復讐を終えた男、決意する。
夜、クロム達は、少しだけ時間に余裕があると感じて、街の周辺を散歩していた。
いつもとは違う街並みに喜ぶキュコリルを見て、クロムは楽しそうに笑う。
いい感じに時間を潰した2人は、目的の場所へと向かう。
「ここだ」
「ん、美味しそう」
「はは、今日はバーというより、食事処になってしまうかもな」
クロムを助けてくれたバーマスター、フリックのお店だ。
隠れ家のように、密かに建てられた店は、知る人ぞ知る店であり、来るのはほとんどが常連か、その連れ。
懐かしい扉に手をかけてから、店に入ると数ヶ月前にクロムが入り浸った席に目がいく。
「いらっしゃい、2人かい?」
「いや、3人だ。1人は遅れてくる」
「あいよ」
クロムとキュコリルは、端のカウンター席を選んぶ。
「クロムがいたのはこの席?」
「ああ、扉から1番近かったからな」
「確かに」
フリックは、クロムと聞いて声にはださないものの、目を見開いて驚いた。
なにせ、クロムの姿は数ヶ月前とは別人なのだ。2ヶ月ぶりの再会と、クロムの表情、そして一緒にいる連れのキュコリルを見て、フリックは密かに微笑んだ。
「キュコリル、飲み物はどうする?」
「んー、ジュースがいい」
「わかった、マスター」
「はいよ」
「この店のおすすめのジュースを。俺は……ウイスキーの、すまない銘柄が思い出せない」
「ハピリーのストレートでいいかい?」
フリックが断言したことで、クロムはフリックが自分を覚えていてくれたことに驚く。
まあ、側から見れば1ヶ月も毎日入り浸る客のことは誰でも覚えているとは思うが、クロムは気づかないのであった。
「覚えていてくれたのか」
「当然だ。と言っても、名前を聞いて思い出したよ。全くの別人で驚いた」
「あの頃は、すまなかった」
クロムが素直に謝罪すると、フリックは気にしなていない素振りを見せる。
「なに、売上に貢献していたからな、いいってことよ。料理は俺のおすすめを出そう。隣の女性はたくさん食べるのかい?」
「ん、お腹すいた」
「あいよ、今日は貸切にしておこう」
オープンしたばかりで、クロム達の他に客はいない。
フリック1人で店を回しているため、たくさん食べる客がいると、貸切にすることはよくあることだ。
「いいのか?」
「ああ、お祝いってやつだ」
「ありがとう、マスター」
「ふ、いいってことよ」
フリックは飲み物を出してから、厨房へ向かう。
クロムとキュコリルは、料理と酒と飲み物を楽しみながら、フリックを含めて昔話に花を咲かせる。
しばらくすると、リゼルが入店してくる。ギルドでは話し足りなかったのか、リゼルとキュコリルは、仲睦まじ気に話し込んでいる。
取り残されたクロムは、フリックと軽い雑談をする。
手を動かしながら、器用に人の話を聞いて答えるフリックにクロムはさすがだなと感心しながら、酒を嗜む。
基本的には、話しかけられたら客と話すスタイルのフリックだが、クロムに酒を出して質問する。
「うまい酒は、飲めるようになったか?」
クロムはその質問の意味を理解して、クシャリと笑った。
「ああ、この酒はうまいな」
「そうか」
その言葉を聞いたフリックは、満足気な顔をして、自分の作業に戻っていくのであった。
今日で家族の仲を取り戻したクロム。
2人の会話に参加して、未来のことを話して盛り上がる。
(表情が出てくるようになったんだな)
小さいながらも表情を変えて楽しんでいる姿を見て、リゼルは確信した。
復讐を終えて絶望していた男は、もうこの世にはいないのであると。
楽しかった時間はあっという間に終わり、クロム達は家へと帰る。
数十年ぶりに訪れた家は、変わりもなく綺麗なままだとクロムは懐かしむ。
キュコリルは、途中でクロムのお酒を飲んで酔い潰れ寝てしまったようで、スヤスヤと夢の中だ。
3人は家へと入る。
「おかえり、クロム」
「た、ただいま……母さん」
「んー、おじゃましま………」
寝言で答えるキュコリルに、2人はキュコリルを起こさないように静かに笑う。
自分の部屋にキュコリルを寝かせると、今日は簡単に離れてくれた。
あの時、ギルド前で離さなかったキュコリルを思い出して、あの時は起きてたのでは、クロムはそう重はわずにはいられなかった。
クロムは慣れた手つきで、自分とリゼルの分のお茶を用意する。
数十年前に帰ってきたのに、体は覚えているものだなと、小さく笑った。
座っているリゼルにお茶を渡して、クロムも近くの席へと座る。
2人は静かにお茶を飲みながら、外の音を聞いて、感傷に浸っていた。
先に口を開いたのは、リゼルだ。
「クロムがここに帰ってきたのは、数十年ぶりだな」
「ああ、クリスが復讐を終えてからは、どうしていいか分からず家を出た」
「どうだ、今の居心地は」
「いいな。実家があるというのは、幸せなことだ」
その言葉に、リゼルは内心で喜びつつ、お茶を一口飲んでから話す。
「そう言ってもらえると、いつも綺麗にして待っていた甲斐があるってもんだ」
またしても、沈黙が訪れる。
2人は家族なので、いまさら気まずいとは思わない。
家に帰ってきて心が落ち着いたのか、クロムはリゼルと目を合わせる。
「母さん」
「なんだい、やめておくれよ。もう、嬉しい涙はたくさん流したんだ。何も言うんじゃないよ」
照れ隠しでそっぽを向いてしまうリゼルだが、クロムは口を閉じることなく話出す。
「いや、言わせてくれ。俺は母さんのおかげで生きてる。母さんがここまで俺を強くしてくれたから、俺は色々な人を救えたんだ。復讐を終えてからは、不甲斐ない姿を見せてしまったが、もうあんなことはしない。ありがとう、母さん、俺を育ててくれ」
「たく……できた男だよ、あんたは」
「母さんが、育ててくれたから」
リゼルは首を横に振る。
ここまで素直になったのは、自分の教育ではないとクロムの言葉を否定した。
「育てたのは確かにアタシだが、あの子はお前さんを救ってくれた。本当に感謝してもしきれない。キュコリルには、頭が上がらないよ」
「全くその通りだ」
クロムの全肯定の言葉に、リゼルはあっけらかんと笑ってから、真剣な表情でクロムの瞳に伝える。
「クロム、あの子と一緒に幸せになるんだよ。それが、1番の親孝行さ」
「ああ、必ず」
クロムはその言葉に対して、真摯に言葉を返した。
クロムの表情と言葉を聞いたリゼルは、満足気に頷くのであった。
ある程度、親子の会話を終えて、風呂にのんびり浸かってから今日は寝ることに。
クロムの部屋はキュコリルが使っているが、寝ている彼女の様子を見にいく。
幸せそうに眠る表情を見て、同じく幸せな顔でキュコリルを見つめるクロムは、キュコリルにキスを落としてから部屋を出ようとするも。
「……んー。つかまえあ、へへへ」
クロムの腕を反射で掴んで寝言を呟くキュコリルに驚きながらも、クロムはキュコリルに誘われるがままに一緒のベッドで眠るのであった。
次の日。
クロム達が街に来たことを知ったギルドの職員と、クロムの噂を聞いたリゼルに馴染みのある冒険者達がリゼルに休みをプレゼントした。
リゼルは呆れながらも、心からの笑顔と感謝の言葉に涙を流す者たちもちらほらいたそうな。
その日は、家族水入らずで街での買い物を楽しんだ3人。
夕方にはクロムが救った冒険者や依頼人達が顔を出して、怒涛の感謝の言葉をクロムに送った。
周りが見えていなかったあの頃でも、クロムに救われた人々がいたことに、クロムは自らの過去の行いを少しだけ誇れる気がしていた。
影の救い人であるクロムの感謝祭が大いに盛り上がり、その日の夜中に出ていくはずのクロム達は、あまりの居心地の良さに時間を忘れて楽しんでしまったため、大幅に遅れて出発することになった。
1番はしゃいでいたキュコリルは、クロムに関する武勇伝を興味津々で聞いて夜遅くまで楽しんだせいで寝不足となり、今はクロムの背中ですやすやと眠っている。
これもまた、いいなとクロムは思いつつ、街の門まで歩いていく。
門の前には、見知った人影が姿を見せる。
「行くのか」
「母さん、来てくれたのか」
「当たり前だろ。それに、忘れものだ」
クロムはリゼルから、冒険者で証であるブレスレットを渡される。
これを受け取りに来たのに、クロムの頭からはすっかり抜け落ちていた。
それくらい、家族と会うことに緊張していたのだろう。
仲を深めて、家族と交流もできて、それで満足してしまっていたのだ。
クロムはそんな自分に呆れながら、笑ってリゼルからブレスレットを受け取った。
「ああ、うっかりしていた」
「ふ、私も忘れていたよ。それくらい、この数日間はとても居心地が良かった」
リゼルも同じ気持ちだったことに、密かに喜びをかんじながら、クロムはブレスレットを身に着ける。
「よく似合ってる。忘れ物はもうないか?」
出掛ける息子に、母親らしい言葉を送る。
「ああ、大丈夫だ」
「そうか。気を付けて行くんだぞ」
「分かってる。母さんも、体には気を付けてくれ」
「分かったよ。さあ、見送りの時間だ。後ろを見てみろ」
「え?」
クロムが後ろを振り向くと大勢の街の人たちが姿を見せた。
今までクロムが助けてきた人たちが、またしても総出で見送りに来たのだ。
「またこいよ!」
「いつでも帰ってきてね!」
「ここはお前さんの街だ!」
「ありがとう、みんな。また帰ってくる」
クロムはそんな様子に涙ぐみながらも、感謝の言葉を伝えて前を向く。
「クロム、お前さんは今までよくやったよ。
これからは、自分とその子を大切にするんだ。幸せになるんだよ、クロム。
いつでも帰ってきなさい」
「ああ、ありがとう。母さん……行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
大きな歓声と共に、クロムはキュコリルを背負って、次の街へ向けて駆け出した。
クロムは街の人たちに見送られながら決意する。
復讐に囚われて何も見えなくなっていた自分。
幸せとは程遠い場所で、1人孤独に生きていたと思い込んでいた。
だが実際は、クロムがそう思い込んでいただけで、周りの人々はクロムのことを認めていたのだ。
そのことに気付けなかったクロムは、幸せになんかなれない、なってはいけないと本気でそう思っていた。
キュコリルとの出会いを経て、クロムは人として成長した。
日常の中に幸せが広がっていて、その小さなほんの些細な幸せに気付けるかは自分次第だということも。
幸せになるかどうかは自分次第で、それでも自分は幸せじゃない1人ぼっちだと思い込んでいても、誰かがそれを教えてくれる。
思い込みは時に人を孤独にする。
けれど、もし孤独な自分に手を差し伸べてくれる人がいるなら、迷わずその手を掴んだほうがいいことをクロムはキュコリルに教わったのだ。
クロムはもう1人じゃない。
幸せは身近にあるということを教えてくれたキュコリルを、クロムは幸せにすると誓う。
そして、自分自身も幸せになるんだと、クロムは自らの意思で決めた。
復讐に囚われていた男はもういない。
自分と、そして身近な人と幸せになるために、クロムは今日も、これからも生きると決意したのであった。
キュコリルの家族に会いに行ったクロムたちを待っていたのは、キュコリルと消息不明の姉ユミェルとその夫オリオ。
姉はキュコリルと住みたいと申し出たが、キュコリルはそれを断った。
すでに自分たちの居場所があることを伝えると、ユミェルは寂し気に、でも嬉しそうな顔で、キュコリルを幸せにしてほしいと、クロムに託した。クロムも、それに答えるように真剣な表情でユミェルに誓う。
時々遊びに来てほしいとユミェルが伝えると、キュコリルとクロムはもちろんそのつもりだと頷いた。
街の観光と道中で倒した魔物と魔獣を換金するために冒険者ギルドへ向かうと、キュコリルの育ての親、ゼギスと出会う。ゼギスはキュコリルの幸せそうな顔に満足気だが、クロムには少し厳しい対応を取る。
大切な娘をやるには、クロムの実力を見てみたいと言われ、クロムもそれに応じた。
キュコリルは、クロムとゼギスの戦いをキラキラとした瞳で、2人を応援することに。
激しい戦闘の上、万全状態のクロムは、辛勝の末、ゼギスに勝利。
ゼギスは負けたのに嬉しそうに豪快な笑顔を見せ、クロムを認めるのであった。
結局、その日はゼギスとキュコリルの姉と夫、キュコリルとクロムで飲み明かし、大盛り上がりの夜となった。
次の日、帰ろうとすると、街に大量の魔物、魔獣が向かっていると報告を受ける。
クロム、キュコリル、ゼギス、キュコリルの姉と共闘して、何万もいる魔物や魔獣から街を守り切った。
クロムは街を守り切ってキュコリルに嬉しそうに伝えたそうだ。
俺の力は大切な人たちを守るための力にあるんだと。
復興の手伝いをしてから、クロムとキュコリルは街を去った。
たくさんの人に見送られて、第2の故郷ができたと嬉しそうに語る2人。
自分たちの家に戻ったクロムたちは、それからは穏やかな日々を過ごしていく。
ある日、クロムはクリスと出会う。クロムのことを聞いたクリスが、クロムの元を訪ねてきたのだ。
キュコリルを交えて話し合い、クリスが結婚していたことを知ると、クロムとキュコリルはクリスのことを盛大に祝った。
キュコリルが寝た後で、クロムとクリスは思い出話に花を咲かせた後で、クロムはクリスに今までのことに感謝を告げる。クリスはうれし泣きをして、その日は男二人で大いに楽しんだそうだ。
クリスは帰り際に式がまだなので、是非参加してほしいと言われた2人は、もちろん了承する。
後日、結婚式を見たキュコリルが、クロムに話し合いを持ちかける。
結婚式をしてみたいと願うキュコリルに、クロムは街の人々と協力し、盛大な結婚式を開いた。
結婚式に参加したリゼル、ゼギス、ユミェル、オリオ、そしてクロムの兄であるクリスと妻のアリア。
幸せに包まれた会場で、クロムたちは人々の前で幸せになることを宣言した。
さらに、数年の時が経ち、クロムたちは大家族となっていて、大きな家を同じ森の中に建てていた。
クロムとキュコリルはたくさんの子宝に恵まれ、今日も家族で幸せに生きている。
キュコリルがクロムに抱き着いて、子供たちの遊びという名の修練を微笑ましく眺めている。
キュコリルは、クロムに聞いた。
「クロム、今は幸せ?」
「もちろん、幸せだ。キュコリルは幸せか?」
「ん、もちろん幸せ」
2人がキスをすると、たくさんの子供たちが、羨ましそうに自分たちのもとへと駆け寄ってきた。
クロムとキュコリルは、子供たちを抱きしめながら、日々の幸せを感じる。
クロムは自らの意思で幸せになると決めた。
幸せになった今は、この幸せを永遠に守るのだと、決意するのであった。
ありがとうございました。




