第二十九節 森は静かに眠りを誘う
「クソが……っ!誰がこの禁忌を犯した!」
「私ですよ」
レオナルドがした怒り混じりの問いに、答えを返す者が現れた。
ブレンダでもマリーでもない第三者。
突然現れたその男に、レオナルドは驚愕しながらも杖を構える。
ブレンダとマリーは驚愕から脱せず、体勢を整えられていない。
「……お前が、この魔道具の制作者か」
「正確に言えば、私とロスの合作―――」
「『スコーチ』」
男の言葉を聞き届ける事なく、レオナルドは男を焼却した。
急な事態にブレンダは目を剥く。
「レオナルドさん、いきなりどうして!?」
「こんな魔道具を作る奴が真面であるはずがない。それに、魔王軍幹部であるロスの名前も出していた。魔王軍自体か、それらに協力する反逆者だろう。何にせよ、人類の敵だ」
ブレンダからの非難に対し、レオナルドは行動の正当性を語った。
確かに、男の発言からして敵である事は確定だったのだ。
だからと言って、すぐに受け入れられるブレンダではないが。
「貴方の行動は間違っていないでしょうけど、物的証拠もなしに殺されちゃ困るわよ。捕縛できれば、魔王軍の情報も引き出せたかもしれないじゃない」
「敵は目前に迫っていた。それはもう無力化する準備が整っていたという事。捕縛など、悠長な事をしていられるか」
「ええ、全く以ってその通りです。実に悠長ですね」
ブレンダとレオナルドの会話に、誰かが割り込んだ。
その声は、焼却された男と同じ声だ。
レオナルドは弾かれたように声がした方へと向く。
「驚きましたよ、私の保有魔力量を以てしても防げないとは」「どうやら貴方は魔術師としてかなり高位のようだ」
その方に居たのは、全く同じ姿の男2人。
髪は色が抜け落ちたように白く、肌もまた陶磁器のように白く、目は血のように赤い。
その特徴は、見た目に手を加えられていないホムンクルスと合致する。
「クローンホムンクルス……?」
「厳密には、それを2・3歩発展させた物ですが」「ご名答、と言っても差し支えないでしょう」
マリーが分析した通り、その男はクローンホムンクルスだ。
だが、ホムンクルスであるにも拘らず自我があり、複数体が1つの自我を共有している。
クローンホムンクルスと呼称するには、幾分か枠を外れた存在だろう。
「改めて自己紹介をさせていただきます」「私は魔王軍幹部の1体、ヴァンと申します」「『1体』と称するには多少数が多いですが」「そこはご了承ください」「なにぶん、こういう者ですので」
男、魔王軍幹部のヴァンは余裕の態度で自己紹介までしつつ、1体、また1体と物陰から歩み出た。
現在、その数は5体。
しかし、森のざわめきから推測するに、まだまだ居るのだろう。
「……この魔道具は、囮だったって事かしら」
「いえ、囮ではありませんでしたよ」「単にロスの手が空いていなかったのです」「そのため、私がついでに回収しに来ました」「私の拠点も丁度近かったので」
ヴァンの言葉に嘘はなく、本当に偶然だった。
強いて必然性を語るならば、ヴァンの拠点とロスの魔道具が同じ所にあった事か。
「『ついでに』、だと?なんのついでだ、貴様」
レオナルドはその一部を聞き逃さなかった。
『ついでに』という事は、回収が本命ではないのだ。
では、魔王軍幹部が出張ってくる本命とは何か。
「資金稼ぎですよ」「魔王軍だって、資材全てを奪うのでは立ち行きません」「略奪では目立ちますし、効率が悪いですからね」
「その資金稼ぎはなんだと聞いている」
レオナルドの追及に、ヴァンは微笑む。
「奴隷商ですよ」「商品は誘拐すれば良いので、手間がかかりません」「人間って案外高額ですから、利益率も高い」「余った商品もホムンクルスの材料として使えますから、無駄もありません」「人間をそのまま使ってしまった方が、ホムンクルスの生成は楽ですしね」
商品として、材料として、人間を誘拐する。
魔王軍に貢献しながら、クローンホムンクルスを増産できる。
ヴァンの行いは実に効率的で、実に冒涜的だ。
「分かった、お前はここで燃え尽きろ。私が手ずから死をくれてやる」
だからこそ、レオナルドは目の前の男が許しがたく、この男を焼き尽くすと誓った。
数的不利など度外視で、レオナルドはヴァンを焼却していく。
「この拠点に居る全ての私を燃やしても」「私が滅ぶ事はありませんよ?」「これらクローンホムンクルスが全て私である以上」「どこかに1体でも残っていれば良いのですから」
焼いても焼いても、ヴァンと同じ姿をした者が湧いてくる。
そして凶報であるが、ここにヴァンのクローンホムンクルス全ては揃っていないのだ。
レオナルドの射程外にも、別の国にも、ヴァンのクローンホムンクルスが居る。
それら全てを殺さねばヴァンは滅ぼせないが、世界中に居るヴァンを殺しきるのは不可能だ。
これこそが、魔王軍幹部ヴァンの不死性である。
「それに、良く考えてください」「秘密が露呈しているのに、敵との会話に興じる者が居るでしょうか?」
「貴様、まさか!」
『敵は目前に迫っていた。それはもう無力化する準備が整っていた』という事。
レオナルドのその考えは、正しかったのだ。
「明確には、準備を整えるために会話に興じていたのですけどね?」
ヴァンがその笑みを深めると、会話と森のざわめき隠されていた音が聞こえてくる。
「Twinkle, Twinkle, little star, How I wonder what you are.」「Up above the world so high, Like a diamond in the sky.」
それは、特殊な魔術が詠唱する声だった。
「睡眠魔術『リトルスター』か!」
レオナルドはその魔術を詳細に判別できたが、もう遅かったのだ。
繰り返される魔術詠唱と複数人での魔術行使が、すでにレオナルドの保有魔力でも対抗できない効力を発揮しようとしている。
まさに準備万端。故に――
「Good night.『リトルスター』」
――ヴァンが最後の一文を詠唱し終えれば、レオナルドもブレンダもマリーも、眠りに落ちるのだった。
〈用語解説〉
『リトルスター』
…対象を眠らせる魔術。精神に干渉する数が少ない魔術の中でも、複数人を対象にできる魔術である。複数対象にできる代わり、対象は魔術詠唱を聞いた者に限定されるため、詠唱が必須になる。また、その魔術詠唱文は他の魔術と違い、まるで歌詞のような詠唱文である。しかし、歌を歌うように詠唱する必要はない。複数対象、効果適応条件、詠唱文そのいずれも他の魔術とは差異のある、特殊な魔術である。この魔術は、発見された『魔神ダ・カーポ』の魔術書、その断片に記載されていたモノである。




