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独身貴族万歳!〜おやおや、この私に助けを乞うなんて今どのようなお気持ちでいらっしゃいますか?〜

作者: 輝静

恋愛要素は少なめです。

 長年恋心を寄せていた王子と結婚。そして王子は王となり、(わたくし)は王妃となった。(わたくし)は幸せに包まれ、文句の無い充実した人生を歩んでいく……はずだった。


「予算が、予算が足りません……」


このところ魔物の襲撃が多く、そのせいで兵を出動させたり、町が破壊されるので、その再建などで出ていくお金が多すぎる。


 ──ここは市民から税を……。いやいや、今でさえ税が高いのに、そんな事をしてしまえば暴動が起きる。下手したら革命を起こされて首が飛びかねない。かと言って、貴族が大人しくお金を出すはずがない。


「低ランクの魔物は冒険者に任せて、討伐に行かせる兵士は減らす。その分は陛下にお願いするしか……」


だが、陛下がそう易々とお願いを聞いてくれるとも思えない。


「ぬあー! もう! どうして(わたくし)がこのような事を⁉︎」


でも陛下に任せたらそれこそ国が傾く。顔は良いけど頭が残念だから、特にお金関連は任せられない。


「とりあえず、この予算案を持って陛下に直訴しましょう」


 (わたくし)は執務室を出て、陛下の部屋へと赴いた。

ドアをノックしようとすると、中から聞きなれない嬌声が聞こえる。

私とはご無沙汰なくせによくやってくれますね。


メイドなんかに気遣い無用と、私は体裁上ドアをノックしてから開ける。


「陛下、予算の事について相談が──」


行為の相手がメイドや奴隷ならまだ許せた。そういうのは貴族社会では当然のことだから。

しかし、現実は非常だ。黒髪に青目の陛下が愛おしそうに抱いているのは、私と同じ金髪赤目の私の妹、アリシアだ。


法律上問題ないが、暗黙の了解として、配偶者の血縁に手を出す事は御法度であるのだ。


「ち、違うんだソフィア、これには訳が」

「あら陛下、悪女に気を使う必要などございませんよ。彼女は王妃という立場を利用し、民を見捨て、国の予算で贅沢をしているのですから」

「何を言っているのですか? そのような戯言、陛下が信じるはずありません」


陛下は服を着ると、ゆっくり立ち上がった。


「明日、国民に向け説明をする」


それだけ言い、陛下は部屋を出て行った。


アリシアは気分の悪い笑みを浮かべ、横を過ぎていった。


「ごめんなさい、また奪う事になって」


そう吐き捨てて。


◇◆◇◆◇


 いくら政務がまともにできないと言っても、資料を見たらどちらが正しいか分かるはず。

そう言い聞かせ、私は一夜を過ごしたのに


「ソフィア、お前を国外追放に処す」


罪状は私が国家予算と民からの税金を湯水の如く使い、魔物襲撃への対応が遅れ、被害も多数出ているからだとか。


「陛下、私は断じてそのような事はしておりません! 資料を見ていただければ──」

「ああ、見たさ。これが証拠だ」


陛下が渡してきた資料に目を通すと、私には覚えのないものしか無かった。むしろこれはアリシアの方……。


「分かったら国から出て行け! 彼女を連れていけ。国境を越えた瞬間ゴミのように捨てていい」


私は王国騎士団に身柄を確保されてしまい、急いで弁明をしようとする。


「陛下、これは私ではなくアリシアが──!」

「貴様はまた、そう言って妹を追い詰めるのか。貴様の悪行など、既に知っている。それを知らずに籍を入れてしまったわたしは愚かだった。今ここで、真の妃はアリシアだと明言しよう」


私を侮蔑する目。その目を見た瞬間、私は全身の力が抜けていく感覚がした。連れていかれる私を尻目に、陛下はアリシアを横に立たせ、身に覚えのない私の悪行を民へと知らしめる。


アリシアは私を一瞥すると、勝ち誇ったように笑った。

私はまた、嵌められた。その事に気づいた瞬間、私の心は冷え切った。


こうして私は、石と罵声が飛び交う中、ディンベルト王国を追放された。


◇◆◇◆◇


 あれから五年の月日が経ち、私は再び二人と再会する事になる。


「この度はお越しいただきありがとうございます。ケイン・ディンベルト陛下並びにアリシア・ディンベルト妃」


私の姿を見たお二人は、それはそれは驚きを隠せない表情をしていた。


「な、なぜここに」

「彼女は今、我が国、エンバルト王国の財務大臣を担っている。その彼女が、この場にいるのは必然でしょう」


そう、私は今、追放先であったエンバルト王国の財務大臣を担っている。

たまたま拾われた廃村寸前だった村を活性化させた事が、銀髪緑目のレイス・エンバルト陛下と茶髪桃目のセリーナ・エンバルト妃の目に留まり、実力を認められた事がきっかけだ。


お二人は私に対する彼らの仕打ちを知り、今回の事は私にほぼ一任してくれる事になった。


「し、しかし、彼女は一度国外追放された身──」

「それは我が国には関係のない事です」

「貴殿に聞くが、今回はどちらが上かお分かりでしょうな? こちらは話を無かったことにしてもよろしいのだ」

「陛下、その辺で。話が始められません。昔の事は一旦水に流し、今ある問題を解決しましょう。まずはそちらの財政状況についてお教えください」


ケイン陛下とアリシアは資料の束を私の前に置いた。


パラパラと粗方目を通し、思わず溜息を吐きたくなってしまう。


「なるほど、分かりました。私個人の見解と致しましては、貴国に借金を負わせる事は不可能と判断致します」


私がそう言い放つと、ケイン陛下とアリシアは顔に焦りを見せた。


「それは困ります! 貴国からの援助が無ければ、国は立て直せません!」

「あくまで私個人の見解です。エンバルト陛下にエンバルト妃はどうお考えでしょうか?」


お二人は資料を読み終わると、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに資料を机に叩きつけた。その光景に、二人は肩をびくりと震わせる。


「話になりませんな。まずはそちらが我が国からの援助を受け、どのように国を立て直すのかお聞きかせ願おう」

「は、はい」


ディンベルト陛下は、あらかじめ用意していた資料を手にし、一から事細かく説明していく。


「このように、運用していくつもりです」


レイス陛下はその案を聞き、喉を唸らせた。


「なるほど、分かりました。たしかに良い案だと思います。しかしそれは、返済を考えなければです。貴殿は我が国(エンバルト)に対する借金を、一体何百年かけて返済するおつもりですか?」

「そ、それは……」


やはり、この陛下に金銭面もとい政務を任せる事はできない。アリシアに関しては、いつも私に仕事を押し付けていたのだから、この話すら理解できていないだろう。


「こちらは寄付をするわけではありません。貸した物は返して頂かないと、こちらも国が回らなくなります」

「しかし──」

「では、貴国の領土を買いましょう。国土は減りますが、その分国の維持もしやすいでしょう。心配なさらなくとも、しっかりとお互いの同意の下取引をいたします」


この私の提案に声を上げたのはアリシアだった。


「信用なりませんわ。そもそも我が国が赤字となったのは、あなたが国家予算と税を使い、贅沢をしていたからでしょう! その分の返済と思い、あなたは私達に無償で寄付するべきよ!」


そんな奇天烈な事を言い出すアリシアに、ケイン陛下は小さく頷いていた。


「そうですね。ですが、それに関しての罰はもう受けたではありませんか。国民からの非難に国外追放。なにより、私は元愛する人を奪われた。ですので、それとこれとは別の話です。それともディンベルト妃は、今回の話を無かったこと、もしくはエンバルト王国と開戦したいのでしょうか?」


その言葉を聞くと、ケイン陛下は面白いくらいに慌てふためいていた。


「彼女の発言は撤回します。ですので、どうかお願いします」

「大丈夫ですよ。それで、どう致しますか?」


一応無限の選択肢を与えているように見せているが、彼らに示されている道は一つしかない。


「わ、分かりました。土地を売ります」

「賢明なご判断です」


私が提案した場所は、鉱山しかない土地。五千万(ルト)から提案し、最終的に一億ルトでの購入が決定した。


貨幣を用意し、必要書類は全て書かせ、それぞれの貴族、国民にも説明し、ようやく事が一旦落ち着いた。


◇◆◇◆◇


「ソフィア、あなたは本当に彼らを助けるつもりは無いのですね」


 本日の公務を終わらせたセリーナ様は、私の部屋にわざわざ赴き、そのような事をおっしゃった。


「そんな事ありませんよ。一億ルトでの取引を承諾したのはあちらです。価値の分からぬ者が持っていては、宝の持ち腐れになってしまいます。おそらく、あちらの宰相は今頃顔を青くしてらっしゃることでしょう」


今回売買した鉱山は、あまりお金にならない鉱石が多く取れる山。しかし、ほんの少しでも地学をかじっていれば、その鉱石が多く取れる山には、何十年掘り続けても尽きる事のない金塊が埋まっていることが分かる。年に取れる金塊だけでも、一億ルトなら端金になる。


王妃時代、そんな事がアリシアに知られてしまえば、鉱山自体を私物化されてしまう恐れを危惧し、手をつけずにいたが、それがこんな形で役に立つとは、人生何があるか分かりませんね。


「ソフィア、悪い顔をしていますよ。そんなに嬉しいのですか?」

「はい。私は彼らにとって悪人ですからね」

「そうですね。それで、次はどこを狙いますか?」

「今回の売買を受け入れたことで、彼らが何も変わっていない事が分かりました。ですので、もう少し大胆にいきます。セリーナ様、近いうちに今の比じゃないくらい忙しくなりますよ」

「あら、それは楽しみなこと」


私達はグラスを取り、優雅な一時を過ごした。


◇◆◇◆◇


 あれから三ヶ月後、予想よりも早くケイン陛下とアリシアは我が国(エンバルト)に来訪した。


「また領土でも売りにきたのですか?」


笑顔を浮かべている私と対称的に、ケイン陛下は見窄らしくなり、アリシアは怒りが爆発しそうになっている。


「予想以上に魔物が活性化している。できれば貴国の騎士にも応援に来ていただきたい。それと、金銭の援助もお願いしたい」


ケイン陛下のお言葉に真っ先に反応したのは、レイス陛下であった。


「魔物の活性化? そのような事は聞いておりませんな。活性化したのではなく、貴国の騎士が軟弱になっているだけでしょう。実際、鉱山に来る魔物は鉱夫だけでも対処できておりますから。貴殿は一体、騎士をどのように育てていらっしゃるのか、ぜひ一度お聞かせ願いたい」


ケイン陛下が何も言えずにいると、我慢の限界がきたのか、アリシアがいきなり立ち上がり、私に詰め寄ってきた。


「そもそも、あなたが鉱山を取り上げるからこのようになったのよ! 聞いたわ、あの鉱山には一億なんてくだらないほどの金塊が眠っているのよね! お金さえあれば陛下も私も頭を悩ませる事はないのよ! 私はあなたの妹よ。国外追放された罪人でさえも姉だと思ってあげているのだから、あなたは無償で私達を助けるべきよ! 唯一の家族である妹を助けるべきなのよ!」


あまりにもおかしな言い分に、私はすぐに反応することが出来なかった。そんな私を見越してか、セリーナ様が代わりにアリシアの対応をしてくださった。


「その家族を見捨てたのはあなたでしょう、アリシア妃。それにこれはソフィアではなく国の交渉。鉱山の件も互いの同意の下です。あなたは少々、いえ、大分貴族の常識が身についていないようですね。そう思いませんか、ディンベルト陛下」


セリーナ様は不敵な笑みを浮かべてケイン陛下を見る。

ケイン陛下はその様相に狼狽え、歯切れの悪い返事しかできていなかった。


「もういいです。ソフィア、話を進めてください」

「はい。では、こちらから三つの提案がございます。あなた方は我が国の騎士団に問題が生じた時、責任を取れないと判断いたします。どうやら、ディンベルト王国の騎士団はエンバルト王国よりも弱いそうですから」

「そんなはずない! ソフィア、君なら知っているだろう。我が国の騎士はとても洗練された強力な戦力であると」


机を乗り出して訴えるケイン陛下に対し、私の笑顔が崩れそうになる。


「たしかにそうですね。ですが、それは私が管理していた時の話です。もしや陛下は、自分が稽古づけただけで騎士団が強くなるとはお考えではありませんよね? 稽古をつけて強くなるのは個々の力であって全体ではございません。当人の得意戦術や癖を理解し、隊を分けて初めて、騎士団は強力な戦力になるのです」

「そのような事すらもご存知にならなかったとは。あなたのような王に我が騎士団を任せられません」

「な、なら我が国が崩壊するのをただ見ていろと?」

「話は最後まで聞いてください。私が出す三つの提案。一つは領土と金銭の取引。もう一つは、領土と騎士団の援軍、もう一つは両方。貴殿はどちらの案をお望みでしょうか?」

「援軍はどれほど……」

「そうですね、そこはエンバルト陛下にお任せ致します。我が国が今回取引を考えている領土は南北端の農業地帯になります」


ここはあまり有名なところでは無い。しかし、絹の生産量は周囲の国と比較しても多い。

ディンベルト王国には他にも絹を生産している場所があるがその地帯は農業自体が盛んな為、そういう意味では絹の生産にも目はいく。その為、私が提示した場所はあまり目立たない。


「この農業地帯はどのような利益がもたらされるのですか?」

「貴殿は自身の国のことすらもご存知ないのでしょうか? 面白い冗談ですね。そちらの地は我が国とは反対に位置しています。ここまで言えばお分かりですよね? 反対の地に位置する近隣国との国交がやりやすくなるのです。もし農業地帯が目当てでしたら、こちらの領土を提示します」


セリーナ様がそう説明すると、ケイン陛下とアリシアは目に見えてほっとした表情になる。


「そういう事情でしたら、以前よりも高値が付くでしょう」


アリシアは目先の利益しか見えていなかった。私は一つ思う事がある。なぜそんなにも欲が深いのに、自身で学ぼうとしないのか。その答えは、最後まで聞く事は無かった。


◇◆◇◆◇


 また以前と同じような手順で済ませた。今回は一個大隊の援軍と十億ルトでの取引となった。


「ソフィア、ご苦労であった。良い場所に目をつけてくれたな」

「ディンベルト王国に関しましては、陛下よりも詳しいですから。外堀を埋められていることも知らずに嬉々として帰国していく姿は思わず哀れに思ってしまいました」

「お前は優しいな。俺は思わず笑ってしまいそうであった」


レイス陛下はそう言って、高らかに笑った。


「ああ、すまない。今回はどれだけ持つと思うか?」

「アリシアは魔族の襲撃をエンバルトの騎士団に任せるでしょう。そして自国(ディンベルト)の騎士団を修繕に当て、残ったお金で豪遊。そう考えますと、以前よりも早い来訪になりそうです」

「そうか。ではそろそろ都市に手を出しても相手は呑み込みそうだな。築き上げてきた国が崩壊していくのは、先代にとっては悲しいことだろうな」

「左様です。そして都市に手を出した瞬間、本当の意味で国が壊れるでしょう。なにせディンベルト王国は、歴史上一の悪女に民を売ったことになるのですから」

「そのことで一つ提案なんだが──」


陛下の案に、思わず悪い顔が出てしまう。


「陛下も中々面白い事を考えますね。その提案、ぜひとも受け入れさせていただきます」

「ああ、それではよろしく頼む」


◇◆◇◆◇


 次に来訪した時、アリシアはケイン陛下の隣にいなかった。


「アリシア妃は欠席ですか?」

「彼女は今、外に出せる状況ではない。ソフィア、まずは君に謝らなければならない事がある。以前、君を国外追放してしまい申し訳なかった。アリシアの言い分と偽造書類を信じてしまったわたしの落ち度だ」

「ディンベルト陛下、頭を上げてください。一体どのような風の吹き回しでしょうか?」


ケイン陛下の話をまとめると、アリシアに任せておいた五億ルトが、一月も持たずに使い込まれたとのこと。町の修繕や騎士団への援助金に当てたのかと思いきや、そうではなかった。

何に使われたのかと調査をすると、私情に使っていたとの事。さらに、民の税金の大半も自身の懐に入れており、不審に思ったケイン陛下は私が妃だった頃の資料も調べた。その結果、国家予算や税金を使い込んでいたのは私ではなくアリシアだと判明した。


 ──気付くのが遅いですよ、陛下。


「本当に申し訳なかった。私は信じる人を間違えていたようだ」

「そうですか。その事はもう構いません。それで、外に出せないとはどういう事でしょうか?」

「今回貴国から譲り受けた資金に手を出した事が知れ、彼女は野次を飛ばされる対象となってしまったのだ」


 ──()()、ね。


「貴殿は国民に、ソフィアに冤罪を被せた事を説明したのでしょうな?」


レイス陛下がそう言うと、ケイン陛下は黙って下を向いてしまった。


「ソフィア、君には戻ってきてほしい。君さえ戻ってきてくれれば、心置きなくアリシアを追い出す事ができる。そして君はまた、ディンベルト王国の妃となる事ができる」


なんとも図々しい今の彼の姿を見て、以前までの私は何故彼に心惹かれたのか、分からなくなってしまった。


「ディンベルト陛下、私があなたの元へ戻って私の身に初めに起こる事はなんだと思いますか?」


ケイン陛下はしばらく頭を悩ませると、目を輝かせて言う。


「わたしの寵愛を受ける事です」


その答えに、レイス陛下は声をあげて笑ってしまった。


「陛下、ハズレです。正解は国民、貴族からの非難です。言葉だけではありません。追放される時と同様に、石を投げられ、侮蔑の目を向けられ、使用人には雑に扱われる。私が何をしようが、周りからは嫌味にしか見えないでしょう。陛下はそんな私を守ってくださいますか?」


陛下は何も言わなかった。


「この話は聞かなかった事にしましょう。今回我々が所望する領土は、中央都市ディエントです」


私の提案に、ケイン陛下は目を丸くした。


「いくらなんでもそれはできない!」

「一兆ルト」


その言葉を聞いた瞬間、ケイン陛下の動きが止まった。


「どうしますか? たとえ他の領土を売っても、出せて五百億ルトです。その領土をいくつも売りますか? 売れるほどの国土はありますか? その金銭で民の怒りを鎮め、国の再建はできますでしょうか? 今ここで、お応えください」

「……少し、考えさせてほしい」

「ええ、どうぞ。我々は席を外しますので、お一人でお考えください」


 私達は談話室を出て、隣の部屋へと移った。


「一兆ルトって本気ですか? 国家予算の百分の一ですよ」

「レイス様には許可を取っております。安心してください、損はさせません」

「ああ、先行投資だ。心配するなセリーナ。このお金は後に化けて帰ってくる」

「お二人がそう言うのであれば信じます。しかし、あの国王には腹が立ちますわ」

「あの方は自分一番です。よく見れば分かる偽造書類やアリシアの嘘を信じたのは、私が貴族や国民に対し、妹に手を出した事を告発する恐れを無くすためだと思います。

今回もそうです。私を引き戻し、財政状況を立て直す事ができた瞬間、自身の手柄とし、評価を上げるためでしょう。これでも元家族です。それくらい分かりきっております。

私はきっと、そんな自分勝手で自信しか取り柄のない彼の輝きに酔いしれていました。

ですので、最後は彼自身の判断で、私をあんな目に遭わせた妹と共に闇へと葬り去ります。協力してください」 


お二人の肯定的な返事を聞けたところで、私達は再び談話室へと戻った。


「ディンベルト陛下、答えは出ましたか?」

「…………ああ。だが、一つ聞きたいことがある。任せても大丈夫か?」

「……はい」

「なら良い」


◇◆◇◆◇


 最後の取引を済ませた一月後、ディンベルト王国は崩壊した。


中央都市もとい国民を悪女の指示に則って売ったという事で、この国王は信用ならないと国民が立ち上がり、国をあげての大革命が起こった。


ケイン元陛下とアリシアの首が飛んだ知らせを聞いた瞬間、エンバルト王国が攻め入り、全領土を呑み込んだ。

全てが終わった。そう思ったが、私の心は締め付けられたままだった。


 それから二年の月日が経ち、以前エンバルト王国との取引で売られた領土も返され、ディンベルトは再び国として成り立つようになった。


そして今、ディンベルト国は王国になろうとしている。女王、ソフィア・ディンベルトの名の下に。


◇◆◇◆◇


 私が女王になる手立てを進めている間の事、セリーナ様が心配そうに話してきた。


「本当に、民の誤解を解かなくても良いのですか?」


そのような顔になるのもよく分かる。私の即位に対し、ディンベルトの国民は苦言を呈している。しかし、苦言を呈すこと以外何もできない。

ディンベルトが再び独立できるようになるのは、エンバルト王国の協力があってこそ。そして、エンバルト王国が協力をする条件として出したのが、私を王位に置くこと。そうすれば、ディンベルト王国という名のエンバルト王国の一部に代わりがないから。

だからこそ、私に手を出せばただでは済まない事くらいディンベルトの貴族も民も分かっている。だから私は誤解も解こうと努力しなくても済む。


「はい、もちろんです。セリーナ様、そのような顔をしなくとも問題ありません。よく考えてみてください。石と罵声を投げて追い出した悪女が、エンバルト王国という強い味方を持って再び女王として戻ってきたのですよ。彼らにとっては耐え難い屈辱でしょう。

騙されていたとはいえ、私は彼らに決して慈悲を与えたりしません。

女王になったからには、彼らにいつ私がやり返してくるのかと、恐怖を持って過ごしていただきます」

「それでも、人は怖い生き物よ。あなたの本音は?」


セリーナ様の鋭い眼光は、私の心の奥底まで見透かしているようだった。


「分かっております。だからこそ、私は誤解を解く事は不可能だと思っております。本人の弁明など、ただの言い訳にしかならないでしょう。民に証拠を見せる事はできませんし。貴族は証拠を見たところで私に味方する事はありません。難癖をつけても謝る事はしません。貴族は自身の非を認める事は死ぬよりも辛い事でしょう。唯一誤解を解ける彼は亡くしてしまいました。ですから、私は茨の道を選ぶことしかできません。殺されても文句は言いません。それは私が民の誤解を解けるほどの良き女王になれなかったということですから」

「あなたがそこまで背負う必要は無いと、私は断言します。貴族の誤解はあなたが何と言おうと、私とレイン陛下で解きます。そうすれば、少なくとも出会いは望めると思います。あなたには幸せになって欲しいのです」


勘づかれないようと、自分自身の心にも蓋をしていた感情。それを、セリーナ様のある言葉に引っかかり、私はつい、放ってしまった。


「…… 彼は自分一番ですが、周りも大切にする人です。無鉄砲で突き進み、結果失敗して周りに迷惑をかけるとんでもないダメ男です。ですが、自分なりに対処はする方です。そして、私が知る中で最も素直で純粋な方です。

アリシアは口が達者です。ですから、彼を操り、洗脳するのは簡単だったでしょう。

彼の性格が醜くなってしまったのは、全面的にアリシアが原因だと思っております。両親もそうでしたから」

「…………」

「私はケイン陛下が好きでした。そして今も未来も。どうしてこんな人が好きなのだろうと、何度も思いました。好きなのか分からなくもなりました。ですがいつも、やっぱり好きなのだと認識するのです。

私は今後、彼以上に好きになる方が現れるとは思いません。跡取りは作っても、夫はもう作らないでしょう。あんな酷い事をされたのに……。と思われるかもしれませんが、私は陛下に対しては何とも思っていません。僅かに残っていた妹への家族の情が消えただけです。

セリーナ様、私は未練たらしいダメな女です。彼が亡くなるように仕向けたのも、自分自身の心に穴を開けるためです。

彼に苦労させ、少しでも悪く思ってしまった自分自身への贖罪です。貴族の誤解の件はお任せします。

それと、セリーナ様は誤解されているようですが、私はお二人に出会ってから、ずっと幸せでしたよ」

「そう。分かったわ。頑張ってね」


セリーナ様は微笑み、部屋から退出していった。


◇◆◇◆◇


 新たなる女王として民の前に立った私は、満足していた。愛した彼の国を率いる事で、彼を側に感じられる。それと同時に、もう彼はいないというどうしようもない後悔を私に与える。


 私が即位した事に喜ぶのは元エンバルト王国の民のみ。

ディンベルト王国の民は怒りや恐怖を浮かべていた。いつの日かそんな顔をされなくなるように、私は国に尽くそうと心に決める。


「この度ディンベルト王国の女王となりました、ソフィア・ディンベルトと申します」


私の時代が今、幕を開ける。

ご愛読ありがとうございます。ブームが過ぎる前に一度でいいから書いてみたかったものです。主人公に恋愛要素を入れようと思いましたが、やっぱり男女の恋愛は書けないとしみじみ思いました。

※結果的に片想いという形になりました。


少しでも気に入ってくださったらブクマ、評価、いいね、感想、レビューをお願いします。


※多少の修正と付け足しをしました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 国外追放もので、これほど徹底的な対処(復讐?)をした物語は少なくとも私は初めてです ソフィアさんの財務的外交手腕には驚くべきものがありました 皮肉にもソフィアさんが、ディンベルト王国の女王…
[良い点] きちんとけじめをつけた駄目ンズ、満足です。 [気になる点] 序盤、文脈上王妃として陛下(夫)に進言するのか、王子妃として 夫に代わり陛下(義父)に進言するのかの判断に思考の回り道が必要です…
[一言] バカな男を愛してしまったと自覚している才女の失恋。こうすることでしか好きな男を捕まえることは出来なかったんですね。切ないです。 私は恋愛ものだと思っています。 そこまで計算できて、国を乗っと…
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