第十六節 伝説に馳せる思いを
最初に明言すると、リカルドは無事である。
「……」
意気消沈しているリカルドの様子から、何事もなかった、という意味では無事ではなかったかもしれない。
だが、髪が濡れて乾ききっていない事以外、変な所はない。
(服の下、微妙に火傷の跡があるな。それに、回復薬の残りもちょっと滴ってるぜ?)
……熱湯にでも放り込まれた後、回復薬で即座に治療されたのか。
恐ろしい目覚ましだ。
「失礼しました。では、話の続きをいたしましょう」
そんな所業を行っただろうローラは、平然と椅子に腰を落ち着けた。
精神が図太いと言うか、なんと言うか。
「まず、依頼主が私であるかの是非について。申し上げますと、是、です。私がリカルド・ナンタンに依頼を出しました」
「ほう……」
ローラはあっさりと白状した。
如何なる思惑であるか、パースは一旦静観する。
「リカルドが持つ折れた剣、それが聖剣デュランダルというのも真実です。少なくとも、私はその剣が本物であると教えられてきました」
折れてしまった本物の聖剣デュランダル。
真偽はともかく、ローラはそう信じているようだ。
騙したとするならばナンタン領主の先代か、それ以前の代か。
「そんな本物の聖剣を直そうとしたのは、決して勇者テノール様に不満があった訳ではありません。また、ラビリンシア王家に対して謀反を企てている事実もありません」
悪意はない。
ローラは真の動機を語る前に、王国の敵ではない事を示した。
目の前に国王直属の人間、王立近衛兵4番隊隊長が居るのだから、その行為は重要である。
敵意ありと判断されれば、否応なく殺されるだろう。
国家への反逆者討伐なんて大義名分があるのだ。
パースの矢を射る手が、躊躇で狂わされる事はない。
とにかく、ローラは最初の死線を潜り抜けたのだ。
「テノール様という、新たなる勇者の誕生。頑強である王立近衛兵の戦力。実に心強いでしょう。ですが、その心強さでも、私は恐怖を拭えないのです」
「……恐怖を拭える程の、強力な私兵が欲しいと?」
ここに来て、パースが切り込んだ。
ローラの動機を、彼の言葉が深く射抜く。
「ええ」
射抜かれたローラは、素直にパースの言葉を肯定した。
彼女の顔には諦念が滲んでいる。
「魔王軍はその活動を活発化しています。聖剣の簒奪と王家の滅亡を狙い、ドラクルへと攻め込んだのがその証拠。ナンタンの地には魔物増殖の魔道具を仕掛けられてもいました。ドラクルでもまた、魔王軍幹部が何やら仕掛けていたと、聞き及んでおります」
レヴィのダンジョン、あの一件について、ローラは情報を得ていたようだ。
「魔王撃退より約1000年が経ちました。もはや魔王軍の本隊がいつ攻めてくるとも知れないのです。なら、領主として防衛力を求めるのは当然の務めでしょう」
来たる次の戦争に、ローラは備えていたのである。
その1つが聖剣デュランダル。聖剣の担い手という戦力を求めた訳だ。
「貴女はその折れた剣に、それ程の価値を見出しているのですね」
パースの言う通り、ローラは多少でも謀反を疑われながら聖剣デュランダルを修理しようとしている。
折れてしまって使い物にならないその剣に、である。
そも、本物であるかどうかも怪しいのだ。
それでも、彼女はその剣に賭けていると言うのか。
「リカルド」
「……」
ローラが呼びかければ、リカルドは俯きながらも彼女の意思を読み取った。
彼は聖剣デュランダルを腰から抜き、机に置く。
そして、丁寧に巻いた布を解き、その刀身を露にさせたのだ。
「これは……」
(驚いたな、こいつぁ)
パースも、エクスカリバーもその刀身を見つめた。
規則的な文様が施され、赤く輝く宝石、紅玉が埋め込まれた剣。
綺麗だっただろうその聖剣は、融けたような形跡と半ばからの折損で見る影もない。
だが、直感的に理解させられる。
この剣は、本物だ。
「お分かりいただけたでしょう。この剣は本物なのです」
「本物である可能性は高いでしょうねぇ……。ですが、ならばこそ疑問が湧きます」
ローラが見せ付けた本物の聖剣に、パースは感嘆していた。
しかしそれも一瞬である。
「この剣は、何故折れてしまったのでしょうか。本物であるならば、この剣は『鍛冶神アチューゾ』が作ったとされる聖剣。余程の事では、こうならないはずです」
パースは聖剣が折れている事に疑問を抱いていた。
それもそうだろう。
かの神が作った聖剣、しかも『武神エフエフ』のための剣だ。
折れるはずがない。
「あったのですよ、余程の事が」
そんな疑問を受けても、ローラは平静だった。
他人の疑いを払える自信があるようだ。
「余程の事とは?」
「約1000年前の魔物と人類の全面戦争、第1次魔人戦争と同時期の事です」
パースが追求すれば、ローラは自信の所以、歴史を語り始める。
「まだラビリンシア王国に併合されていない、1つの国としてあったナンタンは、ゴーレムの襲撃に見舞われたのです。それも、全身が金属であるようなゴーレムに」
「ゴーレムの一種、メタルゴーレムですか。個体によっては、鉄をはるかに越える硬さを持つ魔物ですね」
パースが補足してくれたが、その硬く強く、同時に珍しい魔物だ。
強い魔物が多いとされるラビリンシアでも滅多に見ないし、出現報告はしばらく上がっていない。
「そのメタルゴーレムの中でも強い個体だったのでしょう。甚大な被害が出たと、記録されています」
「……そのゴーレム討伐で、聖剣は折れてしまったと?」
ローラの語る歴史で、パースは察しが付いた。
特に、ゴーレムという魔物は斬撃に耐性がある。
メタルゴーレムに無理を通して剣で挑めば、机の上に置かれた剣と同様の末路を辿る。
この剣と他の剣の違いは、成果を上げたかどうかか。
「そうです。当時、聖剣デュランダルの担い手だった英雄、ヘクト・ナンタンがメタルゴーレムの討伐に挑みました」
ヘクト・ナンタン。俺には少し聞き覚えがあった。
確か、勇者アルトに関する書物で見たはずだ。
「賢王ヘクト・ナンタン……!アルト王と剣技を競い合った彼が……」
そうだ、勇者アルトと競える剣士としてその名を残した英雄だったな。
あまり目立った伝説はないが、逆に言うと酷い失敗もしなかった賢王である。
そんなちょっと影が薄い英雄を、パースはよく即座に思い出せたものだ。
当の本人は、そんな英雄の最期を聞いて感傷に浸っているようだが。
「彼は、どうなったのですか……」
パースは真剣に話の先を促した。
少し感傷に浸りすぎていそうだが、案外そこら辺の伝説が好きなのかもしれない。
「聖剣デュランダルの炎を操る力。それを己の身も省みず全力で用い、ゴーレムと共に焼失しました。その場に残ったのは、この聖剣だけだったとされています」
「骨も残らず、ですか……」
聖剣が折れた経緯は実に壮絶であった。
しかし、パースは賢王ヘクトを注目しているようだ。
かの英雄の死に様を聞き終えたパースは、何故だか悲嘆に暮れるのだった。




