第8話 貧乳は永遠不滅の伝説魔法士
どうも、上原弥生です。
わたし達は今、“悠久亭”での特訓を終えてアデライド王国にいます。
“悠久亭”を出発する際にアデライドまでの簡単な地図を書いてもらい、わたしの<飛行>でやって来ました。しかし、荷物をぶら下げての<飛行>はあまり見栄えのいい物では無いから、やはり騎獣を購入した方がいいだろうと餞別に購入費を頂きました。アデライドから出る時に有効に使わせてもらおうと思っています。
さてアデライドはこの世界の元締め的な国ですが、国土は小さいです。都市国家です。そしてこの国には“冒険者”という業種がありません。他の国で冒険者が請け負う様な仕事には全て専門のプロがいるからです。
「仕事の求人って何処で探せばいいのかしら?」
「え~? さっき娼館に求人のビラが貼ってあったよ~?」
「…やりたいの?」
「別にやりたか無いけど、生き抜く為の最後の手段は女の武器だってジアッラさんも言ってたじゃ~ん?」
そ、そ、そういえば特訓中にそんな事を言ってたっけ。もしかしてジアッラさんは数ある転生の中でそういう経験をしているのかも…だったらわたしも…!
「あ、ヤヨイっち~、『職業紹介所』だって~、ほら、あそこ!」
…普通に職安ありました。
「一級限定解除の魔法士免許で攻性魔法持ち…近々軍の採用試験がありますよ?」
「あ、いえ、そういうのはちょっと…。出来れば短期契約のお仕事を希望したいんですけど。」
いきなり兵隊さんを勧められてしまったが断る。
「短期ですと経験者限定の求人しかありませんよ?」
そこで弥生はメカラーラの冒険者登録証を提示する。
「それでしたらわたし達、メカラーラで冒険者をやっていましたから、大抵の仕事は経験してます。」
ハッタリである。
「冒険者になられたのはごく最近ですね。残念ですが、これでは経験ありとは認められないでしょう。」
うぐっ!
弥生と麗華は職業紹介所を出てトボトボと歩くしかなかった。何か、こういう時ってあの人が出て来そうな気がするんだよなーと弥生は思う。大正解。
「はっはー! わたしだぞ!」
やっぱり出た。
ジアッラである。今日は両乳首ピアスに結んだシースルーのフロントショールという出で立ち。
「ジアッラさ~ん♪」
「よーしよしよし、よーしよしよし。」
麗華ちゃんとジアッラさんのコレ、もう定番だな…。
「おまえ達にいい話を持ってきたぞ。ついて来い」
「あ、はい。」
まるで過保護な親の様にお節介を焼いて来るが、弥生と麗華にとって一番頼れる人である事は間違い無い。
「レハラントとレルシェンの戦争が終わったぞ。レハラントの魔王討伐団には逮捕状が出ている。おまえ達も当分あっちの方へは行けない。」
「やっぱりそうなりましたか…。」
「案ずるな。レハラントはともかく、レルシェン側にはおまえ達を免責する材料がある。わたしが手を打っておこう。」
「助かります。ありがとうございます。」
「それと王子の手から脱出した王女が新国家樹立を宣言した。レハラントは二つに割れたな。王女が作った国は今までのレハラント以上に狂信的なミレシア族至上思想だぞ。イヒッ!」
うわ~…拘わりたくない…。
「あとな、レハラントの魔王討伐団が魔王に敗北した。」
「! …メンバーはどうなりました?」
「あのアホ勇者、タツヤと言ったか。奴以外は全員死亡だ。フヒッ! 炭になってたり、ミンチになってたり、元が人間だと分からないくらい原形を留めていなかったな。」
「それでもタツヤさんは生き残ったんだ…何でですか?」
「ぶっ! あ、あいつ…仲間を放り出して…途中で逃げ出しやがったんだよ! キャハハハ! いや、もう、腹を抱えて笑った笑った! だってあいつ、おまえ達が脱走した責任を取らせる口実で…えーと、残った女、あいつ何て言うの?」
「舞美ちゃんですね。」
「そう、そいつを性欲処理用の穴扱いして、ずっと奉仕させていたくらいの王様っぷりだったんだぞ? それが情けなく戦闘途中で敵前逃亡だ! 今頃は愛しの王女サマの元へまっしぐらじゃないかね?」
「タツヤ…あの男…!」
「いや~、そこまで腐っていたとはね~。」
「あいつは自分のギフト能力の使い方を決めつけて応用出来なかった。『<対象物転送>なんて単に物を移動させるだけの魔法』としか考えていないだろうな。わたしの“脳ミソ飛ばし”を見ても何も思わないのかね? 本当、アホだ。」
『脳ミソ飛ばし』とは人外精度を誇るジアッラの<対象物転送>で相手の脳の前頭葉統合野と側頭葉をえぐり取って廃人にするというジアッラお得意の鬼畜技である。
「でもジアッラさんのその技は、ジアッラさんの驚異的な精度の<対象物転送>があってこそですから。」
「問題はそこじゃ無いんだよ。『自分の練度と精度でも、この単なる移動魔法を攻撃に転用する事は出来ないか?』と考えられるかどうかだよ。」
「!」
「例えばだ、もしわたしの<対象物転送>にあいつ程度の精度しか無くて、魔獣に遭遇したとする。あそこにいる、さっきから目障りなゴミカスを魔獣と仮定しよう。わたしならこうするね。」
ジアッラが指差した先の軽食堂のテラスで嫌がる女性店員に強引に言い寄っているザムセン族の男が消えた。ジアッラの<対象物転送>で何処かへ飛ばされたのだ。
「どこへ…?」
「もうすぐ帰って来るだろう。」
? 立ち止まってからやや暫く…。
ドォン!
一二〇秒(弥生たちの元いた世界換算で約三分)程経って、鈍い音と共にザムセン族の男が地面に叩き付けられ、鮮血を撒き散らした。
「ふむ、あの雲までの高さは一〇〇〇セルベ(二〇〇〇メートル)くらいか。」
「まさか…。」
「フヒ! あの雲まで飛ばしてやった。転送の範囲はあいつも視界認識範囲だろう? これなら奴の最小誤差1/2セルベどころか一〇セルベの誤差があっても問題無い。
まあ、これは閉鎖空間で戦う事になる魔王戦には使えないが、それならそれで壁に身体の一部を埋め込んで動きを止める、相手の位置を突然変えて攻撃を外させる、目標が大きければ上半身と下半身なんて大雑把な照準でも切断できるかも知れない…いろいろ使い方の応用が考えられるはずだ。それが奴にはからっきしだった。」
「…。」
弥生は呆気に取られる。
そして今、無関係な行きずりの人間が一人、この幼女に殺された。少年漫画の主人公なら青臭い正義感を振り翳して激昂するシーンだろう。だが、弥生も麗華もそんな物は持ち合わせていなかった。
「ま、オンボロ判定宝珠では性能限界で『空間操作』しか表示されないのも問題の一つかも知れないが、仮に『時空操作』と表示されたとしてもあいつは駄目だろうな。」
「? どういう事ですか?」
「フフン、特別に教えてやろう。“空間操作”の練度を上げれば、わたしみたいに規格外なのは無理だが“時間”も少しくらいなら操作できる様になる。
実は“時間操作”は“空間操作”の同系列上位魔法で“時空操作系”に纏められる。」
マジで?
「フフン、その辺の事また今度教えてあげよう。」
「あの…それで、『いい話』というのは、今までされてた話ですか?」
「まさか。ただの世間話だ。『いい話』は着いた先にある。まあ、付いて来い。」
大丈夫かなぁ…。
弥生と麗華がジアッラに連れてこられた先は荘厳な寺院の様な建物だった。
「ようこそ、我ら“四大災厄”が母校『アデライド王国学園』へ。」
ここが!
実はジアッラたち“四大災厄”はこの世界においては同い年生まれで、同学校同学年である。その中で魂定着の禁呪によって寿命を迎えた自身の身体をアンデッド化する手法で不老不死を手に入れたピクロを除き、ジアッラとユディは身体改変魔法、ドラコは錬金精製の薬剤によって、それぞれ自分の種族において肉体能力がピークに達したと判断した年齢で不老不死化し、年齢が固定されている。なので、幼形成熟種族であるネイブラスのジアッラが最も早く不老不死となった。
これで分かると思うが、彼らは前世の段階で不老不死の手段を完成させる事に成功しているわけだ。では何故、そこで実行しなかったか? それはまた別のお話になるのであしからず。
『いい話』というのは、ここの資料の自由閲覧権を取り持ってくれた、という話だろうか? ジアッラさんの事だ、きっとそうに違いない!
学内の廊下を歩くジアッラが二人を連れて来たのは『学園長室』の前。
やっぱり♥ と弥生はワクワクドキドキである。
「失礼するぞ!」
ジアッラがバンッと荒々しくドアを開けると、四十歳程に見える白ルナットの眼鏡を掛けたキャリアウーマン風の女性が驚いた表情でこちらを見ている。
「何ですか? あなた達は。どこの学科の生徒ですか?」
ん?
「生徒では無いわ、大先輩の卒業生だ。貴様に話がある。」
「ふざけた事を言ってないで。あなたは見たところ初等部かしら。この時間は授業中でしょう、早く教室に戻りなさい。後ろの二人は高等部? それとも院生?」
ちょっと待ってください、ジアッラさん? アポ無しですか? 『話を持ってきた』んじゃ無くって、これから話を作るんじゃないですか!
「わからん奴だな。わたしは世界暦一六七年卒業のジアッラ・テレーザだ。偉大なる大先輩に平伏せ、カス。ぶっ殺されたいか。」
学園長は石の様に固まった。
アデライド王国学園学園長シャーロット・アリューズ、ルナット種族女性、まだ結婚を諦めていない四一歳。
幼い頃に“四大災厄”の存在を知って以来、憧れに憧れた。あらゆる魔法士と錬金術師の目指す頂の一つ“不老不死”を成し遂げ、神域ギフトを手にし、数多の新魔法術式を開発した偉大なる大魔法士集団。世間でどんなに恐怖される存在であろうと、魔法士である以上、彼らに憧憬と畏敬を抱き続けた。
高位魔法士の名門アリューズ家に生まれ、どれだけ天才と持て囃されようと、彼らに比べたら自分など足元にも及ばない凡人だ。それでも、少しでもその存在に近付きたく努力を続け、若干三五歳でこの学園長の座に上り詰めた。
彼らの出身校であるこの学園に居れば出会える機会があるかも知れないという期待感はあった。だが、まさか本当に!
生徒の悪戯? いや、黒髪に不敵な目つき、黄色い瞳。ネイブラス種族で無着衣文化踏襲者。お子ちゃまオッパイ。首輪と秘部ピアスという婚姻証明、首輪は夫がキシリアン種族という事を意味するが、今では滅多に見られない廃れつつある古の慣習。そしてこのどこまでも傲慢不遜な態度!
全てが伝え聞く“四大災厄”の一人、“猟奇姫”ジアッラ・テレーザ・シャマルに合致する。ジアッラ先輩と言えば在学中の“世界を覗く瞳”ユーディット先輩との名コンビぶり(と暴君ぶり)が伝説!
本物だ! 夢なら覚めないで!
「どうした? 動かなくなったぞ、こいつ。」
「きっとあまりに突然の事で思考が追い付いていないのかと…。」
シャーロットの目の前で手をパッパッと動かすジアッラに弥生が苦笑いで答える。
「申し訳ありません! まさか憧れのジアッラ大先輩だとは知らずに、私、大変な失礼を!」
シャーロットは椅子から離れると土下座を始めた。
まあ、“猟奇姫”は怖いもんね、そうなるよね…でも、この人は何か違う感じがするな、と弥生は感じた。
「フム、名乗りもせずにいきなりやって来たわたしにも非はあるから、もうそれはいい。
それよりもこの二人はわたしが目を掛けているのだが、暫くこの学園に処遇を預けたい。」
来た来た、いよいよ本題ですよ。この学園長さんのジアッラさんを見る瞳がキラキラと憧れの大スターを見る目っぽいんだけど気にしない。
「はいっ先輩! 先輩の頼みとあらばこのシャーロット・アリューズ、全力で対処いたします♪」
…気に…しない…。
「期間はそうだな…三カ月くらいでいいか。この二人を短期契約の臨時補助指導員として雇え。」
!?!?!?
シドーイン? 指導員? 事務員とか用務員とかじゃなくて?
「生徒として捻じ込むと卒業までいなくちゃならんだろ? かといって正規教諭の免許も無いから補助指導員だ。教員宿舎に住めるし、給料も貰える。いい事ずくめだな!」
「ちょ、ちょ、ジアッラさん! 無茶ですよ! わたし達まだ魔法術式構文は基礎を覚えたばかりだし、地理も歴史も生物も、まだまだこっちが教わりたいくらいなんですよ? せめて事務員とか用務員とか…。」
「事務員や用務員は忙し過ぎて調べ事をする暇なんて無いぞ? 世間知らずのガキどもにはただの小間使いと勘違いされて舐められるし。
それに新たな知識を得る為に日々勉強が必要なのは生徒も教員も同じ事だ。そうだろう? 学園長?」
「まさにおっしゃる通りです♪」
「ヤヨイっち、すげ~! あたし達、先生だって! ひゃっは~♪」
うあー! 誰か助けてー!
「二人とも良く聞け。
このアデライド王国学園は魔法だけではなく、武道、政治、医療、文学、商業、動植物、農耕、建築、地質、音楽、演劇…あらゆる分野において最高の教育を受けるべく、およそレハラントを除く世界中から才気溢れる生徒達が集って来る叡知の殿堂だ。
とはいえ、所詮は鼻垂れ坊主と世間知らずのお嬢様ども。
ガキどもに舐められない様に必死で精進しろ。それがおまえ達の新たな知識と技術として否応なしに身に付いていく。」
ハードル高いですぅ!
「いえっさー! 了解であります!」
麗華が敬礼する。
「ああ、その学園の長い歴史で“不世出の天才大魔法士”と伝説に残るジアッラ先輩にこうして会えるなんて♪」
「学園長、学年と教科担当はおまえに任せる。後は頼んだぞ。」
そう言うとジアッラは闇の霧の中へと消えていった。
「今のが! 噂に聞く、この世でジアッラ先輩だけが持つ<亜空間移動>? 防犯結界を容易く無効化する技術とパワー! この目で実演が見られるなんて!」
「あ、あの…。」
「あなた達!」
シャーロットは弥生と麗華に向き直ると突然厳しい口調になった。教育者としての姿に戻ったのだろうか?
「ジアッラ先輩と親しいなら、また会う事があるわよね? お願いだからサイン貰ってくれない? できれば二枚…ここと自宅様に…ね? お願い!」
駄目だ、こりゃ!