復讐を終えた男
久しぶりの新作です。
ゆっくりのんびり週1、2投稿します。
本日、3話投稿します。
よろしくお願いします。
「カウンターの一番右端の男、あいつもうすぐ自殺するな」
物騒なことをいう仲間に、ひそひそと男は尋ねた。
「おい、いくら席が離れてるからって、縁起でもないこと言うなよ」
「お前も見れば分かるさ。大丈夫、相手は俺たちのこと眼中にもないさ」
そういわれると、男は興味本位で見たくなってしまう。
自分たちは自決なんて考えもしないが、そういう人間がいることを男は知っていたからだ。
だが、実際に見たことがあるかと言われれば、見たことはない。男は簡単な気持ちで自ら死にゆく人間の顔を見た。
「……あぁ、あれはヤバい」
カウンターで一人酒を飲み続ける男。
黒い髪も髭も整えておらずボサボサ、黒目は虚ろでどこを見ているか分からない。酒に酔っぱらって目が虚ろなのか、それとも人生に絶望しているのか分からない。酒を飲むペースは一定で、よってふらついてる印象もないため、おそらくは後者だと男は推測した。
確信したのは、生気を感じられないこと。
(あれ、あいつ……)
観察している男は、酒を飲んでいる男を知っていた。
「なあ、あれって……」
「ああ、クロムだ」
「あいつって、もっと目がギラギラしてたよな? それによ、こう、なんか、触れたら殺すぞってくらい殺気に満ちてたよな」
2人の男はさらに、クロムという人物について語る。
「こりゃあ、噂なんだが、どうやら復讐が終わったらしいぞ。まあ、言ってみれば、燃え尽きちまったんだろうよ。復讐に囚われすぎるなとはよく聞くが、あれは典型的な悪い例だな」
男たちはクロムの様子を見ながら、声を潜めて話を続ける。
「あいつの冒険者ランクって確か鳥獣魔級で止まってるよな? 前にパーティーを組まないかって何度も声を掛けられる位には優秀だって聞いたが」
「勧誘の声は全部無視だ。勧誘の声どころか、必要最低限の会話で、ほとんどは復讐のために力を欲して魔物を狩り続けてたらしい。一度、馬鹿がクロムの態度が気に食わなくて喧嘩を売ったんだが、一瞬で半殺しにしてたらしいぞ」
「はー。そいつのギルドランクは?」
「亜竜級だ」
「それは、またおっかねぇな。実力が計り知れねぇ」
「やられた本人は油断してただけっていうけどよ、周りからしてみれば、亜竜級以上の実力があるって恐れられてんだ」
「それがあのざまか……。復讐心ってのは怖いねぇ」
「だな」
男はグラスを置いて静かにポツリと呟いた。
「でも、俺はアイツに救ってもらってるからな。これからいいことがあればいいけど」
「そうだな……なんだかんだ、あいつに救われた奴は多いしな。かく言う俺も、そうなんだけどな」
「なら、アイツに運が向くように乾杯するか」
「だな! それじゃあ、アイツの幸せを願って」
「かんぱーい!!」
それから男たちは、クロムに興味を無くして他の話題で盛り上がっていた。
男たちの話題となったクロムは、誰の声も聞こえていないのか、酒を浴びるように飲み続け、煙草を吸い続けていた。
「……マスター」
「……はいよ。レンカのウイスキーだ」
度数の強い酒が静かに置かれる。
酒場のマスターは売り上げのことよりも、クロムの飲み方を心配そうに見つめていた。
クロムは復讐が終わってから、毎日のようにここで酒を飲み続けている。
20年間、復讐のために自ら死地に飛び込む形で己を鍛え続けてきたクロムは、金が有り余っていた。
先日、復讐を終えたばかりのクロムは、これから何をすればいいか分からず、三日間は家に籠っていた。
食事をほとんど取らなかったせいか、以前と比べて瘦せてしまっている。
持ち家のないクロムは、宿屋で暮らしていたが、食わず飲まずのクロムを泊めていた宿屋の主は、家で死なれたら困るからと、この酒場に無理やり連れて行った。
それからというもの、宿屋の店主のはからいでクロムが死なないように、この酒場で必要最低限の食事と水を飲み過ごさせた。
クロムの必要最低限の食事の取り方に呆れた常連の客が、酒と煙草を与えると、クロムはそれに依存するように、その二つを取り続けた。
酒場の営業時間が過ぎ、客がクロムだけになると、マスターはいつも通り声を掛ける。
「お客さん、時間だよ」
「……ああ、すまない」
「なに、気にすることはない。あんたは金払いがいいからな」
「……そうか」
いつもと同じ会話をするクロムとマスター。
クロムのこの悪しき生活習慣は1ヶ月も続いているが、マスターはクロムを追い出そうとはしなかった。
ただ、1ヶ月も続けて店を利用していれば、お節介を焼きたくなるのが人情である。
マスターは、一言声を掛ける。
「その、なんだ。辛いことがあったのは分かるが、気持ちを切り替えないと、いつまで経ってもそのままだ。軽く運動でもしてきたらどうだ? 冒険者なんだろ、家に引き籠って酒と煙草ばかりじゃなくて、体を動かした方が心が晴れるかもしれねぇぞ」
「……そう、だな」
「……明日は、うまい酒が飲めるといいな」
「……そうだな」
マスターは、静かに酒場から出ていくクロムの姿を見送る。
(復讐を終えた男か……変な思考に陥らなければいいが)
先ほどの男たちの言葉は、マスターには丸聞こえだったため、クロムの覇気のない後姿を見ながら、そう思うのであった。
マスターは神棚に置いてある女神像に酒を注いで、常連の男が変な気を起こさないことを願うのであった。貢物はまだ消えないので、マスターはクロムが酒を美味く感じられる日を願う。
貢物が消えた途端、マスターは顔を綻ばせて、営業終了の看板を立てるのであった。
そんなことを願われているとは知らず、クロムはベッドの上に寝転がる。
(……うまい酒か。どうでもいいな、そんなこと。復讐も終わって、やることもなくて、生きる気力も湧かない。そもそも、うまい酒を飲むために生きてきたんじゃない。復讐のために生きて、そのあとのことなんて、何も考えて無かったよな。……生きてる意味なんて、もうないよな)
男はベッドに入ると、自問自答を繰り返す。
復讐が終わり、何も手につかなくて、死なれるのは困るからと死なないために栄養を取る。
そのあとはすることがないから、勧められた酒と煙草で時間を過ごすだけの毎日。
(……みんなの所に、いけばいいのか)
男はようやく正しい答えを導き出したかのように、少しだけ顔が明るくなった。
とはいえ、普通の人と比べれば、顔色は悪く、笑った顔も不気味という言葉で片付けられてしまうくらいには、暗い表情だった。
静かな部屋に、クロムの乾いた笑い声だけが響いていた。
クロムは朝早くから旅立ちの準備に入る。
手荷物は少なく、装備も軽装で、これから買い物にでも出掛けるような格好だ。
宿屋の親父の前に顔を出すと、親父は目を見開いて驚いた表情を見せる。
「おう、なんだ。珍しいじゃねぇか。ようやく、気持ちの整理がついたか」
「まあ、そんなところだ。世話になったな、おやっさん。酒場のマスターにも、礼を言っておいてくれ」
「なんだ、旅にでもでるのか?」
「まあ、そんなところだ」
「にしては軽装だな」
クロムの恰好は手入れされた武器と、急所を守るための防具、それ以外には荷物が見当たらなかった。
旅に出るというわりには似付かわしくない装備に、親父は眉を顰めた。
「なに、俺の装備はこんなもんだ。亜空間のスキルを手に入れてるからな」
「そうか、なら安心だな。元気でやるんだぞ」
「おやっさんもな。これ、今までの礼だ。酒場のマスターに半分くれてやってくれ」
ドン、と置かれた麻袋の音に、親父は慌ててクロムを引き留めようとするが、クロムはさっさと宿屋を出て行ってしまう。
親父はため息を吐いて中身を確認すると、そこには信じられない量の金貨が入っていた。
金貨1枚で、1か月家族が養えるほどの金額だ。それが目の前に大量に置かれている。
「……まったく、しょうがねぇやつだ」
親父は中身を数えて、50枚あった金貨を半分に分けて、酒場のマスターの分を用意した。
貰った金貨を一枚神棚に置いて、親父は女神に祈った。
「女神アイア様。馬鹿なあいつを救ってやってください」
宿屋の親父が呟くと、神棚に置いた金貨が消える。
貢物が消えたことで、親父は満足そうに部屋の掃除に向かうのであった。
未完成のまま作品投稿してます。
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今月、もしくは来月頭に完結する予定です。