第12話 壁に耳あり障子に目あり
ハリス・プロクター教諭による弥生レイプ未遂の顛末は直ちにシャーロット学園長の元に報告された。出て来る事の決して無い行方不明者の捜索に人員と時間を割き、欠員補充が滞る事は、組織として非効率的に過ぎるとジアッラが判断したからだ。
ただし、「ハリス・プロクターは強姦未遂につき即日解雇を言い渡した。その時点で彼は学園の部外者となり、その後の行動については学園側が与り知る事では無い。なお、本件は王国憲兵隊公衆治安部へ事件として告発する」とされた。
この世界では双方に合意があれば時も場所も弁えずに性行為を行う自由が認知されているが、それが無ければ死刑対象の重大犯罪である。告発を受ければ官憲が動くが、肝心のハリスがもういない事は分かっている。
「憲兵隊上層部には深入りしない様にわたしが一発かましておく。」
ジアッラが任せろとばかりに胸を張った。
「助かります、先輩。ところでわたしはこの際に学園内の膿を洗い出して、外部に学園には自浄力があるとアピールしたいのですが、その為には、その…申し上げ難いんですけど…。」
シャーロットが年甲斐も無くもじもじしながら言う。
「フン、ヤヨイとレイカを囮に使う事もあるだろうな。わたしは構わんが、本人としてはどうだ? ヤヨイ。」
「わたしも構いません! レイカちゃんもきっと同意するはずです。やりましょう、学園長先生!」
そうだ、こちらが授業料を払わなければならない立場なのに、今のままでは給料泥棒だ。自分が会社にどれだけの利益と貢献を齎しているかも顧みずに安月給とかブラックとかボヤく無能社員にはなりたくない。何か役に立たなければ。
俺の名はフィリエック・ルガスク。種族はカルツァーラ族だ。何だか異世界召喚者や転生者の中には俺たちを“ヌコ型ケモ耳族”なんて言う奴がいるらしいが、よく分からん。仕事はアデライド王国で信用調査をしている。平たく言えば探偵稼業だ。
探偵と言えば推理小説や漫画みたいに難事件を名推理で解決! なんて思うかも知れないが、実際の探偵なんてそんな刑事事件に関わる事なんて無いし、現場に入ったり捜査に必要な権限も無い。下手に首を突っ込んだら捜査妨害でお灸を据えられちまうぜ。
ま、俺たちに出来るのは家出人の捜索や身辺調査、事故調査がいいところさ。
今回受けた仕事も娘っ子二人の身元調査なんだが、ちょっとワールドワイドな内容だ。報酬の額も段違いときている。
依頼主はアデライド王国学園の学生時代の先輩。何で学園じゃなくて先輩個人からの依頼なのかはちょっとキナ臭いが、その辺の詮索はしないのが業界のルールだ。
調べるのはヤヨイ・ウエハラとレイカ・ササキというミレシア族。
判っているのは年齢十七歳。一級限定解除魔法士で…ほお、この若さで大したもんだ。魔法士免許証によると出身地はアデライド。だが学園に来る前にはグレタリア都市連合のメカラーラで冒険者をしていた。二人とも既に学園で臨時採用で働いている…。
これだけ?
いや、まあ分からんから俺に依頼したんだろうが、よくそれで採用したもんだ。
アデライドで二人が立ち寄った職業紹介所の職員がメカラーラの冒険者登録証を確認しているという証言を取れたから、メカラーラで冒険者をしていたってのは間違いない。ただ、登録が最近で、それ以前の経歴は全く分からない。
国際魔法士連盟本部は門前払いされた。こちとら何の権限も無い探偵だ、「帰れ」と言われりゃ帰るしか無い。
と、いうわけで俺は今、メカラーラに向かう定期便の客荷馬車の中。贅沢にも現地で聞き込みだ。金払いの良い客は好きだぜ♪
この定期便はメカラーラ発の帰り便だから、護衛に付いているのはメカラーラの冒険者になる(アデライド発ならアデライドの傭兵になる)ので昼休憩の時に二人の事を知らないか尋ねたら知らないと言う事だった。
おいおい、一級限定解除の魔法士免許など滅多にお目に掛かれる物では無い。それを持つ二人組だぞ? 普通に考えて名前が通った売れっ子冒険者のはず…どうも腑に落ちない話だ。
さて、メカラーラに着いた俺が最初に行うのは冒険者が屯する場所の特定だ。ギルド? いやいや、いくら冒険者組合がガサツな組織だからって、組合員の情報をたかが探偵ごときに簡単に漏洩しないって。
だが、その組合員は大抵阿保だ。金持ちが暇潰しの道楽でやっているか、職にあぶれた奴が食うに困って行き着く終着駅みたいな仕事だ。
おっと、勘違いしないで欲しいが冒険者が全員そんな奴しかいないとは思って無いぜ? それでしっかり生計を立てられるほど稼いでいる、一部の腕の立つ連中については尊敬さえしている。
何しろ俺みたいな探偵の他に傭兵、警備員、害獣害虫駆除業者、地理探索調査員、素材採集狩人、畑仕事、清掃業者、家庭教師、家事手伝い、庭師、大工、楽士、子守…と、何でもありの仕事だ。組合費、保険料の他に道具を揃えるだけでかなりの支出になる。それで食っていける程稼げるって事は、全てを上等なレベルでこなせるって事だからな。そりゃ凄い事だよ。
俺に大工や家庭教師をやってくれなんて無茶振りだからな。
だが大半はそれが出来なく、冒険者の稼ぎだけじゃ食えないポンコツで、親の脛を齧るかチンピラじみたカツアゲ、あとは近い将来に奴隷落ち確定の借金でどうにか食い繋いでいるクセに、マトモな職に就こうとしない、あるいは就けない連中ばかりなのが現実さ。
俺は街での聞き込みから、昼間から複数の冒険者パーティーが集会している酒場があると聞いてやって来た。
まったくいい御身分な連中だぜ。一人前に食っていけてる冒険者パーティーは自前の事務所まで構えて根城にしているっていうのに、こいつらは折角手にした僅かな稼ぎをここで酒と博打に浪費している訳だ。
「ヤヨイとレイカって冒険者が以前この街にいたはずなんだが、知らないかい? 女二人組なんだが。」
「あー、何か聞いた事があるな。」
「俺は知らないな。」
「そりゃあアレだろ、ラルディのところが全滅したした時に一緒にくっついて行った新人コンビだろ。」
お? 良さげな情報だぞ。
「ああー、そうだそうだレハ…。」
「おい! それは駄目だろ。しょっぴかれたいのか、おまえ。」
「あ、ヤベ。」
「え? 何? 何?」
なるほど、何か上から箝口令が出ている事案もある様だな。それも周囲の反応からすると知っているのは一部の者だけか。
「教えて差し支えない範囲でいいから教えてくれないか? 情報料は弾むぜ。あと一週間は依頼を受けなくてもここで飲めるくらいにはな。」
「おっほ! まあ、そうだな、以前ここにはラルディって冒険者がいたのさ。女のパーティーメンバーを侍らせていたのは構わねえが、パクられないのが不思議なくらいの事もやってたいけ好かない野郎さ。まあ、女を黙らせるテクがあったんだろうな。」
「顔もパラビュサスやダナッハ(ドラゴン族)以外の種族の女は大抵呆けるイケメン野郎だったからなぁ。」
「でも冒険者としての腕だけは確かだったぜ。」
「そんでそいつが新人だった二人に目を付けてな、終ダンジョンのマッピング精査の依頼を共同で受けて一緒に連れて行ったのさ。
ところが中で魔獣の襲撃を受けてラルディは死亡、奴のパーティーメンバーは行方不明。生き残ったのは新人だったその女二人組だけだったって話さ。」
「それで、その後の二人は?」
「それ以降は目立った話は聞かなかったなぁ。地味な依頼ばっかりこなしていたみたいだぜ? で、いつの間にか姿が見えなくなったのさ。」
「二人がよく利用していた施設とかは分からないかい?」
「いやー、分かんねえなぁ。あんま他の冒険者と交流が無かったみたいだから、詳しく知ってる奴はいねえと思うよ。そんなに長く居た訳じゃ無いから、交流を持つ前に消えちまった感もあっけど。」
「ふうん…ありがとうな。じゃあこれで好きなだけ飲んでくれ。」
「ごっそさん♪」
そのパーティーが盾になって新人の二人を逃がした、そしてその後、二人は自分の力量に見合った依頼のみ受ける様になった…考えられる図式としちゃそうなるな。
しかし、終ダンジョンに残っている魔獣は一般人から見れば危険に違いないが、それなりの経験を積んだ冒険者なら対応できるだろう。多少の損害が出たって全滅など有り得るか?
おまけに二人は曲がりなりにも一級限定解除の魔法士だぞ。当然、攻性魔法だって持っているだろう。
何かあったな、公表出来ない様な事が。何処の記録にも残っていないだろう。
そして二人は地味で目立たない活動を続け、誰も気が付かないうちにこの街から忽然と姿を消し、いきなり俊英の巣窟であるアデライド王国学園だ。いくら臨時の短期雇用でも、あそこの職員になるのは容易くは無い。
デカい黒幕が糸を引いている。俺の経験則がそう告げている。
とりあえず二人の足跡が確認できたのは現在、観光地になっている事件があった終ダンジョンだ。道はまだ整備中という事だが工事資材運搬の足場は既に完成しており、ここから徒歩で一日。そこへ行ってみよう。
彼の様子を一匹のネズミが見ている。ネズミは走り去ると燕の様な鳥と出会い、鳥はそこから猛スピードで飛び去った。目的地は魔窟“悠久亭”。
翌朝、俺はオルバ(カピバラの頭部を持ったダチョウの様な二足歩行騎獣)をレンタルして例の終ダンジョンへ向かう。オルバは馬に比べると積める荷物は少ないし乗り心地も劣るが、速度とスタミナはほとんど変わらない。それでいて割安だし、一人で一日の移動なら十分だ。
速度なら飛翼騎獣が圧倒的だが、ありゃあ一日のレンタル料で私物の馬が買えちまう。いくら潤沢なスポンサー様が付いていたって、前金が吹っ飛んじまったら話にならん。経費請求の時だってさすがに渋い顔をするだろうよ。
ところがこのオルバ、途中でストライキを起こしてしまった。
勘弁してくれよ、何か機嫌を損ねる様な事をしたかい? 俺。
ウンともスンとも動かないので一旦降りて御機嫌取りだ…と、え?
「ごはっ!」
突然の蹴りで吹っ飛ばされた。これは効いたぜ、畜生。
「何しやがる、このヤロウ…。」
ネチョリ。
何かが手に触れた。
「ブロブ…(スライムの様な不定形アメーバ状魔獣)! やっべ!」
ブロブにくっつかれたら魔法以外に引き離す方法は無い。
「<氷結>!」
ブロブに最も効果的な凍結系魔法で引き離した。ざまあみろ。
「ぐあっ! 足が!」
足元にもいやがった! しかも、もう靴を消化しちまってる!
「ひょ、<氷結>!」
え? ちょっと待ってくれよ。もう一体、二体、三体…。見渡す限りのブロブだと!
「くそ! 何匹いやがる? まずい、囲まれた。」
それもまるで俺一人を標的にしているかの様に、呑気に欠伸をしているオルバは素通りして見向きもしねえ!
「何だよ、こりゃあ! おぐあぇ!」
一斉に掛かってきやが…った…。
「あれ? 何でおまえだけ戻って来たんだ?」
フィリエックにオルバを貸し出した騎獣屋は、一匹だけで帰って来たオルバを見て首を捻る。
「さては魔獣遭遇事故でもあったか。ま、一応、官憲には報告しておくかね。」
この世界では旅の者が魔獣に襲われて命を落とすのは珍しい事では無い。店の判断も対応も迅速であっさりしたものである。
その日、この世界でカルツァーラ族が一人、ブロブに髪も骨も衣服も残さず綺麗に消化された。しかしそれはこの世界では何処にでも転がっている、ありきたりな話が一つ増えただけであった。
アデライド王国学園では人事部長グランデンベルファーソスベック・ダガラステートン、通称グランデンが腕を組む。
フィリエックの奴…何の経過報告も無いだと? 腕の立つ探偵屋として名は通っているし、経済的に困窮している訳でも無い。前金を持ち逃げする理由はどこにも無い…となると何か事故があったか。
それが事故ならいいが、消された可能性もある。次は保険を掛けるか…。
グランデンは自室を出ると経理部長のクーベルの元へ向かった。
「済まんが、また裏帳簿から資金を捻出してくれないか?」
「またですか? 今度は何です?」
「雇った探偵屋が消息不明だ。次は複数名を雇う。」
「…『大物卒業生』に消された?」
「それはまだ分からん。単なるアクシデントかも知れん。」
「あのですね、これは自分の勘ですけど、あの二人には深く関与しない方がいいと思いますよ。あなた一人で何をやろうと勝手ですけどね、その資金の調達先が自分、しかも裏金とバレて巻き添えは御免ですからね。」
「おまえの名は出さんと誓おう。その代わり金を出せ。」
「はぁ…仕方が無いですね。分かりました、即金でどうぞ。」
クーベルは溜息を一つ吐くと、渋々隠し金庫から現金をグランデンに渡した。
見ておれ、必ずあの二人の尻尾を掴んで、その『大物卒業生』もろとも、あの女狐を追い込んでやるわ。
グランデンとクーベルは密室での二人だけの会話だと思っているだろう。だが、その部屋の隅には一匹のムカデがいた。




