そのサッカー少年の向き合い方
大変遅くなりましたが何とか形になったので投稿します!
やっぱり自分は男主人公を書くのは苦手なのかもしれません…!
そこを一言で表現すると、夢見るサッカー少年の部屋だった。
子供時代からサッカーで積み重ねられた功績を讃える賞状が幾つも額縁に飾られ、溢れる程多くのトロフィーが棚を占領している。
筋力トレーニングの為の機材が部屋の角に鎮座しているし、サッカー理論やルール解説といった本まで並べられていることを考えると、この部屋の主である人物は本気でプロを目指していたことが窺える。
だが何故か、同時にそれらを否定するような状態のものもいくつか部屋には散見されていた。
意図的に傷付けられたような切り傷があるサッカーボール。
少し前までは壁に掛けられた海外で活躍する憧れの有名選手達のポスターが、無残に剥されゴミ箱の中に放り捨てられている状況。
そして、サッカー関連の物が纏めて押し込められているゴミ箱には、自分で作っただろうトレーニング表すらも含まれていた。
言ってしまえば、ほんの少し前に夢破れたかのようなそんな惨状がこの部屋にはあった。
「雄二っ、待ちなさい! 説明しなさい!」
ガタガタと、その家の廊下で息子を追い掛ける母親の切羽詰まったような声が響き渡った。
耳を貸さずに自分の部屋に向かっていた青年は肩を掴んで来た母親の手を咄嗟に払い除けそうになり、慌ててその動作を止める。
ヒヤリとした背筋の冷たさを誤魔化すように舌打ちをして、青年はまくし立てる母親に向かい合った。
「雄二っ、顧問の先生から部活を辞めたって連絡があったけど本当なの⁉」
「本当だよ。もう良いだろ別に。そんなもん」
「もう良いだろって貴方……! じゃあこれからどうするのよ⁉」
「バイトでもすればいいんだろ。これまで使ってくれた分の金は返すよ」
「そういう事じゃないでしょ!」
反抗期のような息子の態度。
だがその原因が分かっている母親は、決して目を合わせようとしない息子の姿を痛ましいものでも見るように顔を歪ませていた。
「だってっ、だって貴方これまであんだけ頑張って来たのに。ついこの前、プロのスカウトが来たってあんなに喜んでたのに……」
「試合に出られないんじゃ意味ねえんだから仕方ないだろ、うるせえな」
「まだ決まった訳じゃ……!」
「出れる訳ねえだろうが。不公平に決まってるだろ」
「そんな……」
いくら拒絶してもなお食い下がろうとする母親に、自分の部屋の床に転がっていた傷だらけのサッカーボールを青年は片手で拾い上げ、母親の眼前に突き出した。
現状を何一つとして理解していない母親に対し現実を見せつけるために、青年は苛立ち混じりにサッカーボールを掴んだ手に力を籠める。
「まだ分からねえのかよ」
「え?」
バンッ、と。
片手の指の力だけで破裂したサッカーボールが目の前で飛び散り、悲鳴を上げた母親がその場で尻もちを突いた。
筋繊維を強靭なゴムのように変えられる青年の異能があれば、普通ではありえないような握力を発揮する事だって難しくはないのだ。
目の前で行われた異常な光景に顔を蒼白にした母親は、自分を冷たく見下ろす息子と目が合った。
「……こんな力を持ってる奴が、スポーツなんてやって良い訳無いだろうが」
「…………」
ギリギリで震えてしまった自分の声に気が付かないまま、何も言えなくなってしまった母親を置いて、青年は自分の部屋へと入っていった。
荒れ果てた、いいや自ら荒れたものに変えた部屋の中。
手の中に残っていたサッカーボールの残骸を放り捨てることもしないまま、青年はベッドに倒れ込む。
そして天井をしばらくぼんやりと見上げて、少し前の自分ならこんな何もしない時間なんてなかったのにな、なんてふと思った。
「……今も、異能なんてもの無ければ」
或いは、自分があの場に居なければ。
その青年、的場雄二は思わずそんなことを思ってしまう。
母親に対していくら強気に割り切った態度を見せることができたとしても、長年一つの器に注ぎ続けて来た情熱は、器が罅割れたからと言ってそう簡単に止まれるものではないのだ。
『航空G174ハイジャック-新東京マーケットプラザ襲撃占拠事件』。
世界を震撼させたその異能犯罪の最中、占拠された新東京マーケットプラザに訪れていた雄二は地獄の光景を目の当たりにすることとなった。
人々が逃げ惑い、お互いに争い合い、喧騒を響かせるこの世の地獄の中で“死の商人”と呼ばれる悪魔に見付かり捕まった。
『————あくまで君達は自分で選ぶんだぜ?』
差し出された何かの薬。
血走った目をした悪魔の群衆が周りを囲み、散々見せられた理不尽な力を前にしたら、抵抗するなんていう選択は出来なかった。
ガタガタと震える気弱そうな少女と共に、差し出された薬を呑み込んだのは雄二自身の意思によるもので、それによって芽生えた才能は正しく雄二を常識という縛りから解き放ち、あの場における安全の担保となった。
自身の肉体にゴムの性質を加える、それが雄二の目覚めた異能の力。
自身の肉体に限定されるものの、髪の先から足の爪に至るまで、あるいは内臓や毛細血管といったもの全てに効果を及ぼすその異能は、使い方を工夫すれば常人では不可能な怪力や移動を可能にする。
耐摩擦性や反発弾性といった基本的な性質から、耐火性といった特殊なゴムの性質まで自身に付与することができるようになった雄二は、あの場において“死の商人”の手駒として大切に扱われた訳だ。
間違いなく常人とは一線を画す、多くの人々が多額の金銭を支払ってでも欲しがる超常の力を手に入れることとなり、あの地獄のような場においてその才能は貴重な価値となった。
だが、全てが解決して日常に戻れば、残ってしまったその才能は異物でしかなかったのだ。
将来的なプロ契約の話をしていた者に言われる。
『的場君、非常に言いにくい事なんだがね。君に提案していた話については少し見送らせて欲しいんだ。ほら、流石に超能力を持ったプロ選手というのは常識的にね?』
中学時代から親交がある信頼していた部活の顧問に言われる。
『的場、お前の努力を否定するつもりは無いんだが……どうしても、他の選手達がお前と試合をするのを怖がってな。その、一旦話が落ち着くまではレギュラーから外れて貰おうと思うんだ』
長年同じ目標に向けて戦った相棒のような友人に言われる。
『お前のその超能力ってさ。お前にそのつもりが無くても試合中に競り合った時とか、勝手に発動したりするんじゃないのか? それって、危なくないのか?』
地獄の光景を見ていない何も知らない者達の言葉が雄二に突き刺さった。
言葉を向けられた雄二も、彼らの言葉は間違っていないだろうと思っていたし、超能力なんていう目に見えない刃を持った奴がサッカーに興じるなんてルール的に問題があるだろうと思う。
けれど、雄二という青年にとって、それで納得できるような軽いものでは無かった。
人生の全てを賭けて来た。
幾つもの結果を出して、将来の道も開けていた。
自信もあったし、挑戦することへの期待もあった。
それなのに、それら全てが突然終わりだなんて、あんまりだと思う。
だけど、雄二が何を思ったところで現実は何も変わりはしない。
あのショッピングセンターの地獄の光景を前にしても何も出来なかったのと同様に、的場雄二というちっぽけな人間には世界の進み方なんてものは何も変える事は出来やしないのだ。
「澤北さんと一緒にサッカーしてみたかったのになぁ……くそ……」
両手で顔を覆っても抑えきれず、思わず口から出た本音。
復帰は不可能だろうと言われていた大怪我から復帰して見せて、今は世界的に活躍している憧れの日本サッカー界最高の選手に想いを馳せ、雄二は唇を噛んだ。
もう何もする気になれない。
しばらくそうやって廃人のように、ぼんやりと時間を過ごしていた雄二の携帯電話に着信が入った。
画面に映し出された電話先の相手は、自身が持つことになった異能の力を専門に扱う警察の人達だった。
顔を覗き込む女性の顔が目の前に現れ、酷く嫌そうな顔をした雄二は大きく体を仰け反らせる。
「大丈夫っスか? なんか顔色悪いっスよ?」
「……別に、問題ないっすよ」
「本当っスか? 何でも気になることは相談していいっスからね! 期待のエース、一ノ瀬お姉さんが解決しちゃうんスから!」
人慣れしたタヌキのような一ノ瀬和美という女性の問い掛けに雄二は適当に返事をして、もう何度か訪れている異能対策部署内の自分の席に腰を下ろした。
ここは新設された警視庁本部庁舎内に存在する公安部特務対策第一課の一室。
異能を持つこととなった雄二はこうして度々警察から経過確認と言う名の呼び出しを受けてこの場所に訪れていた。
これは、持つことになった異能を暴走させることが無いか、或いは異能を持つことになって日常生活に不便はないかを確かめるためのものだと警察の人達から伝えられてはいる。
だが、実際はそれらの理由よりも、異能を悪用して犯罪行為を興じないかを監視する為だというのは、異能の危険性を目の当たりにした雄二には分かっていた。
科学的な方法を用いずに犯罪事件を引き起こせるのなら当然そんなものは最重要の警戒対象になる。
それが、あのハイジャック事件のような大きなことも出来るというのならなおさらだろう。
被害者となった者であろうとも、これから先より甚大な異能犯罪を引き起こさないとは限らない筈だ。
そして、単純な保護の対象としてだけではなく、危険物のように扱われている事実を理解しているからこそ、雄二はどれだけ精神的に不安定な状況であろうと素直に彼らの指示に従っている。
だからこそ、自分と同じように異能を持つことになった被害者である相坂和という子供がジトっとした目で部署内の誰かを睨んでいるのに気が付いて、少しだけ焦って小声で話し掛けた。
「……おいガキ。理不尽な呼び出しにイラつく気持ちは分かるが態度に出すな。異能を持ってる俺らは危険人物だと思われてるんだぞ。反抗的な態度を取っていたらどんな扱いを受けるか……」
「え? あ、ああ、ごめんお兄さん。ちょっとアイツには個人的に腹が立ってて」
「個人的に……? そんなに腹が立つほど警察官とやり取りがあったのか……?」
「いや、アイツは正式には警察官じゃないんだけど……うん、なんでもないや」
「よく分からないが、取り敢えずは大人しくしとくのが身の為だぞ」
何だかよく分からないな、なんて思いながら、雄二は相坂和という少年がジトっと睨んでいた男性を見遣れば、なんだかソイツは性格の悪そうなニヤニヤとした笑みを浮かべて雄二達を見ていた。
嘲笑とは少し違う。
正確に言うのなら、新たな犠牲者が増えてくれて嬉しいというような、仲間が増えて嬉しいというような、不幸のお供を喜ぶような表情である。
どちらにしても性格が悪い事には変わりないが、見た目で感じた小悪党といった印象はそう間違っていないのだろうと雄二は思った。
「————事件から二週間程度の間、貴方達に異能の暴走は無し。副作用的な健康被害も無いなら取り敢えずは安定していると考えるべきかしらね。安心したわ」
サッカーの競技ではそう見ることは無いほど巨躯の男性警察官がニヤついていた男性の頭を片手で鷲掴みにしているのを尻目に、この部署内でも最年少に近い筈の飛禅飛鳥という女性が話を纏めている。
テレビでも度々見かける有名人。
テレビ越しに綺麗な人だと思っていたのが、実物を見たことでより一層補強された訳だが、テキパキと警察の仕事を進める姿を見て、やっぱりテレビで見る程接しやすくはないのだろうというのが雄二の印象だった。
可愛らしい被りものをした化け猫のような女性。
警察の最高幹部や政府の高官、あるいは国外の権力者達とやり取りしている実績を考えれば、ただの婦警と言うには無理がある。
腹の中では何を考えているか分からないし、口先だけでどうせ自分達の心配などしていないだろうになんて思っても、雄二は口に出さずじっとこの聞き取りの時間が終わるのを待つのが常だった。
「それで、日常生活に不便なんかは無いかしら? 一応、警察としても政府としても補助できることはするつもりよ。君達はまだ子供だから直接は渡さないけど、特別の見舞い金なんかも決まってるしね」
「俺は特に無いんですけど……」
「……俺が異能を持っているって事、高校の皆にほとんど伝わっていたんですけど。これって普通なんすかね」
「え、そうなの? 情報規制を掛けてるのに……一応確認なんだけど、的場君から誰かに異能を持ってるって話はしてないわよね?」
「俺からは両親と部活の先生くらいで他には特に……」
「部活の先生、ね。分かった、そこら辺少し注意してみるわね」
サラサラと何かを小さなメモに書き込み、頷いた飛鳥の姿に雄二は少しだけ安心する。
形だけだったとしても、いくら警戒心を持っている相手だったとしても、やはり警察という大きな組織が自分の困りごとに対応してくれると言われるとほっとしてしまう。
サッカーに何とか参加させて欲しいと要望すれば、政府や警察が何とかしてくれるだろうか、なんていうみっともない考えが過ったことに気が付き、雄二は首を振ってその考えを追い出した。
「後は異能の制御だけど……うーん、相坂君はもう自由自在。流石子供ながらの呑み込みの早さね。的場君は……」
自ら作り出した異能の糸であやとりをして見せた相坂少年とは違い、まともに自身の異能に向き合ってこなかった雄二は自分の意志で異能を起動する経験がほとんど無い。
だから、取り敢えず異能を起動だけでもさせようとした雄二だったのだが、その姿を見て、飛鳥は直ぐに制止の声を上げる。
「待って待って、的場君無理に異能を使うことは無いわ。今は暴走することなく安定している訳だし、的場君の異能は自分の肉体に影響を与える異能だから周りには被害が拡大しにくい。だから、そういうのは異能を使用する場所と物を用意してから実践していきましょう」
「そうっすか、分かりました」
「広めの公民館みたいなところ借りれればそこで異能の性能なんかも調べるつもりだしね、何とか専門家みたいな奴も引っ張り出してくるから待ってて頂戴」
「うす……あと、聞きたいんすけど、俺らっていつから異能犯罪に駆り出されるようになるんすか?」
「え? 異能犯罪に駆り出す?」
完全に虚を突かれた顔をした飛鳥が、「……ちょっと、柿崎さん。その話って今どうなってるか分かります?」と小声で巨躯の男性警察官に話し掛け、少しだけやり取りした後に雄二に向き直った。
「えっと、本当の本当に非常時はそういうこともあるかもしれないけど、基本的に学生の君達にそういうことを強制するつもりはないです」
「え⁉ 飛鳥さんっ、俺は事件の解決に協力したいんだけど……! 前にそういう話したよね⁉」
「ええっと、相坂君は……そうね、異能というものを持つ人は本当に希少だから協力してくれると言うならありがたい話だから、そこはちょっと色々調整する必要があるわね」
「……」
予想外の返答を受け、雄二は口を閉ざして戸惑った。
自分のような扱いやすい子供が異能を持ったのなら、政府や警察は使い潰そうとでもしてくると思っていた。
だから、雄二を見て続けられた飛鳥の言葉には驚愕する。
「言っておくけど、自分よりも年下の相坂君が協力したいって言ってるからって自分もしなくちゃいけないっていう考えはしないで良いからね。特に的場君はサッカー選手として有名人だし、プロになるっていうのも私達としては応援するつもりだしね」
「は?」
雄二への気配りもそうだが、その後に続けられた言葉には思わず声が出る程驚いた。
異能を持ってしまって、長年やってきたサッカーは諦めるしかないんだと思っていた雄二にとって、ありえない事を平然と言ってのけた飛鳥の真意が全くもって分からない。
そして、驚きを通り越した先に湧いたのは怒りの感情だった。
雄二にとって諦めるしかないサッカーの話なんて、何も知らない、何の責任も持たないだろう人には絶対に触れて欲しくないものだ。
それも、よりにもよってまだサッカーが出来るなんて、冗談でも言って欲しくないものだ。
だから、少し前に自分達は危険人物として見られているのだから大人しくしなくちゃいけないなんて言っていた癖に、雄二は湧き出したその感情に突き動かされてしまった。
「応援って……なんだよ……俺は、異能っていう訳分かんない力を持ったから、誰を傷付けるか分からないし、どんなズルをするか分からないから、サッカーを辞めるしかないんだよ。それを、アンタは応援するだって……?」
「お兄さん……?」
「ちょ、ちょっとっ、的場君落ち着くっスよ!」
「ふざけんな……‼」
立ち上がり、目を丸くしている飛鳥に対して雄二は声を荒げた。
「ありもしないことを言うなよ! 期待させるようなことを言うなよ! 異能なんていう危険なものを持ってる奴が、他人に交じってスポーツなんか出来る訳がないだろうがっ!」
「俺が選んだんだよ! あの銀髪の悪魔のような男が出した薬を受け取ることをさぁ! 簡単に人を踏み潰すあの男に抵抗できなくて、恐怖に負けてっ、死ぬのが怖くてっ、俺自身で生きる事を選んだ……! その結果がこれなんだよ!」
「あの時俺は、別の選択をするべきで……! 薬を受け取らない選択を、俺は出来たのにそうしなかった……! 俺自身で、俺の夢を壊したんだ……‼」
だからっ、と雄二は口にしようとして、言葉に詰まる。
形だけ心配するような態度を見せていた友人や信頼していた師が、何処か自分に対して壁を作っていたことが、脳裏にありありと蘇ってしまった。
これまで信頼していた人達が手の平を返した光景は、傷付きながらも地獄から生きて帰った雄二にとってはあまりにも耐えがたいものだった。
「……だから、これまで俺と関わって来た奴らは皆……お前はもういらないんだって、態度で示してきても……それが、正しいことだから……こんな力を持った奴とは、簡単にズルできる奴とは、こんな異物とは一緒にスポーツなんてやりたくないんだって、そんなの頭の悪い俺にも分かる」
「だから、もうそんな期待させるようなことは言わないでくれ……」なんて。
人生の全てを失ってしまったように座り込んだ雄二の姿を、隣にいる相坂少年や“紫龍”が何か思うことがあるような顔で見詰める。
片や誘拐され選択の余地なく異能を手にする事となった少年と、片や自ら異能を求めて誘いに乗った犯罪者。
立場も境遇も違うからこそ、二人は何か異能によって夢破れることとなったサッカー少年の姿に感じるものがあったのだ。
そしてもう一人、命を救われると同時に異能を強制的に開花された立場の飛鳥は何も言わないまま、近くの机の上に置いてあった小さな機器を手に取った。
「……まだ言ってなかったわね。これ、“異能出力感知装置”っていうんだけど、とある大学生が作成したもので、協力っていう形で提供してくれたの。これがあれば、目に見えない異能の出力が感知出来るし、人の感覚では感知するのが難しいものも装置として発見してくれる。私達みたいに異能犯罪の解決しようとする者には凄く役に立つ物なんだけど、それだけじゃなくてね。例えば、試合中に禁止されている異能を使用したかどうかを見極めるのにも凄く有用だったりする」
「…………え?」
とある少女が深刻そうな顔をしながら飛鳥に渡して来たこの装置。
性能は保証できる、この兄の技術を必要としている人が必ずいる筈。
兄はお前の為だけに使ってほしいって言っていたけれど、将来的に絶対兄の実績になる筈だから、信頼できる飛鳥さんがこの技術の窓口になってほしい、と言って来た。
「これを渡された時、私も驚いたんだけどね。これを作った奴ってさ。異能を持っている人に対して有効な攻撃手段を確保する訳じゃ無くて、異能を持っている人が周囲にバレずに悪い事ができる、或いはそれに気付く事ができるような技術を一番に作ってる。未知のものを解明して、異能を持っていようとも同じ人として扱ってやるって言われてる気がしたのよ。そんな意図はないかもしれないし、偶々かもしれない。けど、この技術があればできる事は多くなる。いつか異能というものが日常において異物というだけじゃなくなる」
少し将来的過ぎること、大きすぎることを言ったかと笑いを溢した飛鳥が、状況を飲み込めず呆然と自分を見詰める雄二と目線を合わせた。
「例えばね、試合中の異能使用が分かるから、使用したらペナルティーを与える事ができるし、少しルール関係を調整すればどうにかなるわ。色々正式な話にするには先の話にはなっちゃうと思うけど異能を持っていてもサッカーの公式試合に参加とかはいずれ出来るようになると思うの……うん、それはなんとか私達の方でも働きかけていくつもりよ。国際情勢的にも、異能を完全排除する姿勢は取ることは無い筈だから」
「……な、んだよそれ……なんで……そんなこと……なんでそんなことアンタらがしてくれるんだよ……」
想像もしてなかった発明品や組織としての働きかけ、その事実に驚いたのは確かだ。
だがそれよりも、異能という力を持った自分がどれだけ排斥されているか知ってなお、異能を持っていてもサッカーが出来るようになると考えている者達が目の前にいる事に驚いた。
今までサッカーで関わって来た人達は誰も自分を邪魔者としか見てこなかったのに、なんてそう思う。
思わず体が震えてしまう。
眉間に皺を寄せ必死にこらえようとしても熱いものが込み上げてしまって、それが滴となって目から溢れだした雄二に飛鳥は優しく笑った。
「なんでって、私達は異能に関する事件事故の解決、後始末をする部署だからね。異能に関する問題があれば、なんであれ解決するのが私達の役目なのよ。異能を持ったとしても、貴方も私もちゃんとした人なんだから、それも保証して正さないと不幸が続いちゃうでしょ? そんな不幸なんて少しでも無い方が良いに決まってるからね」
「だから忙しくて大変なんだけど」なんて、そんな事を言った飛鳥の後ろで、当然のような表情をしているこの部署の人達を目にして、雄二はついに顔を上げていられなくなって顔を俯けた。
自分だけが諦めればいいと思っていた。
異物であるんだからそうするしか道は無いと思っていた。
けれど、そうじゃないんだと言ってくれる人がこんなにいてくれる。
まだ夢を追って良いんだと言ってくれる人達がいる。
それは的場雄二という青年にとっては、どうしようもない救いだった。
「勿論異能をしっかりと制御できるようになってからじゃないと事故があるかもしれないし、的場君はサッカー以外にもやらなくちゃいけないことがある状態になる訳だからハンデを負うことになるんだけど……現役のプロサッカー関係者だって的場君の事は目にかけてくれているのよ。あれだけの子を異能を持ってるってだけで潰すのは絶対に間違っている、なんとか便宜を図ってほしいって連絡が幾つもあったんだからね」
それからと言って、飛鳥は異能を感知する装置を懐に仕舞うと、もう一つ何かが入った正方形の箱を雄二の前に置いた。
「警察を荷物引き渡し場所とでも勘違いしてるのか、海外で活躍してるとある選手から貴方に渡してくれってそれが送られてきてね。悪いけど、変な物じゃないか中身を確認させてもらったから」
「これ……」
受け取った箱は既に一度開けられていたから、簡単に開ける事ができた。
中にあったそれは、数時間前に自分が諦めて壊してしまったサッカーボールで、白地の部分には小さく『澤北誉』というサインが書かれている。
「……まあね、異能を持つと色々言う人はいると思うけど、ちゃんと応援してくれる人もいるんだからね。やけになっちゃ駄目だからね的場君」
「っ……‼」
科学では証明できない異能と呼ばれる力によって人生が狂わされる者達は確実にいる。
だから、異能による実害以外でも、少しでもその被害を減らすのが、これから引き起こされる異能犯罪を減らす上でも重要な要素になりえる。
なんの根拠も、なんの裏付けも出ていない、一つ間違えばただ仕事の量を増やすだけの必要のない配慮。
けれど誰にでも救いは必要なのだと、そう信じている飛鳥が形だけとはいえ上に立つからこそ、この作られたばかりの部署はそんな青臭い方針に向かい合う。
それでも————少なくとも、それに救われた人はこの場に一人いる。
「俺……は、異能なんて無ければ良かったってずっと思ってました。ずっと自分の異能が無くなればって思ってたんです。……そうだったらいいって、ずっと思ってたんです。でも、そうじゃない。異能があっても、サッカーをしていいって皆が言ってくれるなら……」
震えそうになる唇を噛み、顔を上げた雄二はこの場にいる自分を応援してくれている人達に向けて宣言する。
「……俺、ちゃんと、自分の異能に向き合って頑張りますっ……! 絶対に誰かを傷付けないように、どれだけ難しくても頑張りますからっ……‼」
ようやく見えた自分の進む先に、的場雄二という青年は歩み出した。
本作、『非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?』の第一巻が発売中となります!
読みやすいように本文の加除訂正もありますし、とっても素敵なイラストもありますので、まだの方は何卒よろしくお願いします!
【書籍化に伴うリンク集】
〇 KADOKAWA公式サイトリンク
https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000521/
〇 『非ななな』特設サイト(こちらにMV情報などがあります!)
https://famitsubunko.jp/special/hinanana/entry-12830.html
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