第十五節 大人の被る仮面の奥
「いやぁお出迎えいただきありがとうございます、ローラさん」
「いえいえ。近衛兵の方がリチョーシに向かっていると、知らせを受けていましたので。お迎えに上がらない方が失礼でしょう」
現在はナンタン領主邸の客間。
パースと俺は、ナンタン領主のローラに歓待されていた。
ちなみに、マリーたちの方は宿を取って休憩中。
元々別任務に当たっていたがため、マリーはローラの歓待を受け取らなかった。
ついでに、ムラマサ(パースが鍛冶師ちゃんをそう呼ぶので合わせた)も宿で近衛兵と領主の話が終わるまで待機。
そして、リカルドは侍従に看病されながら、来賓用の一室で寝かされている。
「ほうほう。私たちの来訪を事前に知っていたんですねぇ」
「ご親切にも、貴方方が最初に立ち寄ったナンタンの町、あそこの町長が知らせを出してくれたのです」
パースもローラも笑顔だ。
なのだが、なんだか互いに牽制し合っているようである。
パースは近衛兵の動きを察知する網を張っているのか、暗に探っていた。
ローラはその探りを難なく躱し、真実を見抜かれないようにしている。
さすが領主と言ったところか。
(トータン領主であるテナーは、こういう強かな連中と交渉術で渡り合っていかなければいけないのか……)
ちょっとテナーの事が心配になってきた。
親父の教育に期待するしかない。
それはそれであの清らかな少年が毒されていかないか、とても心配なのだが。
「あそこの町長には感謝しなくては。我らが領地を救ってくれた勇者を、このようにしっかり持て成せるのです。テノール様、どうぞ我が屋敷でおくつろぎくださいませ」
「ありがとうございます。奴隷商の足取りが掴めるまでは、拠点として使わせていただきます」
ローラは俺に誠意を尽くそうとしているが、その誠意が全てでない事を感じ取っていた。
だから、あくまでここでの果たすべき仕事が終わるまでと、期間を言及しておいたのだ。
俺の何を絡め取ろうとしているのか、どのように絡め取ろうとしているのか、警戒は必要だ。
「奴隷商の調査も、当然協力させていただきます。よろしいですか?パースさん」
「もちろん、良いですよ?そちらも、奴隷商が自身の領地に紛れ込んでいる事、とても不名誉でしょう。さっさと捕まえて、身の回りを綺麗にしておきたいですからねぇ」
ローラとパースはまたもや牽制し合っていた。
今度は貸し借りについてだ。
奴隷商の協力を貸しであるように押し付けようとしたローラ。
対し、パースは協力が相互利益になると、貸し借りの勘定を釣り合わせた。
これによって、ナンタン領主が近衛兵へ貸しを作った事にはできなくなる。
「ええ。お国のために、手を取り合いましょう」
ローラは仕方なく、その勘定で手打ちにした。
下手に貸しを押し売りすれば、近衛兵の、ひいては国王の不評を買う。
損害を計算に入れ、利益に見合わないと判断した訳だ。
全く、恐ろしい攻防である。
重要な話し合いが終わったところで、この話題は終了であると、ローラもパースも紅茶に口を付けた。
わずかに緊迫していた雰囲気は、ようやっと緩み出す。
「ところで、なのですが」
「はいはい。なんでしょうか?」
2人とも笑顔の仮面を外した。
ここからは世間話だ。
「どうしてリカルドが同行していたのでしょうか」
自身とリカルドの姉弟関係が露呈していると、もう察していたのだろう。
ローラは紹介されてないはずの冒険者であるリカルドを話題に上げた。
理由の追及が急務と言ったところか。
「ああ、リカルドさんはですねぇ。彼がとある依頼を遂行中だったというのを、偶然にも耳にしてしまいまして。聖剣デュランダルを修理できる鍛冶師の捜索って依頼」
「そうですか。私の下まで連れてきたのでしたら、依頼主も割れているのでしょう」
「ローラ・ナンタンが依頼主、という事でしたが」
「なるほど、そうでしたか」
かなり重要な秘密が漏らされている。
そういう現状を把握しながら、ローラは冷静さを保った。
それでも多少動揺しているのか、紅茶を口に含み、自身を落ち着かせる時間を数秒でも稼いだのだ。
「ふぅ……。少しお待ちいただけますか?当人を呼んでまいりますので」
ローラは応答を待たず、席を外す。
当人とは、リカルドの事だろう。
まだ寝ているはずだが、どうするのか。
「おやおや。今から口裏を合わせに行ったんですかねぇ」
ローラの退室を見送ったパースは、悪い笑みを浮かべていた。
ローラとリカルドがどう苦し紛れの対応をしてくるのか、楽しみにしているようだ。
だが、残念ながら彼の期待は叶いそうにない。
何故なら――
「あっっっづっっっっ!!!!!!ちょ、まっ、姉貴!!止め―――ぎゃああああああああああ!!!!!!」
――厚いはずの壁を、リカルドの悲鳴が貫いたからだ。
『殺される』とリカルドは未来を悲観していたが、その未来が現実になってしまったのかもしれない。
「……どうします?パースさん」
「……」
助けるべきか迷った俺はパースに意見を仰いだ。
しかし、パースはゆっくりと紅茶を味わうだけで、微塵も動こうとしていない。
迷いに迷った俺は、リカルドの無事を祈るしかできなかったのだった。




