第05話 「悪の組織」の始動
第05話 「悪の組織」の始動
「諸君。雌伏の時は終わった。一時的ではあるがな…」
松戸グループ定期会合「五日会」
企業グループが定期的に行う会合。開催がわかりやすいように決まった月の決まった曜日に行われることが多い。そのため会合名は「三水会」「二月会」と呼ばれることが多い。
松戸グループは多業種であるため、主となる会合は同業種、あるいは関係の近い業種での小規模な会議が多い。
これらの会議の中で異彩を放っているのが「五日会」だ。この会議は名前のとおり「第五週の日曜日」に開催される。つまり開催日数が圧倒的に少ない。それに加え、メンバーが表向き公表されていない。そういうこともあってか、松戸会の最高意思決定機関であると言われている。
松戸会配下の各社のトップはこの「五日会」メンバーに選出されるべく日夜努力しているのだ。
「大クリニック」会議室。久々に集合した五日会メンバーに松戸会理事長、松戸歳延医学博士は開口一番、松戸グループの「新規事業」開始を宣言した。
「我々は、日本国政府の後援を受け「自称正義の味方を標榜する半端者ども」を叩き潰すことになった。毛色は異なるが、久しく途絶えていた実力行使だ。正直儂の代での復活はないと思っていた。まぁ、表舞台への復活だ。気分は悪くはない。
尚、本業務は「五日会」統括事業とする。実務は当面、「大クリニック」で運営中核を担うことにする。統括は事務長が行う。各事業部には関連業務の支援は勿論、要員の応援を要請することになるのでよろしく頼む。では事務長から詳細を説明する」
松戸会の錬金術師と呼ばれる「松戸会」常任理事兼事務長、松戸大が「松戸会」が乗り出す政府委託事業の概要と、それに対する方針を述べ始めると、「五日会」会員達の目の色が変わった。参加メンバーは「松戸会」を運営する精鋭の集まりだ。当然、実業家として他と比べても遜色ない実力を有している。
それに、事務長が関わってくる時点で新規事業計画の概要はまとまっていると考えて良い。何せ、事務長が関わる各種施策で大きな不利益を被ったことは未だかつてないのだ。加えて…事務長案件は例外なく「楽しい」。
「説明いたします。質問は随時行ってください。まず、松戸会の参入は「賞金稼ぎ法」の附則に関するものに限ります。現在の所謂賞金稼ぎ業務については、表向き参入という形を取りますが、実際には参入いたしません。情報収集と、人材…この場合、実務要員ですが、これらの確保、いわゆるスカウト程度に抑えます。
また「松戸会」は業務の委託法人扱いとなります。委託される業務は、単純に言えば賞金稼ぎをその運営団体ごと潰すという業務です。先ほど理事長が言及された「正義の味方をぶっ潰す」というのはこれに該当します。
潰す相手の選択は「松戸会」に一です。つまり「全面委託」と考えて頂いて問題ありません。政府…一部の官公庁の一部の人間が「松戸会」の提示した対象団体への「委託業務」を追認するという形になります」
「これは結構やりがいのある事業ですね。賞金稼ぎ団体。特にシンジケート相手となると情報戦は必須でしょう。力任せでも負けるという気はさらさらしませんが、搦め手なども考えなければなりません。「必○仕事人」的なポジションを求められるのであれば、マイナーな部分、ニッチな部分から攻めるということが重要です。安易なメディアミックスは反発しか買いません。そこらへんは是非ウチに任せて貰いたい!」
「装備品は大仕掛けになるでしょう。それを一切矛盾なく、また第三者から疑いの目で見られることなく準備する自信はあります。そこらへんは我が社に任せてください」
「補助要員が必須になるでしょう。我が社にお任せください。最低30分勤務のバイトから、スペシャリストまで必ず準備してみせます」
次々に上がる「五日会」会員の声。そう、こいつらは全員「悪人」なのだ。満足そうにうなずく理事長を横目に、事務長は現状の問題点を述べた。
「情報戦は本部よりも皆様の方が得意なのは承知しています。そっち系は全面的にお任せすることになると考えておりますのでよろしくお願いいたします。ただし、通常よりも控えめにして、「漠然とした不信感」を対象に植え付けるよう心がけてください。悪人廃業で正義の味方に転職なんて笑えない冗談ですからね。
また、我々の活動は「目立たぬように目立たせる」ことが必要です。日曜朝の「アレ」なんて論外です。あれで目立たないと考えているのならそいつはただの馬鹿です」
失笑が漏れた。どうやら彼らも「アレ」を視ているらしい。
「実際に動き出すまでの戦略と既存「賞金稼ぎ」団体への謀略・諜報案の立案をお願いします。あと、実行部隊の編成ですが、天元博士に対応していただきます。「博士」ご説明ください」
指名された天元と呼ばれた白衣の老人は机上で組んでいた手を解くと、実行部隊編成に関する現状とその問題点の説明を始めた。
「今は直接やり合う要員が不足しておる。疎かにしていたわけではないが、そっち系の需要がここんところ全くなかったのだ。戦闘要員は定数割れして久しいしな。特に先頭に立てる者が希少だ。あと、サポート要員も不足しておる。相手の組織は大きい。それに対応するにはこちらの備えも十分に行わなければならない。そこで、だ。
実行部隊要員は、賞金稼ぎの傷病者から一線復帰可能になりそうな連中を年契約で雇用してそれに充てたい。人材派遣業グループにはそいつらのスカウトをお願いしたい。第一線は無理だがサポート要員としてなら十分だろう。「第一線復帰までのリハビリがてら」という言葉で誘って、有能であれば取り込めばよろしい。
肝心の主力だが、かねてより開発中のシステムの適合者をピックアップしているところだ。
可能な限り汎用性を重視したのだが、やはり人を選ぶシステムになってしまった。私の力不足だ。鋭意改良中なのだが、システムに適合した人間を充てる方が今は早い。こればっかりは適合者を待つしかない。そのための医療法人なのだが、残念ながら今のところ不健康な連中しか集まってこんのだ!健康診断業務もやってはいるが、健康診断どころか不健康診断だ!特に若い連中ときたら本当に不健康なやつばかりだ。我々年寄りの方がまだ元気だ」
要員配置説明が、人材確保の話になり、不健康者を嘆く老人の愚痴に成り下がってしまったが五日会メンバーからそれを指摘する声は出ない。五日会メンバーは天元博士を全面的に信頼しているのと、年寄りは愚痴が多くなるという不変の法則を十分理解しているからだ。しかしながら、このままだと延々と愚痴が続き挙げ句の果てに五日会メンバーの健康管理にまで話が広がってしまう。
「健康な経営者は普通、存在しない」
という、これまら不変の法則に従っている五日会メンバーはこの流れを断ち切るべく勇気を出して天元に迎合、反論を行う。何としても我が身にとばっちりが飛んでこないようにしなければならない。
「いや、何せ病院ですから。不健康な人が集まるのは仕方ありません」
「資質のある人間をピックアップするには病院は最適の場所だと私は考えますよ?それに(人間)ドックからだったら健康な候補者も絞り込めるのでは?」
「ふん。ドックも不健康者ばかりだ。五日会の稼ぎのトップが「大クリニック」であるという原因が簡単に理解できる!残念だが五体満足な人間を戦闘要員に採用することは無理だと考えて欲しい。そもそもだ!」
ここまで話すと、天元博士は五日会のメンバーを見渡した。場が静まり、一瞬の静寂が会議室に満ちた後、博士は口の端で器用に笑いこう続けた。
「ここ(五日会)の連中も、選りすぐった不健康者ばかりだ。諸君!会議の後、各自ウチ(大クリニック)のスタッフから健康指導を受けるように!儂の見たところこの中で健康体なのはウチの人間以外見当たらん。これはゆゆしき問題だぞ?事務長!貴方もだ!肝臓の数値が悪くなってるので飲酒、会食を控えるように!」
厳しい生活指導を予想してか、一気にテンションの下がった「五日会」幹部に松戸理事長が一言こう告げた。
「華々しい戦果をベッドの上で歯がみして聞き、勝利の美酒をミネラルウォーターにする覚悟があるのなら儂は止めはせんぞ?」
「…勝利の美酒は本物の酒であるべきだ!」
「同意する!」
「体重減らすぞ!」
かくして、悪の組織は久々に、本当に久々に。満を持して活動を開始した。