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かつての嫌な記憶を

 




 異能を用いたアルバイト。

 そんな精神科医の真似事は、お金という最低限の生活の担保になりえる物の確保と自分が持つ異能への理解を深めたいという私の事情から始まった。

 マキナというインターネット情報を封鎖する手段に、記憶から私という存在を意識的に引き出せなくする技術を確立したのもこの頃だ。

 私の精神に干渉する異能が何処まで出来るのか、用意した情報統制手段がどこまで効果を発揮するのかを知る為に、私は幼いながらかなり精力的にこの活動に力を注いだのだ。


 そして、そんなアルバイトの時に出会った、神崎未来さんのような知名度の高い相手のことは私も流石によく覚えている。

 その代表的な例が、高名な大女優に、高い人気を誇るプロスポーツ選手に、国家の中枢に居座る大物政治家の三名。

 どれも、世の中について色々と情報収集して、いかに有利に立ち回るべきかを考えていたとはいえ、まだまだ小学生上がりたての幼い私が知るくらいに有名な人達であった。


 その三人の中でも特に私が悪印象を受けたのが、大物政治家である。

 わざわざ日時を指定して自室まで来いと呼び出してきた、上から目線の権力者。

 普段なら私が日時を指定してサラリと精神治療を行う以外受け付けないのだが、上位者だという自意識がムクムク育っていたこの時の私にとってそんな対応をしてくる相手は完全な地雷であった。


 治療を求めている癖に上から目線な変な奴のプライドを圧し折ってやろうと、安易に乗り込みを掛けた当時の私はとんでもないアホな訳だが————



「…………」

「今日は来てくれてありがとう。さ、これはほんの気持ち程度のお土産だよ。甘味が苦手じゃなければ良いんだが、結構な数の個数が入ってるから家に帰って家族の皆と食べると良い。さてさて、何でも食べたい物を食べると良いよ。何なら家族への持ち帰りの品も注文しよう。これからこの店に訪れた際の君の会計は全て私に請求するように言っておいたから、今度は家族皆で来ると良い。それから必要ないかもしれないけど、君の活動に必要な物資もあれば資金援助も任せてほしい。いつでも何でも相談してくれて良いからね」

「……えぇ……?」

「それにしてもあの頃の君とは見違えるほど大きくなっているね。まだ幼さはあるがとても素敵な女性として成長していると私は思うよ。関係としては他人かもしれないけれど、子供の成長というのを感じるとこれほど嬉しいものは無いね。やっぱり成長期はよく食べよく寝ることが重要だからねぇ、うんうん……あ、君に関する記憶があるのは神崎君がね? 記憶の中の君という存在に対する意識外しの異能を解除してくれたからなんだ。分かっていることかもしれないけれど、一応ね」

「ええぇ……あ、貴方ってそんな人でしたっけ……?」



 ————まさかその縁が、回り回ってこんなところにやってくるなど、当時の私は想像もしていなかった訳だ。





 ‐1‐





 飛鳥さんと共に“百貌”神崎未来と交渉したあの日。

 一応話が纏まり帰ろうとした私達を名残惜しむ様な表情で見送っていた神崎さんはふと思い出したように私を引き留めた。



『あ、そういえば御母様。一つだけ内緒話があって』

『ええー……?』

『何でそんな嫌そうな顔をするのかは分かるけど本当に悪い事じゃないよ! 本当に少しだけ、耳を貸して欲しいなー! 心読んで安全確認して良いからー! おねがーい! あっ、心読めば用件を耳打ちする必要は無いんだっけ…………お願いだよ御母様ー! 御母様とこっそり内緒話したいよー‼』



 バンバンバンバンと強化プラスチック板を叩いて来る神崎さんをしばらくどうしようもない大人を見るような目で眺めた私は、しっかりと安全を確認した上で話を聞きに行った。


 訝し気な顔で見詰めて来る飛鳥さんの視線が痛い。

 けれど、私が寄せた耳に嬉しそうに口を近付けた神崎さんはそんなこと気にもせず、小さな声できっと助けになるよ、なんて言葉と共に十一桁の数字を呟いたのだった。



 十一桁の数字。つまり誰かの携帯電話に繋がる番号。

 どこの誰に繋がるかも分からないその番号は、私にとって実に不気味なものであった。

 ただ、誰の電話番号かも教えてくれなかった神崎さんは本当に不親切である訳だが、あの人は何だかんだ悪人では無い事が分かっている。


 だからその紹介と言うのなら最低限の義理だけは果たそうと、その携帯電話の番号へ私は神崎さんからの紹介だという端的なメッセージを送った訳だが、その返事は予想外にも即座に返って来たのだ。


『十四日十八時 料亭“久楼亭”でお待ちしています』


 有無を言わさず日時と場所を指定してくるその嫌な返答。

 何処か見覚えのある、だがそれに比べるとかなり丁寧な返信内容を目にし、私はとっても行きたくない気持ちが溢れ出した。

 “久楼亭”とやらは私の行った事が無いとんでもなく豪華な料亭だし、顔も知らない人に会うためにそんな所に行くのはどうかと思ったのだ。


 けれど、神崎未来という暫定的な協力者が取り次いだという点を考えると、彼女との今後の関係性を考える上でも、相手を確認する必要はあるようにも思えた。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 色々と考え抜いた結果、私はこの電話先の相手と相手が持つ情報がどの程度なのかを見定めるために、色々と対策を講じた上で指定された場所に赴いた訳だ。


 そして、そんな私を見た事もないほど豪華な店の内装と共に迎えたのは、今のテレビで見ない日が無いとある老人だったのだ。



「おっと、そう言えば君は水とお茶であればどちらが良いかね? 基本的にこの店は何も注文が無ければお茶を出すんだけれど、問題は無いだろうか?」

「……お茶で大丈夫です。あと、山田沙耶って呼んでください」

「山田沙耶さんか……なるほどなるほど、承知したよ。私の事は阿井田でも博文でもおじいちゃんでも、なんでも好きに呼ぶと良い」

「……」



 私お決まりの名乗りにその老人、阿井田博文は偽名である事を知りながらも嬉しそうに笑う。


 阿井田博文。

 齢75にも届く彼は、昔私が精神治療を施した人物であり、血族に政治家が続く名家に生まれた生粋の世襲議員である。

 世襲議員でありながら確かな実力を持ち、温和な表情を崩さず人受けする柔らかな態度を常に周囲に振り撒き、腹の内に抱えた深く淀んだ謀略を悟らせない、政治家とはかくあるべきを体現するこの人物。

 けれどそれは今現在のこの人の話であり、私が出会った時のこの議員はもっと疑心に塗れ、努力をせず立場を持たない人物に対して明確に見下す性質を持っていた。

 アルバイトを初めて一年も経っていない頃の私に対する態度は、それはもう酷いものだったのだ。

 治療を求めている側である癖に、人を『小遣い稼ぎをする鼠』や『精神科医のままごとをする世間知らず』と罵っていたこの人物のことは酷く私の印象に残っている程。


 だからこそ、今回少し顔を合わせるだけつもりだった私にとって、そんな人物にここまで歓迎されることは完全に想定外だった。



「……何だか至れり尽くせりですが。私、結構な金額貴方からぼったくったんですけど。文句の一つでも飛んでくると思ってたんですけど」

「ふっ、ふふふっ、あれでかな? いや、すまないね、何でもないよ。その沙耶さんのままでいてくれると私は凄く嬉しいよ。いやぁ、あの頃の私はとても荒れていてね。治療して貰った過度な疑心で精神的に疲労していたんだ。沙耶さんには本当に申し訳ない事をした」

「まあ、別に気にしないですし今さらですけど。まともに治療してほしい部分も言ってこなかったのは貴方が初めてでしたよ。精神科医なら治療してほしいと思っている場所くらい見付けて見せろ、でしたか?」

「恥ずかしい話だね、いや本当に……」



 情けない自分の過去を恥じ入るように体を小さくしている老人の姿を目の当たりにして、私はさらに混乱してしまう。


 昔私は確かにこの人物の精神に対して異能を行使した。

 けれどそれは、私の情報抹消や依頼されていた精神治療、若しくは個人的に腹立つ部分の矯正程度であり、大幅な性格調整なんかは実行した覚えが無かった。

 だからこそその程度の精神干渉では、議員として正しく結果を残し、周囲の人間からの支持が強いこの人物の基本的な在り方は変わらないと私は思っていたのだ。

 それが、明らかに過去に私に見せた自分を恥じているこの人の姿を見せられて、それが読心により虚実では無いことを知れてしまい、私は困惑するしかない。



「……以前お会いしたのはもう十年近く前の話ですけど、貴方の性格変わりすぎじゃないですか? そんな私に対してお礼を言ったり、歓待したり、好々爺みたいな態度をする人じゃなかったと思うんですけど? 確かに私は……ううん、それっぽいことをした覚えがありますが、それにしたってそこまで強固にやった覚えはないですし、それだってあの頃は未熟でしたし年月の経過で効果の劣化があってもおかしくないと思いますし……」

「ははっ、変わったというのなら今の君も中々だとは思うけれどね。ただ、我ながらひと昔前の自分と比べるとかなり態度が変わったと思っているよ。沙耶さんのおかげで性格も矯正できた、そういうことだろうね」

「……そうですか。それなら良かったですね」



 こちらを見て顔を綻ばせている不気味極まりないお爺さんに、私はひたすら警戒する。

 常に“読心”を絶やさないようにして、何かしらの駆け引きをしてくるのではと疑い確認を怠らず、徹底的にこの老人の狙いを見定めるために観察する。


 警戒されている事を何故だか楽しそうにしている目の前のお爺さんだが、国家のまつりごとを牛耳る相手など、これだけ警戒したってやり過ぎということは無いだろう。

 次期内閣総理大臣と言われるレベルの人というだけで、常人の想像を遥かに超える駆け引きの巧さを持っているのは間違いない筈だ。



「……神崎さんを介して私に連絡させたのは何か目的があっての事ですか?」

「おや……ふむ、それについて変な擦れ違いがあるみたいだね。最初に言っておくとそういった目的は何も無いんだよ。私はただ神崎君と情報共有していた立場の者で、沙耶さんが過去に遭遇したような神薙隆一郎のような暗躍や異能を絡めた壮大な謀略を練っている訳ではないんだ。ましてや沙耶さんを利用しようだなんて」

「貴方のそんな発言を信じろと……なんて言いたい気分ですが、本当にそのようですね」

「私は沙耶さんに嘘はつかないよ。腹に抱えることはあるだろうけどね」

「……」



 その腹に抱えたものを引っ張り出す事も出来るが……と悩む。


 敵ではないのは分かっている。

 だから、あんまり強制的な精神干渉で内面を覗き見ると相手に後遺症を与える可能性もあるし、悪人や敵でないなら真偽を見抜いたり考えている事を見透かしたりする以上の力を使うのは憚れる。

 そうやって考えて、危険を感じるまではそこまでの異能使用を控えようと結論付けた私は、目の前に出て来た料理を余所にさらに思考を巡らせていく。


 なんで神崎さんは自分とこの人を引き合わせようとしたのだろう。

 害意も悪意も下心も無くて、ただこの人に会わせたかったというのはしっかり確認していたから分かっていたけれど、ここまで明確な目的が見えてこないとは思わなかった。

 神崎さんからの紹介があったとメッセージを送った時のこの人の食い付きも、何かしらしたいことがあったとしか思えないレベルのものであったし、私に会いたい何かというのは一体なんだろう。

 誰か精神治療をしてほしい人がいるか、はたまたその技術について利用したいとかだろうか。


 私がそんな風に悶々と考えていると、阿井田議員は困ったように眉を下げた。



「沙耶さんを迷わせるつもりは無かったんだが……その、だね。私はただ沙耶さんに会って話をしたかっただけなんだよ。私の強固に固定化されていた思考を、家族にまで及んでいた問題を解消してくれた沙耶さんにね。それを分かっていたから神崎君は私の連絡先を君に渡したんだろう。沙耶さんへの関係が似た者は皆仲間だと思っている神崎君のやりそうなことさ。そう、俗っぽい言い方をすれば私達はただのファンみたいなものなんだよ。神崎君みたいな沙耶さん自身になってみたいと考えるような厄介ファンであるつもりは無いが、私も自分が中々に重度のファンであると思っているよ」

「……え?」



 なんだか変な事を言われた気がした私が動揺していると、さらに続けて阿井田議員は言う。



「昔の私は拠り所が無かった。接する相手全てが疑わしく思えて、積み重ねた関係が虚実であるように思えて、自分の膨れ上がった疑心を制御できない状態だった。そんな状態で、積み重ねていた精神的な負担は相当なもので、攻撃的になった権力だけはある老人をいったい誰が諫められるというのだろう。家族ですら容易く排斥しただろうあの時の私が何かしらの一線を超える前に沙耶さんに出会えたことは、今でも感謝しか抱いていないんだ。だからこそあの時、権力や経験を持った厄介な老人の前に現れ、一切怯むことが無いまま正しく精神治療を成し遂げて見せた君という人間に、私は深く魅せられた。君のその在り方は、私の価値観を大きく変えたんだ」

「む、ぐ……」



「神崎君も同じようなものだったろう?」なんて笑った阿井田議員は戸惑う私に目を細める。



「これまでは朧げな記憶しか思い出せない状態だったが……こうして沙耶さんに会う事ができて、私は自分の感情に整理が付いた。私は君に憧れている。君が私に及ぼした影響を、正しく君と話をしたかった。私は沙耶さんという人間を沙耶さんの前で肯定したかった。それが腹の内に様々な事を抱えて、国家の政治の舵取りをする老人の下らない目的なんだよ」

「……ま、まあ、嘘はないようですし、貴方の態度と私との接触を希望した理由については信じようじゃありませんか。私にはちょっと理解できない感情ではありますが、そういうこともあるでしょう」



 この複雑怪奇な状況への理解を一段落させた私の様子を確認し安心したように頷くと、阿井田議員は食事に手を付ける事を勧めてくる。

 並べられた豪華な食事は確かに美味しそうだがこんなものを食べることに慣れてしまうと後々大変そうだな、なんて。

 そんな不安を抱きながら箸を使って少し料理を摘まんでいる私を見て、阿井田議員はもう一つ事実を教えてくれる。



「それからもう一つ、過去の沙耶さんを模倣した神崎君が私へ接触した理由だがね。国による異能を持つ者への弾圧政策を危惧していたからなんだ」

「……へ? そ、それはいったい?」

「正直に告白しよう、異能の付き纏う事件については私も頭を悩ましていた。つまり私は神崎君の接触が無ければ異能を持つ者達を追い詰める法案を作っていた可能性がある。何せ、神薙隆一郎、和泉雅による乗っ取り議員は十三名に及んでいたからね。弾圧するべきではないかという考えは、確かに私の頭を掠めていたんだ。だから神崎君は、模倣した沙耶さんの記憶から関わりのあった私に接触すると同時に一定の情報を与える選択をした。だからこそ彼女は情報を共有する政界に影響力を持つ仲間を作る選択をしたんだ」

「え……あ、あっ、あー……神崎さんって頭良いんですね」

「ふふ、その点は驚くべき事実だと私も思うよ。色々厄介だとは思うが、沙耶さんが思っているよりも神崎君は君の味方なんだ。そこは勘違いしないで上げて欲しい」

「それ…………ああ、そういうことですか。そうですか。なるほどです」



 神薙隆一郎一派による有力者の成り替わり。

 その影響を考えていなかった自分の浅慮に気が付き、私は呆然としてしまった。

 そして、その情報を私が持っていないと確信していたように切り出し、私が持つ神崎さんの印象を良い方向へと引っ張った阿井田議員の駆け引きに気が付き、愕然とする。

 読心の、精神干渉の力を持っている私が知らずの内に彼等の手のひらの上で転がされた、そんな気分である。


 駄目だ、と思う。

 家族や神楽坂さん達とこれまで会話して、事件を解決したりして、私は心の何処かで自分は抜けている部分もあるが基本的に頭の良い人間だと思っていた。

 読心という圧倒的なアドバンテージを持っていれば、どんな相手だろうと一方的に思考面で上回れると信じていたのだ。

 だが、日本の役者業の頂点に立つ神崎未来という女性や内閣総理大臣すら裏から操る日本政界の重鎮阿井田博文という老人と相対して、自分の不足を突き付けられた。

 異能という、それも精神干渉という対人関係にとってこれ以上ない程の利を得てなお、簡単に手玉に取れると思えない相手が目の前のいる事実に、私のちょっとずつ育っていた自尊心がシワシワと萎えていく。


 私はやっぱり、全てを見通す万能の才能人間なんかではない。

 「頭良い人達って怖いですねー……そういう影響面もちゃんと考えられるようにならないとなぁー……」なんて、しょぼくれていた私に阿井田議員は微笑ましそうに破顔した。



「私から見れば沙耶さんは才能の塊のような子なんだけれどね」

「良いんですそんなフォロー……あー……本当に表舞台に出ない選択をしていて良かったぁ……何が警察のブレーンなんだか。そんな大層なものじゃないってば……もっと頭良い人達がこうやってわんさかいるんだから、私の異能よりも凄い人もきっと世界にはいっぱいいるんだぁ……」

「警察のブレーン、か……なるほど。ところで、孫のような沙耶さんにそこまで落ち込まれると私の舌が料理の味を楽しめなくなってしまうよ。沙耶さんは間違いなく優秀であることには変わりはないのだから、そう劣等感を感じる必要は無いんだよ?」

「早く危険の無い就職先探そー……事務職が良いなー……一杯お休みくれるところー……」

「メ、メンタル弱すぎないかい……?」



 萎む気持ちに反比例するように、高価なことが間違いない料理を次々口に放り込み始めた私の姿に、阿井田議員はとっても微妙そうな顔になった。

 もっとよく味わってほしいとでもいうのかもしれないが、そんな余裕がなくなるまで私を追い詰めたのは自分だという自覚を持って欲しい。


 そんな風にウジウジしながら、私は先ほど阿井田議員が吐いた聞き捨てならない言葉を拾い上げる。



「……というか、孫ってなんですか。私と貴方が別にどうという関係じゃないでしょう。小遣い稼ぎの鼠ですからね、私」

「そう虐めないでほしいんだが……改めて沙耶さんと会って理解したんだが、私は沙耶さんを恩人と思うと同時に孫のように思っているんだ。既に勝手に孫だと思い込んでいる節もある。実の孫と同じくらい君のことを可愛がりたいと感じているくらいだね。何でも買ってあげたくなっているというべきか……どうだろう。私の財力を存分に利用してみないかな? コネクションを使って色々悪だくみしてみないかな?」

「これまた変な拗らせ方を……私にどうしろっていうんですか……」

「素直におじいちゃんに可愛がられてくれると嬉しい」

「誰がおじいちゃんですか」



 んべっ、と私が舌を出して反発するも、それすら嬉しそうにしているこの老人に勝てる術が今の私には思いつかない。

 疲れてしまった私が首を振りながら食事に戻るのを、阿井田議員は碌に料理に手を付けないままにこやかに眺めている。


 完全に孫の食事風景を見守るおじいちゃんの図である。

 いや、私は自分の祖父母と食事なんてした事が無いし、可愛がってもらった事もないのでその表現が正しいのかは分からないのだが。


 ここまで阿井田議員と会話して、危険が無いだろうことを理解した。

 神崎さんとの関係も、この人が私に対してどんな感情を抱いているかも理解した。

 だからここから先は変な腹の探り合いなどではなく、単純に食事を楽しむことができる。


 そんなことを思ったからだろう。

 何の悪意も無く優し気にこちらを見詰めている老人を見て、無意識の内に私の頭を過ることがあった。


 もしも、だ。

 もしも私が自分の祖父母とこの人との関係のようだったら、きっとその方が多くの事で都合が良かった筈だ。

 私達家族に対する支援があっただろうし、私は悪意を持って異能を使うことは無かった。

 本当にもしかしたら、神薙隆一郎という超常の医者を見つけ出して、病が治ることが無かった母親を救う事も出来たのかもしれないと、そんな風に思ってしまった。


 けど、そんなのは全てありもしない仮定の話だ。

 昔子供が思い描いてしまった絶対にありえない悪夢の話だ。

 下らない妄想だったと私は自分が変に巡らせた考えを振り払いつつ、昔会った時には考えられないくらい家族愛を溢れさせた目の前の老人を見遣る。



「……まあ、貴方がそこまで変われた事。私は祝福しますよ。昔のままの貴方であれば、きっと今も苦しそうな顔をしていたでしょうしね」

「……私から伝えたい事は全て伝えたつもりだよ。私からのアプローチは基本的に異能を持つ者を弾圧するつもりは無い。沙耶さんの方針は理解したし、沙耶さんの不利になるようなこともするつもりがない。それらの点は安心して欲しい」

「分かりました。感謝しています」

「また何かあれば……いいや、何もなくても相談してくれると嬉しいよ。単純に高い食事をしたいというだけでもね」



 私の様子に何かを察したのか、くしゃりと気遣うような表情をした目の前の老人。

 家族を思いやれる優しい老人となっているその人の思考を、今の私は読む気にもなれなかった。






【書籍化に伴うリンク集】


〇 KADOKAWA公式サイトリンク


https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000521/


〇 『非ななな』特設サイト(こちらにMV情報などがあります!)


https://famitsubunko.jp/special/hinanana/entry-12830.html


〇 公式Twitter(X)


https://twitter.com/fb_hinanana



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― 新着の感想 ―
[良い点] やったね!孫活だ!
[良い点] いまさらだけどこうして見ると神楽坂に神薙に神崎と「神」の字が入った人多いな
[気になる点] >高い人気を誇るプロスポーツ選手 新キャラかな?前の話で出てた人かな?
感想一覧
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