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第三十一節 友のために

「はぁ!?よりによってあいつが何をやっているんですか!」


 ナンタン領主邸にて、ムラマサは首飾りを握りしめながら、困惑を言葉にして叫んでいた。

 握りしめている首飾りには、(ねずみ)の小さな彫像がぶら下がっている。


「ヌエズミ、発信しているのは本当にヌエジャなんですよね!?」


 そう。その首飾りが12個の魂を別けて宿らせた首飾りの親機。

 子機と同じく、所有者が危機に瀕した事を発信及び受信する機能がある。

 しかし、親機には距離の限界がなく、遠く離れていても所有者の危機を受信できる。

 また、危機に瀕した時以外も、所有者が近くに居れば場所を特定できるのだ。


「何をどうしたらボクたちの中で最強格のあいつが危機に瀕するんですか!」


 そうして一番危機に瀕する事がないだろう者からの受信に、ムラマサは困惑していたのである。

 だから、詳細を聞き出そうとヌエズミに怒鳴っている。

 ムラマサにしか姿と声を知覚できないヌエズミだが、主の対応に慌てふためいているのは明白だろう。


「あいつは頭に血を昇らせてどんな凡ミスかましてるんですか!昔っからあいつは冷静な振りして激情家なんですよ、レオナルドの奴は!」


 詳細を聞き出したら聞き出したで愚痴を吐き始めるムラマサ。

 ヌエジャの首飾りを持つ男、レオナルド。彼は仲間内の中で意外とやらかす奴であると、ムラマサは認識しているのだ。

 そんな男がまたやらかしたと、ムラマサは屋敷の壁を貫かんばかりの大声で叫んでしまっている。


「おーい、廊下まで叫び声が聞こえてきてるけど、何かあったのか?」


 その故に、部屋の前を通っていたリカルドがその大声を聞きつけてしまった。

 リカルドは扉越しにムラマサの安否を訊ねている。


「丁度良かったです。突然ですが、聖剣デュランダルを寄越しなさい」

「……は?」


 ムラマサが扉を開けての開口一番。

 もちろん、リカルドに意図など伝わっていない。


「『は?』じゃないんですよ!寄越せって言ってるんです!」

「いや、おい、駄目に決まってるだろ!?」


 ムラマサがリカルドの腰に下がっている聖剣を強奪しようとすれば、当然リカルドは抵抗した。

 有無を言わさず暴力に訴えないのが、せめてもの優しさだろうか。リカルドもムラマサもお互いに。


「駄目も無理も知ったこっちゃないんですよ!大変な状況になってるんですから!」


 やらかしはするが、危機に瀕する事がないだろうレオナルドが危機に瀕している。

 ムラマサにとって、これは『大変な状況』と言わざるを得ない。

 そして、その現状を覆し得るのが、聖剣デュランダルなのだ。

 是が非でも、ムラマサは聖剣デュランダルを手に入れなければならない。


「事情を説明しろ!じゃないとどうしようもない!」

「ボクの友人でとっても強い奴が危機に瀕しているんですよ!あいつが危機に瀕してるって事は、戦争と同等の危機なんです!これで良いですか!?良いですね!!」

「良い訳ないだろ!そんな突拍子もない理由で、聖剣デュランダルを渡せるか!」

「じゃあどう説明しろと!」


 廊下で繰り広げられるリカルドとムラマサの争い。

 耳目を避ける壁がない場所で行われるそれは、屋敷の侍従たちに当然晒されている。


「なんの騒ぎですか」


 ならばこそ、侍従たちが屋敷で一番偉い人間へその事を伝えるのも、また当然だろう。


「あ、姉貴」

「ようやく話ができそうな人が来ましたか」


 ローラの介入にリカルドが冷や汗をかいているのに対し、ムラマサはデュランダルから手を離し、毅然としてローラに相対した。

 ローラの介入を狙っていた訳ではないが、結局最終的に話をしておかなければならない相手なのだ。

 話が今できるならば、ムラマサにとって好都合である。


「端的に言いますが、聖剣デュランダルを貸してください。直した上でちゃんと返しますので」

「ムラマサ様、バーニン国王陛下より許可を頂けるまで、聖剣の修理はできないのです。事前にそう申しましたよね?ご承知も頂けたと、私は思っていたのですが……」


 あまりにも人の都合を考慮しないムラマサに、ローラは交わしたはずの契約を突き付けた。

 契約書に署名もしてもらっているから、法的な拘束力が生じている。


「事情が変わりました。すぐに修理しないと、大変な事になります」

「『大変な事』とは?」

「貴女の守る領地も危ないって事ですよ」


 ムラマサはヌエズミの首飾りを掲げる。


「この首飾りは、所有者の危機を、同種の首飾りに伝える物です。その首飾りが、同種の首飾りより所有者の危機を感知しました。よりによって、一番強い奴が危機に瀕していると、感知したのです。それも、ナンタン領内で危機に瀕していると」

「そのお言葉を信じろと?」


 ローラからしてみれば、信じられない話だ。危機を伝える首飾りも、一番強い知人が瀕する危機も。

 聖剣デュランダルを盗むための嘘である可能性が、真実である可能性の何倍もある。


「信じてもらえないなら、押し通るだけですが……」


 ムラマサは、赤い木の枝のような物を手に持ち、殺気立った。

 ムラマサには時間がないのだ。

 レオナルドの下まで向かう時間と、聖剣デュランダルを修理する時間。

 同時並行できなくはないが、それにしたって間に合う保証はない。


「……」

「……」


 ムラマサはローラを睨み、ローラはムラマサの瞳を覗いた。

 2人の視線はそれぞれの熱を帯び、ぶつかっている。

 だが、そのぶつかり合いも長くは続かない。

 ローラが目を閉じたのだ。


「分かりました。聖剣デュランダルをお貸しします」

「姉貴!?」


 ナンタン領主の決定であるから、弟であるリカルドでも口を挿めるものではない。

 それでも、リカルドがローラの正気を疑ってかかるのは、ローラらしくない決定であるからだ。


「ムラマサ様の目は本気よ。友人を助けたいという思いも、そのためなら国を相手にして良いという覚悟も」


 ローラはムラマサの目から、思いと覚悟を読み取ったのである。

 国と友を天秤にかけて友を選べるような人間に、法的拘束など無意味。

 物理的に拘束しようものなら、どんな反撃をくらうか予想できない。

 聖剣デュランダルを修理できる技術を持つなら、どんな強力な武器が出てきてもおかしくない。

 そも、ムラマサの構える赤い枝がそういう武器かもしれないのだ。


「ただし、条件が2つあります」

「……なんですか?」

「聖剣デュランダルを貸している間、貴女に監視役を立てます」


 家宝とも言うべき聖剣なのだ。盗まれぬように保険をかけるのが、ナンタン家家長であるローラの仕事である。


「それくらいなら構いません。監視役は誰が?」

「リカルドです」

「あ、うん。ここで巻き込まれるのか、俺」


 静観に徹していたリカルドだが、急に領主命令が下った。

 ちなみに、拒否権はないと察しているので、リカルドは面倒臭がりながらも異論を唱えない。


「次に。許可なく聖剣を修復する事、後に国王陛下へ弁明しなければなりません。その際、貴女も同行してください」


 国王陛下の下まで同行を願う事。

 それはある意味で、罪を犯した者として大人しく投降するよう求めているようなものである。

 実際、ローラにはそういう思惑もあるのだ。

 聖剣デュランダルの無許可修理はナンタンの非とさせないため、罪を全てムラマサに押し付けようとしている。


「良いですよ?許してもらうためなら、武器をいくらでも作ってやります」


 ただし、そんな脅迫でムラマサの思いと覚悟は緩まない。

 望むところだと、かえって覚悟を固めるくらいだ。


「よろしい。では、貴女に聖剣を預けます」


 こうしてローラは、不利な条件すら呑む実直なムラマサに、聖剣デュランダルの所有権を快く預けるのだった。

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