身勝手な転生
人間とは常に愚かなものだ。闘争でしか善悪を決めることができず、また、闘争を拒むためにまた闘争する。
今、物陰の奥から拳銃をぶっぱなしてる奴らも、隣で応戦している仲間も、そして俺も、等しく愚かな人間だった。
「くそっ、もう弾切れか!おいナハト!余ってる弾くれ!」
「はぁ?お前、さっき渡したばかりだろうが」
「ケチくせぇこと言うなよ。そんなのお前のことだ、たんまりあるんだろ?」
「俺がケチなんじゃない、お前の浪費が激しいだけだ」
銃弾の嵐の中、スーツの内ポケットから実弾で埋め尽くされた弾倉を取り出し、反対側の壁に寄りかかって逃れている相方へと投げ渡す。
「へへっ、サンキューな。でもこれで貸し借りなしだぜ」
「笑うのは終わってからにしろ。このメモリーカードをクライアントに渡すまでが仕事だ」
「そのためにはここを突破しねぇと……」
遮蔽物である防護扉から顔をのぞかせ、出口のある方へ目を向けた途端、銃弾の嵐が襲いかかる。敵は常に引き金を引く準備ができているようで、一瞬の隙も与えてくれそうにない。突破する術が手元にある拳銃しかないこの中で、相方であるヒルンは苦い顔を浮かべながら膨らみのある胸をまさぐり始めた。
「おい、それ……」
「仕方ねぇだろ……道具は使って初めて役に立つんだ。そして俺たち人間は……道具がねぇと役に立てねぇんだ!!」
俺たちの組織は常に二人一組で行動することを規則としている。相方が亡くなれば新しい者とペアを組む。そうして俺たちは色んな仲間の死に様をその目にして、同じ境遇のやつとまた新たに組む。ヒルンが投げた物は、俺の前の相方が託した、形見のスタングレネードだった。
「行け!ナハト!!」
爆破音と目を焼く閃光が壁の向こうから生み出されたと共に走り出す。
一瞬だけ見えた景色の中に、敵は三人だけだった。走りながら銃を構え、出口へと向かいながら一人、また一人と体を撃ち抜く。
残弾数を見誤ったのか、最後の一人を始末しようと引き金を引いたところで撃鉄は軽い音を鳴らす。光が収まり、リロードする間もなく無謀に突撃するも、やり損ねた最後の一人に、胸を撃たれる。なんとも呆気ない幕切れだった。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
熱い、体がこれまでにないほど熱く、そして寒い。まるで体に力が入らず、勇猛なヒルンの怒声と銃声を最期に聞きながら地面に横たわる。最後の一人の身体が倒れる音が遠くに聞こえてから走りよる音が聞こえてくる。
「おいナハト!しっかりしろ!幸いにも心臓は逸れてる。今から処置すれば」
「お前にそんな心得があるのか……?」
「んなもんねぇ……けど!穴塞げば血止まんだろ!?」
相変わらずな思考に鼻で笑い、スーツをちぎって包帯代わりにしようとするヒルンの手を、血に塗れた手で抑え、空いた胸に指を置く。
「……空いてやがる」
「は……はぁ?お前、なんでそんな笑いながら言えるんだよ!痛くねぇのかよ!」
「痛すぎて……笑っちまうんだよ。腕にも、足にも弾喰らったことあるが、胸は初めてだ。いい経験になった……」
「なぁ、なら……頭も一発喰らってみるか」
「あぁ……頼むよ」
床に膝をつき、間近で見下ろしていたヒルンが立ち上がり、最後の弾をリロードして銃口を向ける。死に際のこの体には恐怖なんて感情はなく、痛みから開放されるという安堵だけに満たされていた。
「俺の趣味、覚えてるよな」
「相方の形見集め……だったな……」
「ナハト、お前がくれたこのマガジン、貰っていいか」
「組織の支給品だろ……好きにしろよ」
「……そうだったな」
既に真っ暗になった視界の中で、最期に相方は言った。
「お前は最高のパートナーだったよ。休め、ナハト・リーシェ」
死体の山が出来た施設の中で、最後の銃声は仲間を撃った。
「……っとまぁ、これがキミの最期、いやぁ、キミの相方は仲間思いなのかサイコパスなのか、分からないね」
あれから目が覚めれば俺は真っ暗な空間の中で、唯一見える存在を前に、共に菓子を貪っていた。
「根は良い奴だ。……根は」
「まぁ、ボクは当事者じゃないからそこのところはどうでもいいんだけど」
「で、お前は一体誰で、ここはどこだ」
「ボクは神様。信者のいないしがない神。そしてここは死後の世界さ」
「神が、たくさんの人を殺した俺に何の用だ。直々に地獄に落としてくれるのか?」
「キミは、来世は信じるかい?」
「質問に答えてくれ」
目の前の神は菓子に伸びる手を止め、不服そうに引っ込め、俺と目を合わせようとすれば逸らすことを何度も繰り返す。そして大きく溜息をつき、真剣な面持ちでようやく口を開いた。
「地獄には落とさない。生前のキミの功績を称え、キミのその魂を、別の肉体に移し替えてあげようと思う」
「輪廻転生……ではないな?」
「そうだね。キミの魂は新しい大人の体に宿り、新しい世界でまた生きてもらうよ」
「拷問か?」
「そんなこと言わないでよ……その代わり、キミのやりやすい職業にしておくからさ。スパイ、慣れてるだろう?」
「地獄か?俺はもう足を洗いたいのだが」
「手を汚したくせによく言うね……でもヤダ、ボクが見たいから」
「拒否権は無いというわけか」
「そのとぉーり!さぁ行ってこーい!!」
俺の魂は抵抗することも許されず、暗闇の中へと引きずり込まれる。長い長い落下感に気づけばその感覚はなくなり、最初からそうであったかのように、暖かな風の中で寝転がっていた。
「起きて!転生者クン!」
心地よい風に当たる中、ガサガサと草の上で強引に揺さぶられる。耳障りの良い女声がやや不満要素ではあるが、男だけの環境で育ってきた俺にそれは天からの授かりもののように思え、そう考えると、心地の良い門出のように思えた。
「はいはい、今起きますよ……」
生前の体と大差はないものの、体つきがやや違うだけで扱いが難しく、体を起こすだけで違和感を覚えさせられる。くらくらする頭を抑えながら、一面に広がる草原と、遠くに見える大きな街を一瞥すると、その酔いは瞬く間に醒め、「うわぁ……」と子供のような胸踊る好奇心に、感嘆の声を漏らす。
「その反応も大方予想通り!ようこそ転生者クン、射世界アンダロスへ!」
目の前へくるりと回って姿を見せた高校生くらいの女は、やけに親しげで、右も左も知らない俺に屈託のない笑顔を向けていた。
「な……なんだお前、そんなに俺が珍しいか」
女性経験なんてあるはずもなく、同性と接する時と全く同じ口調で、けれど警戒心を持って身構えた。その姿がこいつには可笑しく見えたようで、くすくすと笑い出す。俺にはこいつが怖くて怖くて仕方がなかった。
「だって、突然空から落ちてきたんだもん」
「……はい?」
「いやね、噂には聞いていた転生者が、こんなふうに出てくるんだなー!って思って」
俺はそれから言葉が出せず、こいつが何を考えているのか想像することすらもできず、何度も口にしてくる転生者という単語に、あの神はパチモンでは無かったことを肌で感じた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はアシェト・ナエル。みんなからはアシェとか、エトナとか呼ばれてるの」
「随分と中途半端な所を呼ばれてるな……俺はナハト・リーシェ、ナハトでいい」
「ならハナくんで」
「……俺の名前はナハトだ」
「うん、じゃぁハナくん」
「聞き間違えじゃないよな……」
「よろしくね!ハナくん!」
これほどまでに屈辱的なことは今まで受けたことがない。人としての尊厳は奪われたことはあるが、名前を面白おかしく呼ばれるなんてことは初めてで、怒りすら覚える。目の前の能天気なこいつの長く綺麗な赤いサイドテールを引きちぎってやろうという、女の尊厳を踏みにじろうとする怒りが芽生えていた。
「全く、何者なんだお前は……」
「私?ハナくんのお世話係」
「ふざけてるのか?」
「いやいや、転生者のハナくんが、何も知らないこの世界で、一人で生きていけるとでも思うの?」
ぐうの音も出ない。ある程度の家事技術は会得してはいるものの、ここが異世界というものである以上通用するとは考えにくい。であれば、現地人であるアシェトに頼る他なかった。
「よーしわかった。お前は俺の世話係だな?なら俺の言うこと聞いてくれるんだな?」
「うん!なにか気になることでもあれば言ってね!ハナくん!」
「ならまずはそのハナくんって呼び方をやめろ。恥ずかしくて辛抱たまらん」
「ヤダ!ハナくんはハナくんだから」
元の世界で死んでしまった以上、帰る術なんて探す気にもなれず、心のどこかでこの世界を受け入れ始めていた。しかし、これだけは、ハナくん呼びだけはどうしても慣れる気がせず、毎日されることになると考えるだけで頭が痛くなってきた。
「勘弁してくれ……」
痛みの走る頭を抑え、ひとまずは草原のど真ん中に栄える、壁に囲まれた街へと向かおうと歩き出した。アシェトはその俺の後を、従順な犬のように、尻尾を振ってそうな勢いで追いかけてくるのだった。
「次回の……これタイトル長いな」
「なら略してスパスパで!」
「よし、採用」
「「次回のスパスパは!」」
「合わせられるとなかなかに気持ちがいいものだな」
「ひょんなことから射世界アンダロスに転生したハナくん!」
「ハナくんやめろ」
「そこは住民全員が銃を所持するけど治安はなんだかんだ保たれている、銃声と空薬莢が跋扈する射撃天国の世界だった!」
「何もわからん。というか射世界ってそういうことだったのか」
「次回、射世界アンダロス!」
「お前のような能天気が生きられるんだ……俺もきっとマシな人生送れるな。うん」