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第5話 嗚呼、ダンジョンに咲く男の散り花よ

「オハヨー、ヤヨイっち。」


「おはよ。」


 麗華は結局一晩中不寝番をしていた。魔獣では無くラルディを警戒して。


 一行がダンジョンへ到着したのは二日目の夕刻になった。現場には管理棟があり、役所のダンジョン管理官数名と、このダンジョンの所有権を落札した依頼人代理、そして何故かギルド職員がいた。

 終ダンジョンになって間もないダンジョンにはまだ多くのお宝(と魔獣)が深部に残っており、依頼人はそれらを目的にアタックをかける冒険者や狩人からの入場料や採取物持ち出し料で稼ぎを得ようというのだ。こういう商売はこの世界では珍しい事では無い。


「やあやあ、ようこそいらっしゃいました。ささ、お食事の用意が出来ております。あ、おまえ達、お荷物を持って差し上げろ。」


 現場責任者と思われるシャーハット族の男が一行を歓待するが、あからさまに主賓扱いしているのは弥生と麗華の二人である。普通は依頼を受けた冒険者をこんなに丁重に歓待する事など無い。

 ラルディたちはポカンとする。


「ねえ、これももしかしてジアッラさんが話を通したのかしら?」


 弥生は麗華に耳打ちする。


「いや~、これはきっと領主サマかギルド長あたりじゃないかね~。」


 うあー、VIP待遇。


 しかし、麗華はこれで二徹せずに済んだと安心した。元の世界では遊び回って二徹した事もあるが、仕事で半日ひたすら山中を歩き通して二徹はキツイ。麗華は夕食を摂るや、管理棟のベッドで泥の様に眠った。


「レイカちゃん、レイカちゃん。朝よ、起きて。」


「うにゃ…。」


 弥生が麗華を揺り起こした。もう窓の外が明るい。


「はにゃ~、おはよ~。」


 弥生がまだ寝ぼけまなこの麗華を引っ張って管理棟の外に出ると、既にラルディたちは朝食を終えていた。


「オハウゴザイマス。」


 背後からダンジョン管理官の責任者が挨拶してきたので二人が振り返ると、昨日出迎えてくれた面々が並んでいた。…いや、一人多い。紫の高価そうなドレスにハイヒールという出で立ちで二二~二三歳くらいに見える闇ルナット族の妖艶な美女が加わっている。

 そして、並んでいる一同は顔が青ざめて脂汗がダラダラ落ちている様子から、緊張の極みなのが手に取る様に分かる。


「急デハアリマスガ、コチラノ“ドーラ”様ガ御一緒サレマス、ハイ。」


「やれやれ、どこのお偉いさんのお嬢様か知らないけど、その格好でダンジョンに入るつもりなの?」


 鼻の下を伸ばして『ドーラ』と紹介された女性に見蕩れているラルディに代わって、パーティーメンバーの白ルナットの女が「はんっ!」と小馬鹿にする態度で言い放った。

 その瞬間、管理官たちは卒倒しそうな程ビクついた。


「ま、まあまあ…でもハイヒールは危険ですよ?」


「うふふ。わたし、こう見えてダンジョン探索の経験は結構ありますから、御心配無く。」


 ハイヒールでダンジョンに入るなど無茶もいいところだ。根を上げたところを介抱して、そのまま頂きだな♥ と、ラルディは目論んだ。


「そこまでおっしゃるのであればこれ以上は申しません。でも何かあれば遠慮なく僕を頼ってくれていいですよ。」


 ドーラは黙って微笑みを返した。


 ダンジョンに入るとラルディの思惑は見事に外れた。足場の悪いダンジョン内をドーラは事も無げにスイスイと進む。

 このダンジョンはA~Gまでのエリアに区分され、Eまではマップが完成している。弥生たちが受けた依頼は残りF、Gエリアの内、Fエリアの調査である。とはいえ、これらのエリアについてもゲート活動確認のためにある程度までは調査が進んでおり、弥生たちが行うのはその時に製作されたマップの精査である。


「あのオジサンが持っていた<測距>能力はこういう時に重用されるのよね。」


 !


 『オジサン』とは弥生たちがいた魔王討伐団のメンバーであり、一緒に召喚異世界転移されてきたオッサンこと、角田正則の事だ。


「でもあっちもレイカちゃんの<照明光>を当てにして、荷物の節約の為に照明用魔道具を用意していないからお相子ね。」


「お姉さんって~、もしかしてジアッラさんの関係者~?」


「わたしはユーディット・ドーラ…“世界を覗く瞳”よ。よろしくね。お二人さん。わたしの事はユディと呼んでくれて結構よ。」


「なぁ!?」


 弥生は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 “世界を覗く瞳”は世界中の昆虫から魔獣までを一斉眷属化できる“四大災厄”の一人である。かつて『単騎で一国を半日で地図から消した』逸話を作った張本人だ。

 “四大災厄”の内、“猟奇姫”と“消し去る者”が一対一から最大広範囲までを一瞬で潰す一発の打撃力で最強ならば、“不死王”と“世界を覗く瞳”は世界規模での恐慌攻撃において最強である。


 ああ…管理官さん達は生きた心地がしていなかったろうな…。


「うふふ。ジアッラちゃんってば一人で楽しんじゃってズルいから、わたしも会いに来ちゃったわ。」


「おーい、はぐれるなよ。」


 先に進んでいたラルディが三人を呼んだ。


「あ、はーい!」


 弥生が返事をして駆けて行く。


「冒険者のパーティーで男女比が極端なハーレム、逆ハーレムは結構あるんだけど、硬派を気取ってる奴、貞操観念が強い奴、朴念仁な奴、手を出す度胸が無い奴もいるから関係を持っちゃうのは実際には半分もいないわよ。その中でもあんな強引なタイプは少数だから、貧乏籤を引いちゃったわね。」


「そ~なんすか~。ツイてね~。」


「いいかい、この手の依頼に<測距>魔法の合成宝珠は欠かせない。合成宝珠は魔力封石と術式記録宝珠を合成した物で結構な値が張る物なんだけど、冒険者の仕事は多岐に渡るから道具を揃えたり、能力を身に付ける為の講習を受けたりと、とにかくお金が掛かるんだ。

 それから調査した内容はこういう風に報告書に書き込んで…。」


「ふむふむ…。」


 ラルディの説明に弥生は頷く。


「まあ下心は透けてるけどその分、仕事の事を優しく丁寧に教えてくれるからそれは利用させて貰わなくちゃね♪」


「なるほど!」


 弥生がラルディから冒険者のイロハを教わっている間に、麗華はユーディットから男を利用するしたたかさを教わっていた。


「魔獣の一匹でも出るかと心配していたけど、どうやらこのエリアの魔獣はもういないみたいだな。調査も無事に終わったし、ここで一泊してから帰るとしようか。」


 実際には魔獣はいる。ただユディの制御下に置かれているだけだ。

 このユディの逆鱗に触れる事を一国が仕出かしたとしよう。彼女の攻撃はダンジョンのスタンピードなどものの比では無い。前後左右、空から地中から、外から内から、国中のあらゆる全ての昆虫、動物、魔獣の一斉攻撃が始まる。阿鼻叫喚だ。

 そして彼女は過去にそれを一度やっている。


「わたし、ちょっとあの色男君をいただいて来るわね。」


「はい?」


 ユディはそう言うとラルディの所へ行き、なにやら会話している。そのうち二人とも服を脱ぎ始めて、その場で行為を開始した。


「ええ~?」


「あ~やっぱりこの世界じゃ人目を気にしないんだ~。」


 赤面して驚愕する弥生とあらためて納得する麗華。

 だが、二時間、三時間…いつまでヤッているんだろうか。ラルディはもうぐったりしている。


「ほらっ! どうしたの? 普段三人も相手しているクセにだらしないわね! おらおらぁ!」


 ユディはラルディの上に跨って<強制勃起>と<生殖促進>の魔法を連続発動して激しく動き続ける。


「すいません…もう勘弁してください…許してください…もう心臓が…苦しい…。」


 ラルディは蚊の鳴く様な声で許しを請い、パーティーメンバーの女三人は驚愕に固まる。それは一方的蹂躙! サキュバスとはまさにこの事か?

 そして、そのうちラルディは動かなくなった。


「あら? 死んじゃったわ。」


 ユディの魔法による強制興奮はラルディの心臓に過大な負担を掛け続けていたのだ。


「スケコマシのくせに情けないわね~。ドラコとジアッラちゃんのエッチなんてこんな生っちょろいモンじゃないってのに。」


 ひいいい~!


 こうして弥生と麗華の冒険者生活初依頼は終了した。


 翌日、弥生たちはラルディの死体をパーティーメンバーの女三人が担ぎながらダンジョンの外に帰った。


「どうされました!?」


「色男君、事故で死んじゃったわ。うふふ。ね、そうでしょ? あなた達。」


 弥生たちはコクコクと頷くしかなかった。


「それは…残念でした。」


「ヤヨイちゃん、色男君の荷物から調査報告書を依頼人代理に渡してあげて。」


「あ、はい! ええと…あった。こちらになります。」


 ユディに促されて弥生はラルディの鞄の中から調査報告書を取り出し、依頼人代理に手渡した。


「ふむ、確認に少々お時間をいただきます。」


 依頼人代理は調査報告書の内容を、時間を掛けてじっくり確認する。


「確認しました、問題ありません。ではこちらが依頼遂行証明です、どうぞ。」


 確認を終えた依頼人代理がメンバー一人一人に依頼遂行証明という紙を手渡してきた。


「ギルド職員さん、そっちの二人は初心者なの。この後の手順を教えてあげてちょうだい。」


「は、は、はいぃ。あのですね、ギルドに戻ったら、その依頼遂行証明を依頼掲示ロビーの窓口に提出してください。こちらで依頼主に確認後に報酬の支払いとなります。提出時間によりますが、報酬のお渡しは翌日の朝から昼にかけてになりますので、再度窓口までお出でください。」


「わかりました、ありがとうございます。」


 弥生たちが管理棟から出ると、ユディはラルディのパーティーメンバーの女三人に向き直る。


「さて、あなたたち三人はどうしようかしら。街に戻ってから妙な噂でも立てられて、それがヤヨイちゃん達のせいにされたら困るわよねぇ…。」


「わ、わ、わたしはそんな事…。」


 自分だけは助かりたい一心の彼女たちの周りを無数の昆虫と小動物たちが取り囲み始めた。


「ひ、ひぃ、何これぇ!?」


「そうだ! あなた達はお土産にするわ! あなた、三人くらい持てるわよね?」


 ユディが自分の騎乗して来た飛翼獣に訊くと「グウ」と一言鳴いた。「大丈夫」という事らしい。


「うふふ、楽しい実験台生活が待っているわよ?」





 メカラーラ領主屋敷で領主のツヴェルトは報告を受ける。


「“世界を覗く瞳”だとぉ!?」


「は、はい…現地で例の二人の冒険者依頼に同行させろと言ってきたそうです。」


 “猟奇姫”だけでは無く“世界を覗く瞳”まで! ぐおお…胃が痛い…。


「ふ、二人に街を出て行く様子は?」


「は、今のところはまだ…。何でもギルド職員には『早急に旅費を稼ぎたいので、初心者でも出来る割のいい仕事は無いか』と相談しているそうで、それまでは滞在するのではないかと思われます。」


 旅費! という事はいずれ出て行くつもり、という事だ。それまで私の胃が持つだろうか…。





 レハラント南西の未開領域の奥深くに“四大災厄”が根城にしている建物がポツンとある。その一室で、白ルナット族二人、ミレシア族一人の若い女性三人が裸で磔にされていた。


「さて、ユディの奴め、『実験台に使っていいよ』と言っていたが…。」


 荘厳な紋様が刺繍された黒いローブを着た男が女たちの前で途方に暮れている。その眼球は無く、皮膚はひび割れたミイラ。所謂アンデッド、リッチだ。ただ、口に並んだ牙で彼が元マスチゴブロント族であった事が分かる。


「吾輩は今のところ生体の実験台を要するような研究はしておらんぞい。お主は?」


「俺も無いなぁ…。」


 そう答えたのは黒い戦闘服の様な上下を着た身長1セルベ(2メートル)のイケメンのキシリアン族(レハラントではその屈強な肉体、口元の牙、肌の色、巨大な男根のイメージからオーク族と呼ばれている)の男だ。


「そうだ、ジアッラがこの前、暇潰しにふざけて作っておった術式、あれって実際に使ったらどうなるのか見てみたくはないか?」


「あー、アレか。まあ他にやる事無いし、やってみるか。たしか術式を書いた紙がこの引き出しに…。」


 キシリアンの男が棚の引き出しをゴソゴソと漁り始める。


「何じゃい、覚えておらんのか。可愛い女房殿が作った魔法ではないか。」


「あんなアホな魔法をいちいち覚える訳無いだろうが…お、あったあった、コレだ。

 『口からウンコが出る魔法』。何でウチの嫁はこんな事ばっかり思いつくのかね?」


「ふはは! でもそういうところも好きなんじゃろ?」


「まーな♥ さてと、始めるかい。」


「やめ、やめ…。」


 女たちは泣きながら懇願するが、キシリアンの男はメモに目を通す。無詠唱発動だ。この男は初見魔法でも術式無詠唱、発動命令(魔法名を言う事)無しで魔法を発動できる。


「おげっ! おろろろろ!」


女たちが嘔吐を始めた。


「あれ? ゲロ? 失敗したか?」


「ばっか、口から出るんじゃから順番的に最初は嘔吐じゃろ。」


「おもっ! おぉぉぉぉぉ…。」


「マジかよ! 本当に出た!」


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