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第1話 お金が無い

 人間、エルフ、ダークエルフ、ハーフリング、獣人、昆虫人、ゴブリン、オーク、悪魔、ドラゴン、蜥蜴人───様々な種族がひしめき共生するファンタジー異世界。

 そんな世界のとある国の異世界召喚によって、この世界に転移させられてしまった女子高生がいた。


 名前を上原弥生という。


 彼女はは元ヤンの所謂モンスターペアレントの両親の元に生まれた。幼い頃はそんな親も、それに甘える自分も当たり前だと思っていたが、小学校も高学年になるとさすがに「ウチの親はオカシイ」と感じ始め、反面教師と見なすようになる。

 中学生になり、両親の愚行を咎めると二人は暴力親へと変貌した。

 また、彼女はかなり整った顔立ちの美少女である。

 だが、学校生活ではその整った容姿が仇になった。男子からの人気を知った女子から一斉に不興を買い、妬まれ、孤立した。事実無根の風説を流布されて傷付きもした。

 高校に進学して周囲の人間が刷新されると人間関係もリセットされたが、それも一時のもの、1年生一学期の終わりには同じ状況になった。弥生は勉学に没頭する事で現実逃避した。


 まったくクソみたいな奴ばっかりのクソみたいな世の中だ。


 校内で問題児扱いされている四人組から声を掛けられたのは、弥生がそう思っていた2年生二学期の事であった。


 この際だから世界を変えてみよう。この四人組にはきっと自分とは違う世界が見えている。その景色に自分も飛び込んでみよう。


 その誘いに乗り、カラオケへ向かう途中に“ソレ”は起きた。

 突然、周囲が光に包まれ、一緒にいた四人、そして偶々近くを歩いていた二人の計七人が、この世界へと異世界転移してきた。それは自然現象などでは無く、この世界のレハラント王国という国が意図的に行った召喚術の結果であった。

 彼らが言うには異世界転移者には転移時に特別な能力が付与されるので、その力を用いてこの世界に危機を齎す“魔王”を討伐して欲しい、との事。

 勝手に強制的に呼び出した挙句に突然そんな事を言われても困る、しかし右も左も分からない異世界では彼らの言う事を聞くしかない。


 そうして召喚された七人は“魔王討伐団”として行動する事になるのだが、弥生は謎と不思議に満ちたこの異世界に俄然、興味が湧いてくる。やがて弥生は自分たちを召喚したレハラントが「自分たち人間こそ唯一の人類である」という主張は欺瞞と歪んだ思想だと知る。

 “魔王”こそ討ち滅ぼさなければならない脅威である事に違いは無いが、“魔族”と称されて同様に討つべき相手と思い込んでいた他国の異種族は、種族と主義・主張が違うだけで自分たちと同じ“人類”であり、自分たちはその中の一種族“ミレシア族”に過ぎないという事も。

 そして召喚転移者たちのリーダー格として頼りにしていた相馬竜也という男が、レハラントの思想に毒されて変貌。

 レハラントは自分が知りたいこの世界の謎と不思議を解き明かす上で害になるどころか、このままではいずれ自分も思想汚染されてしまうという危機感を覚えた弥生は、魔王討伐団で親密になり、自分と同じ思いを持つ佐々木麗華と共にレハラント勢から脱走したのであった。


 ───しかし…。


「どうしよう…。」


 彼女は今、困っていた。


 弥生と麗華は魔王討伐団脱走後、「どうせなら暖かい地方へ行こう! 南なら暖かいんじゃね?」という単純な理由で南下した。二人が着用している衣服は、弥生の元の世界でのコスプレ趣味全開で作った露出度の非常に高いエロファンタジー衣装なので寒い所は嫌だったのである。

 ただ、この世界は「肉体こそ至高の美」として全裸で平気で暮らす無着衣文化という物が存在する程、個人の趣味・嗜好には徹底して相互不干渉であり、自由という価値観・倫理観の常識なので、二人のファッションが奇異の目で見られる事は無い。

 そうして二人は弥生の<飛行>の能力で南へと飛び、美しい内海を発見、対岸の海沿いにあるグレタリア都市連合の都市の一つメカラーラに入り込んで現在に至っている。


 弥生が頭を悩ませているのは所持金である。

 レハラントでは全てが無料で優遇されておりお金を持つ必要が無かった。魔王討伐の旅もまたお金を持つ必要が無かった。つまり無一文である。

 脱走時に魔王討伐団からくすねてきた食料はもう残り僅かだ。

 お金を稼がなくてはならない。


「ウリでもしよか~? ヤヨイっち可愛いから稼げるんじゃね? あたしもテクなら負けねえ☆」


「ななな、何を!」


「ジョーダンだよぉ~。」


 麗華はヤンキービッチである…というのは見た目だけで、元の世界からの継承スキルで付いてきた<房中術>は、片想いしていた相手に尽くして喜んでもらおうと必死に独学で鍛え上げたもので尻軽では無い。それどころか性行為の経験はまだ一度しかない。とんだハリボテスキルであった。


「ちょっと、そこのカッチョイイおにいさ~ん、あたしの脱ぎたてパンツ買わない~?」


 麗華が二足歩行の狼の様な獣人に声を掛けた。まあ、体型的に男である。


「悪いけど僕は異種族には欲情しないタチだし、未成年だから。」


 そう言うと彼はスタスタと去って行った。


「バーローぃ、ごっついナリしてクソ真面目な事言うなよな~。」


「レイカちゃん、やめて、ホント…。」


「そうだ! とりあえず冒険者やんね? 生計立てるのは大変って教わったけど、すぐに出来そうじゃん?」


 この世界では冒険者一本で食っていくのは困難である。社会的信用度は低いし、仕事のほとんどは雑用、ギルドに定期的に支払う会費と保険料はバカにならない。

 確かに当座の収入を得るには選択肢の一つだが、弥生には一つ不安がある。それは彼女たちが持つ魔法士免許の交付国だ。

 この世界で魔法を大っぴらに使うには免許が必要(生活魔法と防犯魔法は免許不要)で、交付はこの世界で唯一と言っていい国際機関“国際魔法士連盟”の各国出先機関である魔法士協会が行う。登録料を払えば誰でも試験を受けて取得出来る冒険者登録証とは異なり、審査は厳しく、それだけに社会的信用度も非常に高い資格だ。

 弥生と麗華は対魔王召喚によってこの世界へ異世界転移してきた者として、無審査・無試験で特別交付されている。が、その交付国がレハラントなのだ。

 レハラントは他国・他種族を蔑視し、人間とすら認めていない国だ。

 冒険者の仕事に魔法の使用は付き物だろう。登録時に提示を求められるのも目に見えている。未取得と虚偽申請しても、仕事を始めればそんな嘘はいつまでも通用しない。

 自分たちがレハラントの人間だとバレたら周囲からどんな目で見られるだろうか? それを考えると弥生は怖くなる。


「それに登録には登録料が必要なんだよ? わたし達、お金無いじゃない。」


「やってみなきゃ分かんねーじゃん! やろうやろう!」


「あ、ちょっ…。」


 麗華は弥生の手を引っ張ってグイグイ進む。物理的パワーでは麗華の方が上なのだ。





 メカラーラ市冒険者ギルド。場所も分からないままに進み始めた麗華に引っ張り回され、ここに辿り着くまでも必要以上に時間が掛かった。石造り二階建て。


「お~! 立派じゃん! 相当抜いてるんじゃね?」


「レイカちゃん、お願いだから中では喋らないでね。全っっっ部、わたしが対応するから。」


「あいあいさー!」


 建物に入ると二人が元いた世界のファンタジー漫画のように一階が酒場…なんて事は無い。普通に事務的なロビーである。仕事の依頼を受付・紹介する事務所なのだから、酔っ払い製造所を併設する訳が無かった。

 二人は登録受付窓口を見つける。


「あの、新規で登録したいのですが。」


「はいはい。それでは登録申請書をお渡ししますので記入してくださいね。」


 応対したのは一見すると人間…いや、ミレシア族の様に見える若い男性だった。歯もギザ歯では無いからデーモン族(レハラントのみで使われる呼称。国際的にはマスチゴブロント族と呼ぶのが一般的)とは違う。ゲックレン(二人が参加していた魔王討伐団メンバーで知恵袋だった男)が言っていた、『会話内容でしか判別できない』というヘテロ族であろう。


「すいません、住所欄なんですけど、わたし達、まだこの街に着いたばかりで宿も決まっていなくて…。」


「ああ、でしたら未記入で結構です。住所不定の方、多いですから。」


「それと…あの…その…お金が…ちょっと…。」


「あ、登録料ですか? 不足しているなら、料金未納仮登録になります。

 料金未納仮登録されますと、ギルドから紹介する依頼の受諾義務が発生して、その報酬から不足分が天引きされます。二週間以内に規定額に到達しなければ申請は却下されます。」


 冒険者登録証の社会的信用度が低い理由は、こういう所なんだろうな、と弥生は思う。


 出身地…ええい、ここも未記入にしちゃえ! 何か言われたら、その時はその時だ! 種族はヘテロ族という事で…。所持技能・魔法は…わたしの<念動>は最高位魔法の一つ…マズいよね。<望遠>だけにしておこう。


 未記入欄が多いまま提出された申請書に受付職員は怪訝な表情を見せる。


「『ヘテロ族』? ふうん…。」


 受付職員は二人を睨み付ける。


 あれ? なんか失敗した?


「所持魔法ですが…レイカさんの<光熱球>は強力な攻性魔法で、冒険者の仕事では使わざるを得ない場面も想定できます。後々のトラブルを防ぐ為に魔法士免許を確認させてください。」


 やっぱりそうなるよね~…ここで「持ってません」は通用しない。この場は誤魔化して、登録を諦めて外に出ても、通報されたら“無免許使用する可能性あり”として官憲にマークされちゃうわ。

 ううう…えーい! なるようになれ!


「レイカちゃん、魔法士免許を出して。

 はい、これです。わたしの魔法士免許も一応出しますから一緒に確認してください。」


「四類一種…あなたは<望遠>だけなのにねぇ…まあ、いいですけど。交付は…やはりレハラントですか。」


「レハラント?」 「レハラントだと?」


 ロビー中のギルド職員と他の冒険者からの注目が二人に集まる。


「ま、種族欄を『ヘテロ族』と書いていた時点で分かりましたけどね。同じミレシア族なのに他国民というだけでヘテロ族などと呼んで別種族扱いしている国ですから。

 でも堂々と書き込んだという事は、あなた方は御存知で無かった?」


 何だってぇ~!? 新事実発覚ですよ!


 弥生は愕然とする。麗華は髪の毛をクルクル弄ってトボケている。


「種族欄はこちらで修正しておきますよ。出身地欄もレハラントと記入しておきます。それが理由で申請が却下される事は無いので…え? ん?」


 受付職員は二人の魔法士免許を驚いた様にガバッと顔を近付けて見直す。免許証の認可魔法欄に驚いたのだ。


 [一級・無制限]


 これは一部の高位魔法士にしか認められないもので、職員も本物を見るのは初めてだ。一級というだけでも凄いのに限定解除。普通は魔法系統が限定されるのだ。

 そして備考欄の一文に我が目を疑う。


 [国際魔法士連盟認定特別交付:無審査/無試験 事由:対魔王勇者聖女召喚の異世界線転移者につき]


「…しょ、少々お待ちください。」


 彼はダラダラと脂汗をかきながらそう言うと、奥手の階段を慌てて駆け上がって行った。


「あ、コレ、偉い人が出て来るわ~。あたしら魔王討伐でショーカンされた聖女サマだもんね~。」


「え? でもわたし、<念動>ギフトは申請書に書かなかったし、免許証にも魔法名は書かれてないよ?」


「いや、それ隠しても免許証にモロに書かれてるじゃん? 『喋るな』って言われたから言わなかったけど~。」


「…あっ!」


 弥生はレハラント出身である事の身バレばかりに気を取られて、そっちの事をすっかり疎かにしてしまっていたのだ。


「ヤヨイっちって時々お間抜けさんだよね。免許証丸ごと手渡さないで、こう、指でその部分を隠しながら見せつけてやれば良かったんでね?

 やっぱりあたしが付いてなくっちゃ駄目だな、ヤヨイっちは! ムフフ~♪」


「ぐぬぬ…。」


 むっきー! それで上手くいったとは限らないけど、頭からその事がスッポリ抜け落ちていた事は事実だから言い返せない!


 二階から受付職員が降りて来ると、スチームパンク調の衣服を決めた色の薄いゴブリン族(レハラントのみで使われる呼称。国際的にはベラドルーナ族と呼ぶのが一般的)の男性とゴスロリ金髪のエルフ(レハラントのみで使われる呼称。レハラントではエルフとダークエルフを区別するが、国際的にはどちらも同種族でルナット族と呼ぶのが一般的。尚、作中では便宜上“白ルナット”とさせていただく)の女性が後から付いて降りて来た。

 受付職員が弥生と麗華を指差して何か言うと、ベラドルーナと白ルナットの二人は弥生と麗華の方へとやって来た。


「はじめまして、ミレシア族の聖女様。わたしは当メカラーラ市冒険者ギルドでギルド長を務めさせていただいておりますクアド・コンバ・ニッセンと申します。」


 ベラドルーナの男が挨拶すると白ルナットの女が続く。


「同じくメカラーラ市冒険者ギルドでギルド長筆頭補佐を務めさせていただいておりますアリーヤ・ゼーベンガルドと申します。」


 態度からして敵意は無い、というより畏まっている。“人類共通”の脅威である魔王を討伐する為に召喚された勇者や聖女は、それがどこの国のどの種族であろうと畏敬の対象とするのが普通だからだ。悪事や暴虐を働かない限りは…だが。


「早速で申し訳ありませんが、当市を治める領主とお会いしていただきたく存じます。すぐに馬車を用立てますので。」


 ひいいいい!


 弥生はレハラント出身という事で白い目で見られるかも知れない、くらいまでは想定していたが、大事になってきていないかと慄く。


「いいよ!」


 麗華はビシィっと親指を立てて“いいね”サインを出した。


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