第7話 炸裂する幼女パワーに暗黒面を見た
「おごぉぉぉぉぉぅ!」 「んぎいぃぃぃぃ!」 「いぐぉおおおぉぉ!」
弥生が眠りに就こうとベッドに横になった時、その咆哮は鳴り響いた。
魔獣? この周辺の魔獣なら“世界を覗く瞳”ユディさんが制御しているという。ここは“四大災厄”の本拠地。魔獣どころか災害魔獣が出現したって安心して眠れる、この世界で最も安全な聖域と言っていいわ。
もしかして…あの生体実験室から…うわあ、考えたく無い! でもこれって、とても人の声じゃないわ、魔獣を使った動物実験かしら? そうよね!
そう考えている内に、疲れの溜まっていた弥生はその騒音の僅かに静かになった切れ間に眠りに就いてしまった。
「おはようございます。」
「おはよう。昨夜は眠れなかったんじゃない?」
翌朝、広間で起きて来た弥生と麗華をユディが迎えた。
「ジアッラちゃんの喘ぎ声が凄くて。」
え?
「ジアッラちゃんてば、ケダモノよね。うふふ、淫獣。普段、うるさいから夜に交尾はするなってドラコにも言ってあるんだけど♪ 昨日はちょっと間が空いて我慢出来なかったみたいだから許してあげてちょうだい。」
あれ、ジアッラさんのエッチ声だったんだ…。激し過ぎ。
「おはようございます。」
ジアッラの部下のネフティが姿を現した。筋骨隆々のシャーハット族の男性が一緒だ。彼も無着衣文化者で、股間の御立派様がブラブラしている。彼が牛頭のおかげで弥生はどうにか平静でいられた。
「こっちはわたしの亭主のイスレロよ。」
あ、ネフティさんって昨日は気付かなかったけど、秘部にピアスをしてる。結婚してたんだ。
「イスレロだ、よろしくな。女房ともども、奥方様から君たちに騎獣の扱い方を教える様に賜っている。
魔法の勉強を優先して構わないから、時間が見つかったら屋敷の誰かに声を掛けてくれ。そうしたら俺たちの耳に届く様にしておくよ。」
「はい! わざわざありがとうございます。」
イスレロとネフティは手を振りながら笑顔で去って行った。
“四大災厄”の本拠地だからどんな魔窟だろうかと内心ちょっと怖かったけど、みんな気さくで居心地がいい場所だな。ジアッラさんも外じゃ無敵で周りを虫ケラ扱いして冷徹なゴミを見る様な目で見てるけど、ここじゃ甘えん坊の一面を見せたりして…、ウフフ。
“四大災厄”の根城は“悠久亭”と呼ばれている。弥生と麗華の“悠久亭”での特訓は弥生が2-1/2セルベ(5メートル)級ゴーレム生成と<感電>習得、麗華が<光熱線>習得と<光熱球>を実戦に耐えられるレベルに精度が向上するまで、と定められた。
ユディが座学面、ピクロが実技面を担当する。
ピクロの指導の下、訓練する弥生と麗華をドラコに抱っこされながら眺めるジアッラはふくれっ面である。
何がいけないというのだ? <強制排便>は超軽量化したものが医療魔法界で大歓迎された、わたしが学生時代に作った名作だぞ。対抗摸擬戦用に作った物がどうして医療魔法扱いになったのかはよく分からないけど…。
はっ! もしかしてわたしが余りにヤヨイとレイカに構い過ぎるから嫉妬した?
違う。
そのうち、弥生と麗華がピクロに何か言われてからジアッラとドラコの元へやって来た。
「ジアッラ“先生”、わたし達が最終的に目指すべき魔法のレベルを見せて貰えませんか? ピクロさんが『それはジアッラ“先生”に見せて貰え』って。」
ジアッラの顔が満面の笑みに変わった。それは普段見せる狂気を含んだ、自信に溢れる猟奇的な笑みでは無く、歓喜の笑みだった。
「そうか! よしっ、任せろ!」
チョロイ。
ドラコは「勘弁してくれよ、いーんだよ、気を遣わなくて。こいつは偶にこれくらいブレーキ掛けてやらないと駄目なんだって…」と、ピクロに視線を送る。
「よし、まずレイカからだ。
本来、わたしが最も得意なのは警戒探知系魔法なのだが、攻性魔法であれば光学系は気流系と並んでわたしの好きな魔法だ。見ておけ、あのデカい木に<光熱線>を撃ってやる。」
そう言うとジアッラの肩の上の空中に光球が現れ、そこから青白い光線が放たれた。光線は大木を貫通し、1/100セルベ(2センチ)程の焦げ付きの穴を開けた。
「おお~!」
「これだけ見ると<光熱線>は目標を貫通する魔法と思うだろう? だが、わたしはこう使う。」
次に最初より少し大きめの光球が現れて、やや長めの光線が発射された。それも横に薙ぎ払う様に。当たった大木数本が豆腐の様に容易く切断されてしまった。
ズゥ~ン…!
「ケヒヒヒ! これで多勢の敵も一気に薙ぎ倒せる。」
「おお~!」
「さて、次にヤヨイだが、<放電>はマーカーを撃ち込まないと相手に当たらないと教わったそうだな?」
「あ、はい。」
「それは間違いでは無いが、多勢の相手に一体一体いちいちマーカーを撃ち込んでいては間に合わん。そこで複数の相手に一度にマーカーを付ける裏技がある。標的用魔獣のアレとアレとアレ、三匹同時に当ててやろう。こうだ。」
ジアッラから放電が発して、指定した三匹に見事に命中した。
「おお~!」
「フヒ! どうだ? これは<放電>と<生体探知>に、わたしが開発したオリジナル術式をちょちょいと追加してリンクさせる事で<生体探知>で目標指定して複数に一気にマーカーを付けたのだ。フハハ! しかも見たか? 並列発動だぞ! これは全ての攻性魔法に応用できる技なのだ!」
「レーダーでロックオンする感じですかね?」
「おお、おまえ達の元いた世界にもレーダーやミサイルがあったのか?」
「あ、はい。」
魔王討伐団時代にジアッラさんと会った時に言っていた。『世界線は無限だ』と。
その後、メカラーラの図書館の本で読んだけど、近似する世界線というのはあるので、ちょっと共通項があるからといっても、必ず同一の世界線出身とは限らないとの事。特に著名人の名前を擦り合わせれば一発で判明するらしくて、役割的に同じでも全く別人だとか。これはまだ予想の域だけど、“全ての世界線において同一の魂は存在しない”という事かしら…。
ジアッラさんがこの世界に生まれたのは七〇〇年以上前…でも、『ヤジさんとキタさん』といい、ジアッラさんはわたし達の元いた世界線に近い時間軸の異なる世界線に居た?
「こら! 調子に乗るな!」
ジアッラの頭をドラコがペシッと叩いた。
「おまえ、その技の習得するまで何度転生した?」
「うう…三回ですけど…<不老不死>の研究の片手間でしたから、本気でやっていれば一回で出来たはず…。」
「俺も同じ事を考えて身に付くまで二回を要した。それを転移者にやらせようとするのは無茶だろーが!」
! “四大災厄”は!
───複数回の異世界転生をしている人たち!?
「出来ますよ、あなた様。この二人は対魔王召喚者ですもの。これくらいまでなら出来る様になるはずです。」
「む…おまえが言うならそうなんだろうが…。」
そうなの!?
「間違いありません! ゆくゆくはこの“悠久亭”の住人にしてもいいくらいですよ。」
…それは…どうでしょう?
「という訳でおまえ達が最終的に目指すのはこの水準だ!」
ひいぃぃ~!
「ね~、ジアッラ“先生”、気流魔法ってのも見てみたい~。」
「お! レイカ! 見たいか? 見たいか?」
わー、嬉しそう。
「そこの標的用魔獣を見てろ!」
ドォン!
凄まじい爆音と共に標的用魔獣が木端微塵のミンチと化した。
「ほえ~!」
「今のは<爆風圧>だ。」
「何か、こう、風でスパッと切っちゃう訳じゃ無いんですね。」
「風だけで物が切れる訳無いだろう。気流系の攻性魔法は粉砕型だ。」
「風圧で圧砕したんですか?」
「魔法名からのイメージだとそう思えるかも知れないが実は違う。実際は猛烈な気流によって周囲の空気が急減圧されて、そいつは内部から破裂したのだ。」
爆弾の爆風で死ぬのと同じ原理だ。
「な、なるほど…。」
「あたしは良く分かんないや♪」
「フヒヒ! でもこの魔法はグロいから15禁だな!」
「ちょっとジアッラちゃん! さっきから見てたら、折角わたしが用意した標的用魔獣をあんまり遊びで潰さないでちょうだい!」
ユディが建物の窓から顔を出してプンスコと怒っている。
「あ、済まん! よし、おまえ達、ピクロ“先生”の授業に戻りたまえ!」
何にせよジアッラの機嫌がホクホクと良くなったので、弥生と麗華はピクロの所へと戻った。
「確かに…今回のレハラントの召喚はギフト的には当たり年だ。だが、おまえから聞かされていた通り、それに頼り過ぎて全く育成されていないな。
ギフトの魔法系、身体系に応じてスキルで覚える技術も普通より強力になる可能性が高いってのに、基礎すら教えずに討伐に出すとは…。」
ドラコが玄関の階段に腰掛けて呟くと、ジアッラはその両脚の間に入って片膝にちょこんと乗っかった。
「それだけレハラントの勇者・聖女教育はぁ水準がぁ低いんですよぉ。」
二人がいちゃつき始めた…。
「うーわっ! すっげ~っ! あんなの、ジアッラさんの小っこくて細い身体に入るん?」
「え?」
麗華が仰天した顔で見ている方向を見て、弥生は赤面して思わず目を背ける。
「レイカちゃん! 練習、練習! 集中して!」
「ほいほ~い♪」
ジアッラさん達は何度も異世界転生を経験している存在…というのは新しい知識だけど、それはジアッラさん達の個人的な出生の秘密みたいなもので、わたしが知りたい事とは直接の関係は無い気がするな。
ジアッラさんは神に該当する存在がいる事をはっきり肯定した。であれば、わたしが知りたいのは、その存在がどういう意図でこの世界を作り、どういう絡繰りをこの世界に齎しているか。ジアッラさん達は追及してようやく口を割らせたという。つまり、この世界に住む者たちに言い辛い…自分の仮説はやはり正しいのか…。
「あっ、へえ。レハラントで王子がクーデターですって。」
「え!?」
夕食を摂りながら肩に乗ったリスとまるで会話する様にユディが言った。
「王女は逃亡したそうよ。」
「あそこの王子はハト派だ。間違いなくレルシェンと和解交渉に入るだろうな。レルシェンと和解したらダグザールも大義名分の大半を失う。」
ジアッラが続いた。
「この時期に王子のクーデターが民衆に受け入れられるとすれば戦乱の平定が口実なはずだ。となれば、長年続いたダグザール国境地帯の領地争いの小競り合いも譲歩して妥当なところで手打ちにする公算が大だな。」
さらにドラコが続いた。
「しかし、実質レハラントの降伏という形になるだろうて。そうなると戦争の原因になった魔王討伐団の立場は最悪だな。」
ピクロが締めた。
「そ、そんな…。」
「安心しろ! おまえ達にはこのわたしが手出しさせん!」
「でも竜也さんたちは…。」
「? どうでもいいではないか、あんな虫ケラども。どうせ魔王に踏み潰されて終わりだ。」
ジアッラは弥生の心配が本気で理解できない顔をしている。
この時、弥生は理解した。ここまで親しくしてくれて、面倒を見てくれて、時にはポンコツ可愛い一面を見せるジアッラに対して、心の片隅に僅かに残る、どうしても払拭しきれない一抹の恐怖感、その正体が。
彼女の恐ろしさはその規格外な能力でも、猟奇的な手口でも無かった。
彼女は自分が認めた者以外、本気で人間として認識していない!
彼女が他人をよく『虫ケラ』『ゴミ』などと形容するのは例えでは無く、心底本気でそうとしか認識していないからだ。
しかし、その恐怖心の正体が判明した途端、弥生の心に変化が生じる。
その冷徹で残虐な割り切りに…
どうして自分はこんなにもゾクゾクと興奮する? どうして憧憬を抱く?
何故、自分もそうでありたいと思ってしまった?
“自分は認められている側だ”、その安堵感、狡さが齎す感情? いや、違う。元の世界で人間を憎んでいた自分が自分に語り掛ける。「おまえがなりたかったのはそれだ」と。
「レ、レイカちゃんは何とも思わないの?」
辛うじて残る偽善の建前の心が藁に縋る思いで、麗華に訊く。
「別に。ぶっちゃけ『ざまあw』としか思わないよ。」
え?
「相馬さんとオッサンは最初から赤の他人だしさ。
舞美たちだって、あいつらにゃ本当ウンザリしてたからね。あたしってほら、見た目がもう不良ヅラってゆーの? 悪そうじゃん? だから自分たちだけでやらかした悪さもバレたら何かっつーとあたしに全部罪を擦り付けて、自分たちはシラ切ってトンズラさ。
そんで最後は全員すっかりイカレちまってあんな調子だろ? 同情なんか無いね。」
…ああ…そうか…麗華ちゃんもわたしと同じだったんだ。そしてとっくに割り切ってた。
「そうだね、どうでもいっか。」
この世界に召喚されて以来、元の世界とオサラバできて清々したという解放感で一旦休眠状態になっていた弥生の負の感情が再び目覚めた。
この世界では麗華ちゃんという親友が出来た。ジアッラさんをはじめわたしを認めてくれる“四大災厄”とその仲間がいる。元の世界よりもずっとマシじゃない。そんな中であんなクソどもが死んだところで何だというの? どうせわたしはもうあの頭のイカれた国とイカれた討伐団の連中からは裏切り者扱いでしょう?
ここは異世界よ。元の世界の価値観や倫理に基づく正義感など何の意味も無い。
建前など不要。
だったらこう思ってやるわ、「ざまあw」と。