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第07話 ヒーロー 通院する

第07話 ヒーロー 通院する



 痛みの五段活用と(大昔の)ドラマ挿入歌の替え歌で、辛うじて地獄坂を制した俺は「大クリニック」に辿り着くことができた。(途中、過呼吸になってぶっ倒れそうになったのは秘密だ)

 残念だが、今のところ俺の腰の痛みを抑える方法はここの理学療法しかない。よって地獄(坂)の責め苦に耐え、徒歩での死国八十八カ所タイムトライアル、大峰山千日回峰行よろしく「大クリニック」に通のだ。

 地獄坂がけが原因ではないが、通院という苦行でで腰へのダメージは確実に追加されている。坂を登らず、駅前至近、つまり平地の病院に通うという方法もあるんじゃないかなと思ったりもするのだが、ここは立地よりも医療の質に目を向けるべきだと思っている。

 土手、(たけのこ)レベルだが、美人の女医さん+うら若い女性看護師さん&女性の理学療法士さんの濃厚サービス(診察)プラス駅至近の立地条件と、名医ではあるが、爺様(あるいは婆様)の診察と苦行(登坂のことである)とどっちがいいかという究極の選択ということだ。

 ちなみに大クリニックの先生方は押し並べて年配のベテラン医師である。(下衆な勘ぐりはやめよう)

 病院の待合は辛気くさい。生物としての耐用年数が限界に近い皆様(爺様&婆様)専門の整形外科などは結構陽気だとは聞いてはいるが、一般的に、陽気な病院の待合室は存在しない。この雰囲気が少しでも改善されれば、腰の痛みもマシになるのだが、様式美というのもある。病院の待合室は、押し並べて陰気であるべきなのだ。

 「大クリニック」は、これに「殺伐感」が加わっている。主に外科、整形外科スタッフへの高評価によるものだ。負傷した「刑法報奨金対象業務就労取得者(賞金稼ぎ)」が治療のために押し寄せてくるためだ。

 個人企業(いわゆる一人親方)の刑法報奨金対象業務就労取得者の福利厚生は薄い。(近年では、個人事業者の福利厚生マネージメントを生命保険会社が請け負うようにもなっていおり、有名どころの福利厚生は充実しつつあるらしいが)

 怪我による事業中断は収入途絶に直結する。そのようなこともあって、荒事専門の刑法報奨金対象業務就労取得者(面倒なので以下賞金稼ぎ)はベテランである程、自分の体調維持に留意する。だが、それでも怪我を負う。もともとそのような仕事なのだ。

 大クリニックはこれらの賞金稼ぎの治療と本業復帰プロセスに高い評価を得ているらしい。(待合室にわざとらしく置かれている「自称」一流経済誌の「大東亜経済」の提灯記事によるとそうなっている。俺のコメントは差し控えたい)

 半分、例の河を渡りかけているような爺様&婆様と、殺気ムンムンの賞金稼ぎの皆様が仲良く待合室で順番待ちをしているのは中々にシュールな光景だ。

(賞金稼ぎの皆様の殺伐とした空気で、爺様、婆様達がそのまんま昇天しそうなのだが、そう簡単にはいかないだろう。ここは病院だ。極めて至近に医療関係者が居る。院内では簡単に昇天なぞさせてもらえないんじゃないかな)

 待合のソファーには空きがあったが腰は下ろさない。いや、下ろせない。(腰を)下ろしたが最後、二度と立ち上がれなくなるんじゃないかと思う。それほど今日の腰の痛みはキツイ。背中には既に変な汗すら流れてる。

 待合室の4Kディスプレイを贅沢に4枚貼り合わせた画面に、ワイドショーのライブ、懸賞犯の公開入札の模様が中継されていた。

 最低落札価格の入札者に犯人逮捕の権利が与えられる、いわゆる逆オークションだ。

 今回は夜間の轢き逃げ案件で、「公団」「シンジケート」「ハンザ」ともに、大いに乗り気で、久々のマイナス入札が出るんじゃないかと期待されている。

(ライトノベルなどでは「ギルド」と称しているらしいが、虚構の世界観を現実の世界に持ち込むのはまずいということで、政府機関直属の「公団」、企業連合、企業集団を意味する「シンジケート」、各地方自治体+民間企業、団体の第三セクター方式の「スタッドハンザ(略称ハンザ)」が使われている。内容は、ライトノベルの「ギルド」や「傭兵団」などと大して変わらない)


 険しい顔をして痛みに耐えていると、唐突に声をかけられた。


「こんにちは、よしなりさん。腰ですか?」

「ああ、前後さん…。相変わらずですよ。そんな歳じゃないんですけどね…」

「腰痛に年齢は関係ありませんよ。死ぬまで腰痛知らずの方もいますし、最近、小学生でも腰痛持ちは少なくありませんよ?病気の皆様がいらっしゃるので我々は生活できてますから、よしなりさんには感謝しなきゃなりません。どうです?感謝がてら、今度一緒に飲みに行きませんか?」



 一分の隙もなくスーツで身を固めた30代のデロリとした二枚目、昭天製薬の営業マン前後ぜんごさんは俺の恨み節にテノールの美声と爽やかな笑顔で応じた。というか、ヤメロ!痛みに耐えている俺にその笑顔は燃料にしかならん!



「この状態で出歩くと確実に再起不能になります。お誘いは大変嬉しいんですけどね…」



 前後さんがお洒落なのは、この病院ならではの事情がある。

 整形外科の医長で大クリニックナンバー2の天元先生は着道楽なのだ。患者以外の服装に(一説によると患者の服装にさえも)非常に厳しい。

 看護師の身だしなみ(白衣の身だしなみと言われても困るが)もカソリック系女子校並みに厳格だそうだ。(清楚&清潔な女子高生は絶滅しつつある。平日午前8時頃の首都圏のホームを見れば容易に理解できる)脱線したが、つまり、大クリニックは、


「服装の乱れは人生の乱れ」


 を地で行っている。そんな訳で製薬会社や医療機器メーカーの営業担当にいろいろと「注文」を付ける。

 営業担当者は営業成績を上げようとオーダースーツで身を固めたり、男性ファッション誌を読みあさって同業他社の営業に優位になるべく日夜研鑽しているらしい。

 これを知らずに、某製薬会社のナンバーワン営業マンが吊しのスーツで飛び込み訪問し、いきなり価格勝負を切り出したため、天元先生が大激怒。それから某製薬会社と一切の取引きがなくなったらしい。

 それで終われば良かったのだが、やたらと顔が広い天元先生がことあるごとに「某製薬会社服装の乱れたセールスマン」についてあちこちで苦言を呈したので、ナンバーワン営業マンは、営業マン生命を絶たれたと業界の間では伝説になっているそうだ。

 そんな訳で前後さんに限らず、コンチネンタルやらミラノ風やら、どこの高級ホテルのロビーかと勘違いするような格好のお洒落野郎達が、陰気な病院の待合室にたむろしている。(服装は自腹だそうな。そもそもサラリーマンのスーツが経費で落ちたという話は聞いたことがない)

 業務のためとはいえ、本当にご苦労なことだ。(まぁ、お洒落だと看護師から合コンに誘われるそうなので悪いことだけではないらしい)

 それはさておき、大クリニックの薬剤納品元として前後さんの昭天製薬のシェアは大きいそうだ。製薬会社の営業競争は(昭和頃のハードボイルド小説によると)熾烈を極めるため、前後さんは百戦錬磨の営業マンということになる。

 各社のお洒落営業さんの中でも前後さんは格別だ。なぜなら他社の営業は健康そのものなのだが、前後さんは大クリニックの患者でもある。

 彼は時たま…あ~あれだ…本来外部からの侵入を想定していない器官を外部からの挿…で怪我をする。うん…察して欲しい。俺が必死で前後さんの誘いを断る理由も…。


 彼が俺にさかんに声をかけるのは、



「よしなりさんの括約筋の付き方は芸術的と言える」



 という俺の身の下の事情を半日の人間ドックで、大腸と前立腺の検診を受けた際の情報(医学的、解剖学的見地によるものである!)を肛門科の日浦先生がぽろっと漏らしてしまったためだ。(日浦先生からエライ勢いで謝罪された)

 個人情報。それも微妙な部分の情報をこれまた微妙な方に漏らすのは勘弁して欲しい。

(前後さんは名前のとおり、前後、攻守どっちでもOKな人だそうな。俺の記憶で言えば、少女漫画の少佐とか殺し屋とかだ。ヤツらはHIV感染の原因の1つが「そういうこと」にあると知ったときどんな顔をしたのだろう。いや、割とどうでもいい)

 で、ことあるごとにお誘いがかかる。勘弁して欲しい!俺はノンケだ。お誘いの都度、俺は腰痛を理由にして無難に洒落男の誘いを断っているのだ。こうなると腰痛様に感謝の念が沸いてくる。



「それは残念ですね。確かにづかいは重要です。完治されることを祈ってます。そうそう、我が社が新開発した消炎鎮痛ハップなんですけど、ケトプロフェンがテンコ盛りで非常に良く効きます。サンプル品を納品していますので、天元先生に一言言っていただければ大変助かります。おっと、呼び出しだ。それじゃお大事に」



 何か物騒な言い回しじゃね?思わず括約筋が震え上がった。看護師の呼び出しに応えながら、患者までセールスツールにする敏腕営業マン。それが前後さんだ。今日はコンチネンタルな装いなので、かなり高額の商談だろう。廊下を歩いて行く後ろ姿が若干ガニ股に見えるのは気のせいだろう。いや、割とどうでもいいんだけどさ…


※医者のレベルは、故桂米朝師匠によると

「土手医者(藪にもなれない)」

(たけのこ)医者(藪の一歩手前)」

「雀医者(藪の中にいる。藪に飛んで行く)」

のランクがあるらしい。


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