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第06話 ヒーロー 腰痛に苦しむ

第06話 ヒーロー 腰痛に苦しむ



「痛ぇ…」



 晴れ渡った土曜の朝。天候とは真逆の表情でとぼとぼと坂道を征く冴えない中年(恐らく周囲からはそう見えているだろう)。まぁ、それが俺だ。数年前までなら全力で否定したんだが、その気力もない。だってリアルオッサンだもんな…。

 電車から降りて最初の関門は辛うじて突破したのだが、その際のダメージが既に俺のHPをゴリゴリと削っていた。うん、ヤバイ。マヂで!

 一歩毎につま先から踵を経由して腰まで上り詰めてくる痛みは確実のその強さを増してきている。そう腰痛である。


 申し遅れた。俺は可成喜照よしなり よしてる。同僚からは「よっさん」、若い連中からは(陰で)「ヨシヨシ」と呼ばれている。年齢46歳のオッサンである。独身なので周囲からは魔法使いだと思われている。

 23区内にある某企業に勤めるホワイトカラー社員。いわゆる社畜だ。

 まぁ、割とどうでもいいんだが。


 ホワイトカラーにとって腰痛は職業病だ。(まぁ、ブルーカラーでも大して変わりはなかろうが…)腰は身体の要。「腰」という漢字を考えた奴は「髪」という漢字を考えた奴並に身体の構造に詳しかったのだろうと、数千年前に動物の骨に占卜を刻み込んだ人物を想う。まぁ、それでも腰は痛い。うん、やっぱ、痛いわ…。

 この痛み、今日はまだ、ましな方だ。何せ腰痛様が本気を出したら俺は一歩も動けなくなる。寝返りすら打てなくなるのだ。無意識に寝返りを打って飛び上がる(実際は腰が「少し」動いた程度だ)様子を想像していただければありがたい。

 医者によれば、俺の腰はかなり酷い状態らしい。通院する都度手術を勧められるのだが腰の手術は後遺症が残ると聞いている(※そんな事はない)。医者の方も医者の方で事情がある。最近は医療訴訟の面倒から逃れるために「綺麗さっぱり完治します」などとは言わないし、言えないのだ。それを差し引いても後遺症というのはちょっと怖い。

 実は、俺は自分の身体に刃物が入るのが怖い。俺の母親の話によれば、ガキの時分に高熱を出し立ち上がれない様な状態で医者に担ぎ込まれた際、銀の盆に載せられた注射器を見ただけで、「治ったぁ~」と絶叫して全速力で病院廊下をダッシュで逃走したらしい。

 うん、今でも注射は嫌いだ。人間ドックの採血時には貧血気味になる。おかげで心電図と血圧測定結果はさんざんな結果だ。インフルエンザの予防接種なぞもってのほかだ。献血などは余裕で死ねるとさえ思ってる。

 はるか昔、「二十歳(はたち)の献血キャンペーン」とかに若気の至りで、度胸試しついでにチャレンジしたのだが、採血針(そもそも断面から内部が見える血管針なんてあり得ない!)を見て意識を飛ばしかけたことがあるのは俺の重大な秘密である。



「痛いと言うことは生きていると言うこと…か…生きているから…痛いんだよ!馬鹿な話だ!ああ、いてぇ!」



 自分に言い聞かせるようにゆっくりつぶやくつもりだったが失敗。後半はブチ切れてしまった。が、切れたところで速度が上がるわけではない。坂道を征く速度はあくまでもゆっくりだ。

 何かの本で読んだが、世界的に有名な古都の某企業のトップが経営の苦しさを地元の名刹の坊主に相談した際、



「よかったですなぁ。苦しいと言うことは、生きとるっちゅう証拠ですわぁ。ふぉっふぉっふぉ…」



 みたいな事を言われて、目が覚めたそうな。

 「目が覚めた」?何に目覚めたのだろうか?もしかしてMだったとか?

 まぁ、それは置いといて!社会の荒波を乗り越え、曲がりなりにも成功を収め、世間一般で言う著名な経営者となったおっさんと、神話クラスのサイキック坊主の建立した名刹の住職との組み合わせだからピンボケ与太話が美談になったんだろう。

 そもそも、このレベルのボケで目が覚めたのがおかしい。これがヒラのサラリーマンと生臭坊主の組み合わせだったら、目が覚める前に一斗缶でぶっ叩かれて速攻オヤスミ案件になる。(関西の話だからボケツッコミは日常の風景だよな?もしかして名刹の住職はそれを狙ったのかもしれないが)


(痛まない、痛みます、痛む、痛むとき、痛めば、痛む、痛もう…いや痛いのは勘弁だ!勘弁!)


 俺の目的地。かかりつけの病院「大クリニック」は、丘の上にある。内陸部に丘陵地帯が広がる神奈川県ならではの立地なのだ。神奈川県の連中は何を気取ってか、丘陵地の地名を「樹木or草花の名前+丘」という、小洒落た命名にしている(ある意味厨二的だ)。もちろん、花の名前は2文字あるいは4文字というMS-DOSの8.3形式もびっくりの名前で統一されている。加えて字面や耳障り、加えて見た目が良い花の名前で統一されているらしく


 「どくだみが丘」とか「ぶたくさが丘」「うつぼかずらが丘」


 などという地名はない。また、可憐な花であっても


 「ダイアモンド・フロストが丘」「しねらりあが丘」


 などはない。(割とどうでもいいんだが、「草花(樹木を除く)の名前+ヶ丘」のフォーマットに適合している地名は、全国でも十数カ所程度らしい)

 この小洒落た地名の丘の頂上に続く坂道を俺は密かに「地獄坂」と呼んでいる。以前は細い一車線道路だったのだが、数年前に突如道路工事が始まり、歩道はないが片側一車線にまで拡幅されている。それでも坂道は坂道。この辛さは足腰をヤッったヤツ、あるいは呼吸器関連の病を持っているヤツにしかわからんだろう。



「坂の上を見上げる。坂の上の空には白い雲がふざけたように陣取っていた」



 文学的な風景なのだろうが今は全く関係ない。俺にとっては絶望的な風景にしか見えないのだ。短いようで地獄坂は長い。俺はたどり着けるのだろうか…。

 痛さの五段階活用はひとまず置いて、気を紛らわすためにドラマのエンディングの唄を口ずさむ。当然、肝心な地名や歌詞の一部は自動変換だ。ざまみろ〇ASRAC!


「喘ぎながら ひとり征く 地獄坂ぁ~」


 ああ、まだ坂の半分だよ…いや、 割とどうでもいいんだけどさ…

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