第08話 ヒーロー 診察される
第08話 ヒーロー 診察される
「よしなりさんの(腰の)状態はかなり悪いよ?四六時中痛みがあるだろ?酷い顔になってる。貴方はまともに治療するという気はあるのかな?」
診察室に入った瞬間にMRI検査を申し渡され、病院の廊下を行ったり来たりした後、再び診察室に招き入れられた俺に高精度ディスプレイに表示された俺の腰の3D画像を見ながら大クリニック整形外科医長の天元先生がため息をついた。いや、MRIで診療報酬ごっそり入ってるでしょ?不景気なため息を吐かないで欲しい。
それと誤解されるような言い方は止めて欲しい。俺の腰痛は確かだが、酷いと言われるような顔の造作はしてないつもりだ。
どのようなリアクションを取ればいいのか判らず俺が黙り込んでると、天元先生は高級液晶ディスプレイに表示された俺の腰の内部構造に、高そうな万年筆をかざしながら言った。白衣の袖から錆色のカフスが覗く。お洒落な爺様だ。
「ここなんか特に酷い。相当我慢してるだろ?我慢が顔に出て、できたてホヤホヤの死体みたいになってるんだよ。早い話がゾンビだ。化け物扱いされるから夜間出歩かない方がいい。あと、食欲不振とか胃痛とか不眠とかあるんじゃないの?この状態の痛みに耐えられる人はそうそういないと思うんだが。もしかして痛いのが好きとか?」
できたてホヤホヤの死体だと?ゾンビだと?医者は職業柄そういうの(ゾンビはわからないが)は見慣れてると思うが、患者の前で吐く台詞じゃない。それと俺はMではない。だがしかし!先生の軽口に俺は真面目に返事をする。そう。正直に申告。これは患者の義務だ。
「痛いのは大嫌いです…。でも、手術というか…身体に金属が入るっていうのが怖いんです。正確には刃物が身体に入ってくる感触っていうのか…誰も信じてくれませんが痛み以外の嫌な感覚があるんですよ…」
「嫌な感覚ねぇ。そりゃ日浦先生の専門だ。いや本業の方だよ?ううん…心理的な問題もあるかもしれない。一度日浦先生の方にかかってみればいいな。それとだ。最近の腰関連の手術はバサバサ切ることは少ないよ?PELD(内視鏡を使って筋肉・骨・靭帯をほとんど切らずに、ヘルニアをつまみ出す手術。傷が小さく体への負担が少ないと言われている)という手術法も最近出てきている。もちろんここ(大クリニック)でもやってる。数時間で楽になるし、日帰りで退院もできるよ?どう?」
ファーストフードのメニューを勧めるがごとく手術を勧めてくる。確かにこの痛みを和らげることができれば嬉しいのだが、勧め方がまったくなってない。
「いえ、もう少し我慢します。仕事も忙しいので…」
拒否の理由を仕事に持って行くのは作戦的に上策だ。他人の生活の糧を得る手段に対して医者がどうこういうことはあまり言えないからだ。命に関わる病ならまだしも、腰痛で死んだという話は寡聞にも覚えがないので、医者も積極的に手術を勧めることはないだろう。「正直に申告は患者の義務」?誰だよ?そんなふざけたことを言うヤツは?
「仕事かぁ…大変だね。そんじゃ(神経)ブロック(注射)やってく?今なら20%増量サービスするよ?」
「いえ、大丈夫です。耐えられます。注射は駄目なんです!それと増量サービスって何なんです?」
「ははは、注射嫌いも筋金入りだな。それじゃ腰をしっかり伸ばしておきなさい。少しはマシになる。けれどこれも対症療法でしかないよ?決断は早いほうがいいと思うんだけどね。じゃ、お大事に」
万年筆でカルテに何やら書き込みながら、天元先生は俺の診療を終えた。さて、これからが復活の時間だ!
理学療法とは、運動機能の維持・改善を目的に運動、温熱、電気、水、光線などの物理的手段を用いて行われる治療法だ。俺にとっては、注射をしないというその一点で大いに合格だ。
理学療法室は耐用年数を超えてガタが来ている身体の機能維持回復のため(一説によると暇つぶし)に通う年輩の皆様や、肘、膝をしかめっ面で屈伸させている賞金稼ぎの皆様、スポーツで壊した身体のリハビリに励む高校生とかでカオスな雰囲気になっている。
殺伐とした、まったりな空気が漂っているのだ。そんな中、俺のような働き盛り(だと思う)の一般人の姿は少ない。
いつものように(なぜか)薬指で腰をなぞる理学療法士の佐渡さんは病院には不似合いなさわやかな笑顔で俺の腰の状態を確認している。噂によると婆様連中にファンクラブまであるらしい。
佐渡さんが唸る。
「こりゃ酷い。筋肉ガチガチになってますよ?相当痛いでしょ?ここまで放っておくのは…天元先生…怒ってなかったですか?」
「さっさと切れと言われたよ。私も何とかしたいとは思ってるんだけど、仕事がアレでね。手術のための休暇なんかは取りづらいんだわ。いや、自分が会社を動かしてる訳じゃないんだけど「会社が困る」と言われるとね…」
「会社が困るねぇ~。会社って人なんですか?」
「「法人」というくらいだから、「法的」には「人」なんだろうなぁ~。まぁ、会社に飲みに誘ってもらった事はないけどさ」
「確かに。知らないうちに会社を擬人化してますよね。日本人だけなのかなぁ~。けど、そこまでの義理はないんじゃないですか?それよりも腰です。腰!。腰は大事ですよ?肉月に要と書いて「腰」なんですよ!昔の映画で「腰よ!みちびききたまへ!※」とかやってたでしょ?そのくらい大事です。そこらへんを自覚してもらわなければ…じゃ、いつものように最初は暖めましょう。今日は少し長めにしますね」
80年代のギャグをかました佐渡さんに俺は驚いた。が、よく考えてみると佐渡さんの相手の大半は機械に例えれば耐用年数を超えた皆様である。この年代の事情に詳しくなるのかもしれない。「星よ!」かぁ~。主演の女優さんは年代カテゴライズすると俺より1クラス以上上になる。ここは素直に喜ぶべきかな?
遠赤外線の暖かさが腰を包み、俺は思わずほぉっとため息をつく。それほどまでに俺の腰に遠赤外線は優しい。俺は独身だが、家族に相手にされない「おとーさん」が唯一暖かく接して貰える心のよりどころ、暖房便座並ではないかとも思う。
腰が温まった後は、牽引だ。腰椎を引っ張り、神経への圧迫を軽減し、周辺の筋肉の緊張を和らげて、椎骨を正常な位置に戻す。当然気持ちがいい。何というか、身長が十センチ程伸びたような気がする。
牽引のあとは、マッサージで血行をよくする。佐渡さんはこの理学マッサージの達人だ。ファンが多いのが頷ける。ガチガチに丸めたアルミ箔がゆっくりと平面に広がってゆくような感覚だ。腰にへばりついていた重い塊が溶けはじめ、鈍い痛みが少しずつ消えてゆく。
そう、俺様復活まであとわずかだ ふはははは…うん、割とどうでもいいんだけどね。でも気持ちいいのは確かなんだ。
割とどうでもいいんだけどさ…
※「星よ導きたまえ」が正解