第十一節 容疑者は黙して語らず
「ボクはムラマサ!何代目かは忘れたけど、ムラマサの名を継ぐ鍛冶師です!」
寝ていた女性の第一声。
それは実に迫真で、本人は大真面目だった。
「……」
「……」
そんな女性に対し、リカルドと俺は非常に、表現が難しい表情を浮かべたのだった。
表情の形容は難しいが、込められた思いは明快である。
信じられないという、女性がした発言への疑いだ。
「なんですかなんですか!信じられないって言うんですか!?」
「いや、そうとしか言えんだろ」
女性の抗議に、リカルドは素っ気なく返した。
俺は彼に同意しかできない。
「えーっと……、君。伝説の鍛冶師を尊敬するのは良いが、名前を騙るのは良くない。鍛冶神信仰者には、ムラマサを神聖視する人も少なくないからね。不必要な不評を買うかもしれない」
俺は紳士的に、彼女の危険な行為を制そうとした。
身の丈に合わない称号というのは身を滅ぼす。
(なかなか面白い冗談だな。なぁ、勇者が身の丈に合ってない元農民君?)
お前はちょっと黙ってろ。
「あくまでも信じないつもりなんですね」
「信じてほしいなら、せめて何代目かくらい覚えててくれよ」
「仕方ないじゃないですか。先代だって何代目か曖昧だったんですから」
「もう襲名制止めちまえ!」
あまりにも雑な襲名制に、さすがのリカルドも吠えた。
だが、至極もっともな意見である。
代を重ねていくからこそ、名を継ぐ意味があるのだ。
何代重ねたかも分からないなら、まさに形骸化している。
というか、先代がこの子を騙していた可能性があるのではないか。
そうなると、逆に哀れになってくるが。
「あの、貴女の本当の名前は?」
「ムラマサだって言ってるでしょう」
「……襲名する前の名前は?」
「そんなのありませんよ」
……捨て子か何かだったのか。
そしてそんな無知な子供であるのを良い事に、先代と称された奴はこの子を騙したのか。
俺の中ではもう同情心すら湧いてきている。
「……その、先代とか、周りの人からはなんて呼ばれてたんだ?」
「……カジキチとか、呼ばれてましたけど」
『カジキチ』。込められた意味は不明だが、響きからして女性に付けるような名前ではない。
この女性が女性らしいかという議論が始まると、論争になりそうだが。
「じゃあもうお前は『カジキチ』で良いだろ」
リカルドの女性に対する扱いが非常に雑になってきた。
かなり困らされ、鬱憤が溜まっているのか。
「良い訳ないでしょ!不名誉ですよ!」
「男っぽい名前で良く似合ってるじゃないか」
「今どこを見た!いったいどこを見て『良く似合ってる』と言った!」
リカルドの視線は、女性の胸へ向けられていたように窺えた。
そこには、女性らしい主張が一切ないのである。
「どいつもこいつも巨乳巨乳と!胸が小さいだけで何故女性と認められず、不当に虐げられなければいけないんですか!」
「お前さんが女性と認められないのも、虐げられてるのも、どっちかって言うと態度が原因だろうよ」
「女性らしさを学ぶ暇があるなら、鍛冶について学ぶ方が何倍も有意義です!」
女性は典型的な鍛冶神信仰過激派だった。
鍛冶以外を蔑ろにしてきた者たち。
彼女は間違いなくその者たちの一員であったのだ。
「ボクはもう怒りましたからね。貴方が直してくださいと頭を下げてくるまで、どこまでも追い回してやります!」
「あーはいはい。ご自由にどうぞ、鍛冶師ちゃん」
怒りを露にしている女性に、リカルドは呆れていた。
もう説得も追い払うのも諦め、彼女が諦めるのを待つようだ。
唐突だが、『鍛冶師ちゃん』という呼び名は俺も採用しよう。
いい加減、呼称に困っていたのだ。
「というか聞きそびれてましたが、どうやってその剣を折ったんですか!正直に白状しなさい!」
「俺だって知らないさ。随分前から折れてたらしいしな」
「ずっと折れたまま放置していたと!?」
思い出したように気絶する前の追及を再びすれば、鍛冶師ちゃんにとって驚愕の事実を聞き出してしまった。
壊れた武器がそのまま放置される。鍛冶師としては許しがたいだろう。
「どうしてそんな酷い事を!」
「知らないって。詳しく知りたきゃ、ナンタン領主にでも訊けよ」
何か、聞き捨てならない事がリカルドの口から漏れた気がする。
「どうして、ナンタン領主がその折れた剣について知ってるんですか?」
「……あ」
俺がその聞き捨てならない事を拾い上げてみれば、リカルドは明らかに呆けた。
失言であると自覚したのだ。
「い、いや、まぁその、な?俺はナンタン領主と懇意にしててな?それで、個人的な依頼を受ける事もあるんだよな?」
「ほう。つまりその折れた剣については、ナンタン領主の依頼であると」
「……」
言葉に窮したリカルドの顔に、汗が一筋流れた。
1つの失態で冷静さを欠いた彼は、さらなる失態を演じてしまった訳だ。
「丁度、俺はナンタンに向かう用事があるんですよね?そこで、ナンタン領主に訊ねても構いませんか?後ろめたい事でないなら、構わないと思うのですが……」
「……」
リカルドは俯き、口を閉ざした。
だがその顔は、とても青かったのだった。




