第二十六節 魔術師(研究者)と魔術師(冒険者)
サースイナッカノ農村付近の森。そこでの魔道具捜索を担当するマリー組。
その組の構成人員はマリー、ブレンダ、レオナルドの3名。
その内2人は力仕事ができないとなれば、いったいどうなるか。
「あの……、すみません……」
「謝るな。この事態は予想しておくべきだった」
調査機材の入った木箱を積んだ台車、それをレオナルドが引く結果となる。
冒険者とはいえ、レオナルドは魔術師であり、剣士などと比べれば細身だ。
そんな細身の男に台車を引かせる光景は、ついブレンダが謝ってしまう程に違和感がありすぎる。
「ほらほら2人とも!急いだ急いだ!」
不相応な仕事を任せているのにも拘らず、マリーは進んでいた。
相変わらず、研究以外の事は眼中にない。
「私は魔術師だから手が塞がっていても問題ないが、あまり先行はするな。魔物に襲われても知らんぞ」
「守るのが貴方の仕事でしょ?」
レオナルドが護衛も受注する冒険者として忠告してみるも、マリーは言い分を全く聞き入れない。
むしろ、護衛の不興を買いかねない煽りをする始末である。
「ならその分の追加料金も支払え。台車引きながら護衛するなど、割に合わん」
「追加報酬の交渉は冒険者組合員しかできない取り決めじゃなかったかしら?」
「人への気遣いは抜けているくせに、いらん知識は頭に入れているな」
皮肉を吐いても耳を通り抜けているのか、マリーは気にせず前を向いている。
レオナルドは溜息を吐いた。
今のマリーに苦言は無意味だと、悟ってしまったのだ。
「あの、わ、私がお金出しますので……」
「下っ端に金を出させる組織がどこにある。そして私は下っ端に金を強請るような下衆ではない」
ブレンダが取り出した銭袋を、レオナルドは突き返した。
金が欲しいから苦言を垂れていた訳ではない。
安全を重視し、どうにかマリーの勝手を抑えようと努力していたのだ。
それに、命を懸けて金を稼ぐ冒険者であるにしても、少女から金を巻き上げるのはレオナルドの志に反する。
「はぁ……。まぁ良いさ。こんな面倒な依頼も、慣れたものだ」
3級にまで冒険者階級を上げるために、かなり多くの依頼を熟してきた。
変な依頼主に当たった経験も1度や2度ではない。
今回の依頼もそんな数えきれない内の1つと、レオナルドは諦めた。
これ以上に面倒な依頼も、あるにはあったのだから。女装とか。さすがにその依頼は断ったが。
「件の森、見えてきたわよ!」
逸る気持ちが溢れ、マリーは走り出した。
普段肉体労働をしない人間のどこにそんな力があるのか、マリーは俊足を披露する。
「ええい、話を聞かん奴だ!ブレンダ、乗れ!このままでは離される!」
「は、はい!」
レオナルドの指示に従い、ブレンダは木箱の詰まった台車にどうにか自身をねじ込む。
「しっかり捕まっていろ!」
ブレンダが姿勢を安定させたところで、レオナルドが台車を引く速度を上げる。
こちらも見た目に似合わぬ力で台車を走らせ、マリーに追い縋るのだった。
そうして走って幾ばくか――
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
――マリーが疲労で倒れ伏していた。
瞬発力はあっても、持久力はなかったらしい。
「……馬鹿なのか?」
地面にだらしなく身を預けるマリーを、レオナルドは見下ろしていた。
そのレオナルドの目には困惑と哀れみが混じっている。
「あ、貴方……。息、切らしてないわね……」
「肉体強化を使っていたからな」
「あ、あたしも……使ってた、わよ……」
マリーとレオナルド、両者は共に魔術師である。
それなのに違いが出ているのは、単に肉体が違うからだ。
「如何に肉体強化を使おうと、強化される肉体の強度が低ければ高が知れる。鍛えてない肉体を無理に強化すれば、その分だけ反動も大きい」
鍛えているかいないか。それが明暗を別けたのだ。
「魔術師は、そんな体を鍛えていないって……。相場が決まってるんじゃ、ないの……?」
「相場というのはつまり大多数、もしくは平均値。木端で雑多な魔術師が大多数を占め、そちらに平均が引っ張られれば、そういう相場になるだろう」
マリーが呻く通り、魔術師の多くは確かに体力がない。
安全圏から魔術で攻撃できるのだから、動き回るための体力は必要ない。
多くの者は、そう思えてしまう。
「だが、仮にも私は3級冒険者だ。木端で雑多な魔術師と比べるな」
レオナルドは3級冒険者。冒険者の総数からして少数に分類される。
少数に分類される彼だからこそ、それが思い込みであると気付いた。
熟練の魔術師なら、同様の気付きを得られるだろう。
我々魔術師がいつ安全圏に居ると言うのか。
遠距離攻撃手段を持つ者として優先的に狙われる我々魔術師を、仲間がいつも守ってくれると言うのか。
答えは否なのだと気付く。
魔術師程、刻一刻と移り変わる危険地帯に対応するため、または敵の攻撃を避けるため、動き回る体力が必要なのだ。
「同じ魔術師と、高を括っていたわ……。やるわね、貴方……」
「……自虐なのか侮辱なのか、高度すぎてもはや意味不明だ」
体力がない魔術師と認めての言葉だったら自虐。
体力がない仲間だとしていた言葉だったら侮辱。
極めて判別が難しいマリーの言葉に、レオナルドは怒りより呆れが勝った。
息も絶え絶えな相手に、怒る気もなくなっている。
「とりあえずだ。依頼主がこの様では移動もできん。休憩だ、息を整えろ」
「み、水……。水頂戴……」
「……これで良いか?」
木箱のどこにマリーの用意した飲み水があるか。
探している間に朽ち果てかけないと、レオナルドは自身の水筒を渡すのだった。




