃないんだけど、ゲームと違って自分のステータスは見えないから確定したことは言えない。でも僕の魔力鑑定の結果は散々な結果だったし、かといって戦士系の職業はどうも運動能力的にも難がありそうだし。
だってフレインを見ているとねぇ。
何年経っても鍛練しても、あの体格になれる気がしないもの。
村に来て山仕事に従事してる体格のいい男の人もたくさん見かけたし、王都から村までの途中に幾つか通過した砦に詰めてる兵士の人も居たけどフレインくらい大きな人はいなかった。
それでも魔力が少ないからって魔法剣士にも聖騎士にもなれなくて、騎士爵も継げないって聞いてる。
僕にどんなのびしろがあったって、戦士系に適性があるとは思えない。
「で……アシュレーは貴族学園に行って、その後どうするの?」
「決めてない、というか俺の意見なんか通らないんだ」
「そうなの?」
「この村に来たのだって、城に居たら軍から戦場に出せって煩くせっつかれるからって、ベレヌスが王都を離れるべきだって言ったから」
ベレヌスって誰だっけ。
そのベレヌスの言いなりにされた事が余程不満だったのかアシュレー殿下は頬を膨らましている。
意外だった。
「ぇっ!?アシュレーは戦争行きたかったの?」
「いや。でも」
そう呟いて軽く頭を振ると、両腕で抱え込んだ膝に頬を付けて僕を見た。
「ジャミルの師匠とか、王都のパン職人とか、王宮の文官とか──この村でも何人も。本職の軍人ではない男が戦場に送られているのに、王都の騎士団に所属している王族の俺が戦争に行かないなんておかしいと思うんだ」
「おかしくないよ!」
僕はつい大声で叫んでいた。