胎動する計画
間章5話目!
久しぶりのこちら側の話になります!
そろそろ計画が動き出さないとね!
「UNN」。
「Universal neo nexus」(ユニバーサル ネオ ネクサス)の頭文字からそう呼ばれる世界的な覇権企業はその名の通り、「万人の新たな絆」を作り上げる事を目標に掲げている。
企業に少しでも興味がある人であれば知らない人などいないこの覇権企業は、その目的の通り多くの産業や商業取引に手を伸ばし、全てにおいて大きな成功を収めて来た。
農業、畜産、医療研究、技術開発、インフラ整備に物流そのもの。
様々な分野に手を伸ばし、多方面に作られた多くの子会社のことごとくが成功している「UNN」という企業名は非常に高名で、同時に各国の人道支援や文化保存、技術伝承にも積極的に力添えをする。
まさに現代における世界的な覇権企業の在り方を体現しているのが、この「UNN」だった。
誰からも尊敬され、自社員に対する手厚い給金や福利厚生さえも他の追随を許さない。
不祥事さえも取り沙汰されるようなことはなく、清廉潔白でありながら結果を出す。
どの国の最高学府を卒業した最高の人材もこぞって就職を目指すのがこの「UNN」。
そして「UNN」を一代にて築き上げた稀代の傑物こそ、CEOとして今なお現職に就くノーマン・ノヴァという人物だった。
『くどいな君も。私はね、自分の血族にこの会社を任せるつもりは無い。私が選んだ、正しく私の後継者たる能力を持った者と出会った時に、このCEOの座を明け渡すつもりだ。能力の無い者には何の利権も渡すつもりは無く、能力を持った者に出会えなかった時は子会社全てを独立させ、それぞれの小規模なものへと落ち着かせる』
『で、ですが、良いのですか? これほどまでに国を跨ぐ巨大な企業を掌握する役職は、一国の元首以上の権力さえ持ち得るものであるのに、それを御子息に引き継がせないなんて……御子息も非常に優秀な方々であらせられるのに』
『優秀? それは見解の相違だ。私の影を追い続けるだけのあれらは人の上に立つ器ではない。研究者や技術職であれば相応の活躍をするだろう、その席くらいは用意しておくつもりだがね』
『……あまりにお厳しい』
窓一つ無い広々とした一室で、稀代の傑物ノーマン・ノヴァは報告として上げられた紙の束を確認しながら秘書である男の質問に答えていた。
短い白髪の刈り上げとつり上がった眉からは強面の印象を相手に与え、老いてもなお長身と呼べる彼の体躯からは年若い頃に誇った恵まれた肉体を想像させる。
そんな一見特段不自由な様子を感じさせることも無いノーマンの体の動きだが、齢八十を越えるノーマンの体調は決して良いものでは無かった。
全盛期に比べれば肉体面での劣化は著しいし、手先の動きや臓器の機能低下も若い頃の彼を知る者からすれば目に見えて表面に出て来ている。
年齢を考慮すればいつ倒れてもおかしくないのが、稀代の傑物と呼ばれるノーマン・ノヴァの現状だった。
だからこそ、秘書である男は跡取りについての話を切り出したのだが、一考することなく切り捨てられた。
非常に優秀な結果を残している子供達を跡取りとして起用する事を秘書の男が提案したにも関わらず、彼に向けるノーマンの目はあまりに無機質だ。
自身の子供達に対して親愛どころか、後継者としては論外としか思っていないノーマンの様子に、秘書の男は口を噤むしかない。
『以前、自分の息子を重用してくれと喧しい奴がいただろう。私の裏を知る、そこそこの重役として重宝していた奴だったが、息子に裏の仕事をさせて見て欲しいと懇願してきたのを覚えているか?』
『え、ええ……確か大した情報を与えず日本での誘拐任務の責任者にしたのでしたね』
『結果はどうだった? あの国の警察に捕まり、騒ぎを大きくした。素行も悪く、自身の身辺も碌に管理できない。日本で雇えていた異能持ち“紫龍”を失い、拠点としていた建物も手放す羽目になった。分かっていた事だ。異能もそうだが、血筋なんてものには何の能力も宿らないのだ。血のつながりなど信用に足りえない。個人の才覚だけが、全てを踏み潰し得る力なのだという証左になっただろう』
そこにあるのは模範的な覇権企業である「UNN」CEOの顔ではない。
現在、世界の全てを実験として利用し、国際情勢を混乱の渦中に陥れている異能開花薬品の、全ての黒幕であるノーマン・ノヴァのあまりに冷酷な表情だ。
世界的な覇権企業である「UNN」の裏の顔、それを知る者はごく僅か。
武器製造や国家間取引の仲介、あるいは異能と呼ばれる天性の才能の研究。
決して表には出さない「UNN」のそれらの活動は、あまりに後ろ暗く、あまりに貪欲で、あまりに犠牲を産む事業だ。
一度表に出てしまえば、世界からの信用を取り返す事が出来るようなものでは無いのをノーマンはよく理解している。
だからこそ、ノーマンはそれらの守秘を徹底する。
だからこそ、ノーマンはそれらに関わる者を徹底的に精査する。
だからこそ、ノーマンは才能でしか人を見ない。
そしてその結果で積み上げられたのが、今の「UNN」という世界を支配する巨大な企業だった。
『才能は経験を踏み潰し、信頼は血よりも色濃いのだ。分かるね?』
『……もちろんです』
秘書の男はノーマンの言葉に気圧されながら、同時に自身を認める意味でもある稀代の傑物の言葉に胸を躍らせる。
ほの暗い優越感が秘書である男の胸中を支配する。
ノーマンの子供達は「UNN」の、彼のこの裏の顔を知らない、知らせるに足るとすら思われていない。
非常に優秀だと様々な者達が認めているノーマンの子供達が世界の覇者である父親には自分よりも信用されていないという事実が、秘書の男にさらに暗く深い忠誠心を抱かせた。
しかし、だからこそ秘書である男はあることに対して納得できない感情が湧き出してしまう。
『……それでは後継者の話はもうしません。ですが、あの男。“白き神”について』
『ふむ』
ノーマンが報告書を処理するために動かしていた手を止める。
秘書の男の切り出した話は、ノーマンにとって後継者の話以上に興味の引かれるものだったようだ。
「UNN」が所有する異能についての情報を知っており、極秘中の極秘であるこの場所で保護している“白き神”こと白崎天満の処遇についての話は、ノーマンにとっても重要度の低いものでは無い。
『奴の保護を今も続けているのは何故ですか。希少な精神干渉の異能持ちとはいえ、何を企てるか分からず恩義を感じるような性格でもない。利用できそうなその異能すらほとんど力を失っているあの男に価値など……』
『君の疑問はもっともだ。君の考えとしては動向に不安がある彼の保護を継続するのではなく、後腐れなく始末するべきだと言うんだろう? 確かにその通り、私も普段であればその選択をするだろう。君の知る私の判断としてはありえないと思って間違いは無い』
『で、では……』
『だが時に、義理人情も大切にする必要がある、という事だ』
『?』
まるで本来ならそうはしないとでも言うようなノーマンの言葉。
秘書である男は彼の真意が理解できず口ごもる。
そんなタイミングだった。
『また悪い話をしてる』
部屋に誰かが入ってくる。
白い人が部屋に入ってくる。
性別は分からない。
長く真っ白な髪をした中性的な人物が、患者が着るような白い服を着用している。
髪先から爪先に至るまでの全身が真っ白で、服の色も相まって白い絵の具を人型に描いたと錯覚してしまいそうなその立ち姿はどこか人間とは思えない。
人である筈なのに絵画のようで、立体の筈なのに平面で、目の前にいる筈なのにあまりに遠い。
そんな不気味な白いナニカに笑い掛けられ、ノーマンは嘆息する。
『そう歩き回られると困ってしまうんだがね』
『悪だくみするのは良いけどあんまり腹黒い話ばかりしていたら顔に出て来るよ。僕としては君が捕まるのはとても困るんだ。ちゃんと約束を果たしてくれないと』
『勿論約束は果たすつもりだとも。だが、何分難易度が高いお願いなんだ。悪だくみの一つや二つしないと果たせないくらいにね』
『どうだか。あ、秘書君ごめんね。話を遮るつもりは無かったんだ。ずっと寝ておくのも暇で暇で仕方ないからさ』
『い、いえ……』
秘書である男は白いナニカに話を振られ、口ごもる。
ソレの存在は知っていたが、これまで直接会ったことは無かった。
自身の上司であるノーマンの計画の中でも最重要に位置しているその存在。
これまで好んで出歩く様子を見せなかったから、このまま自分は顔を合わせることなど無いのだと思っていた。
だからこそ、話の中だけだった存在がいざこうして目の前に現れると、どんな反応をすればいいか分からなくなってしまう。
『これまで引き籠っていた貴方が暇だからと出歩く? 冗談にしてもセンスが無い』
『酷いことを言うね』
だから、ノーマンが席を立ちながら扉を指し示したのに従って、秘書は一礼しこの場を後にする。
退出する秘書の後ろ姿を少し残念そうに眺めた白いナニカは、気持ちを切り替えると含みがありそうな笑みを浮かべてノーマンを見た。
『とはいえ君の言う通り、僕も理由があってこうして出歩いていたんだ。間違っても君の悪人面なんかを見たくてこの場に来た訳じゃ無くて、それなりに思う所があったんだよ。ほら、あれだよあれ。先日あったほんの一瞬の巨大な異能の気配が気になってね。あの時は寝てたからもう一度くらいあってくれないかと』
『……報告には聞いているとも』
『自分で感知はできなかったんだろう? そうコンプレックスを拗らせなくても分かっているとも、君に異能の適性がほとんど存在しないことくらい僕は理解しているよ親愛なる共犯者君』
『……』
口を閉ざしたノーマンに対してクスクスとひとしきり笑った白いナニカは顎に指を当てて視線を天井に向ける。
『僕としては“顔の無い巨人”とやらは死んだものだと思ってたんだけどね。ここ数年活動しなかったんだから、てっきり老齢の人物が目的半ばに倒れたものだと思っていたんだけど』
『前々から日本という国では異能犯罪の数が極端に少なかった。あの国を根城にしていることはほとんど判明しているようなものだ』
『なんだって? ちょっと、その話全く聞いてないんだけど? 僕と君は目的を同じにする共犯者なんだから、最大の敵に成り得る相手の情報共有くらいしっかりしてくれないと』
『ほぼ常に寝ているような相手とどう情報共有をしろと言うんだ』
呆れたようなノーマンの返事に、白いナニカは楽しそうに『それなら』と言う。
『君随分綱渡りしてることになるじゃ無いか。“顔の無い巨人”が存命で今も活動するというなら、君がやっている悪だくみを彼が疎ましく思って攻撃に移った瞬間君は打つ手なしになるんじゃないのかな』
『貴方が知らないだけで対“顔の無い巨人”の体制は既にいくつか作ってあるし、他の計画も進んでいる。それに、進んで敵対しようなどとは思っていない。日本に積極的に攻撃を仕掛けるつもりもなければ、対話の機会があれば応じるつもりもある』
『ふふ、彼の話になると君は酷く饒舌になる。分かりやすい目標があるのは良い事だよね。じゃあ、今世界に広めている粗悪品の異能開花薬品についてもその筋の計画っていう事なのかな?』
『半分はそのつもりだ。だが、粗悪品というのは聞き捨てならないな。異能の適性が全く無いような者が使っても大きな後遺症や生命活動に影響を及ぼす危険性が無い、言ってしまえば安全性が確保されたものを流通させているのだ。安全性という面から考えれば、流通させている異能開花薬品は充分商品としては完成されている、取引価格としてはあまりに低いほどの値段でな』
企業のトップでありながら、研究者としての一面も持つノーマンは白いナニカに言われた粗悪品という言葉が非常に不服なようで、強い口調で噛み付いた。
普段は中々見せない感情的な反論に白いナニカは『怖い怖い』と言いながら、机の上に置かれていた異能開花薬品を手に取る。
宝石のような光沢を放つ赤黒い液体。
容器であるガラス越しにその薬品を眺めた白いナニカは感慨深げに呟く。
『ふふふ、それにしてもこれがねぇ。僕から作られている「物」を見るのは初めてだけど、安全性を確保していると言うのなら中々悪いものじゃないかもしれないね。ここまでの品を作るのには君の能力や人脈を用いても随分時間も手間も掛かった。思い出してみれば最初の頃は安全性とは程遠い、完成度としては酷いものだったね』
『動物実験でさえ投与からの拒絶反応が想像を絶するほどのものだったからな。ここまでの形にするのには苦労させられたが、だからこそ、異能犯罪の解決を協力するという名目で現場に入り、異能持ちを集める事に成功している上、実証実験を記録できるこの段階まで辿り着いた。もうあと少しだ。もう少しで私の目的を達成し、君との約束を果たせる』
『……うん、随分永かった。本当に期待してるよ』
野望達成が見える場所に近付いている事実にノーマンはほの暗い笑みを浮かべ、白いナニカは目を細めながら共犯者を肯定する。
随分長い時間と莫大な労力を掛けた成果がようやく実りつつあることに、共犯者である二人は純粋に喜びを分かち合う。
そんな世界中見渡してもほんの一握りの、絶対的な力を持つ二人の暗い談笑。
この場所。
地中に作られた完全密室。
ここで行われているこの二人のやり取りは誰にも聞かれることは無い。
そうなるように設計しているし、そうなるように数多の対策が張り巡らされている。
だから、世界に悪影響を及ぼしている野望について話す彼らを邪魔するものは、少なくともこの場においては無い筈だった。
……だが、それを遮るようにノーマンの机に設置された受話器が着信音を鳴らし始めた事で、ノーマンと白いナニカの談笑がピタリと止まった。
ルルルル、と。
静かで耳障りではない、着信音だけが部屋に響く。
目を丸くする白いナニカの横で、不気味なものを見るような目で着信音を鳴らす受話器を見詰めたノーマンが素早く手元の機械を操作して発信先を確認していく。
『どうしたんだい? 電話が鳴ってるよ、取らなくていいのかい?』
『……取れる訳がない』
『ん? 何でだい? 電話は出るものだろう?』
『あの電話は……我が社の支部との直通電話だ。他の何処にも繋がらないし、何か必要がある時はあの電話を使うように支部の者達には伝達している。だが、使う必要がある時はない。向こうから私に掛けて来る事は本来あり得ない。実質的には錆び付いた回線でしかなく、そうなるように私が仕向けた』
そこまで言ったノーマンは手元の機械に表示された支部名を確認し、直ぐに息を切らせて部屋に戻って来た秘書の男に指示を出した。
『……ワシントン支部からか。レオン、聞こえているな? ワシントン支部の職務状況を確認しろ』
『確認が済みました! 十二分前から支部全体の職務記録が停止しています!』
『ん? ん? どうした秘書君そんなに血相を変えて。何かとんでもないことが起きているような……』
『攻撃だ』
部屋から出ていた秘書の男の息を切らせながらの報告を聞き、白いナニカが首を傾げる横で、鳴り続ける受話器を見詰めるノーマンが確信を持ってそう言った。
ルルルル、と別の場所に配置されていた別の受話器がまた着信音を鳴らし始めた。
息を呑む秘書の男と未だに状況が掴めない白いナニカに見詰められ、手櫛で髪を掻き上げるように頭を掻いたノーマンが嘆息混じりに呟く。
『“顔の無い巨人”による攻撃だ。少なくとも、ここに掛けて来ている支部の人員は全て抵抗すらすることが出来ずに掌握されている。十二分前の業務停止がその証拠だ。つまり、アレに出た瞬間この場所が捕捉され、支配下に置かれる』
『……それは』
『“顔の無い巨人”が何かしらのラインを通じて異能による支配を進めたのは数年前の侵攻で理解していた。だからこそ、この場所はあらゆる回線から断絶された空間を意識して作ってきた訳だが、その想定は正しかったらしい。既にここ以外の場所がどれほど制圧されたかは不明だ。外の状況を確認するために連絡を取ってはいけない。支配下に置かれている可能性がある場所と回線を繋いではいけない』
それだけ言うとノーマンは疲れたようにソファに座り込み、背もたれに体を預けるようにして天井を見上げる。
地中深くに作られたこの建物の天井を見上げ、これからの対策や対応を考えながらも、次々に頭に思い浮かぶ現状に至ったであろう要因を分析していく。
『……与えられた猶予が少なすぎたのか。それとも、私達の行動が遅すぎたのか。あるいは全ての行いが間違っていたのかは分からないが……』
ルルルルルルルル、とどこか別の部屋からいくつもの受信音が響いて来る。
もはやいくつの直通電話が鳴り響いているのか分からない状態になっている事に、電話を掛けて来ている人物のあまりの不気味さに、顔から血の気を失った秘書の男は縋るような目でノーマンを見詰める。
だが、ノーマンは自分の中で出た結論を、立ち尽くす白いナニカと秘書の男に向けて言うだけだ。
『イヴ、私達は完全に孤立した』
そして、始まったであろうソレを口にするのだ。
『————“顔の無い巨人”による世界侵略が再開した』
自嘲するように、白旗を放り投げるように、ノーマンは脱力して進めていた計画をすべて放棄する事にした。
活動報告に8章~10章までの異能メモを書き出しました!
あくまで本作に出た性能+α(異能を手にした青年についても少し)程度ですが、もし興味があればそちらも確認して頂けると嬉しいです!
 




