第9話 スケバン教師、爆誕
「困りますよ。年次予算を組みなさなくてはならないじゃないですか。」
経理部長、あなたが着服している予算から回せばいいでしょう。
「たった二人の短期雇用です。その程度の繰り越しは出ているでしょう。無いとは言わせません。」
「そもそもウチを通さずに決定など、職権濫用が過ぎるのでは無いですかな?」
人事部長、その台詞はそっくりそのままあなたに返したいわ。
「学園定款にも教職員規則にも定められている権限です。何か問題があるのですか?」
「教職員室での紹介の後に面談をしましたが、全くのド素人ではないですか。」
高等部教務部長、女子生徒を孕ませて捨てて揉み消したあなたの方が問題ですね。
「補助指導員は元来これから教諭を目指す者の為にある制度です。最初は素人なのは当然でしょう。」
弥生と麗華の臨時補助指導員採用について文句を言いに学園長室へ来た三人をシャーロットは相手する。
「あの二人は、とある大物卒業生から処遇を預かったのです。」
「何ですと? それは本人達の才覚では無く、単なるコネで採用したという事ですかな?」
はっ! あなた達がそれを言いますか? 家柄の七光りに負けてこんな奴らを役職に就けた自分が今となっては情けない…。
「その御方が彼女たちの潜在能力を認めているのです。ぞんざいな扱いをしたら後で泣きを見る事になると覚悟しておく事ですね。
さて、言いたい事はそれだけですか? 早く自分の仕事に戻りなさい。」
「学園長!」
「戻れと言いました。」
三人はギリギリと歯軋りが聞こえてきそうな表情で部屋から出て行った。
「学園長、正直申しまして私もこれはどうかと思います。」
シャーロットの脇に立つ立派な顎髭を蓄えた初老のキシリアンの男性が口を開いた。オルゼロ・グラーホーム学園長筆頭補佐である。
「権力に恩を売る事は悪い事ではありません。それも立派は処世術です。しかし内部に敵を作っては本末転倒ではありませんか?」
「例え敵を作ってもこの件は断れません。」
「それ程の大物ですか!? まさか国王陛下や連盟会長クラスですか?」
「もっと上です。」
「は?」
「それに別に力に屈して受けた話ではありません。子供の頃から尊敬し、憧れたスーパースターの頼みとあっては断れないでしょう♪」
「…。」
オルゼロは一瞬ポカンとした顔をしたが、その大物が何者なのかをすぐに理解できた。
「どっ、どの方ですか?」
「在学中の二つ名は“嗤う魔女”、“暴虐女帝”…これで分かるかしら?」
「ズ、ズル…! 何で儂もすぐに呼んで下さらなかったか!」
「そんな事言われても、私も余りの事に童心に戻って舞い上がっちゃったのよ。」
一方、部屋を出た三人は憤慨やるかたない。
「舐めおって! どれ程の大物か知らんが、我々にだって人脈がある。思い知らせてやるわ!」
「ふん、イビリ倒して早々に追い出してやろう。」
「いや、待て待て。この際だからその二人に問題を起こさせて、あの生意気女を引責辞任に追い込んでやろうではないか。」
「ふむ、そうだな、いいチャンスだ。徹底的にやってやろう。」
さて、シャーロット学園長がこの三人に『大物』とは何者なのかを明かさなかったのは言いそびれただけなのか、それとも故意的なのか。
アデライド王国学園は種族の区別無く十歳から入学が可能で、十歳~十一歳までの二年間は初等部、十二~十三歳の二年間が準高等部、十四~十六歳までの三年間は高等部となり、更にその上に研究生(院生)制度がある。
弥生と麗華はその中で高等部魔法科に着任する事になった。高等部になれば生徒達はある程度の自立性が育まれ、手が掛からない生徒が多いので自分の時間が作れるのである。最も重労働なのはやはり初等部一年生担当教員らしい。
しかし、手が掛からない生徒が多いとはいえ、反抗期の撥ねっ返りや目が離せない冒険心旺盛な奴はいるものだ。また、こういう身分制度のある社会において、この手の学校にありがちな家柄を笠にしたプライドだけは高い生意気なガキもいる。
補助指導員の主な仕事は資料や道具の管理と雑務、教諭の要請に応じて実習授業と課外活動、さらに生活において、そんなガキどもを相手に指導監督補佐をする事である。
弥生と麗華は仕事に慣れるまでの間は二人一組で行動する事になった。仕事を教える側としても二人一緒に纏めた方が効率的だからだ。また、生徒との顔合わせの意味で、当面中心になるのは実習と課外活動の指導監督補佐となる。
という訳で、生徒との顔合わせで二人の最初の仕事となったのは魔法科2年B組の実習授業となった。
「レイカちゃん、“悠久亭”でのユディさんたちを思い出して手本にするしか無いわ!」
「だね~。」
「先生から聞いたけど十七歳だって。」 「じゃあ院生?」 「去年の卒業生にあんな人たち居たっけ?」 「外部採用らしいよ。」 「へぇ~面白そう♪」 「なぁんだ、余所者かよ。」
一貫教育の学校に外部からの人間が突然入れば好奇の目で見られるか、異物扱いされるかのどちらかになるのは仕方が無い。弥生と麗華はその両方の空気感を感じる。
「静かに、静かに!」
教科担当のハリス・プロクター教諭(ネイブラス種族三四歳既婚男性)が生徒たちを宥める。
「今日は温度操作系魔法における発火顕現の下限魔素濃度測定実験を行う。各自気を引き締めて事故の無い様に!」
「せんせ~、僕たちはずっとこの学校で学んできたから大丈夫ですよ。それよりも僕らを指導できる資格があるのか怪しい人が二人くらい居るんじゃないですかね~?」
プッ! クスクス…。
一人の男子生徒の大胆な発言の後に笑い声が聞こえた。その瞬間、その男子生徒の顔を<光熱線>が掠めた。
「おい、青瓢箪、生意気コイてんじゃねえぞ、コラ。次は当てるからな。
あたし達に師匠ってモンがいるとすりゃそれに当たる人はなぁ、とんでもなく傲慢で我儘で鬼畜で強引な人だけど、実力と実績を伴っているから許されるんだわ。何にも持って無えガキがそれやって許される訳無いじゃんかよ。
てめえにバックが居るってんなら連れて来いや。使えるモンは何でも使う、大いに結構さ。全部相手してやんよ。その上でツッパリ負けたら死ぬ覚悟はしとけよ、クソガキ。」
麗華ちゃん! …いや、うん、麗華ちゃんはそうだった。攻める子だったね。
麗華は“悠久亭”での特訓で魔法照射のコントロールを完全に身に付けていた。レハラントの教え方が悪かっただけで、元々センスは良かったのだ。それに、あれこれと考えてしまいがちな弥生に対して難しい事を考えず素直な分だけ吸収力が高く、未熟ながらも気流操作系魔法もいくつか習得した(ジアッラの<爆風圧>を見て感化された)。
更に、攻性魔法はほとんどが短射程の為、相手に初撃を躱されたらあっという間に近接戦に持ち込まれてしまう。『近接での戦闘あるいは防御技術を持っていてこそ一流魔法士』というジアッラの信念に基づいて、イスレロとネフティから実戦型格闘技術の基礎も教わっている。こちらも元来の運動神経のセンスの良さと元の世界でのステゴロ(喧嘩)経験が生かされている。
「かっけぇ…。」
何か一部の生徒の呟きが聴こえた気がしたけど、きっと幻聴ね。
しかし幻聴では無かった。レイカ・ササキの名は“吹き荒れる鉄拳!! 嵐の女番長指導員”と後世に語り継がれる伝説になったとかならなかったとか。
「学園長! これは問題ではありませんかな?」
麗華が起こした一件について高等部教務部長エムジケ・イナーと授業を担当していたハリスが学園長室に抗議に現れた。
「教務部長、あなたは普段から礼節に随分とうるさいですな。」
同席していたオルゼロがシャーロットに代わって口を開いた。
「それが何か?」
「生徒の礼節に欠いた言動を真っ先に諫めなくてはならないハリス君はその時、何をしていたのかね?」
「う…っ、そ、それは…。」
「はっきり言って私がその場に居たら、その生徒に退学を言い渡した上で死罪に処すところでしたよ。」
シャーロットが追い打ちをかけた。
「何をおっしゃっているんですか? その生徒は別に礼節に欠いた言動などとっておりません。第一、彼は子爵子弟です。どこの馬の骨ともしれない者より身分は上です。」
「現場にいた生徒たちから裏取りは終わっているんですよ。これが無礼では無いと言うのならば、何を以って無礼というのしょうか?」
オルゼロが生徒証言を纏めた書類を机の上に出した。
「更に付け加えればこの学園内においては王族も貴族も関係無い。家柄による身分の差は存在してはならない、それが我が校の教育要綱でしょうに。」
まあ、実際には長い歴史を経る内に、創設の志に反して存在してしまっているのだが。それは生徒間にも、教師間にも、そして教師と生徒の間にも。
だが、この二人を沈黙させるには十分な建前だ。
あなた達の今やっている事はやくざ者がイチャモンを付ける行為と実質的に何ら変わりは無い、とシャーロットは喉まで出かかったが飲み込んだ。
エムジケとハリスの二人が出て行くと、シャーロットは背凭れによしかかってオルゼロに礼を言った。
「ありがとう、筆頭補佐。あれ以上私が口を開けば、きっと彼らの神経を逆撫でする様な事を口走っていたわ。」
「もう長い付き合いですからな。何を言いたそうにしているのかの察しがつきましたもので。
しかし、彼は学園長の事を快く思っていませんから、これからも何かある毎にここぞとばかりに責めて来るでしょうな。」
「現在、この学園の職員には能力に疑義がある者が多いけれど、その中でもあの男はあらゆる意味で最低ランクのクズ。彼に比べれば他の者なんて茶目っ気みたいなものよ。どうにかしたいわ。」
クズどもが私を追い落とす謀をするというのなら受けて立ってやるけれど、その出汁にヤヨイさんとレイカさんを使うつもりなら、二人に迷惑が掛かる前にこちら側から仕掛ける必要があるかも知れないわね。
「筆頭補佐、今から言う面子に、放課後ここへ集まる様に伝えて下さい。」
翌日、出勤した弥生と麗華に生徒たちの視線が突き刺さる。
「レイカちゃん、いくらジアッラさんが後見人だからって、いきなり乱暴過ぎたよ。」
「ん? え? ジアッラさんは当てにしてないよ~。てか、手出しして欲しくないし。あたしはムカつく奴を自分で殴ってスカッとしたいのさ~♪」
駄目だ! この子は駄目だ! わたしが見張ってブレーキ掛けてやらなくちゃ駄目だ!
ヒソヒソ…。「啖呵も凄かったけど、<光熱線>の威力も凄かったらしいぜ。」 「術式無詠唱どころか発動命令も無かったって。」 「それって超高位魔法士じゃん!」 「ハリス先生もタジタジだったってな。」 「でも相手はボールウッド家の奴だろ? 巻き込まれたくないな。」 「いや、あいつにはいい薬だよ。」 「本人はともかく周りが黙ってないだろ…。」
う~ん、大事に発展しなきゃいいけど…。
その時、一人の女子生徒が二人の前に立ちはだかった。
「レ、レ、レ、レ、レイカ先生!」
「あん?」
「こっ、これっ! 読んで下さい!」
女子生徒は麗華に封筒を手渡すと走り去っていった。手渡された手紙に書かれた宛名は『レイカ“お姉さま”へ』。
「…ね~、ヤヨイっち。」
「うん?」
「あたしって元の世界でも妹なんていないんだよね~。」
「へえ。」
「『お姉さま』って勿論そういう意味じゃないよね~。」
「当然そうよね。」
「どうしよう?」
「傷つけない様にお返事書いてあげて。」
「代筆してくんない?」
「頑張ってね。」
「どうしよう?」
「三カ月逃げ切って。」
弥生と呆然自失状態の麗華が高等部教務員室に入ると、魔法科2年学年主任に呼び止められた。
「二人とも学園長がお呼びだから、一緒に来てくれるかい?」
うっあー! 絶対お説教だよ!
覚悟を決めて二人は何故か学園長室では無く、会議室に案内された。
部屋に入った二人を待っていたのは学園長と学園長筆頭補佐の他に、学園長補佐シージェル・ラフェル(シャーハット族、女性)、司書長アルシャ・グレーナー(ベラドルーナ族、女性)、高等部魔法術式教諭ランバルデスカーナ・ドエステニセント二世(マスチゴブロント族、男性)、高等部魔法工学教諭アスカ・オゼリ(ミレシア族、女性)、高等部剣術教諭フロスト・ジアコーザ(白ルナット、男性)、高等部政治学教諭サミュエル・ランゲ(ザムセン族、男性)、高等部舞踏演劇教諭パメラ・ジェット(ネイブラス族、女性)、高等部男子学生寮監バッロ・レイ・ホーネント(パラビュサス族、男性)であった。
そして二人をここまで案内したブリッグス・ダーベッド(ベラドルーナ族、男性)が扉を閉める。
どあー! やっぱり大事になってる! と弥生は冷や汗が止まらない。
「いらっしゃい。」
シャーロットが第一声を発した。
「全員揃ってはいないけれど、ここに居るのは全員あなた達の味方よ♪」
「はい?」
つまり、ここに居るのは全員、学園長子飼いの“学園長派”の面々であった。
「実は恥ずかしい話なのですけれど、我が校の職員には派閥が存在していて一枚岩では無いのです。そして、私の事を快く思っていない一部の者が、あなた達に何らかの不利益な干渉を行う危険があるのです。」
あ~、なるほどね、と弥生は一瞬で理解できた。
「ですから、もし何かあった時にはここにいる人たちを遠慮無く頼ってくださいね。
まあ“あの御方”の庇護を受けられているあなた達には必要無いかも知れないけれど。」
「いいえ、心強いです! みなさん宜しくお願いします!」
でも正直、シャーハット族とパラビュサス族の人は会った時に名乗って貰わないと分かりません…。
「何の心配もありません! 皆さんやジアッラさんの力を借りるまでも無く、立ち塞がる奴はあたしがこの拳で全員殴り倒します!」
「え?」
ん?
「あらあら、バラしちゃったわね♪」
シャーロットが仕方無いなぁ、という表情で苦笑いしながら言った。
「あ、あの…今、『ジアッラ』と聴こえたんですが…。」 「その二人を紹介して来た『大物卒業生』って…まさか…。」
「ふふふ、あなた達には教えても差し支え無いでしょう。そう、“四大災厄”の“猟奇姫”…ジアッラ大先輩よ。」
「なっ!?」
顔面蒼白になる者、瞳が輝く者、反応は様々だが、とりあえず全員が固まった。