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食卓に並んだ新しいもの

本日2つ目です!

掲示板形式のものを投稿しているので見ていない方は、そちらもよろしくお願いします!

ちなみに、どちらから先に見ても問題ないです。

 




 入院していた一週間、自分の手の入らないこの期間でどれだけ家が荒廃することになるだろうと言う漠然とした不安を私はずっと抱いていた。


 病院のベッドで横になって、どうせ布団も干して無いんだろうな、と考えたり。

 病室の隅に小さくたまった埃を見付けて、どうせ家の中埃塗れなんだろうな、と考えたり。

 どうせ帰ったら妹が色んな食器を破壊していて、お姉ちゃんどうしよう……みたいな展開になるんだろうなーとか思いながら、私は久しぶりに我が家へと戻ることが出来た訳だ。


 辿り着いた我が家。

 入院していた間に想像していたよりもずっと綺麗に掃除され、それどころか所々センスの良い家具の配置換えが行われていた自分の家の中に、思わず口を開けたまま固まってしまった私は悪くないと思う。



「燐香ちゃんお帰りなさい。大丈夫? まだ辛いところあったら何でも言ってね? あ、お腹空いてたら作り置きのスープがあるからそれを飲んでも良いかも。私が作ったものだから口に合わないかもしれないけど、ぜひ食べてみて欲しいなって……」

「お姉お帰りっ! 元気になった!? もう大丈夫なんだよね!?」

「お、お姉さんお帰りなさい……えっと、退院おめでとうございますっ……!」


「……あれ? ここ私の家だよね? ん? あれ……?」



 これまで反抗期の妹一人が迎えるだけだった私の家の中は、想像していたよりもずっと騒がしく私を迎え入れたのだった。





 ‐1‐





「ご、ごめんなさい燐香ちゃん……急に家が模様替えされてたら驚くよね? こんな風にしたらどうかなって、いくつか候補を考えてたんだけど、燐香ちゃんが退院するまで待とうと思ってたら、桐佳ちゃんと高介さんにちょっとくらい良いんじゃないかって言われてつい……ご、ごめんなさい……」

「え? い、いや、別に、模様替えしたくらいじゃ怒らないですけど……それにお父さんと桐佳が良いって言ってたら私は別に……」

「ううん。やっぱり家事を一番やってたのが燐香ちゃんだろうし、こういうのはちゃんと燐香ちゃんに話を通すべきだったって反省してます……次からちゃんと話してからにするから……ごめんなさい」


(な、なんだかこの人から謝罪ばっかり聞いてる気がする……いや確かに家の中が変わっててびっくりしたけど、新しいものを買ったりとかしてなくてちょっと配置を変えただけみたいだし、別に気にしてないのに。……それよりもお父さんを名前呼びしてることの方が気になってるんだけど……仲良くやれてるならなによりだけど……あ、スープ美味し……)



 折角なので作ってもらったスープを美味しくいただいている最中、遊里さんのお母さんがそんなことを言って来た。


 驚いた顔の私を見て失敗したと思ったのか、桐佳達がいないタイミングを見計らってこっそりと謝罪してきたこの人のネガティブさ加減にちょっと呆れる。

 こういうネガティブなことばかり考えていたから、あんなよく分からない宗教に狙われることになったに違いない。

 餌食にする人を探している悪い人からすれば、こんな感じの人は絶好のターゲットだろう。


 私の何かしら思うところのある視線に気が付いたのだろう、さらに顔を青くした遊里さんのお母さんはアワアワと身振り手振りをしながら、聞いてもいない説明を始める。



「あ、あのっ、私パート先を見つけたの。すぐ近くのスーパーなんだけどね。ちゃんと昼頃から燐香ちゃん達が帰ってくる前に終わる軽い感じのを、週6日くらいで入れることにしたから、すぐお金も入れれるようになると思うし、ちゃんと並行して家事もするからね! 肩代わりしてもらったお金もちゃんと返すようにするからっ……!」

「え……? い、いや、そんな無理しなくても……」

「えっと、それで、月の家賃がね、ど、どれくらいになるのか聞いてなかったなって……月の家賃と、肩代わりしてもらったお金と、毎月の生活費で……その、なんとか毎月15万くらいに収まらないかなって……」

「いやいやいやいやいや!!! 生々しい生々しいです!!!!」



 桐佳達がいないことを確認してこういう話をしてくれたのは嬉しいが、あまりに生々しすぎる内容に、私は思わず叫んでしまった。


 え? お金を徴収する側の気持ちってこんな感じなのだろうか?

 ちょっと色々精神的に負荷がかかってくるのだが、と言うか、奴隷を雇ったつもりはないのだが……なんてそんな風に、状況が処理できなかった私は意図せず強い拒否反応を示してしまった。


 それでも、私の拒否反応を受けても、何とか食い下がろうとする遊里さんのお母さんを落ち着かせるだけでしばらく時間がかかってしまった。

 退院早々私はいったい何をやらされているんだろうとも思うが、こういう話を先にまとめておかなかった私も悪いので、甘んじて今回の件は受け入れることにする。


 それからいくつかの話し合いを経た結論を言うと、全てお父さんに丸投げする方向で話がまとまった。

 高校生の私にこんなお金の話をすると言う前提が間違っていると思うのだ。

 こういった事は事情が事情だけにあんまり考えたくもない。

 私としてはそういうのは大人同士で話をまとめて、結果だけ教えて貰えば結構なのだ。

 万が一お父さんが妙な事を条件として出したり、何かしら無理がある話をした場合私に相談してほしい、とだけ遊里さんのお母さんに伝え、半ば無理やりこの話は終息させた。


 安堵のため息を吐いた私の対面に座り、ほうっ、と感嘆するように私を見詰める遊里さんのお母さん。

 何を感嘆しているのかは知らないが、度が過ぎた期待は掛けないで欲しいと切に願う。



「……前から思ってたけど、燐香ちゃんって本当にしっかりとした考え方をしてるのね。高介さんも言ってたけど、燐香ちゃんって色んな方面の才能があるんでしょ?」

「はい? 別に何もやってないですし、才能も何も考えたことすらないですけど……あ、良い学校に通ってることを言ってますか? アレは別に……中学時代の人達と会いたくなかったので勉強頑張っただけですし……」

「高校生で家事のほとんどを取り仕切りながら学校の成績が良いなんて凄いと思うんだけどな。それに、話には具体性があって説得力もある。理論立てて物事を話せるのって、私はとっても大事なことだと思うわ」

「むぐ……」



 裏の無い手放しの称賛に思わず怯む。

 それでも遊里さんのお母さんは私が怯んだことに気が付かないのか、さらに話を続ける。



「動機がどうであれ、燐香ちゃんの現状は褒められるべきだと思うわ。それに……燐香ちゃんの機転で私達家族は救われた訳だしね。取り返しがつかなくなる前に救われた私の立場で言わせてもらえば、本当はもっと称賛されるべきだって思ってるのよ?」

「…………あ、あの、私って褒められるとすぐに調子に乗っちゃうので止めてもらって良いですか? いつも調子に乗ると碌な事が無いんです。いや、謙遜じゃなくて本当に……!!」

「あらあら、燐香ちゃんてば」



 なぜか楽しそうにクスクスと笑う遊里さんのお母さんに、抗議するような視線を送る。

 人が困っているのを楽しむなんて、性格が悪い。

 あの遊里さんのお母さんとは思えないくらい癖のある性格をしてると思う。



「遊里さんのお母さんは……」

「由美って呼んで欲しいな。毎回その呼び方だと疲れちゃうでしょ?」

「……由美さんは思っていたより性格が良くないです」

「そうかしら?」

「そうですよ。でもまあ、これくらいの性格の悪さは私的には全然気にならないので」



 だから別に構わないんですけど……と言って目を逸らす。

 これまで犯罪者とか諸々を相手してきた影響で、多少の意地悪くらいじゃへこたれないくらいに精神が鍛えられている。

 だからこれくらい気にならないと言うのは本当なのだ。


 でも、何だろう、私のこのモヤモヤした感情は。

 自分の心の整理が付けられなくてすこぶる調子が悪い。


 思えば家に帰って来た時からそうだった。

 病院に入院していて不安に思っていたことが全部杞憂で、昔、修学旅行で家を空けた時とは段違いに良い状況の筈なのに。

 家をぐちゃぐちゃにして泣きついてきた妹に苦労することは無いのに。


 なんで私は、仲良くなろうとしてくれている由美さんに対して、こんな感情を持っているのだろう。



「ただいまー」



 そんな折、予想外の声が聞こえて来た。

 普段はこんな早くに帰ってくることは無いお父さんの声だ。

 普段よりもずっと早い時間の帰宅に私が目を丸くしていると、目の前の由美さんはいたずらっぽく笑っている。


 この人がこっそり企画してくれた退院祝いなのだろうと言うことがすぐに分かった。



「ほら、燐香ちゃんの退院日だけど高介さんはちょっと仕事が入ってて迎えに行けないって言ってたし、燐香ちゃんも迎えはいらないって言ってたけど、お祝いくらいはしないとってことでね。今日は私達みんなで顔を合わせながらご飯食べようって話してたの」

「……」

「えっと……迷惑じゃなかったら良いんだけど」

「もちろん迷惑なんかじゃないです。お父さんがこうして早く帰ってきてくれることなんて中々ないですし、由美さんが私を想って考えてくれたと思うと凄く嬉しいです」



 本心、なのだと思う。

 これだけ色々とやってくれている由美さんを非難する所なんて見当たらないし、お父さんが早く帰ってくれたらなんて思うのは常日頃からだった。

 それを私の為に実現させてくれた由美さんには感謝しかしない……筈。


 無意識的に、私の視線がお母さんの小さな仏壇へと向いた。

 小さい頃に亡くなったお母さんが優しい笑顔で私を見ている。



「……うむむ、そうですね。じゃあ今日は甘いものが一杯食べたいです」

「あ、それなら昨日のパート先で買って来たケーキがあるからそれを食べましょう。燐香ちゃんはモンブランとチーズケーキどっちが好き?」

「私は和菓子系が好きなので、どちらかと言えば栗が乗ったモンブランですかね。あ、でもどっちも好きなので、桐佳と遊里さんに先選んでもらいましょう……先に行っててもらって良いですか。私、久しぶりに帰って来たのでちょっと仏壇に挨拶していきます」

「あ、ご、ごめんなさい。気が付かなかったわ……それじゃあ、先に行ってるわね」



 由美さんの視線が部屋の隅へと動き、それ以上何も言わないで彼女は私を一人にしてくれる。

 私の心情を汲んでくれたのだろうその気配りに内心で感謝しつつ、私は由美さんを見送った。

 それから私は、久しぶりにお母さんの仏壇の前に座る。


 仏壇に飾られた写真には、桐佳をそのまま大人にさせたような若い女性の笑顔が写っている。


 幼いころに亡くなった母親。

 正直言って4歳か5歳の時くらいに亡くなったから、どんな人だったのかもよく覚えていない。

 お母さんが亡くなった時、私はちょっとも泣いた記憶がない。

 幼いころから人の心を読んで、自己保身ばかりをしていた私だから可愛げなんてある訳ないし、きっとそこまで親子関係が上手くいってなかったのだろうと思う。

 だからいなくて寂しいと言う感情もほとんどないし、今更思う所がある訳でもないが……お母さんが亡くなるほんの少し前にした約束だけは、未だにはっきりと覚えている。



『燐香……貴方は凄い子だから、皆の事、よろしくね……』



 可愛げのない子供。

 兄の後に生まれた女の子だから、それはより顕著に見えたことだろう。

 それでもしっかりと兄妹と差別することなく育ててくれたお母さん。

 何を持って私を凄い子だと言ったのかは分からないが、そんな人が苦しそうに額に汗を浮かべ、私の手を握って言った言葉はそれからの私の行動指針になるのは当然だった。



「お母さん、約束守るからね」



 線香を供えながら、私はそう口にして立ち上がった。


 リビングに向かえば、そこには由美さん達とお父さん達が仲睦まじく話をしている。

 冷蔵庫に入れてあったのだろう、豪華な料理やケーキは全部私の退院を祝うための物だ。


 何と言ってあの中に入ろうか。

 そんなことも分からなくなって、廊下で立ち止まったままぼんやりとその光景を眺めていれば、桐佳が私に気が付いた。



「……お姉? どうしたの?」



 普段の攻撃的な様子が鳴りを潜め、顔色を変えて私に駆け寄って来た桐佳は慌てて私の手を取った。

 私の手を両手で握りしめた桐佳が、なんだかホッと安心したような表情をする。

 ギュッと、決して逃がさないように、強く力を込めて私の手を取った桐佳は不安げな目で私を見る。



「……な、なにやってるのお姉、早く入って一緒にご飯食べよう?」

「うん」

「どうしたの? やっぱりまだ体調が悪いの? もう、部屋に戻って寝た方が良い?」

「大丈夫だよ桐佳。私お腹空いてるし、久しぶりに皆の顔を見て話をしたいから」



 そう言って、私はぐしゃぐしゃの感情のまま食卓に着いた。


 その時した話はよく覚えていない。

 でも、無性に神楽坂さんの声が聞きたかったのは覚えてる。







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― 新着の感想 ―
[良い点] ひぇ…掲示板の下り怖いけどかっこいい()
[一言] どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!
[一言] いやぁ思春期ですねぇ こんなあたたまるシーンのなかで重要情報が挟み込まれましたね 兄の存在がどう関わってくるのやら
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