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第十三節 ナンタン現領主

「くちゅんっ」


 とある屋敷の一室にて、ある女性がくしゃみを響かせていた。

 唾が飛ばぬよう、口元は小さめの手拭、手巾(しゅきん)で覆ってある。


「どうしたんですか?そんな似合わない可愛らしいくしゃみなんかして。風邪ですか?ローラお嬢様」


 くしゃみをした女性の傍に控える、見るからに侍女である女性が不調を心配した。

 選んだ言葉がどこか馬鹿にした感じで、表情も全くの真顔だが。


「暗に私が可愛らしくないって言ってないかしら?エイプリル」

「まさか。ご自身がそう思っているから、そのように受け取ってしまうんでしょう」


 馬鹿にした感じである事をローラが拾い上げるが、侍女エイプリルはさらに馬鹿にした感じを上乗せした。

 不遜な侍女の態度に、主であるはずのローラは笑顔のまま青筋を立てる。


「ねぇ、エイプリル?貴女のその不遜な態度、場合によっては解雇ものなのだけど。その辺りはどう考えているのかしら」

「ナンタン領を背負う領主様には、この程度で青筋を立ててほしくないと考えております」


 相手がナンタン領の領主であるにも拘らず、エイプリルはなおも不遜な態度を貫いた。

 そう。このローラと言う女性はまだ20代という若き現ナンタン領主。

 そうすると、エイプリルは領主お付きの侍女であり、彼女らが居る一室はナンタン領主邸の一室という事になる。


「殴って良いかしら」

「領主がこんな暴君だなんて。領民が聞けば泣くでしょうね」

「……はぁ。貴女は本当に、口が減らないわね」


 恐喝や権力に屈せず不遜な物言いを披露するエイプリルに、ローラは怒りが一周して呆れ果てた。

 これがエイプリルの通常運行なのである。

 そのため、怒っても無駄であると、ローラは分かっているのだ。


「好き好んで傍に置いているのはお嬢様では?」

「そうね。先人に習って、苦言をいつでも呈してくれる人間を傍に置いているのよ」


 王や領主など絶対的な権力を持つ者が調子に乗り、悲惨な末路を辿る。

 そんな話が歴史にも御伽噺にもたくさん転がっているのだ。

 逆に、否定的な、しかししっかりと意見する者を側近としたために、王が健全な執政を行え続けた。

 そんな話もいくつもある。

 ローラはそういう過去から学び、調子に乗らぬよう、問題点は容赦なく突き付けてもらえるよう、エイプリルを重用している。


「左様ですか」

「……訊いておいて随分と素っ気ないわね」

「私が訊いたのはあくまで、私を専属にした判断が誰のモノか、という事でしたから。その判断に至った経緯は訊いてないので」

「……」


 確かにエイプリルの問いに対して必要以上の答えを返していた。

 返していたが、それは会話を続けるためのモノであり、それを拾い上げてさらに続けるのが会話という交流である。

 だと言うのに、この侍女は無礼にも会話をぶった切った。

 この侍女を重用している主も、さすがに眉間を揉んでしまう。


「ところで、本当に風邪など引いてはおられませんか?体調を崩されると面倒なので」

「……ただ鼻孔がこそばゆくなっただけよ」


 無礼にも会話をぶった切ったのは、主の不調を気にしたせいかもしれない。

 一旦はそんな解釈でローラは自身を落ち着かせた。

 そうしてから、さりげなくまた不遜で余計な一言を付属させるエイプリルに、無事である事を伝えたのだ。


「きっとあれね、誰かが私の噂をしたのね。怖いわ、この私を付け狙う者が居るのね」

「いつまで未婚なんだって、旦那様辺りが嘆いておられるのでは?」

「……」


 領主や貴族など、富める者は早婚を望まれる。

 それは事実であり、20を過ぎても見合いすら舞い込まないローラは気にしてはいるのだ。

 だからこそ、指摘されれば不快になるだろう。

 実際、ローラは拳を握り込んでいるのだが、先程から暴君だのなんだの言われている身として、その拳を振り上げる事はできない。


「しかし、『噂をされればくしゃみが出る』でしたか。『コジ記』の中でも一等迷信めいた知恵を信じておられるのですね」


 エイプリルはローラの握りこぶしを察し、話題を逸らしにかかった。

 口の減らないエイプリルでも、加減は弁えている。

 本当に解雇されれば行き先に困ってしまう。

 こんな不遜すぎる侍女を雇うモノ好きは居ないと、エイプリルはこれでも自覚しているのだ。


「『主神スタッカート』様が残されたお言葉なのよ?貴女は信じないって言うの?」

「お嬢様は主神信仰でしたっけ。私はどちらかといえば邪神信仰ですから。それに、主神様のお言葉は時折変なのもありますし」


 熱心な主神信仰者であるローラ。

 強いて言えば邪神信仰のほぼ無信仰者であるエイプリル。

 互いの信心には大きな温度差があった。

 主神信仰でなくとも、主神のお言葉を信じる者は多い。

 だが、無信仰者は自身にとって有意義であるお言葉しか、信じるつもりはないのだ。


「何が変だって言うのよ!」

「『皆で作ったカレーは美味い』とか」

「あれは多くの者が協力して1つの成果を上げる事の素晴らしさを説いたお言葉よ!カレーという分かりやすい物をあえて当てはめて用いただけだわ!」

「早口になってますよ、お嬢様」

「不信心者に『主神スタッカート』様の尊さを教えてあげているのよ!」

「あーはいはい」


 信心に厄介な火の付き方をしたローラを、エイプリルは真面に受け止めず、雑にあしらった。

 しかし、これで止まるローラではないだろう。

 なので、エイプリルは性懲りもなく、また話題を逸らしにかかる。


「それで。噂でしたね、噂。案外、弟(ぎみ)が噂したのではありませんか?仕事が進んでいないから、姉貴にどやされそうだとか」

「……そういえば、デュランダルの事を任せたのに全然連絡がないわね。どこで何をしているのかしら、リカルドは」


 上手く逸らされてしまったローラは、丁度話題に上げられた弟の進捗を憂いた。

 ローラ・ナンタンの実の弟であるリカルド・ナンタン。

 そんな彼に領主として任せた、聖剣デュランダルを修理できる鍛冶師を探す依頼。

 ローラはその進捗を憂いるのであった。

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