井之頭先輩
「ギャッギャッギャーーッ」
そんな俺の思考を笑うかのように目の前のゴブリンは声をあげた。右手にはその辺で拾ったかのような枝を持ちぶんぶんと振りまわしている。素振りが終わったのか枝を俺の方に差し出し気持ちの丸い笑みを浮かべた。俺は予定通り井之頭先輩を呼び出す。
「あ、森村!! ほんとお前いいかげんバイトに…いてっ? いたっ …ちょっ 何!?」
俺とゴブリンの間に呼び出された井之頭先輩は背後からゴブリンに枝で叩かれている。なるほど…枝で叩かれるくらいは普通に人が枝を振るのと大差がなさそうだ。
「げ…なんだこいつ顔色悪い子供だな。っていうか叩くな!」
「先輩っ そいつ生意気なんでぶちのめしってやってくださいよ! (魔物なので)むしろぶっ殺せーっ」
「え、ちょ…森村??」
枝に叩かれている井之頭先輩はそんな俺の言葉に顔を青ざめた。流石に殺せと言われても出来るもんじゃないか…そうこうしていると枝じゃだめだと気がついたらしいゴブリンは枝を捨てて素手で殴りかかる。
「ほんと何なんだ、シャレにならないぞ!!」
「そうですね…じゃあちょっと捕まえておいてください」
「お、おう?」
よくわからないという顔をした井之頭先輩はとりあえずゴブリンを腕を取り押さえつけようとする。両手が使えなくなったゴブリンは足で先輩を蹴り始めた。
「あーくそっ なんでこいつはこんなに狂暴なんだ!」
魔物ですからね? 井之頭先輩が押さえてくれている間に俺は召喚魔法を使用して、包丁を呼び出した。一応料理したときのものもあるけど、一緒のものは使いたくないからね~ 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着け…
「…すまん」
ゴブリンの首に包丁を突き刺した。切り落とせればいいと思ったんだけど骨まで切り落とせる自信はないから。初めての感触に若干顔が歪んだが、今後外に出ると魔物に遭遇することもあるのだからと自分の心に言い聞かせる。
「な…っ もりっ …はぁ? 血が…青い?」
吹き出す青い血に驚いて井之頭先輩はゴブリンを手放す。さっきまで青かった顔がさらに青くなり、血まみれになっていく自分を見つめ震える井之頭先輩。返り血の盾にも使ってごめんだけど、俺はそんな状態で町の中に戻れないので許して欲しい。それにしても血が青いとか…まあ赤いと抵抗があったかもしれないことを思うとよかったというべきか。相手は襲ってきた相手であり、倒さなければならない対象なんだから。
「あ…あ…」
「え?」
手を震わせていた井之頭先輩がまるで空気に解けるかのように消えていく。何が起こっているのか理解できない俺はただ茫然とその状態を眺めていた。後に残ったのは首に包丁が刺さり息絶えたゴブリンだけだった。
ゴブリンは布に包み保管庫へしまって俺は町へと戻って来た。初めての戦闘と消えてしまった井之頭先輩と色んな事が続くもんだから気持ちが高ぶって若干呼吸が荒い。冒険者ギルドへと行きさっさとカノ草を渡してついでにゴブリンはどうすればいいのかを聞いた。討伐依頼でならゴブリンの右耳を持ってくれば処理してくれるようなのだが、1体だとだめなんだそうだ。自分で出来ないのなら解体所へ持って行けば耳の切り取りと魔石を取り出してくれるそうだ。持ち歩くのもなんだので俺は解体所にお願いすることに。
「ん…ゴブリンか。ほらよ耳…で魔石はどうする? 取り出す手間賃が200リラだ。こっちで買い取るならゴブリンの魔石は500リラだな」
「ではそれで…」
「おうじゃあやっとくな。ほれ300リラ。死骸の処理はおまけだ」
俺はお金を受け取るとぼんやりと町中を歩いていた。
気がついたときには昨日ユニに連れてきてもらった小広場に来ていた。ひとまずソファーを取り出しそこへ横になる。手に握られていた7枚のコイン…2500リラに気がついてポケットにねじ込み目を閉じる。もう一方の手にはゴブリンの耳があることを思い出し、ビニール袋に入れて保管庫へ。5つそろったら依頼として報告出来るからね…って違う! 魔物を倒したのは仕方なかったからだ。だからそれはいい。慣れないものは仕方がないし、今後慣れていくだろう。だからと言って進んで狩るつもりはないが。問題はそうじゃなくて井之頭先輩だよ。俺は保管庫の中身を確認すると井之頭先輩の名前があることにちょっとほっとした。
「いや…違うっ」
がばっと飛び起きた俺はよく見てみる。井之頭先輩は2人いたはずなのに1人しかいない…見間違いじゃない。やっぱりあの井之頭先輩はいなくなってしまったんだ。2人になっていたこともよくわからなかったが減ったこともさらにわからない。わからないこと尽くしで嫌になってくる。
俺は再びソファーに横になるとぼんやりと空を眺め少しづつ赤みを帯びていく光景をただ黙って見つめているのだった。
すっかり日が落ちたころ俺はソファーを片付けトーアル商会へと足を運び宿の場所を教えてもらって向かう。宿は確かに狭かった。ベッドと荷物を置くための棚くらいのスペースしかない。この狭さが逆に俺は落ち着いたのかベッドに横になると夕食も取らず眠ることにした。