第三十六節 神だったか、友だったか
「……ん、く。ここは、真っ暗……。いや、目隠しか」
意識を覚醒させるレオナルド。
彼は目を空けても光は入ってこない事から、自身が目隠しをされていると察した。
直前の記憶を辿れば、そうなっているのも無理はない。
レオナルドは睡眠魔術『リトルスター』によって、強制的に眠らされたのだから。
「拘束も、当然されているか」
感触としては何かに座らされており、手も足も、動かす事ができない。
レオナルドは、椅子型の拘束器具に囚われている。
「何故、殺さなかった……?」
レオナルドは疑問を漏らした。
睡眠魔術『リトルスター』はそれ自体が決定打になり得ない。
しかし、相手をほぼ完全に無防備状態とさせる強力な魔術だ。
敵は、魔王軍幹部のヴァンはその魔術を行使して、狙い通り無防備にさせたのである。
その後に殺すなど、造作もない事のはずだ。
「……私も、売り物にされるというのか」
レオナルドは思考の末、ヴァンが奴隷商である事に思い至った。
対象を寝かせるという事は、傷も付けずに攫えるという事だ。
奴隷商としては、傷物にせず商品を仕入れられると同義。
相手を寝かせてからの誘拐が、ヴァンの常套手段なのだろう。
「ええ。ご推察の通り、私はそういう手を良く用いて、商品を仕入れております。明確に言うと、貴方様に限っては商品にしませんがね」
金属がこすれる音と共に、男の声が聞こえた。
ヴァンが牢屋を開け、レオナルドの居るそこに訪れたのだ。
「おはようございます。ご機嫌いかがでしょうか」
「『おはよう』などと宣うなら、この目隠しを外せ。全く起きた気にならん」
「ご勘弁を。魔術師の目を自由にさせるなど、剣士に武器を渡すのと同じです」
そう。わざわざ目隠しまでしてあるのは、レオナルドの魔術を封じるためなのだ。
魔術師は大概、視界内にしか魔術を行使できない。
攻撃魔術なら特に、発生地点及び着弾地点を観測せねばならないのだから、視界というのはとても重要だ。
視界もなしに魔術を行使しようものなら、最悪魔術の発生地点が自身の体と重なり、自爆しかねない。
「はっ!目だけ封じれば、私の魔術を封じられるとでも?お前が使った『リトルスター』なら、私も行使できるぞ」
「精神に干渉する類の魔術は、相手の五感に対して何らかの刺激を与えねば作用しません。『リトルスター』なら詠唱を聞かせねばならないという点で、聴覚への刺激ですね。そして、聴覚の刺激となると、貴方様が対象にできるのはここに居る私のみ」
ヴァンの言っている事は正しい。
存在する精神干渉系の魔術は全て、五感への刺激が発動条件となっている。
なので、仮にレオナルドが『リトルスター』を行使したとしても、眠りに落とせるのは今会話している1人だけ。
複数居るヴァンをたかだか1人眠りに落としたところで、現状打破には繋がらない。
そもそもこんな状態では、『リトルスター』の詠唱を邪魔されてしまうだろう。
「しかし、貴方なら、有効な魔術が使えるのではないですか?ねぇ、『魔神ダ・カーポ』様?」
「……しがない冒険者とかの神を取り違えるとは、な。魔神信仰者に磔刑されるぞ」
「誤魔化さなくても大丈夫ですよ。吹聴などはしませんので」
ヴァンが『魔神ダ・カーポ』と呼べば、レオナルドは皮肉を込めつつ素性を取り繕った。
だが、ヴァンは確信を持っているようで、その認識を改めない。
「これでも私は並外れた保有魔力量をしております、そのように身体情報を取り入れてきたので」
ヴァンの体であるホムンクルスは、多くの魔術師を礎としてきた。
より高い魔術の才を持つ者と己の体で新しい体を作り、そうして己の魔術の才を高めてきたのだ。
「今度は私も材料にしようという訳か」
そういう魔術の才を高める方法は、レオナルドも知っていた。
同時に、相手が恐ろしい外道に手を染めている事を、レオナルドは読み取ったのである。
「そうしたいのは山々なのですが、貴方様の抵抗力が強くてですね。私を全員集めても、材料にする処置ができるかどうか」
ホムンクルスの材料にする処置も一種の魔術であり、対象に直接行使する類である。
よって、相手の保有魔力量次第では、その処置を施せない。
偶然と言うべきか、当然と言うべきか、レオナルドはヴァンが処置できない程の保有魔力量だったのだ。
「それで気付いたのです。これ程までの保有魔力量が、かの神でないはずがないと」
「……証拠としては弱いな。確かに私は保有魔力量に恵まれているが、逆に言えばそれだけだろう」
『証拠として弱い』とは言ったが、レオナルドは心中穏やかでなかった。
外道な手段で効率良く魔術の才を高めてきたヴァン。
保有魔力量も才に合わせて増やしていただろう。
そんな相手の魔術に抵抗してしまえるのは、それこそ神の領域だ。
故に、もはや『魔神ダ・カーポ』本人と露呈している事を受け入れていた。
ただ、証言だけは与えないようにしている。
「……そうですか。まぁ肯定されずとも構いません。餌にはなるでしょうから」
「餌?私で誰を釣り出すつもりだ?」
「『主神スタッカート』様ですよ」
冷静だったヴァンの声音に、突然狂気が宿った。
その狂気は、再会を目前にする喜びだ。
「ああ、貴方様と別れてから幾千年。長い長い別れでございました。ですが、そんな悲しき日々は、もうすぐ終わる。『主神スタッカート』よ、我が恩師よ!貴方様に巡り合うため、貴方様と世界を見届けるため、私は生きてまいりました!」
ヴァンは、『主神スタッカート』の弟子だった。
それも、師を崇拝し、陶酔するような、行きすぎた弟子だったのである。
「……私を餌にしたところで、『主神スタッカート』は釣り出せんぞ」
「いいえ、必ず釣り出せます。なんの縁もない、数居る孤児だった私すらお救いくださった優しいお方です。友人の危機を、あの方が救わぬなどあり得ない!」
ヴァンはどこまでも、『主神スタッカート』を信じていた。
ヴァンの中では、『主神スタッカート』は友の危機を無視できない情が深い存在なのだ。
「……あいつめ、弟子にはしっかり道徳も教えておけ」
『主神スタッカート』を崇め奉るヴァンを横目に、レオナルドは知人への苦言を零した。
でも、苦言を直接聞かせる気にはなれない。
レオナルドもまた、『主神スタッカート』に救われた者だからだ。
ヴァンとレオナルドの違いは、『主神スタッカート』の威光に目が眩んだか、そうではないか。
たったそれだけの差だ。
「スタッカート先生、私は成長しました!貴方様の隣に立てるよう、私は頑張りました!!だから、今度は、ずっとっ―――……なんだ?」
ヴァンの捧げる祈りは、轟音によって遮られた。
轟音は直上より聞こえてきたのだ。
「……侵入者ですか。随分と野蛮なやり方ですね」
その轟音は、侵入を告げる音であった。




