第3話-2 秋の頃に咲く花
あおはどうしたものかと思っていた。
文芸誌の編集会議をするために今日は集まったのだ。それに集中するべきと思った。どことなく甘い誘惑が彼の脳裏に浮かんでいる。彼女の服装を見るとこのまま手を握って連れ去っていってしまいそうになる。
特徴的だったのは花や蝶の柄の刺繍がレギンスにあったことだ。この子の姿が現れたとき、杜若も東雲もあおを見て、頑張れと言った。誰から見てもわかりやすく彼女は変わっていたし、あおに対して好意的だった。
4人はしばらく歩いてどこ入ろうか、などと話しているが一向に決まる気配がない。あおもこの街は初めてだった。
挿絵の案が出来上がったと杜若がメールをよこしてきたので、挿絵の作家を呼んで話し合いをすることになっていた。
この街にしようといったのはみどりである。3回生の秋はあおも覚えている。必修とゼミ以外はたいてい単位を取ってしまっているから、研究生と違って大学に来る様は殆どない。大学からも遠いみどりは近いうちにこっちに来ることもないのだという。
とするならばみどりが一番近い都心の街が一番全員が会いやすいだろうと踏んであおはみどりに任せるといったのである。
つまり、この街はみどりが一番良く知った街ということだ。
「あの店にしませんか?」
突然みどりがいった店はあきらかにデートスポットともいうべき店だった。
杜若も東雲も少し呆れた顔をしたので、あおは少し背筋を凍らせた。
――なにかの間違いならいいけど……。
「そこはダメだな」
彼の口から言うことで他の二人をフォローするしかなかった。これではみどりがデート気分であおとこの街にいるような感覚になってしまう。
あおは横目でみどりを見たが、どこかしら萎えた表情をしていた。
あおは仕方なしに目の前にある椿屋の看板を見つけて、そこだなと思って3人に声をかけた。老舗の喫茶店だ。落ち着いて話すならちょうどいい店だ。
女性たちは皆アイスティを頼んだ。あおだけエスプレッソを注文したので、不思議な注目を浴びた。
「コーヒー飲めるんですね?」
一言発したのは東雲だった。この中でいま話を切り出しやすいのはこの人であっただろう。
「あたしも飲めねー、煤竹よく飲めんな」
杜若もこの時期になるとだいぶん慣れてきていた。話し方や態度はどうにか気にせずにいられるようになったというべきか。
「普通に飲んでる人は飲んでるから普通じゃないか?」
と、彼はありきたりな反応をした。
あおはその会話の中でもみどりに対して意識的だった。彼女は確かに魅力的になっていた。明らかに他の二人を抑えて特別な格好をしていた。漆黒の飲み物を手にして眺めながら、あおはみどりを意識せざるを得なかった。しかしあおはそれを意識していることを忘れるかのように東雲に挿絵を見せるように促した。
水性インクの多少にじみの出る筆致の挿絵である。エッシャー的なエッチング|《銅版画》だろうか、しかしそれほど硬質でもない質感である。どちらかといえば湿り気のある日本人的なタッチであった。
本格的なエッチングではないが、学生の出版物であるならこのくらいでもいいような気もする。
しかし、彼はエスプレッソを原画へこぼしてしまいそうで、最後はそちらに一番気を取られていた。