第二十一節 素直と偏屈
サースイナッカノ農村の1つ手前である町で迎える朝。
と言っても、まだ日が昇ったばかりで多くの人はまだ就寝中。
マリーやユウダチなんかも寝ている最中だ。
マリーの方は寝落ちている、という表現の方が正しいが。
そんな寝ている人も居れば、起きている人も居る。
ニオは出発の荷造りや馬車の点検で、朝早くから動いていた。
そして、もう2人も、起きていたのだ。
「……」
宿の広間にて、レオナルドは何をするでもなく、窓から差し込む朝日を浴びていた。
眠気に船を漕ぐ事もなく、正された姿勢で日を浴びる様子は、まるで祈りを捧げているかのようである。
そんなレオナルドの様子を、もう1人起きている人、ブレンダが壁の影から覗いていたのだ。
「……出てきたらどうだ。他人の行動を邪魔したくない、という気持ちは分かる。分かるが、それではかえって気が散る。邪魔をしているのと変わらん」
「は、はい!」
レオナルドに自身の気持ちを読み取られた上、ブレンダはその気持ちが叶っていない事を指摘された。
レオナルドの言葉に棘があった事もあり、ブレンダは壁の影から弾き出されるように、レオナルドの前へと歩み出る。
「……」
「……何故そこで黙る。私に用があったんだろう?」
「す、すみません!」
歩み出てなお勇気が出ないブレンダは、レオナルドに痛々しくも背中を押された。
思わず謝ってしまうが、そこでブレンダは小さく息を吸ってから、改めて頭を下げる。
「昨日は、すみませんでした」
そう。ブレンダの用事とは、レオナルドに謝る事だ。
昨日の酒場でレオナルドが急に席を外した事、ブレンダはずっと気がかりだったのである。
だから、ブレンダは謝りに来た。
ユウダチの『俺も付いてってあげる』という親切心も断って、己の不始末を、己の力だけで後始末しに来たのだ。
「……君に一切の非はない。あれは、私が勝手に話を切っただけだ」
「いえ、非はあります。私は、とても察しが悪かったです」
レオナルドが和を乱してしまった責任を押し付けなかったというのに、ブレンダはその責任を掻っ攫った。
彼女の純粋さが、自身の責任から逃げるような悪行を許さない。
「私が理解しづらい言い回しをしていただけだ」
「でも、難しい事を解き明かすのが、研究者ではありませんか?」
「話を察する力と未知を解き明かす力は違う。どう考えたって分野がかけ離れている」
「他の分野によって、別の分野が発展する事もあります」
非常に不思議な責任の奪い合いが行われた。
ある意味で我慢勝負だったが、レオナルドは早くも折れる。
「はぁ……、分かった……。お互い悪かった事にしよう」
「いいえ、私が―――」
「そうしろって言ってるんだ!いつまでこの不毛な争いを続けさせるつもりだ!」
「ご、ごめんなさい……」
折れたのにまだ引きずられそうになったレオナルドが、無理にでも決着を付けた。
最後はブレンダに委縮させてしまった事に、レオナルドは多少の罪悪感を抱く。
どうにも相性が悪い相手であると分析しつつ、レオナルドは自身を落ち着かせてから口を開く。
「ふぅ……。では、反省を踏まえ、話を分かりやすく、そして実直に伝えよう」
息と共に色々と吐き出してから、レオナルドはこの談話の趣旨を定めた。
昨日のやり取りを、悪かったところの改善をして、やり直す。
「私が魔術研究を止めたのは、多くの人間を研究に巻き込んだ上で、破滅させたからだ」
「『魔神と過ちの国』に似たような事態が起こったんですね」
レオナルドから分かりやすく話されたために、ブレンダは昨日のやり取りの流れを読み解けた。
つまりは、レオナルドは『魔神ダ・カーポ』と同じ過ちを犯したのだ。
レオナルドが『魔神ダ・カーポ』であるのだから当然ではあるが、ブレンダが同一人物であると知る由はないのである。
「……私は、2度と同じ過ちを犯さないと誓った。しかしだ。生きている限り、その誓いが破られる可能性を常に孕む」
「それって、もしかして……」
「……誓いを破らぬよう、私は自殺を図った」
ブレンダは息を呑む。
目の鋭くしているレオナルドから、冗談の気配は一切ない。
レオナルドは、本気で死のうとしたのだ。
察しが悪いと己を卑下したブレンダでも、そう察せざるを得ない。
「悲しそうな顔をするな、君。現に私はこうして生きている」
「その、変な質問なんですけど……。どうして、自殺を止めたんですか……?」
「殴られて、叱られて、泣かれたんだ」
さっきとは打って変わり、レオナルドは微笑んでいた。
「リーダー、6人での旅でまとめ役をしていた男だ。そいつに、思い切り殴られた。初めてだったよ、あんなに強く殴られたのは、あいつの怒りを見たのは。あんなにも、心を動かされたのは」
『リーダー』という男の事を想起しているのだろう。
レオナルドは朝の陽ざしを見つめている。
「『死ぬのは、罪を償ってからでも遅くないはずだ』……。ふふ、随分と臭い言葉を吐いたものだ」
レオナルドにとって、その言葉は宝物と言っても過言ではなかった。
でなければ、今生きていない。
「じゃあ、あの……。ユウダチさんを『監視役』と称したのは……」
自殺をしないように見張る訳かと勘違いしていたが、話を聞く限り違うようだ。
しかし、そうなると『監視役』という呼称は不適当になるだろう。
「……面と向かって、償いを付き合ってくれている友人とは、言えないだろう」
そこには顔を赤くしたレオナルドが居た。
レオナルドの意外な一面に、ブレンダはつい笑みを零してしまうのだった。




