2人の穏やかな日常
遅くなりました
あと2話更新します。
「無理しなくていいんだぞ」
「ん、私が言ったこと、だから」
「ありがとう」
「ん、いい」
ここ数週間、太陽の下で日向ぼっこをしている2人。
夜行性のキュコリルは、太陽の出ているこの時間はベッドで夢の中にいる。基本的に、獣人は我が道をゆくので人に合わせて行動しない。
もちろん、何事にも例外がある。
キュコリルは好きな人に合わせたい性格。クロムが幸せになりたいと宣言した日から、キュコリルはクロムが幸せになるために動いている。
その一歩目が、まずは日向ぼっこ。
この世界では、ある程度太陽の日差しを浴びるか、月の光を浴びなければ、体調を崩しやすくなったり、心が不安定になってしまうと伝えられているようだ。どうやら、太陽の日差しや、月の光には特殊な力があると考えられており、浴びると魔力が安定し体調も心も落ち着くらしい。
その話をじいじから聞いたキュコリルは、月の光ぼっこを欠かさずしている。
クロムの心が落ち込んでしまうのは、生きる糧が無くなったこと、常に1人でいたことが大きな要因だと考えられる。キュコリルと生活している今、1人でいることは無くなった。ならばと、人族は昼行性だから太陽の光を浴びて魔力を安定させて、ネガティブな心を吹き飛ばす作戦だと、キュコリルは胸を張ってクロムに伝えたのだ。
「働きすぎたら休む。のんびりするのも、仕事のうち」
「そうだな。なんだか、心地いいよ」
「良かった。じゃあ、次は軽い運動」
「分かった」
ある程度、陽の光を浴びたら、次は運動をするようだ。
体を動かせば心も健やかになると、じいじから教わったキュコリルはクロムを誘って軽い運動をする。
「模擬戦闘。疲れすぎてもよくないから、そこそこで」
「分かった」
2人は軽い運動といいつつ、常人では目で追うのも難しい速度で模擬戦闘を始めた。
徐々にギアを上げていき、戦いを本職としていない人間には追えない速度と、軽い衝撃波が聞こえるくらいには模擬戦闘は盛り上がっていた。
「こやつ、できる」
「これでも、冒険者だったからな」
2人は武器を使わず、魔力で身体能力を上げる身体強化の素手での模擬戦闘をしている。獣人の身体能力は人族よりも遙かに優れているので、身体強化のみでの戦いであれば、獣人であるキュコリルが有利。
それに難なくついてくるクロムを見て、嬉しそうに尻尾を振りながらキュコリルは手合わせするのであった。
1時間ほど手合わせをすると、キュコリルのほうから音が響く。
「ん、終わり。お腹すいた」
「もう、そんな時間か」
「ん、料理しよ」
「分かった」
味のわからないクロムだが、ここ最近微かだが何か味のような存在を感じていた。
キュコリルに報告するといい兆候と言われて、一緒に料理をすることになったのだ。
クロムはリゼルに教わった調理方法をどうにか思い出しながら、苦戦しつつも料理を作っていく。
初日は失敗していたが、キュコリルの感想を元に味を調整していき、すでにこの家の料理担当として腕を振るっている。キュコリル曰く、クロムには料理の才能があるとお墨付きだ。
表情が少しだけ柔らかいクロムを見て、キュコリルは顔を覗いて大きな尻尾でクロムに触れて聞いた。
「たのし?」
「なぜだ?」
どうやら、本人は顔の表情が変化していることに気付いていないようで、不思議そうにキュコリルに聞き返す。
「楽しそうに見える。料理、向いてる」
「そうか……楽しいという感情は、こういうことなんだな」
「ん、私は食べる時が楽しい嬉しい、幸せ」
「はは、だろうな」
クロムは慣れた手つきで料理を作り、キュコリルは皿を用意する。
2人は席について、食材に感謝してから食事を取り始めた。
「キュコリルがうまそうに食べる姿を見ると、なんだか心がくすぐったくなるんだ。でも、嫌な感じではない。なんというか、心地いいんだ」
「ふふ、そっか。……んー、これすっごくおいしい、幸せ。一緒に食べる」
「よかったよ。ああ、頂くよ」
自分が作った料理を美味しいと微笑んで頬張るキュコリルに触発されて、クロムは食事を口にする。
キュコリルはもぐもぐ口を動かして、食べ物を飲み込んだ後、クロムに聞いた。
「美味しい?」
「……ああ、うまいな。味が分からないのに不思議とそう感じるよ」
ほとんど味覚を感じていないが、クロムは前向きになったことで食欲が戻ってきていた。
1人で栄養だけを取る食事と、誰かと一緒に会話をしながら取る食事。
この数週間でその違いに気付いたクロムは、たとえ味がぼんやりとしてそこまで美味しく感じない料理でも、クロムはこの食事が美味しく感じるのであった。
「それは、人と一緒に食事の時間を共有してるからだよ。私の美味しいが伝わったんだね」
「そうか……ありがとうな、キュコリル」
「ふふ、クロルの料理が美味しいからだよ」
「なら、良かった」
和やかな時間を過ごして、2人は食事をとり終えて片付けてから、また外に向かう。
ゆっくりと体と心を休めて、時には体を動かして、目にした景色、何気ない会話で盛り上がったり、お腹がすいたら食事を取る。たまには買い物に出かけたりして、違う日常を味わう。
クロムとキュコリルは何気ない平和な日常を過ごしている。
クロムにとってキュコリルと過ごす時間は、今までにないほど充実している日常であった。
「夕食も美味しい、幸せ」
「よかった」
そして、夜になれば夕食を取る。
誰もが必要とする時間の中で、キュコリルはクロムに伝え続ける。
ただの日常にも、幸せが溢れているよと。
クロムはキュコリルに、幸せとは何かを教えられているのであった。
「ちゃんと湯船入ること」
「ああ。いつもありがとうな」
「ん、どいたま」
クロムはキュコリルに言われた通り夕食を取り終わったら、たっぷりのお湯を入れて浸かり疲れを癒す。
火照った体の状態で、冷たい飲み物を取り出して外へ向かう。
つい先日、買ったリクライニングチェアに寝そべり、夜風を浴びて目を瞑る。
(いいな……これは)
キュコリルから教わった幸せ時間。
キュコリルが幸せだと感じたことを、クロムに共有して実行してもらう。
共有の幸せを、キュコリルはクロムに行動で示すのであった。
(眠い……眠いと、思える日が来るとはな)
あまりの居心地の良さに時間を忘れて夜空を見上げながら、月明かりを浴びながら眠気に耐えるクロム。
すると、眠気と戦ってるクロムに近寄る影が一つ。
「ふふ、眠そう」
「ああ、ここは居心地がいい」
「よっと」
大柄のクロムが寝そべっている狭いリクライニングチェアにちょこんと座り込む。
濡れた髪でクロムの上に仰向けに寝そべろうとして止められた。
「今、拭いてやる」
「ありがと。んー、すずしいー。この時間も幸せ」
「ああ。教えてくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
優しく笑いあう2人を、優しい月明かりが照らしている。
月から見るクロムとキュコリルは、幸せな空気で満ちていたそうな。
結局、クロムとキュコリルはそのまま数時間そこで寝落ち。
寒さに跳び起きて、キュコリルがクロムに抱き着いて、その夜は離れずに眠りについたのであった。




