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第三十二節 聖剣の作り手ならばこそ

「ほら、一刻の猶予もないのです!さっさと乗り込みなさい!」

「いや、お前、聖剣の修理は!?」


 さっさとレオナルド救出に向かいたいムラマサは、自身の馬車にリカルドを押し込んでいた。

 しかし、修理を先にしない事にリカルドは困惑している。

 何故なら、リチョーシには都に構えているだけあって良い設備の鍛冶屋があり、今から向かうサースイナッカノ農村で同等の設備は望めないからだ。

 修理をすると言うなら、リチョーシの鍛冶屋にその設備を借りるのが適当。

 それが、ムラマサの鍛冶を知らない人間の考えである。


「やっつけ仕事はしたくなかったのですが、仕方ありません。馬車内で修理します」

「修理するったって、炉もない場所でどうやって」


 馬車内に鍛冶をする備えは一切ない。

 そんな場所で聖剣を修理などできようはずがない。


「説明なんてしてる暇はないんですよ。もう馬車を出します」

「ぎょ、御者は?今から雇うのか?」

「必要ありません。クサントス!」


 その名前は馬のモノなのだろう。

 馬車に繋がれていた馬が首を曲げ、ムラマサを正面に見据える。

 その馬は馬らしからぬ半目の表情をしていた。

 ともすれば、起きているから大声で呼ばないでも良いと、抗議しているかのようである。


「クサントス、サースイナッカノ農村へ向かってください。場所は分かってますよね?分かってると言え」


 ムラマサの有無を言わさぬ圧力に、クサントスは冗長に(いなな)く。


「良し。なら走りなさい。昼夜問わず走りなさい。なるはやで走りなさい。もう充分休んだでしょう」


 ムラマサの無理難題に、またもクサントスは嘶く。

 今度は先程より幾分か覇気がないようだが、それでもクサントスは走り出した。

 その加速は尋常でなく、また、その光景も尋常ではなくなりつつある。


「お、まっ!う、馬がっ、馬車がっ!浮いてる!?」


 リカルドが驚いている通り、馬も馬車も、徐々に空へと上がっているのだ。


「クサントスの魔術です。そんな驚く事じゃないでしょう」

「馬に魔術が使えるか!」

「あー、はいはい。クサントスは魔術が使える特別な馬なんですよー」


 リカルドの一般人的反応に、ムラマサは雑に説明だけしてあしらった。

 ムラマサには大衆の常識と付き合う気がない。

 どこまでも己の知る世界に生きているのだ。


「さてと。紙とペン、紙とペン……。あった。それでぇ、これで設計図を……。貴方、聖剣デュランダルを寄越しなさい」

「あ、うん」


 何やら書いているムラマサは、空いた手をリカルドへと突き出した。

 求めているのは聖剣デュランダルと明白であるため、リカルドは巻いてある布を解いてから渡す。

 聖剣を渡す事に抵抗はあるが、姉の命令もあるので、リカルドに従わない選択肢はない。


「うぅ……。分かってはいましたが、こうまで綺麗に折れていると涙が出ます……」


 ムラマサは聖剣デュランダルを鞘から抜き出し、その折れた刀身を拝んで涙した。

 ムラマサにとって折れた聖剣は、怪我した我が子も同然なのである。


「いずれ全快させますから、今回は応急処置で許してくださいね……」


 聖剣へ申し訳なさそうにしながら、その刀身にそっくりな絵をムラマサは描いた。

 これが、彼女曰く応急処置の設計図である。


「これでっと……。アルマス」


 ムラマサが次に取り出したのは水晶の刀身を持つ長剣。

 その長剣は冷気を携えているのを、リカルドも感じ取った。

 その時点で、通常の剣ではない。


「そ、それって!せ、聖剣!?」

「いちいち煩いですね。聖剣を作れる人間が聖剣を持ってちゃいけませんか」

「いけないとかいけるとかではなく!たくさんあったら駄目だろ!?」


 担い手に選ばれれば勇者に、少なくとも世に名を刻んで英雄になれるだろう武器。

 そんな強力な武器が量産されていれば、問題ばかりだ。

 魔王軍に渡る可能性もある。多くの国家が保持してしまう可能性もある。

 国家間か対魔王軍かにしろ、聖剣を両者が持ち出す戦争など、被害が大変な事になる。


「はぁ?何が駄目だって言うんですか?作りたいから作ってるんですよ、こっちは」

「危険だこいつ、世界の事何も考えてない!」

「世界なんぞ維持したい奴が維持すれば……。後でレオナルドとかに殴られそうですね。まぁ、軽々と放出する気はないですし、そもそも剣に選ばれなければなりませんから」


 リカルドの危険視など意に介さず、ムラマサは修理作業に手を付ける。


「アルマス、この設計図の通りに金型を作りなさい。融けた金属を流し込みますので、しっかりと氷を作るんですよ?」


 ムラマサが剣に指示を出すという珍妙な行為をすれば、剣が本当に指示を聞いたのか、虚空に氷が生成される。

 しかも、ゆっくりではあるが、設計図に寸分違わぬ形で氷ができ上っていくのだ。


「デュランダルの様子は……。ふむ、紅玉は無事ですね。だとすると、彼女はまだ……。休眠中って感じですか。レーヴァテイン、紅玉付近を加熱しなさい。アルマス、紅玉の摘出を」


 ムラマサは赤い枝を握ると、聖剣デュランダルに埋め込まれた紅玉の周りが赤熱する。

 恐ろしい事に、その赤い枝も聖剣に並ぶ特殊な武器だったのだ。

 杖、レーヴァテインが金属を赤熱させ、剣、アルマスが赤熱して柔らかくなった部分を氷で叩く。

 そうして紅玉は刀身より取り除かれた。

 ムラマサが紅玉を手に取り、傷がない事を視認する。


「次。柄と鍔を外した後、刀身を融かして型に流し込みます。アルマスは氷を維持してください」


 聖剣の応急処置は滞りなく、実に順調に進んでいる。


「じょ、常識外れにも程があるだろ……」


 リカルドは、ムラマサの異常な鍛冶に、ただただ呆然とするのだった。

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