第九節 喧嘩を収めるのはこの手に限る
「得体の知れない奴にこの剣の修理を頼めるかよ!」
「鍛冶師ですよ鍛冶師!鍛冶師の得体なんて、それだけで充分です!」
「不十分だ!」
騒がしい言い争いは収まる事なく、むしろ騒がしさが増している気すらする。
男性と女性の声とあって、俺は女性が乱暴されていないか気になった。
乱暴されていたら、優しく匿って俺の支持者になってもらおう。
(今日の下衆)
恒例行事みたいに言うんじゃない。
「ヒューマンの鍛冶師には当たるだけ当たって、それで無理だったんだ!もうヒューマンに頼る気はないんだよ!君、ヒューマンで、しかも女の子だろう!?」
「女が鍛冶師やって悪いかよ!ボクは女だよ!!」
「だから任せられないってんだよ!!」
言い争いの現場に向かってみれば、女性が乱暴されているという事はなかった。
女性が男性にしがみついていて、優劣を付けるなら女性の方が優勢である。
男性はしがみつく女性を必死に剥がそうとしているが、剥がれる気配は微塵もない。
女性はヒューマンの中でも小柄で、比較的華奢。
対し、男性の方は見るからに冒険者だ。
あの女性のどこに冒険者から引き剥がされないような力があるのか。
(というかよ。あの冒険者、レヴィのダンジョンで生き残った奴じゃねぇか?)
エクスカリバーに言われて気付いた。
その男性は確かに3級冒険者リカルドである。
(……え?じゃああの女性、3級冒険者の力で引き剥がせないの?)
(……いや、リカルドが本気でやってないだけじゃないか?ケガさせちまうって)
そうでないと怖い。
だが、どっちにしろ3級冒険者の本気じゃないと引き剥がせない事実が浮かび上がる。
やはり怖いな。
怖いは怖いのだが、勇者として彼らの言い争いを収めるべきではないだろうか。
この惨事を見て見ぬ振りとは、勇者らしくない。
俺はそんな他人評という呪いに背中を押され、彼らの元へと歩み出た。
「君たち、何を言い争って―――え?」
「あ、あんた!助け―――は?」
(な!?)
言い争いを収めようとした瞬間、俺も、リカルドも、エクスカリバーも、目を疑ったのだ。
何故なら、女性がその手に、聖剣エクスカリバーを握っていたからである。
「え、エクスカリバー!」
俺の腰に聖剣がない。
その聖剣は女性の手にあるのだから当然である。
しかし、信じ難かったのだ。
(あの一瞬で、テノールから聖剣を掻っ攫いやがった!?)
そう。女性の動きは一瞬だった。
彼女の眼光が俺を射抜いたかと思いきや、俺の腰から聖剣が抜き取られていたのだ。
「ま、待て、君!それは一般人が触れて良い物じゃない!」
「分かっているから黙りなさい」
俺は女性から聖剣を奪い返そうと手を伸ばした。
だが、彼女に殺意すら感じる形相で睨まれ、怯んでしまう。
俺だけでなく、現状に思考が追い付かないリカルドも似たように固まっていた。
そんな事はお構いなしに、女性は聖剣の刀身を見つめている。
「素晴らしい!さすが聖剣エクスカリバーです。打ち終わってから大分日が経ちましたし、勇者に1年近く振るわれました。なのに、その刃は刃毀れも錆びもしていない!」
女性は聖剣を高らかに掲げた。
その素晴らしさを惜しげもなく褒め称え、陶酔した顔は緩みに緩んでいる。
それで俺は察したのだ。
(あ、この人『鍛冶神アチューゾ』信仰の過激派だ……)
過激派と銘打たれてはいるが、暴動を起こしたり、他の宗教と宗教戦争していたりする者たちではない。
原理主義的に、『そんな事より武器作りだ!!!』という鍛冶神の教えを、忠実に守り過ぎた者たちの総称だ。
鍛冶神信仰過激派は鍛冶に熱中し、鍛冶以外を蔑ろにする。
常識をどこかへ置き去りにしてしまった、変人たちなのである。
「見なさい、この聖剣を!劣化のない姿を!聖剣は朽ちず壊れずを設計思想にして作られましたから、他の武器と比べ物にならない耐久性があります。しかし!貴方のその剣も、並大抵の事では折れぬよう作られたはず。それを貴方はどうして折ったのですか!どうやって折ったのですか!!どんだけ雑に扱いやがったんですか!!!」
「お、ちょっ!?危ないから剣を振り回すなよ!」
女性は早口でまくし立て、しまいには聖剣エクスカリバーを振り回し始めた。
腰も腕も入っていない素人の剣裁きであり、リカルドは難なく避けている。
でも危ない事には変わりない。
「粗雑に扱われた剣の恨み、折られてしまったその子の悲しみ!その身で晴らさでおきべきか!!」
もうなんか怨嗟を紡ぐに至っていた。
剣が折れた経緯を聞くのではなかったのか。
いや、そうだとしたら剣を振り回しはしないか。
とすると、恨みを晴らすのが女性の目的だったのかもしれない。
(おい、何冷静に分析してんだ。オレ振り回されてるし、刃傷沙汰でいよいよ説得してる場合じゃねぇぞ?)
そうだった。
元より争いを収めるために介入したのだ。
説き伏せる手間がなくなって有り難い。
という事で、俺は物理的に伏せにかかる。
「失礼」
「うっ、きゅう……」
リカルドに注意を割いているところ、俺は女性の背後から腕を首に回し、絞め落とした。
『武神エフエフ』が残した格闘技、裸絞めである。
殺してはいけない相手を無力化する術として覚えていたのが功を奏した。
まさか、こんな事に使うとは全く予想してなかったが。
とにかく、リカルドと女性の争いは、無事収められたのだった。




