第十節 巡り合わせ
言い争いを物理的に収めたのだが、女性を気絶させたまま放置はできなかった。
本心としては放置したかったが、仕方なく、俺は俺が泊まる宿の一室に彼女を運び込んだのだ。
事情聴取のため、言い争いの片割れであるリカルドにも付いてきてもらっている。
「ああ……剣が……。私の剣が……折れ……」
女性はベッドに横たわり、眠っていた。
悪夢にうなされているようではあるが、呼吸は正常なので良しとする。
「ああ……貴方は、また……。大事な我が子が……こんな酷い目に……」
……暴力亭主と結婚でもしてたのか?
(作った武器を壊されたりしてたんだろ)
なるほど。鍛冶神信仰過激派なら、自身の制作物を『我が子』と称するか。
「すまん。手間かけさせたな、勇者様」
女性の容態を看ていると、リカルドが謝ってきた。
面倒事に巻き込んだ負い目か、目を合わせず後頭部をかいている。
「いえ、お構いなく。言い争いを収めようとしたのは俺の勝手ですし、途中から俺も被害を受けていましたから」
聖剣を掠め取られるという被害で、俺も言い争いの当事者となったのだ。
この事に関して報酬や賠償を求めるつもりはない。
「代わりと言ってはなんですが、事情を訊いても良いですか?」
「ああ、そんなもので良いんだったらいくらでも」
リカルドは俺のお願いを聞き入れ、席に座る。
話が長くなるのか。
「まず、どこから話したもんかな……。そうだな、この女と会ったところからか」
リカルドは当時の記憶を掘り起こし、話し始める。
「ホッタンとチューオの境付近、チューオ寄りの方だな。その辺りで冒険者依頼を熟してたんだ」
リカルドはレヴィのダンジョン以降、チューオに渡っていたのか。
まぁ冒険者だからおかしい話ではない。
1か所に留まる理由がなければ世界を渡り歩く。それが冒険者だ。
「オークの討伐依頼を達成した時にな、こいつがブラックドッグの群れに襲われてたんだよ」
「それを助けたと?」
「ああ、その時はただの行商人か何かかと。鍛冶神信仰過激派と分かってりゃ、ちょっと考えたんだけどなぁ」
分かってたら助けないのも一考の余地があったのか。
正直同意する。
俺も勇者という体面を気にしないなら、過激派に分類される信仰者を助けるか迷うだろう。
勇者という体面を気にしてるから、迷わず助けなければならないのだが。
「それで、助けちまったんだが。その後、俺の剣が気に障ったようでよ」
「気に障った?」
「1本折れてんだ、剣」
リカルドは腰から下げる2本の長剣、その内の布を何重にも巻き付けられた方を軽く叩いた。
そちらが折れているという事か。
2本の剣を扱う武術、2刀流ではなかったらしい。
「結構良い剣でな、直せる鍛冶師を探しては居るんだが……」
「見つかっていないんですか?」
「突き返されるか、奪われそうになるかの2択だ。だから、信頼できる鍛冶師にしか任せられない」
リカルドは息を吐き出すように、愚痴を零した。
疲れも籠っている様子から、彼の苦労が窺える。
「とすると、チューオを経由して次の有名な鍛冶師の元に?」
「いや、もうラビリンシア中の有名どころはほとんど当たった。それでこの有様さ」
なんの成果もない事を皮肉るように、肩を竦めた。
しかし、ラビリンシア中を探しても直せる鍛冶師が居ないとは。
余程細かい装飾が施された剣なのだろうか。
儀礼剣とか、祭典の儀式なんかで使う剣が思い当たる。
でも、そんな実戦に使えないような剣を直そうとしているのは何故だろう。
儀礼剣なんて、綺麗なだけで冒険者には必要ない。
もしや、直せる鍛冶師を探せというような依頼を、彼は受けているのか。
(興味がないと言えば嘘になるが、あまり詮索するのも失礼か。厄介事に巻き込まれるのも嫌だしな)
そうして、俺は剣についての詮索は避ける事にした。
「という事は、次の目的地はドワーフの国とか?」
話題を急激に逸らすのも変だろうと、リカルドの行き先を話題にしてみる。
「お、正解。ドワーフはヒューマンと比較できない程の名鍛冶師揃いって噂だしな。そこで見つかれば楽なんだが」
リカルドは浮かべる笑みに苦みを混ぜた。
どうやら、ドワーフに対しても期待が薄いらしい。
ドワーフでも直せないとなると、いったいどういう剣なんだ。
(デュランダルだったりしてな)
パース曰く、とある貴族が探しているという聖剣か。
そんな物を、冒険者が持っているはずがないだろう。
突飛もない推測で、真面に取り合う気すら起きない。
「ドワーフも駄目だったら、それこそ世界中回るしかなくなるなぁ。それはさすがに勘弁してほしい。『鍛冶神アチューゾ』とまでは言わないが、伝説の鍛冶師、ムラマサとか、どこかに居ないかなぁ」
未来に希望を持てないリカルドは、そんな妄想まで口にしだした。
伝説の鍛冶師ムラマサ。
伝説の武器を語る物語に度々登場する、『鍛冶神アチューゾ』の弟子だ。
そう。お察しの通り、空想上の人物である。少なくとも、俺の中では。
彼はそんな空想に縋る程、追い詰められているという訳か。
しかし、いくらなんでも伝説に頼るのは良くない。
現実的な方法を探すよう、彼を諭そう。
「そんな人物、そこら辺に居な―――」
そう、しようとしたら、ベッドで寝ていたはずの女性が跳び起きる。
「ボクだ!」
「は?」
「え?」
女性が放った寝起きの一言に、俺もリカルドも思考を奪われた。
「ボクはムラマサ!何代目かは忘れたけど、ムラマサの名を継ぐ鍛冶師です!」




