③
××平原の戦い。
美麗で一部以外のユーザーからは無駄に美麗、と不評なオープニングムービー直後に開戦する雪原での乱戦。
ここで敗けると我らが女王陛下は闇落ち、死者の女王となって、同じく闇落ちし死者の軍勢と化した我が国軍を率いて大陸を席巻する、という隠しシナリオがスタートするのだが。
まあそれは、あくまでもゲーム内の話。現実世界となったらまさかそんなダークでハードなモードにはならない、と期待したい。だって普通に考えてイヤじゃない?自分の国の女王様が死体、だなんて。絵面的にもそうだし、生きてる僕らのことなんて考えてくれなさそうだしさ。もしも隠しシナリオがスタートしそうな気配を掴んだらすかさず国外逃亡を試みるよ。
前世に当てはめてみれば余計そう思うよ?総理大臣リッチ、財務大臣リッチ、外務大臣リッチ。こんな政権、誰得?生きてる時だって僕みたいな庶民眼中に無いってのに。あー、そうそう統合幕僚長もリッチ。死者の軍勢だからね。自衛隊も死者だらけになるんだよ?あ、ここのリッチってLICHのことで、RICHではないから。後者のリッチなら、偉い人はみんなそうRICH!だもんね。
ただ僕の住むこの国がRICH!かというと、案外そうでもないんだな。ゲームではプレイヤーが僕みたいにへっぽこだと内政が上手くいかずに税収が伸びない→軍事費かけられない→国軍めっちゃ弱!となるんだけど、今の宰相様は優秀らしくて、オープニングムービーそっくりの出陣式は正直、こちらの方が二割増しの戦力で装備も整っていた、と思うけど……。
今回の戦争の相手は隣国。前世で言うところの独裁軍事国家なんだけどね、内政のお得意な偉いさんがいないらしくて、万年食料不足。あちこちの国から主食の小麦をかき集めてるけど、その手段が結構強引だとか、そのくせお支払いが滞りがちなんだとか、だから主だった小麦の生産国には相手にされなくなってて余計買い付けに苦労しているんだとか。僕みたいな他国の庶民の子供の耳にもいろいろとやらかした噂が入ってくる。
きっと戦争でもチョロいよ?どの難易度でも初戦で敗退する相手だから。ゲームの中に限っては。
でも。ここがゲームの世界でも、ゲームと全く同じようにストーリーが進む、とは限らないのでは?
僕はふっと、そんなことを思ってしまった。身近な人が徴兵されたから、かもしれない。
師匠と兄弟子達に肉屋の若だんな、荷馬車の馭者、パン職人の三兄弟も全員。他にも大勢。近頃は大人の男の人を見かけなくなった。
このうち何人が戻ってくるんだろう?師匠が、兄弟子達が帰ってこなかったらどうしよう。
一度不安を感じてしまうとその不安がどんどん膨らんでいく。
まさか負け、たりはしないよね?
もしも負け戦とかになって、女王陛下が死者の女王になって、この国が死者の王国とかになったらどうしよう。
他国に逃げる、もちろん逃げるつもりだけど。
でも、何もかも捨てて避難民になるの、辛いよ。
家はもちろん工房も持ってはいけない。ストックしている魔人形の材料も。魔人形は持って、連れていけるだろうか?僕はまだ子供で力もそんなにないから荷物──といっても着替えとか師匠に貰った数冊の本とか人形作りの道具くらいだけど──がたくさんは持てないから僕の魔人形が手伝ってくれるとありがたいかな。荷物を持てるように、荷物を落とさないように、荷物を持ったまま歩けるように。魔人形達のレベルアップを急がなくちゃ。足踏みで終わっている場合じゃなかった。
僕は前世、たぶんテレビで見た映像を思い出す。NHKでは夏になると毎年、戦争関連の番組を放送していた。僕が生きている間に日本で戦争は起こらなかったけれど、世界のあちこちで戦争していて、毎日大勢の人が亡くなっていた。
亡くなる人のほとんどは、戦争を仕掛けた人でも受けて立つと応戦を決めた人でもない。
そんな重大な事を決める力の無い人達ばかりが本当にたくさん死んでいた。
大量に投下された爆弾は、人も建物も、軍事施設もそうでないのも無差別に破壊し焼き尽くした。戦火を逃れ逃げ惑う人々は、まるで犯罪者のように収容施設に集められて、故郷には帰れず、かといって新しい場所──それは国内の別の街だったり、見知らぬ他国の土地だったりするのだけれど──での生活の基盤を築くこともできなくて。悪いのは戦争を始めた連中のはずなのに、辛い目や悲しい目に合うのは僕みたいな庶民ばっかり。始めた人から順に死んでいけばいいのにとずっと思ってた。今もそう思ってる。
だってゲーム内でも避難民の扱いは酷かった。国によるんだけど、問答無用で奴隷にされたり、保護されても最下層の暮らしを強いられることもあったっけ。なによりも。
「敗戦国からの脱出って大変そう」
前世の日本も昔、戦争に負けたけど、みんなどうしたんだろう。隣の国に逃げたりしたんだろうか?
難しそうだよな。日本て、回りみんな海だし。
「泳ぐ、は無いよなあ」
「この寒さの中、何処で泳ぐって?」
「わッ!?」
ぼんやりしていて背後に人が立ったのに気づかなかった。
吃驚して椅子から転げ落ちそう、な僕の背中を大きな手が支えてくれる。
「悪い悪い。驚かすつもりじゃなかったんだけどな」
「フレイン、帰ってたの?」
フレインは僕の師匠の義弟で、城門の衛士をしている。職業は剣士だけど、とっても身体が大きくて服の上からでもわかるくらい立派な筋肉が二の腕にも太股、脹ら脛にも。胸にもお腹にも筋肉を鎧のように纏っていて上半身は逆三角形。北斗のケンシローみたいで凄く格好いい。僕もせっかく異世界転生するならフレインみたいな身体がよかったのにと思う。今から鍛えてみようかな?幸い僕はまだ十二歳、時間と伸びしろだけはたっぷりあるからね。戦争で死ななければ……。
フレインは剣も槍も戦斧も使いこなす実力者らしいけど、魔力量が壊滅的に少ないから魔法剣士や聖騎士にはなれないらしい。フレインは騎士爵家という貴族の嫡男だけど、騎士になれないから家を出て王都に来てお城の衛士になったんだ、って師匠の奥さん──フレインのお姉さんでフレイアさんて名前。僕を育ててくれたお母さん──が教えてくれた。
見上げるとオリーブ色の瞳が灰色の前髪の向こうから僕を見つめている。フレイアさん──おかあさんと呼ぶのが照れ臭い反抗期の僕──と同じだけど、フレインのほうが髪も瞳も色味が濃い。
「フレイン?」
どうかしたの、と首を傾げるとフレインは屈んで僕と視線を合わせてくれた。両手が肩の上に置かれる。
そして少し強い口調で言った。
「ジャミル、時期が時期だから敗戦という言葉は口にしてはいけない」
そう言ってフレインは視線を巡らせた。
「……あ」
ここは魔人形を制作する僕専用の工房。元は兄弟子が資材置き場にしていた小屋だ。とても年季が入っていて、屋根にも壁板にもそこここに穴が空いている。
なるほど。ここなら僕の独り言も外に筒抜けってわけだ。フレインにも聞こえてたんだね。
前世でも壁に耳あり障子に目ありって言うものね。気をつけなければ。