⑥
国軍としては成人男性を徴兵して戦力をかさ上げしたい。というかもうしちゃった。
それで手薄になる国内の産業は、徴兵されなかった──高齢だとか健康面に不安があるとか──の男性と大人の女性、そして未成年だけれど魔力鑑定を受けて国に適性が把握されている子供達を労働力として補おうって考えたらしい。
「えー、なにソレ」
フレインの話につい声を出してしまった。僕の視線がフレインのオリーブ色の目とかち合って、慌てて口元を両手で押さえる。フレインは少しだけ目を細めて話を再開した。
フレイアさんの薄いオリーブ色の瞳が心配そうに僕を見ている。悪いと思ったけどすっと目を逸らした。
子供を労働力に、なんて国軍酷い。
だって魔力鑑定って五歳になったら受けるんだよ。五歳児に労働、日本だと幼児って呼ばれる年代だね。
子供の仕事は、いっぱい遊んでいっぱい眠ること、って前世では聞いた気がするんだけど。
「その話とジャミルの疎開と関係があるの?」
フレイアさんの視線を感じる。僕は胸の前で指を組んだり回したり、そっちに集中しているフリをした。
「国軍が引っ張り出したいのはアシュレー様なんだ」
「アシュレー様を?」
「アシュレー様?」
アシュレー様って誰?
僕はゲームの内容を思い出す。思い出そうと努力する。主要キャラのグラフィックと名前を登場順に。
さすがに全部は思い出せないが。
女王に宰相、将軍に神官……。固有のグラフィックと台詞のあったキャラにアシュレーなんていない。
戦闘用ユニットのモブキャラにも名前はあったけど、そっちかな?
まぁでも僕自身もゲームに名前もグラフィックも無いモブだからなあ。
誰なのかな?教えてもらえないかな、とそっとフレインを伺うが残念、気付いてもらえない。
「王家は国軍の思惑を阻止したい」
「アシュレー様を引っ張り出すって、アシュレー様を従軍させるというの?あの方まだ幼い」
「ジャミルと同い年だ」
フレインとフレイアさんが同時に僕を見る。
う~ん、僕的には幼いとか言われたくない。大人扱いされたいお年頃なのだ。
「ねぇアシュレー様って誰?」
だが僕は知っている。大人扱いされた~い、なんて思ってることが既にお子さまな証だということを。
だって前世大人だったもん。ほんとの大人はね、いつまでも子供でいたい~ものなんだよ。
ということで僕は子供らしく好奇心のまま聞いてみたのだ。
「アシュレー様は陛下の従姉の男孫にあたるお方だ……話通りならな」
先代様には十歳違いの異母姉姫がいた。十六歳で準王族の公爵家に降嫁したのだが、半年も経たずに北方の国の外交官と道ならぬ恋をして駆け落ちまでしてしまった。この外交官が妻帯者で、奥方が大国国王の庶子だったからそれはもう大騒ぎになったんだそうだ。
醜聞も醜聞、国際問題にまで発展した大醜聞ってわけで、怒った公爵家への賠償もたいへんだったらしいが、もともと微妙な関係だった北方の国とは国交が断絶してしまったりとごたごたが片付くまで十年もかかったらしい。先代様の即位前の話だ。最も北方諸国とは未だに国交回復の兆しもない。我が国も外交官の母国も大国の不興を買った責任を押し付けあっている。
ちなみに当事者ふたりは行方不明。いろんな噂が流れたらしい……第三国で幸せに暮らしているとか、外交官の奥方の祖国の手で暗殺されたとか。もっとえげつない荒唐無稽な噂も多かったらしいが、さすがに我が国では王家を憚って早々に終息してしまったそうだ。
「それから更に十年過ぎ、ようやっと落ち着いてきた頃になって、件の異母姉姫の娘を名乗る妊婦が現れたんだがな」
実はフレインも人づてに聞いた話だから真偽のほどはわからない、と前置きをした。
ともかく、フレインの知っている話をまとめると、醜聞の忘れ形見を自称する娘は王都に現れて間もなく女の子を産み落とし命を落とす。王族を詐称する罪人だが臨月に近い妊婦を牢に押し込めるのもどうかということで、身柄はいったん神殿預かりとなっていた。
この妊婦に限らず、身寄りがいなかったり、困窮していたり、何らかの保護が必要な人はもれなく神殿が保護する。前世でいうとこのセーフティーネットだ。もっとも神殿は国に六ヶ所しかなく、僕の産まれた村のように最寄りの神殿からう~んと離れている在所の人を保護するシステムは無い。産まれた場所ガチャとでも言うべきか。
ところが神殿預かりとなった妊婦の産み落とした女の子が消えたのだ。生後一ヶ月と経たないうちに。
当然、赤子自ら身を隠すわけがなく、何者かの手によってその命を絶たれたのだろう、と人々は噂しあった。
その頃先代国王は即位間もなく、王妃の実家である侯爵家が禍根を嫌って始末した──という噂がまことしやかに囁かれてから約三十年。
第二王都とも呼ばれる南の城郭都市近郊の小さな村でアシュレー殿下の生存が確認された。老いた村長が孫のように可愛がって育て上げていたらしい。けれど村長が亡くなり、面倒を見る大人がいなくなった彼を、城郭都市の神殿が引き取ったのだ。
アシュレー殿下を引き取った神殿にはちょうど、王都の神殿の神官長が訪れていた。先代国王とは幼なじみで貴族学院の学友でもあった神官長はアシュレー殿下を見て吃驚。アシュレー殿下は五歳くらいだったらしいけれど、その容姿が先代国王の幼い頃に瓜二つだったからだ。
神官長の頭を三十年前に消えた女の赤子の件が過った、かどうかは不明だが、彼はアシュレー殿下を王宮に伴い、当時病床にあった先代国王陛下と対面させた。陛下は滂沱の涙を流してアシュレー殿下を抱きしめ、彼を異母姉姫の曾孫とお認めになった──らしい。
「もちろん重臣達や高位貴族が認めるわけがない。神官長と宰相や一部の高位貴族は常々反目し合っているからな」
それでアシュレー殿下は神殿が保護し隠されて育てられることになったのだとか。
「今や唯一の王家の男。民間人まで徴兵したこの戦争で、王家から一人も戦争に行かないなんて士気にもかかわるから是非とも出征するように、と軍から強い圧力がかかっているんだ」