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 フレインが憮然と言った。

「ジャミルは俺の家族だ。赤ん坊の頃からその人となりを知っているし、間違っても国に不利益をもたらすことなんてしないと知っているし、信じている。

だがな、戦争が始まった今は誰も彼もが不平や不満、不安を抱えているんだ。

どこそこの誰が徴兵を免れたとか、商会が食料や燃料を買い占めている、商店から小麦が消えたのは店主が隠して売り渋っている、敵国のスパイが井戸に毒を投げ込んでいる、とな。

流言飛語が飛び交う中で、目に余る程に不穏な内容は早晩国が取り締まりに乗り出す。平時だって敵国の工作員が流す偽情報や破壊活動には神経を尖らせているくらいだからな。もちろん、子供だからといって目零しはないぞ。義兄上や姉上、それぞれの一門にも累が及ぶ」

 諜報活動ってヤツだね。でも。

「僕、そんなつもりは」

「わかっている」

 今後は気を付けなさい、とフレインは大きな手で頭を撫でてくれた。がしがし、わしわし、って感じに少し乱暴にされるのが凄く──痛気持ちいい。

 僕は目を閉じて少し首をすくめる。フレインは僕の髪をくちゃくちゃにすると指を立てて頭をぽんぽんしてくれた。頭皮マッサージのようだ、前世でも行ったこと無いけど。

 うん。前世を思い出してから独り言の爆増した僕。気をつけなくっちゃ。

「やはり義兄上(あにうえ)の工房は閉鎖したんだな」

 フレインは開きっぱなしの扉の向こうに見える()()()()()に目をやって言った。

「……うん、師匠も兄弟子(ダウト)達も徴兵されちゃったから。フレイアさんと僕じゃ商品として出せる物は造れないからって、師匠が」


 師匠は戦争に連れてかれてしまったが、仕事の依頼はたくさんあるのだ。徴兵されることが決まって、それまで抱えていた仕事は他の人形使い(ドールマスター)に引き継いでもらった。もちろん新規の依頼は事情を説明して丁寧にお断り。それはそれで大変だった。だって他の工房も大概働き手が徴兵されているし、戦争特需とでもいうのか、軍事用にも民生用にも魔人形(ゴーレム)は引っ張りだこ。大人の男達同様、馬や騎乗できる騎獣も軍に供出させられているから、物流業や農業なんかで代替えとなる魔人形(ゴーレム)の需要が高まっているのだ。国からも増産の要請が来ているらしい。

 だったら人形使い(ドールマスター)を戦場から連れ戻せばいいんじゃないのかな?と思うんだけど。


「……あの?」

 フレインが僕を見つめている。眉間に縦皺が寄っていてちょっと怖い。僕、なんかミスったかな?

「ジャミル」

「……ぃあい?」

 あ、噛んでしまった。恥ずかしい。

「まだそんな風に呼んでいるのか?」

「?……!」

 僕は首を傾げて、そのまま固まってしまった。思い当たるふしがあったから。

「姉上のこと、母親とは思えないのか?」

 静かな口調だけど、そこに微かな苛立ちを嗅ぎとってしまった僕は、思わずシャツの胸元を握り込んでしまった。じっと向けられるオリーブ色の瞳が怖い。

「う……そんなことは」


 僕を育ててくれた師匠とフレイアさんが、僕の本当の親じゃないと知ったのは、師匠が徴兵されて戦争に行くと決まった三ヶ月前だ。


「ジャミルが成人したら話すつもりだったが」

 そう言って、師匠は僕の本当の生い立ちについて話してくれたのだ。

 僕の産まれたのは、北西の国境に近い小さくて貧しい村。父親は王都に出稼ぎに行ったまま戻らず、母親も僕を産んで三ヶ月後には姿を消したそうだ。

 たぶん王都に向かったんだろう、同じ日に村から消えた男と一緒に。そう父方の祖父母は言ったんだって。僕のことは孫かどうかわからないと引き取りを拒絶したらしい。

 僕の他に六人の孫を抱えていた母方の祖父母は赤ん坊の僕を持て余していた。

 その頃、近くの森まで材料の買い付けに来ていた師匠に押し付けたのだった。その前の年、師匠の子供が死んで産まれたせいで奥さんにはもう子供を産めなくなっていて、養子を迎えようかって話になっていたらしい。一緒に来ていた奥さん──フレイアさん、今の僕のおかあさん──が一目見て僕を気に入ってくれて、僕はタイミング良く師匠のとこの子になった。

 僕は血の繋がった両親だけでなく両方の祖父母にも棄てられたことになるね。

 まぁ正直なところ、両親は兎も角、祖父母のことは恨んではいない。師匠のところで可愛がって育てられたのが大きいと思う。師匠に告げられるまで、僕は自分が実の子じゃないかも、という考えに至らなかったくらい愛情たっぷりに注がれていたのが幼心にもわかっていたからなのか。容姿も髪色も瞳の色も、ひとっつも似たところが無くっても疑問を抱いたことなんてなかった。それに母方の祖父母は、三人の子供達とその配偶者に幼い孫達の養育を一方的に押し付けられた被害者でもあるのだから。

 もちろん師匠とフレイアさんにだって恨みなんて無い。

 ただなんというかその。照れ臭いというかなんか、もやっとこうこの胸の辺りが気持ち悪いんだ。

 師匠のことを、お父さんから師匠呼びに変えたのは、子供はだいたい親の仕事を継ぐことが多い──少なくとも僕の知る限りでは──から、僕も将来、お父さんのような人形使い(ドールマスター)になるんだろうな、っていう覚悟?らしきものを決めたっていうかさ。師匠のとこには兄弟子達が居るのに僕だけお父さんって呼ぶのはなんだかねえ、って考えて皆と統一させたんだよ。呼び方を。でもさ、兄弟子達はお母さんをおかみさんって呼ぶんだよ。僕がおかみさん呼びって、なんかヘンじゃない?


「ジャミル?」

 そのジャミルという名前もフレイアさんが付けてくれたんだって。

 僕にいろんなものを与えてくれた、僕のお母さん。

 お母さんって呼べなくなったことに大した理由なんてない。

 ただ気恥ずかしいってだけなんだけど。それをフレインに説明するのも、なんというかちょっと無理。

 僕的には時間が解決してくれないかなあ、なんて思ってるんだ。だからとりあえず。

「ジャミル」

 眉間に皺を寄せて僕を見てくるフレインのことは、まるっと無視で。

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