第13話 お茶菓子美味しい
エムジケの不正発覚による懲戒解雇決定とハリスの強姦未遂による即日解雇および官憲への刑事告発は学内の反学園長派の末端たちにとっては衝撃だった。
シャーロットは周りをイエスマンで固めるつもりは無いし、冤罪を捏造してまで駆逐する気など更々無い。
だが、「学園長派は今回こそ本気で俺たちを潰しにきた、その尖兵がヤヨイとレイカだ」という恐慌状態が起こりつつあり、ヤヨイとレイカに対する風当たりは掌を返して良くなった。
「人事の頭の奴はおまえ達に問題を起こさせるんじゃなくて、過去の問題を穿り返して取り沙汰する方向に舵を切り替えたみたいだぞ。」
弥生と麗華が学園長室に呼び出されて行ってみると、ジアッラが茶菓子を食べて全力で寛ぎながら二人にそう告げた。
「おまえ達の問題といえば、もぐもぐ…元レハラント魔王討伐団からの脱走者だという点だが、美味しいな! これ!」
フリーダムな人だ。
「え!? そうなんですか?」
シャーロットが驚く。弥生はもう言っていいことかどうかの判断はジアッラにお任せします状態、麗華は全然気にしていない。
「この二人はな、異世界からレハラントに対魔王召喚されたが、レハラントのやり方が気に入らなくて脱走したのだ。」
「なるほど…よくあの国の思想に汚染されずに済みましたね。」
「ヤヨイは召喚された最初からレハラントには懐疑的だったしな。レイカはこのとおり自由奔放な性格だからだろ。」
「へへへ~♪」
「え、でも、という事は聖女様じゃありませんか!」
「いえ! わたし達、レルシェンじゃ酷い事に手を貸しちゃったし、魔王討伐を放り出して脱走しちゃったし…。そんな大層なものじゃありませんよ…。」
「そういえば魔王は討伐されたぞ。シフレア公国が主導で編成した討伐団が斃した。
もぐもぐ…おまえ達二人の逮捕状も取り下げられた。」
「そうなんですか!」
「元々、魔王討伐団の逮捕状を発布したのはレハラントだけだ。レルシェンが和解条件として提示したものだったが、そのレルシェンがおまえ達二人に関しては免責すると言ったんだ。レハラントだって取り下げるだろ。」
「良かった…。」
「それと勇者のあいつ、タツヤは逮捕されて、<瞬間移動>を封じた特殊牢獄に終身禁固刑だと。フヒッ!」
「ざまあw」
麗華が笑う。弥生も口には出さなかったが、内心「ざまあw」と思った。
「被害を受けたレルシェンが免責して取り下げ請求したのなら問題ないわ。魔王は既に討伐されたし、レハラントに召喚されたのは本人たちの責任じゃない。むしろ、そのレハラントに反発したのは評価されるかと思いますが…。」
シャーロットが心配気な表情を見せる。
「ああ、問題を作りたい奴というのは問題点だけを大きく取り上げる事で、評価されるべき部分を霞ませて覆い隠す。煙にまいて、そして騙す。
面倒な虫どもだよ。わたしが纏めてすり潰してやろうか?」
「出来れば先輩の手を煩わせずにこちらで片付けたいのですが…。」
「奴がやっているのはヤヨイとレイカの過去を調べているだけだ。資金源は経理が着服している裏金だが、裏金だと知らなかったと言われれば水掛け論になる。
過去の悪事を洗い出すか?」
「そうですね。人事部長は人事権をかなり悪用していますから、もしかしたら叩けば追い込むネタが出て来るかも知れません。」
「フフン、間に合わんかも知れんぞ。」
「え?」
「そいつが外部で雇った調査員な、ユディが一度追い払ったんだよ。ところがまた別の調査員を雇ったもんだから、ユディが『しつこい』とキレかけている。
それから経理の奴、ピクロが憤慨してた。あいつはそういう金絡みでズルする奴が大嫌いだからな。キヒヒッ!」
シャーロットと弥生はゾッとする。
ユーディットの眷属攻撃も凄まじいが、ピクロの地殻や天候、海流を操る“自然操作能力”も阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す神域ギフトである。
「学園長、おまえはお茶菓子のセンスがいいな。別棟の(国際魔法士)連盟本部には偶に顔を出していたが、ここも気に入ったからちょくちょく来るぞ。」
「畏れ入ります。いつでもお持て成し出来る様にしておきます♪」
最高にフリーダムな人だな。
三人雇った三人が揃って音信不通だと? 有り得ん!
グランデンは焦る。
これは何か外部の力が働いて消されたのは間違い無い。それもこちらの動きを確実に知っている。
俺が探偵屋を雇った事を知っているのはクーベルだけだが、だからといって情報のリーク元が奴と断定するのは早計だな。自分以外に犯人はいないと、簡単にバレる事を奴がするはずがない。
誰かが俺たちの会話を盗み聞きしていた…。
魔法に盗聴を可能にする術式は存在するが、精神系魔法などと同様に魔法士免許を持っていても別途許可を受けた者以外が使用する事は違法だ。もし学園長派がこれを無許可で使用していれば絶好の攻撃材料になる。
グランデンは直ちに子飼いの探知魔法持ちの教職員を呼び付け、クーベルの執務室に向かった。
「クーデル、ちょっといいか?」
「どうしました?」
「悪いがちょっとお邪魔させてもらうぞ。」
グランデンたちが部屋に入ると、直ちに部下の教職員が探知魔法を発動させた。
「う~ん…すいませんが、その種の魔法は痕跡も発見できません。」
「何事ですか?」
「俺が新たに雇った探偵屋が全滅したと思われる。三人個別に雇って三人共だ、偶然とは考え難い。消されたと考えるのが自然だ。となれば俺の計画について情報が洩れているのは確実だ。」
「…まさか私をお疑いで?」
「おまえはそんな事はせんだろう。だが会話を盗聴されている危険がある。」
「なっ!?」
もしそうならクーデルにとっても一大事だ。
「だから探知をかけたんだが、盗聴関連の魔法は見つからん様だ。もし今は解除されていても、過去に使用されていれば痕跡は残るはずだがそれも無いと言う。」
「ふぅ…びっくりさせないでください。」
「だが何か別の方法を使ったのかも知れん。今後は学内で迂闊な会話は控えた方がいいかも知れん。おまえも気を付けろよ。」
そう言い残すとグランデンたちは部屋を出て行った。
まったく冗談では無い。ただでさえ今回の件で人事部長の為に動かした金額は大きくて、どこから綻ぶか分からないというのに。
そしてこのクーデルの心配は程無く的中する。
「人事部長、あなた最近、外部の信用調査員を雇ってヤヨイさんとレイカさんの経歴身元調査に御執心のようですね?」
数日後、学園長室に呼び出されたグランデンがシャーロットに詰問された。
ふん、それを闇に葬り去ったのはおまえ達だろう、とグランデンは鼻で笑う。それに、それがバレたところで二人の身元を洗う事自体には何の違法性も無いのだ。
「いかにも。ですが、それが何か? 学園長特別推薦の採用であるなら人事部は組織としては動けません。だから個人的に行いました。
生憎、わたしは彼女たちの事を全く知りません。名誉と伝統ある我が校で働くにふさわしい人物であるか、役職にある身として憂いを抱くのは当然でしょう?」
貴様こそふさわしいのか? 今までその人事権を笠にどれだけ悪事を働いた? とシャーロットは拳を握る。
「合せて四人も雇われて、報酬も随分な額を提示されておられてますが、そんな大金をよく用意できたものです。」
ちっ! そこまで情報を掴んでいるのか。だが、俺に死角は無い。
「実家から用立てましてな。我がダガラステートン家の財力は御存知でしょう? 小遣いみたいな物ですよ。」
「裕福なお家柄というのは実に羨ましいですね。
しかし…。」
シャーロットは口元に笑みを浮かべ、机にバサリと書類を並べた。
「あなたの御両親、御兄弟、親族一同、あなたにお金を用立てた事など無いという署名入りの証言を頂いておりますが?」
なっ!? 馬鹿な! 家が俺を売っただと!? 畜生! 金という事は無い…家に金は唸る程ある。金では動かん。という事は名誉や権力の威光に負けたという事か!? 父上や兄上、姉上たちが俺との口裏合わせを反故にする程の? くそっ!
「さて、ここはあなたを吊るし上げる会議の場ではありません。わたしはただ教えて欲しいだけなんですよ。あなたがその資金をどこから調達したのか。」
ぐ、これは不味い、非常に不味いぞ!
「あなたは“それが横領された隠し金という疑義が掛かるお金だとは知らなかった”。そうでしょう? わたしはそう信じますよ?」
! そうか! 学園長の狙いは俺では無くてクーデルか! そして情報と引き換えに俺には目を瞑ってもいい、という事か! そうだよな、俺がやった二人の身元調査自体は問題無いんだ。クーデルをアゲたいから協力しろ、と。
「じ、実は経理部長のクーデルから用立てしてもらいました。」
「あらあら、そんな私的な用途に経費は認められないわよ?(棒)」
「クーデルは裏…ええと、わたしも知らなかったんですが、まるで戸棚に偽装してあるかの様な金庫からお金を取り出しておりました。
もしかしてあれは不正に私物化したお金だったんでしょうか? 学園長!(棒)」
「やはりそうですか、睨んだ通りです。彼は予算を着服しているのしょう(棒)。」
「けしからん事です! 彼の執務室を徹底的に調べ上げる必要がありますな!(棒)」
「ありがとう。もう下がっていいわ、人事部長。筆頭補佐、早速行動に移ってください。」
「畏まりました。」
オルゼロが異様に緊張した面持ちで部屋から出て行き、それに続いてグランデンも学園長室を後にした。
「あっ…!」
オルゼロが躓いて転び掛けた。
いくらこれから大仕事だからって緊張し過ぎだろう?
まあしかし、とりあえず俺の身は安泰だ。それにしても俺の実家にこれだけの圧力を掛けられる『大物卒業生』とは何者だ? おそらく家の者は誰も口を割らないだろうな。素性調査に出した探偵は壊滅だし、これはクーデルの言う通り、もう止めた方が良さそうだ。
「誓った割には随分とあっさりゲロしちゃったわね。」
オルゼロとグランデンが出て行った学園長室では、死角になっていた流し台から、妖艶な闇ルナットの美女がそう言いながら現れた。
「折角拷問できるかと思って楽しみだったのにな。」
そして、こちらに背面を向けている応接ソファーの背凭れの陰から黒髪の幼女がひょこっと顔を出す。
「そうですね。もう少し手こずるかと思っていたのですが、拍子抜けです。」
シャーロットは冷静にそう言いながら、内心では天に昇らんばかりに舞い上がっている。何しろ“猟奇姫”と“世界を覗く瞳”の揃い踏みである。
わたしごときがこの二人と同じ部屋に居るなんて罰当たり過ぎる! もう人生の運を使い切ったんじゃないだろうか!
オルゼロが異常なまでに緊張していたのはこのせいである。
また、言わずもがな、グランデンの実家と親族に圧力を掛けたのもこの二人である。
「わざわざお手数をすいませんでした。」
「気にするな。あの虫ケラをいびって楽しめそうだから勝手にやった事だ。ウヒヒ。」
その時、窓の外に一匹の飛翼騎獣が現れた。その背には白衣を着たベラドルーナ族の男が乗っている。
「何だ、アホ弟子。おまえも学校が懐かしくなって来たのか?」
ジアッラ先輩の弟子? という事はジアッラ先輩の学園時代の後輩で、魔法具製作の天才と謳われたスティーロ先輩?
ああ、もう幸せ過ぎて卒倒しそう!
「師匠! ピクロさんが経理の奴をシメるなら自分も行くって騒いでいるのです! 今、ドラコさんが何とか抑えているのです!」
「ちっ…あいつが来たら大騒ぎだぞ。経理の奴は学園で処理できる問題だから学園に任せておけっての。
ちょっとわたしが行って止めてくる。旦那様に世話を掛けさせるんじゃないよ、まったく!」
「わたしは学園に来たの久々だし、もう少し遊んでいくわ。」
ジアッラは闇の霧の中に消え、アホ弟子スティーロは飛び去って行った。
ピクロの能力はスケールが壮大過ぎて一人を個別攻撃するのに向いていない。もし何かの拍子にブチキレてギフトの魔法を使いでもしたら、学校が倒壊するくらいならまだ被害最小と言えるだろう。しかも普段真面目な分だけ、キレたら手加減を知らない。
「学園長さん、経理の奴を処分するのに証人が必要だろうから、あいつは生かしておくけど、終わったら人事部長の人選も考えておいてね。」
「は、はい。」
「わたしねぇ、あいつにムカついてる訳よ。」
そういえばそんな事をジアッラ先輩が言っていた…。どの道、グランデンも見逃すつもりなど無いんだが、彼の悪事はエムジケやクーデルと違って物的証拠が残り難い。彼を槍玉にあげて問責するのは正直、かなり難しいと思える。
ここは先輩たちに任せようか。




