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100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者  作者: 霖霧 露
第一章~勇者(?)の受難、それと女難~
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第七節 勇者と彼の剣

「私が出向いて調査したところ、勇者テノールが破壊した魔道具により行使されていた魔術は、やはり魔物の増殖を促進するモノだった可能性が高いでしょう」


 バーニン王の執務室。そこで今、サースイナッカノ農村の魔物増殖とそれに関連していたと思しき魔術式について、女性が報告していた。

 その女性は魔術研究組織である近衛兵3番隊の隊長、マリー・エームリッスである。

 寝るのも惜しんで魔術を研究する研究一筋な人格が祟ってか、その身長は低く、体は女性らしい起伏に乏しい。床に届きそうな髪もボサボサで、目の下には一生消える事のないだろう隈が浮かび上がっている。


「独特な遅効性を持つ魔術。それに魔術式構築の癖。魔王軍幹部、ロスの手によるモノで間違いないでしょう」


 マリーの報告に出てきた魔王軍幹部のロス。幹部の中でも魔術全般に長け、陰湿な手を好む存在である。


 魔王軍はその幹部含めて勇者アルトが一掃したが、魔王と幹部の多くは不死性を持つとされている。

 魔王軍幹部のロスもまた、不死性を持つとされている1体である。

 勇者アルトでも魔王の完全消滅には至らず、不死性を持つ者たちは徐々に回復。空いた幹部の席は補充。

 そうやって魔王軍は力を取り戻しているのだ。


「テノールさんの判断は正しかったという事ですね。それにしても、あの即断即決具合は見事でしたよ。見た瞬間ズバっと行くあの姿。度肝を抜かれましたね」

「その場に居合わせなくて良かった。あたしだったら魂を抜かれてたわ。調べもしてない魔道具を即座に破壊とか、心臓に悪すぎる。本当、暴走しなくて良かったわね」

「彼の観察眼は一級品ですからね。そうそう間違いを起こす事はないでしょう」


 自身の隣に立つ笑顔の優男へ、マリーは気安い返答をしていた。

 その男とは近衛兵4番隊隊長、パース。物資の補給や輸送、同時に戦時の医療を担う部隊の長だが、最近は専ら勇者の足に使われている男である。

 彼も一応勇者に同行した調査員として報告に来ているのだが、調査の精度はマリーに比べるべくもないので、もはやただの賑やかしだ。

 王への報告に賑やかしが必要なのかどうかはさておいて、とりあえずバーニン王は咎めていない。


「魔道具の様子は」

「心臓部である魔術石は両断され、魔力を地脈から組み上げる仕組みだったであろう機構も、復元不可能な程に破壊されています。暴走、または自動修復、ひいては再利用もないかと」


 バーニン王への返答にマリーはしっかり口調を正し、魔道具に危険性がない事を語る。


「報告、ご苦労であった。下がって良いぞ」

「はっ!失礼いたします」


 バーニン王より退室の許しを得たマリーは堅苦しい場所からようやく出られると、気だるげに扉から出ていった。


「パースよ、勇者の様子はどうであった」

「変わりなく。頭からつま先まで勇者ですよ、彼は。ついつい()()()()()()()()()()()()()()()


 テノールは良くも悪くも農村の出。教育が行き届いているとは考えづらく、悪い素行が周りから懸念されていた。

 この周りというのには、多くは貴族たちであるが、バーニン王も含まれているのだ。

 故に、バーニン王は勇者の素行を見張る者としてパースを勇者の傍に置いている。

 しかし、素行調査はそんな懸念に反する望ましい結果であった。

 いついかなる時も厳格なる勇者。それが勇者テノールであったのだ。

 パースから見ても、かの勇者は勇者に相応しい存在だった。

 それこそ、魔王撃退の勇者にしてラビリンシア建国の王、アルトと重なってしまう程である。


 その本性は勇者アルトと似ても似つかず、皆がテノールに騙されているのだが。


「そうか……」


 懸念が解消されたのは良いが、逆にバーニン王は疑念を抱いていた。

 誰が農民に礼儀作法を説いたのか。

 テノールの父であるバリトン。彼もまた農村で生まれ育った農民である。

 どこぞの王族または貴族の血を引いている事もない。

 だが、テノール曰く父親の手で育てられ、教育係なんぞ居なかった。

 ならば、テノールへの教育はバリトンが施した事になる。


「勇者テノールの身辺は?」

「悪い繋がりはとんと見受けられませんね。まぁ、あまり密偵に向いている部隊ではないですし、各地への物資流通させているついでの情報収集ですので、確度は保証しかねますが」


 本当にテノールは悪徳貴族や他国の間者との繋がりがなく、まして魔王軍と繋がってなどいない。

 テノールの人格は純然たる父親の教育、その賜物なのである。


「バリトン氏の方、詳しく調査しましょうか?」

「うむ。バリトンについて、調査を始めよ」

「承りました。では、この辺りで失礼いたします」


 王の許しを得ていない、やや不遜な態度ではあるが、パースはうやうやしく一礼して部屋を出る。

 そのパースに対し、バーニン王が怒りを覚える事はない。


「して、勇者テノールにエクスカリバーが教えを説いている、というのはあり得るのか。カリバーンよ」


 人の姿がバーニン王以外ない執務室で、傍らに飾られるカリバーンと称される美麗な剣へと、王は言葉を向けた。


(あり得ないわね。剣の教えも面倒臭がって説かないだろうあの子が、礼儀作法や教養を説こうだなんて。天が地に堕ち、地が天に昇ったとしても、絶対ないわ)


 剣からバーニン王へと思念が発せられ、思念体が姿を現す。

 妖しくも艶やかな女性の思念体。それが美麗な剣に宿る魂である。


(そもそも、あの戦闘狂な妹を御せている時点で奇跡だわ。多少の怪しい点くらい目を瞑っても良いのではないかしら)


 エクスカリバーを妹と呼ぶこの女性は生前、エクスカリバーの実の姉だった者であり、エクスカリバーの実情を知る数少ない存在なのだ。

 その彼女、カリバーンはテノールを高く評価していた。


(私の身代わりに使われるような、あの馬鹿で正気を疑う妹に使い手と認められ、さらにあの狂ってる妹を侍らせて勇者らしくしているのよ?正直なところ、私はあの少年、テノールの胆力が恐ろしいわ。もしかしたら、私の最初の使い手だったアルトを超えるのではないかしら)


 言葉の節々で語られているが、彼女、聖剣カリバーンこそが真に勇者アルトが振るった聖剣である。

 そして、聖剣エクスカリバーはラビリンシアが聖剣カリバーンを保持し続けるための身代わりだったのだ。


 それで、本物の勇者アルトの聖剣であるカリバーンは生前のエクスカリバーの所業に辟易しつつ、テノールの行いを感心していた。


「貴女がそれ程評するかの勇者、余も手放すつもりはない。しかし、だからこそ落とせる埃は落としておきたいのだ。ラビリンシアが召し上げる勇者は、潔白でなくてはならない」

(あら、その考えは素晴らしいわ。綺麗な勇者こそ、民に希望を与え、国に平和をもたらすのですからね)


 国を背負う王と国を見守る聖剣は、ただ国のためを思い、国に忠誠を誓っていたのだった。

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