第3話 秋の頃に咲く花
改札付近では杜若と挿絵の原画を描いた東雲あかねがいた。みどりはまだいなかった。
「時間はまだですね」
二人は静かに頷いた。あおには二人とする会話がなかった。
あおはみどりとかなり長い間連絡を取り合っていた。しかしあおにとって結局のところみどりにそのような感情が芽生えることはなかった。それはみどりにとって残酷なことだ。学部生の頃の記憶が彼の中で女性を遠ざけようとしている。
彼女の愉快さは、あおにとっても愉快なことであった。それは間違いのないことだ。その愉快さを共有しているときは昔の記憶を忘れることができた。しかし、いざ平静を取り戻してみるとその感情はどこか深いところへ押し沈められた。
――あの白い顔。
いくら印象深く良い思い出とともに記憶に残ろうとも、あの言葉の数々が全てを萎えさせた。とうぶん、女の人とは付き合えなさそうだと言う感情さえも彼は抱かざるを得なかった。しかしみどりはそんなこと知る由もなかった。
みどりが来たので、あおはなるべく顔を合わせないようにそそくさと歩みだした。
実際時間がなかったのも確かである。あおは早いうちにファミレスでも喫茶店でも見つけて挿絵の案を見たかった。
あおは先頭を歩いていると、みどりが前にはっと出て、
「あおさん、こんにちは」と言った。
その顔は普段見せる顔とはずっと違う表情であった。何にも疑いを見せない表情である。
あおはドキリとした。みどりはよく見るといつもとは違った格好をしている。大学とプライベートではやはり服装を変えるものなのだろうか――。いや、違う。明らかにみどりは意識的に服装を変えてみたのだ。
服装だけではない。彼女は身のこなしから身なり全般、髪型らか化粧までわかりやすいくらいに変わって見えた。いつもの爽やかさというよりは
艶やかなる様相を呈していた。
あおはどこかで谷崎潤一郎の刺青を思い出した。
彫り師が肌のきれいな女に入れ墨をいれる快感と、入れ墨をいれて変わって行く女の態度に征服される男の快感を描いた小説である。
彼はゾクッとし、地下街から表へでた。
――何が彼女をそうさせているのだろうか。
一抹の不安をビル風は知らせていた。