露見するその疑惑
大変お持たせしました…なんとか2部5章が始められそうです!
非常にゆっくりの更新ですが、最後までお付き合いいただけるとうれしいです!
新年を迎え、月を一つ越した時期。
最近は特に寒さが厳しく吸い込む息は喉を刺すように冷たいし、雪がパラパラと降ったかと思えば次の日には道を覆い隠すくらい積もっていたこともある。
寒さに負けて布団から抜け出せなかったり、雪に足元を取られて転倒したりした私にとっては過ごしにくい大変な時期な訳だが、何よりもこの時期で大変なのは、年度の変わり目を意識し始める頃でもあることだ。
これまでの生活が大きく変わる時が近付いてきている。
私のように卒業を控えていない学生であれば学年が変わって生活環境が変わるだろうし、お父さんのように組織で働いている人であれば働く部署が変わることもある。
クラスが変わり、学校が変わり、きっと会えない人も出てくるだろう。
色んな人が自分の生活が変わることを心のどこかで不安に思って、この寒い日々に身を固くしながら過ごしている。
そしてそんな冷たいこの時期だからこそ、私は久しぶりに異能犯罪とは違うところで手間暇かけたものがあった。
それが今日の少しだけ豪華な夕食の料理。
窓の外では細かい雪が降りしきる中、我が家の食卓には私お手製の豪華な食事がこれでもかとばかりに並んでいる。
私が腕によりをかけて作ったこの豪華な料理は、この家に住む二人のお疲れ様兼前祝いとして前々から計画して用意したものなのだ。
どれもこれも主役の二人が好きな料理となるよう、事前に調査を重ねた私の努力の結晶に、事情を知っていた由美さん以外の家族皆が目を丸くして驚きを露わにしている。
というかその中でも、お父さんは若干引き攣ったような顔で広げられた料理の山を見ていた。
「燐香……随分豪華な夕食だけどこれは、一体どういうお祝いなのかな?」
「今週終わった桐佳と遊里の高校受験お疲れ様会としてね! 気が早いかもしれないけど、合格の前祝いも兼ねてるよ! 一杯奮発しちゃった! 残り物はお弁当に詰め込むから安心してね!」
「そっか…………そうだね、うん。良いんじゃないかな。二人が頑張っていたのは知っているし、燐香はいつもハラハラ覗きに行ってたもんね。一区切りつける為にもこういうお祝いをするのお父さんは賛成だよ、うん。ただちょっと燐香の気合いが入り過ぎちゃって食べきれないんじゃないかって思う量に見えるけどね」
「私はお姉の奇行は慣れてるし、料理がいっぱい余ったら糞お兄がなんとかするだろうと思うから気にしないけど……別に試験が終わっただけなんだけで結果も何も出てないのに、これで私と遊里が不合格だったらどうするつもりなんだろうとは思うよね。お姉って本当考えなしっていうか……ふふっ」
「はぁ……一応言っておくが、俺はそんなに食べる方じゃないからな」
私の料理を前にして、お父さんはなんとか自分を納得させようとしているし、桐佳はなんだかモゴモゴと小さな声で文句を口にしている。
呆れたような顔で私を見てくるお兄ちゃんは別としても、遊里も由美さんも私が用意した料理を嬉しそうにしているというのに、この二人は一体何が不満だというのだろう。
そんな私の考えに答えるように、桐佳は口元をにやけさせながらぶつぶつと小言に近い何かを言い始める。
「お姉、結果出てないのに本当に気が早いって。こうやってさ、何でもかんでも考えなしにやるから誤算があった時に、あわわわわって、ひっくり返って慌て始めるんだよ。ね、遊里。これがお姉のポンコツたる所以だと思わない?」
「あ、う、うん……でも、私は合格でも不合格でも労わってくれたこと自体が嬉しいよ。ありがとうお姉ちゃん」
「……! あ、あ、わっ私も嬉しくない訳じゃ無いからね⁉ ねえお姉聞いてるっ⁉ 私だってこういうの準備してくれるお姉にはちゃんと感謝してるんだからね⁉」
「き、桐佳が感謝してくれてるのは分かったから、お姉ちゃんの首元に掴みかかるのはやめてほしいなぁっ……私がひ弱なの知ってるでしょっ……!」
何やら慌てた桐佳が私の首元に掴み掛りながらそう弁明してきたのを何とか落ち着かせ、私は用意した数々の料理の運び出し作業に戻る。
まだまだ用意した料理は一杯ある。
頑張った二人の妹の疲れが少しでも癒されるように、今日は好きなものを好きなだけ食べて欲しいと私は思っているのだ。
中学三年生の二人にとっては、一年で最も重要となる高校受験という名の一大行事。
受験というのはその大小に関わらず数字で冷酷に合否が分かれる、学歴社会における成否が決まってしまう血の通わない大きな分岐点である。
ただ、妹達にとってのそれが、ただただ苦痛なだけの記憶にならないようにとの想いで、私はこうして大掛かりなお疲れ様会を企画したのだが、どうやらその計画は上手くいったようだった。
受験の疲れなど忘れてしまったように、腕によりをかけて作った料理を美味しそうに頬張る妹達の姿を見て、私は思わず顔がほころんでしまう。
(うちの家族って学歴には特にこだわりないし、別にどの高校に通っても良いんだけど……本人達は色々気にしそうだから、出来れば二人の希望通りに行って欲しいな)
桐佳は前から口にしていたように私と同じ高校を、遊里も同じ高校を受験こそしたのだが、自分のこれまでの学力を考えもう少し下の偏差値の高校を本命として受験した。
二人が受験したのはどれも難しい高校である。
元々勉強に苦手意識が無い二人であったし、私以上に勉強ができるお兄ちゃんが家に帰って来てからは何だかんだ根気よく勉強を教えて貰い点数を伸ばしていたからそんなに心配はしていないが、まあ本番というのはどうしても運が絡む。
二人が実力通りのものを出せればなんて思うものの、ひとまず前々から気にしていたこの一大行事が終わったことに私は内心安堵していた。
「二人とも高校受験お疲れ様。出来栄えはともかく、無事に終わって何よりだ。結果を気にし過ぎる必要は無いから、取り敢えず体を休めるんだぞ」
「ふんっ、あんだけ勉強した私達が不合格になる訳ないし、別に私は疲れても無いもんね」
「そうは思っても知らない内に気を張ってて実は疲れてたってこと結構あるし、そのつもりが無くてもちゃんと休まないと駄目だよ桐佳。お兄ちゃんは受験疲れで体調崩したこともあったし結構実感がこもった話なんだからよく聞きなね」
「……」
「……」
私の心配する言葉に対し、お兄ちゃんと桐佳は言い争いを止めて冷たく視線を向けてきた。
二人の急変に私が動揺していると、お兄ちゃん達は怨念を込めるようにボソボソと呟き始める。
「……そうだぞ。俺の話はかなり実感がこもっているんだぞ。燐香と違ってな」
「糞お兄……お姉は去年サラリと合格してたもんね……本当に何で神様はこのポンコツに変に才能を与えちゃったのかな……? ほんと、少しでもお姉の才能の一部が私に分けられてたら良かったのにさぁ……」
「そうだ。こいつの変に才能ある部分に嫉妬した経験がある俺だから分かるが、凡人な俺達は無理したところで良いことはない。無理して体調を悪くするだけ損だ。燐香を基準にするのだけは止めておけよ」
「…………腹立つけど、凄く納得した」
「……なんだか二人からの視線が痛い気がするんだけど……? わ、私だって受験の時は朝早くから夜遅くまで勉強してたもん! わ、私皆が見て無い所でちゃんと努力してるんだもん! いっぱい努力してる頑張り屋なんだよ⁉ 二人にアピールしないから褒められたことは無いけどさ……! ちゃんと影でこそこそ努力してるのにっ……!」
兄と妹からの若干冷たい視線に対し、私は必死に抗議する。
実際、勉強は予習復習しっかりとやっているし宿題や課題だって漏らした事は無い。
時間があれば参考書を買って暇つぶしに解いてみたりするし、テストで間違えた部分はしっかりと見直して疑問を残さないように徹底していたりと、私は意外と優等生なのだ。
それをまるで苦労を知らない才能の塊のような扱いをされるのは甚だ不服である。
そういうのは、袖子さんのような本物を見てから口にするべきだ。
とまあ、変な勘違いをしている手間の掛かる兄妹とのじゃれ合いは置いておいてだ。
私はチラリと、料理を取り分けて小さく笑い合っているお父さんと由美さんの二人の姿を見遣る。
先ほどから気になっていた二人の様子。
私が作った料理を褒めながら、何か雑談をしている彼らの仲は非常に近しいものに見えた。
まあ、先日お互いの娘が世界的なテロリストである“死の商人”の襲撃現場に閉じ込められていたことを考えれば、不安や苦労を分かち合っている分距離が縮まるのも不思議ではない。
何も不思議ではない…………のだが。
いつの間にか距離が近づいている、この家の大人二人の微妙なやりとりを見て、私は少しだけ動揺してしまう。
(う、うーん。お父さん達が仲良くなるのも、遊里と私達が仲良くなるのも同じことなのに…………やめよ)
由美さんの駄目な部分を私はよく見ているし、その上で私は彼女のことは嫌いではない。
事情があるにしてもこうして結構長い間一緒に暮らしているが、彼女が家にいることの忌避感を私は抱いていないのだ。
だから別に、二人が仲良くなる分には全く問題ないし、この家に住むみんなが仲良くなることは私も望むものの筈である。
母親の遺影がある部屋を一瞬だけ見て、私は変な考えを振り落とすように首を振った。
これもまた一つの問題に昇華する可能性があるが、
「それよりもっ……! ゆ、遊里! ご飯美味しい⁉ 最近は由美さんが作ってくれることが多かったから中々凝ったものを作ってなかったけど、私それなりに料理上手なんじゃないかなーって自分では思ってるんだよ!」
「……あ、う、うん! 凄く美味しいよ!」
「うへっ、うへへへ! そうでしょそうでしょ? 一応言っておくと最初の頃の私は凄く料理下手だったし、何度も作ったから美味しいのが作れるようになったんだからね。今度作り方教えてあげるから特に美味しいと思ったのを後で教えてね!」
「うん、ありがとう……」
嬉しそうではあるが何処か上の空で料理に手を付けていたもう一人の妹に私は声を掛ける。
夕食どころか今日一日、どこか心ここにあらずであった遊里の様子に、高校受験の出来が良くなかったのだろうと事情を知らない私以外の家族は思っていたのだろう。
特に遊里の様子に触れるようなことはせず、腫れ物に触るように扱っていた。
現に今、私が遊里に話し掛けたのを見て、お父さんは誤魔化すようにリモコンでテレビの電源を入れているし、桐佳からの視線が若干厳しくなっている。
口には出さずとも暗黙の了解として、受験前後で様子がおかしくなっている遊里には触れないようにしようという雰囲気があったのだから当然ではある。
だが実際にはそうでないことを私は知っている。
遊里という、最近になって超常的な才能を持つこととなってしまった少女が抱える悩みを、彼女の秘密を知っている私は分かっているのだ。
(異能の力を、家族や桐佳に隠し続けたくないって。いつかは打ち明けたいって言ってたけど……)
信頼する人達からの理解が欲しい。或いは、信頼する人達を騙しているという自責。
そして、あのショッピングセンターで多くの人を傷付けてしまった自分の異能が本当に受け入れられるのだろうかという恐怖。
心の内に抱えるそんな葛藤が、今の遊里を上の空にしているのだ。
(……確かに家族に打ち明けたいっていう気持ちは昔の私にもあったものだから理解はできるけど……それで望まない事態にはなって欲しくないんだよね。私の経験則からは、言わない方がいいよとしか言えないし)
異能は今、犯罪事件の凶器として使用される恐ろしい武器として伝えられている。
飛鳥さんの頑張りである程度中和されているとはいえ、ネットや報道を通じて異能による被害が多く伝えられている現状、異能という存在を良く思わない人は多い。
だから、異能を持つことを誰かに伝えた時、それが他に漏れてしまった時、そして異能が受け入れられなかった時、異能を持つと知られてしまった人がこれまでとは違った目で見られることは間違いないのだ。
そうであるなら、異能を持つことを無理に話すべきでないと私は思うのだ。
異能を持つ人は日常の陰に隠れる形で、他人に迷惑をかけないくらいの範囲で自分の利になるよう異能を使えばいい。
だってその人が持つ異能はその人だけのものだ。
他人を不条理に不幸にしない限り、その人が思うように使えばいいと思うし、その範囲の中で自由にすればいい。
そこに何の義務も、何の権利もない。
負うべき責任も、抱えるべき葛藤も、存在しなくて良い筈なのだ。
自分を正当化しようとする子供じみた考えかもしれないが、私はずっと昔に色々考え結論を自分で出していた。
だからこそ、異能を自在に操れるまで馴染ませて、自分の一部と実感した少女のそんな葛藤を少しでも和らげたいと私は思うのだ。
(…………騙してる訳じゃないんだよって、フォローしないとかな。とりあえず今は、このお祝いを楽しんでもらえるように気を紛らわせる為に私が何か話しかけて。と、というか。なんなのこの家の不穏さ……お父さん達の関係と遊里の異能と受験関係の問題? ……全然良好な関係で問題は一切なさそうな我が家なのに、私目線でみると表面化してないだけで爆弾となるもの多すぎない……? え、え、これ爆発することあるの……?)
お祝いの料理を楽しむなんてことはない食卓の風景。
その裏に潜む地雷原の存在が見えている私は、ひやりと冷たい感覚を味わう。
(と、とりあえず、一つずつ! 遊里のケアからやっていこっかな……!)
そんな風に考えて、料理の配膳を終えた私は上の空な遊里に何か声を掛けようとしたのだが、声を掛けるよりも先にお父さんが点けたテレビから妙な語りが聞こえてきた。
『————戦後最悪と言われる凄惨な未解決事件。“針山旅館殺人事件”についてお話していきましょう。かの事件は針山に建てられた当時の最高級旅館であった建物で起きた殺人事件でありますが、宿泊客や従業員含め五十八名以上の被害者を出しており、遺体の損壊が激しいものも多かった為に正確な被害者数が未だに判明していないと言われている事件であります。そして恐るべきその特徴は複数の被害者が密室で血液を抜かれており、干からびたような状態で発見されていたということでした』
「あ、あれ、この番組……? あ、そっか。またこの事件の特集をやる時期になったんだね。もう恒例行事みたいなものか」
テレビから流れ始めた、緊張感を孕んだアナウンサーのそんな声を耳にし、言葉を迷わせていた私は思わず反応してしまう。
画面越しでも緊張が伝わるような硬い口調で発せられる、寒気を覚えるような凄惨な内容。
その特集は、節目ごとに行われる同種の報道は数々の物語の題材となっている程に有名な、とある未解決のままでいる殺人事件についてだった。
とはいえこの事件、現在の日本の一部界隈では三大未解決事件と呼ばれるほどの大事件ではあるのだが、現在の知名度というとそれほどでもないのが現状。
被害も、犯人も、解決することができていないという事実も、どれも他とは一線を画す悍ましい事件であり、多くの特集も組まれているのだが、時の流れと共に経験していない世代からは認知すらされなくなっていた。
何せ二十年以上も前の事件である。
当時を経験した世代は少なくなっているし、若い世代は生まれてすらいない。
新しい情報も何も無いなら誰も興味を持たなくなるのは至極当然で、それは節目ごとに特集を組んでいるテレビ局も理解している。
流される説明は前回のものとほとんど変わりなく、当時の状況を軽く触れる程度の薄い内容。
回数を重ねるごとに短くなる特集の時間を考えると、今回が最後になってもおかしくはないかもしれない。
「ふーん? 私この事件よく知らないんだよね。私が生まれる前の事件だし……というか、何十年も前の事件を今更テレビで放送する意味ってなくない?」
「お前……【針山旅館殺人事件】なんて昨今様々な物語の題材にもなってる有名な事件なのに……。いや、それはともかく、テレビでこうして何度も特集が組まれるのは未解決事件だからだろう。最近表立ってきているアレが関係しているのを視野に入れつつ新しい証拠が届くのを願って、或いはこの凄惨な事件を風化させることの無いように、当時を知る年長者達が戒めとしてだな」
長々と始まったお兄ちゃんの小言めいた話に、チラリとどこか上の空であった遊里を一瞥した桐佳はどうでも良さそうな態度を隠しもせず肩を竦める。
「ふーん、まあいいや。ともかく夕食時に見る様なものじゃ無いし話もしたくなくない? 終わり終わり」
「桐佳、時勢というか常識くらい……はぁ……燐香、お前の妹だぞ。しっかり教育しろ」
「あ、うん。ごめんね……? ……って、それはお兄ちゃんもでしょ⁉ 何自分だけ責任を投げ出そうとしてるのさ⁉ その逃げ癖ほんと変わらないねっ、そんなんだから桐佳に嫌われるんだよ!」
「……お、俺は別に嫌われてなんか。この前も、勉強を教えたりだな」
「え、私糞お兄のことは普通に嫌いだけど」
「————」
「き、桐佳それはちょっと酷いんじゃないかな⁉ お、お兄ちゃん私はそんなこと思ってないよ! お兄ちゃんの事、私は好きだなー!」
桐佳の言葉に崩れ落ちそうになっているお兄ちゃんを見て、私は慌ててフォローに入る。
逃げ癖というかそういうところがあると思っているのは事実だが、身を挺して私を守ってくれたお兄ちゃんのことが好きなのも事実なのだ。
もちろん、多少の反省はしてもらえると助かるのだが……。
項垂れるお兄ちゃんの肩を叩きながら私が必死に励ましの言葉を掛けているのを、桐佳はもの凄く嫌そうな顔で見てくる。
何をどうして桐佳はお兄ちゃんがここまで嫌いなのだろう。
割と会話とか変な計画とかは一緒にしているから、本心から嫌いではないと思うのだけれど。
そんな感じで私達がテレビの内容をきっかけに色々と話をしている中。
昔に比べればあまりに内容の薄くなった、その世紀の未解決事件『針山旅館殺人事件』の特集をじっと見詰めていたお父さんが少し妙な反応を見せていた。
「……」
「……? 高介さん、何だか硬い表情されてますけど、どうかされましたか? あまり顔色も良くないような……」
「ん、ああいや何でもないですよ……食事の際のテレビの特集がこれだとあまり気分は良くならないから、別の番組に変えようかなと」
そう言って、有無を言わさずテレビの番組を切り替えたお父さんの様子に首を傾げながら、私はパクリと自分が作った料理を口に放り込む。
別に私としても、自分が生まれる前の事件なんてどうやっても関わりようが無いものだから、どうこう考察するつもりもなかったものである。
神楽坂さん辺りに解決の協力をして欲しいと言われたら別であるだろうが、まあ、未解決事件の真相をなんて積極的な行動を、私は身近な事件でもない限りするつもりもなかったのだ。
全く自分達には関係しないような遠い場所の事件。
だから、自分達には無関係だと思っていた事件を見たお父さんの反応が奇妙だったことに、私は違和感を覚えたのだ。
(お父さん、普段なら絶対私達にチャンネル変えて良いか聞くのにどうしたんだろう……? 恐怖? 嫌悪感? そんな感じの印象だけど……そういえば、お父さんと一緒にいるときこの事件の特集が流れたこと無かったっけ? うーん、家族のことでこれ以上色々考えたくないな。遊里のフォローだけでお姉ちゃんは手一杯だよ…………あ、やっぱり私の料理っておいしい)
楽しい筈の食卓で色々と悩みすぎた私は自分の頭から煙が出るんじゃないかと思いながら、食事の進んでいない遊里のためにいくつかおかずを取り分ける。
大人達の穏やかな会話と兄妹達の若干礼を欠いた雑談。
学校で友達を上手く作れない私も低い会話能力を必死に活用し、なんとか面白い話をしようとする。
お祝いの形にしたものの、いつも通りになってしまっている食卓が少しだけ続いた時だった。
――――来客を告げるチャイムが食卓に響いた。
「……あれ? こんな時間になんだろ?」
今はもう夜の七時過ぎ、来客としては遅めの時間帯である。
訪問客としては少し遅い時間のチャイムに、警戒するように顔をしかめたお兄ちゃんが玄関の方向を見遣りながら立ち上がった。
「こんな時間に誰だろうな。何か注文でもした人いるのか? 取り敢えず、俺が見てくるけど」
「……いや、私が見て来るよ。皆は燐香が作った豪華な食事を楽しんでて」
立ち上がったお兄ちゃんをそう言って制したお父さんが、少しだけ緊張感を滲ませた顔で少し遅い来客の対応に向かってしまう。
こんな時間にやってくる非常識な人は誰なのだろう。
とりあえず異能の出力は感じないなぁなんて、私がそんな風に不思議に思っていると玄関口にたどり着いたお父さんと訪問者の話し声が聞こえてきた。
「はい、どちらさまでしょうか?」
「夜分に失礼します。佐取高介さんですね?」
冷たい声が玄関から聞こえてくる。
比較的若い男性の声。
お父さんへの訪問者と知って、仕事の関係かと変な方向へ考えを膨らませていれば、次の続いた言葉に背筋が凍った。
「私、警視庁公安部のものです。こちらが警察手帳ですね」
来客対応に向かったお父さんを気にしていた由美さんだけでなく、それまで会話をしていた桐佳達や私に話し掛けていたお兄ちゃんまで、聞こえて来たその言葉に硬直する。
想像だにしていなかった来客に私が慌てて席を立ち廊下に出ると、背が高く皺一つないスーツを着こなした男性が動揺するお父さんと相対しているのが見えた。
「実は少々お聞きしたいことがありまして、署までご同行願えますか?」
陥れようという悪意は無い。
単純に、仕事の一環としてこの場にいるスーツ姿の若い男性に、私は自分が関係するのかと血の気が引いたが、事態はそれ以上に最悪だった。
「【針山旅館殺人事件】、その重要参考人として。貴方のお話を聞きたいのです」
自分達には関わる事はないだろうと思っていた、二十年以上前のその事件。
振り返った真っ青な顔をしたお父さんと目が合って、恐怖や動揺を滲ませたお父さんの感情が異能を通さずとも読み取れる。
私が何も言えずにいる中、お父さんはゆっくりと私から目を逸らして若い男性のその言葉に頷いたのだった。